異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
剣で
その瞬間を全員が見ていたし、頭で理解できたのだが――思考がついていかなかった。
時間がすっぽ抜けたような、吹き飛んだような……とにかくいつの間にか終わっていたのだ。
それはスィリクスとの闘技祭前哨戦の再現のようでいて、違っていたのは"死合"であるということ。
最初に攻撃を仕掛けた門弟は首を貫かれ、絶命し倒れ伏す。
彼女の背後にいた門弟も胴体部を裂かれ、膝を崩してそのまま死んでしまっていた。
その光景に思考が回らずとも……反復と反射によって会得したであろう、高度に洗練された門弟達の連係は止まらない。
1人2人と殺されようとも、決して動揺することなく、一糸乱れぬ攻勢は続けられた。
魔力力場を伴った剣撃は、およそ完璧とも言えるタイミングで少女へ襲い掛かる。
一撃目をフェイントに、二撃を死角から、三撃をトドメの追い討ちとして――
自身がそれらの
それぞれが最適に準じた役割をこなし、
(まじ、か……?)
しかしそんな敵集団への感動と敬意を
門弟部隊にも確かに驚異なのだが、それ以上の驚愕が眼前で繰り広げられてる。
そう――あれはおよそ"完全無欠な集団戦闘"であり、まともに付け入る隙などないように見える。
それをまるで後ろに目でもあるかのように、そのことごとくを
俺のような空気を
ただ来たものを撃ち墜とすような、正確無比の無双剣。
彼女の刃の届く範囲こそ絶対の制空圏。
決して派手ではないが、その領域内では唯一の支配者たる少女。
魔力力場によって見えぬ間合いが伸びてこようが、全く関係無いと
敵の刃は彼女へと一切届かない。しかして彼女の刃は確実に敵へと届くのだ。
げに恐ろしきは
腕が振るわれるたびに、一刀の
24人からなる門弟集団は、たちまち"殲滅"されてしまったのだった。
「ふぅ……お掃除完了しました!!」
「お、おう……ありがとうケイちゃん」
俺は乾いた笑いを漏らしながら、感謝を述べる。
彼女はかすり傷はおろか、返り血の一滴も浴びていない。
ここまで凄まじいとは
たとえばフラウも、ジェーンやヘリオやリーティアも、何より俺自身も――
俺と関わって現代知識に触れ、異世界にない常識や知識を利用することで強くなっている。
それはレドも間接的にそうだったし、ファンラン先輩にだって少なからず影響を与えてきた。
しかし彼女には――少なくとも強度面においては、何一つ関わっちゃいない。
そう、
大昔ならいざ知らず、記録として残る地球の近代戦史にも少なくなく存在した。
悪魔だの死神だのと様々な異名を冠するに至った軍人達。
それは何も戦争だけに限らず、知識においても芸術においても、あらゆる
同じ人類とは思えない、その底知れぬ
生ける伝説ともなりえて、常識の
ゲイル・オーラムのように、誰に教えられることなく超人を越えし域に至る者。
俺とてハーフエルフというおあつらえ向きの種族に転生し、才能と模倣と発想と努力でもってここまできた。
フラウとの
汎用性と多様性に富んだ戦術の組み合わせ、さらに絶対的な速度と火力を
だからケイに負けるとは、口が裂けても言わない――しかして勝てるヴィジョンもまったく浮かばない。
俺よりも年若い彼女はそういった
スィリクス先輩を相手にした時は……本当に氷山の
「馬鹿な……我が弟子たちが――」
彼が止めれば門弟達も攻撃の手を止めたのだろうが、その機を逸してしまったのも無理はない。
おそらくは時間にして10秒にも満たなかったし、ケイの剣技は凝視せざるを得ないほどのものだった。
そして師匠たるテオドールは、弟子が死んでしまったことよりも……。
自身の技術を超越したモノを見せられたこと。その衝撃をどうにも隠しきれずにいたのだった。
そしてそれは俺もまったく同じ気持ちであるのが、また皮肉というものである。
「
観察していた限りではケイ・ボルドのそれも、魔力と魔鋼剣による
少し違うのは魔術力場を体に纏うことなく、ただただ刃に注いで切れ味を高めただけということ。
だからあらゆる装甲は意味を為さず、魔力の力場や魔術すらも斬り伏せてしまう。
ケイ・ボルド――もはや彼女の存在そのものが"魔剣"とも言うべきものだった。
「はぁ……別に自分がやりやすいようやってるだけなんでよくわかりません、ごめんなさい!」
「なあッ……が――」
「諦めたほうがいいぜ、おっさん。ケイの世界はこいつだけのもんなんだ。理解なんてできないって」
密着するように肩に腕を回して偉そうにのたまうカッファに、ケイは半眼でその手を振り払う。
「なんであんたがわかったようなこと言ってるの? カッファ」
「おまえだって自分でわかってないじゃん」
「うっ……いやまぁそうだけど」
幼馴染の距離感でじゃれ合うような二人の
「本当にありがとうな、おかげで助かったよ」
「どういたしましてです! 偉そうな
「まぁ俺としては別に、アッチも引き続き
スッと俺はテオドールの
正直なところ、彼女の死合における絶技をもう一度見たいという部分があった。
「いえいえ大先輩の雄姿を、特等席で見さしてもらいます」
「じゃあおれがやろっかな?」
「カッファじゃムリだってば」
「そうかなあ?」
「そうだよ」
余裕を見せる後輩二人に、俺はフッと笑って己の背中を見せることにする。
気は抜けたが不必要な緊張も抜けている。一方で苦い表情を貼り付けたままの、テオドールへ告げてやる。
「さぁて、なにはなくともこれで約束通りか――お楽しみの本番、決着の時だ」
――円卓の魔術士、第二席。王国"筆頭魔剣士"テオドール。
王国の高品質な魔鋼剣に、魔術による力場を纏い、
「円卓第二席……相手にとって不足なし、これは過言じゃない」
俺は
すなわち己の実力が、王国に認められた特権階級の円卓の魔術士以上なのだと――
そう言い聞かせるように自分自身に
根拠がなくてもとりあえずポジティブシンキングでいることが、運や流れを引き寄せることもある。
(なぁに黄竜に比べれば、幾分もマシには違いない)
最初の暗殺潜入時は……本気ではない交戦で、手傷こそ負わせて逃げおおせた。
――が、これなるは小細工なしの真っ向勝負。
「軽調子は相変わらずか――それが最期の言葉でいいな?」
いざ闘争の空気になると、それまで狼狽を隠せずにいたテオドールはすぐに冷静さを取り戻す。
世界単位で見れば"五英傑"といった、上には上がいようとも……円卓に座る者は決して伊達や酔狂などではない。
眼前の男は王国軍の伝家の魔宝刀であり、たった一人で戦局をひっくり返す戦術級の猛者。
「
そうだ、それゆえに惜しい。確かな実力があり、あれほどの弟子を育成する能力がある人間。
単純な武力であっても、"文明回華"の道ではあらゆることが役に立ってくれる。
ケイ・ボルドのおかげで圧倒的優位を確保できた。
テオドールを引き止める理由となるだろう弟子達も、結果的にはもはや全員いない。
彼に個人的に恨みがあるわけでもない。この機会を利用しない理由は、むしろ無いとさえ言える。
「……命乞いをしているつもりか?」
「俺は立場上、有能な人物を引き入れる権限がある」
「貴様ら、の――?」
言いよどんだテオドールの言葉に繋げるように、俺は
「"シップスクラーク商会"だ。既にこの戦争の
「……ふんっ」
戦争は門外漢であったとしても、そこを見誤るようなことはないようだった。
それに王国領土防衛の総力戦争ならいざしらず、あくまで帝国領への侵略戦争であり遠征軍。
政治的に見るのならば、伝家の宝刀を抜き合って潰し合うほどの戦争ではないのだ。
さらに終着が既に見えているのであれば、個人として身を切ってまで出張る必要もなくなってしまう。
「"円卓の魔術士"という地位にどれほどの価値と恩恵が与えられているかは、まぁあまり知らないんだが……。
我らが商会に来るのであれば、それらを超える報酬を約束するが……どうだ? 一考の余地はないだろうか」
「
聞く耳を持つ様子すら見せないテオドールに、俺はぬけぬけと交渉の
「あーそれと
「なん……だと……?」
その情報にはさすがにテオドールとしても、顔を歪めざるを得なかったようである。
かつて幼少期を過ごしたカルト教団が、その存在だけで聖地として定期巡礼されていたほど。
三代神王ディアマ本人が使い、大陸を斬断したと伝え語られる"魔法具"。
しかもディアマと同じ魔剣士という戦型を持つ身としては、それは
「まぁ循環器である刀身の部分だけで、安定器……――と、増幅器がまだ見つかってはないんだが」
「貴様は
「本物かどうかは実際に、見て、触って、確かめてみればいい。
そも魔剣士ともなれば、刀剣類の目利きも秀でているだろうことは疑いがない。
「見くびるなよ。貴様は今
「あぁ……まぁ、安定器は実のところ破損してしまっていて、ただいずれそれもなんとかする」
「なんとかだと?」
俺は内心でほくそ笑んだ。こちらの言葉を切り捨てることなく、食い付いてきていることに。
「元々増幅器がなくて、その代替物を作り出す研究をしていた連中からいただいたモノだ。
安定器もいずれは作り出す。それだけの"テクノロジー"と将来性が
「てくの……?」
「テクノロジーだ、多種多様な技術を集め、研究し、体系化し、推進していくのが我らが本分。
その恐ろしさは……今回の戦争でよくよく知っただろう? たかが一商会が王国軍に勝利した事実――」
実際には騎獣民族やワーム海賊によるところが非常に大きいのだが……。
それらを引き入れ、兵站を整えたのはシップスクラーク商会の功績と言って良い。
「勝利しただと――」
「
そして貴方が仲間になってくれれば完全勝利だよ、テオドール
眼光を鋭くするテオドールに、俺は場の空気を感じ取りながら話を続ける。
「譲渡するとは軽々に言えないが……場合よっては
「
「まずはお互いをよく知ることから始めよう。それからでも遅くない」
テオドールは数秒ほど目をつぶってから、ゆっくりと見開いて意思を言葉に乗せた。
「弟子を殺させてしまった我が不明は、貴様らまとめてこの刃にて
「別に今すぐ回答してくれってわけじゃない、後日改めてでも――」
「
はっきりと拒絶を示したテオドール。その覚悟に対して、これ以上は聞く耳は持たないと判断せざるを得なかった。
俺は交渉をしている
「はァ~……残念だ」
肺の中から息を空っぽにするように、そう殺意と共につぶやいたのだった。