異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#159 円卓二席 III

「はァ~……残念だ」

 

 ──"酸素濃度低下"。テオドールの周囲の大気の割合を操作する。

 吐息によって空気を肺から絞り出した後に、呼吸を止めている間だけ持続する空属魔術。

 そこはすなわち死域と化し、一呼吸で昏倒。時経ずして命をも絶つ。

 

 もったいないが仕方がない。テューレやソディアのように、必ずしも勧誘が成功するとは限らない。

 それにバリスと騎獣民族の助力は、バルゥがいなければ正直かなり難しかったろう。

 遠征戦で相対した女王屍(じょおうばね)に至っては、まともに交渉できるだけの余地すらなかったと言える。

 

 円卓の魔術士第ニ席は……良くも悪くも、矜持(きょうじ)ある武人であったということだ。

 己の命を何度となく懸けてまで、粘り強く交渉をし続けるほどの危険(リスク)は冒せない。

 

(──だから殺す)

 

 微塵(みじん)躊躇(ちゅうちょ)は無く、一片(いっぺん)の後悔だけ(かか)えて殺す。

 それが彼の生き様を(けが)す、不意を討つ卑劣な()り方であったとしても……。

 

 しかして、初見殺しの見えない魔術は──

 テオドールの抜き放った魔鋼剣の一振りで、あっさりと霧散させられてしまった。

 

 

(さだ)かでなし……だが小細工などは通じん」

 

 大気が安定した状態でなければ、この必殺の魔術も通用しなくなってしまう弱みがある。

 だからこそ酸素濃度低下の魔術は、奇襲や設置罠(トラップ)として使うものだった。

 しかし不意を討ったはずなのに、テオドールには勘付かれてしまっていた。

 

「……なぜわかった?」

「語らず」

 

 さすがに敵相手に、ご丁寧に教えてくれるということはなかった。

 

 あくまで想像ではあるが、一番最初にステルスを見破られてしまったのと同じ理屈なのかも知れない。

 魔力を魔術的な力場(りきば)として纏うゆえに、その周辺環境の変化に関して察知することができるのやもと。

 

「まぁいい──俺は暗殺者(アサシン)ってだけじゃない。変革者(イノベーター)にして調整人(バランサー)にして……魔術戦士(ウォリアー)だからな」

 

 真正面から打ち倒すのも、十分に得意とするところ。

 異世界に転生してより闘争の悦楽を知り、時として命を懸けることも(いと)わない。

 

「俺たちの"文明回華(みち)"を邪魔立て(さわ)らば、屍山血河(しざんけつが)に沈みゆけ」

「意気だけは良し」

 

 

 "筆頭魔剣士"テオドールは靴底で地を(こす)りながら、刃先を掲げるように大上段の構えを見せる。

 

 瞬時にぶわりと殺意を内包したかのような魔力圧が膨れ上がった。

 魔鋼剣に力場がはっきりと現出するのを、大気を通じて感じ取る。

 それは黄竜を斬断した俺の"太刀風"より遥かに──天を斬り裂くほどにバカ巨大(デカ)い。

 ただの一振りにて軍勢を叩き斬り、航空戦力さえ(やいば)を浴びせかけ、斬って()とすこと疑いなし。

 

(攻め気を見せてもいいが)

 

 最初の不意討ちが効かなかった以上は無駄であり、この(あいだ)に俺も魔力の循環加速に集中する。

 

 一度全開放出されたテオドールの魔力場は、さらにグッと圧縮されて取り回しやすい長さとなっていた。

 

(凝縮したとは言っても五メートルは(くだ)るまい、か……)

 

 俺は大気の揺らぎを感じながら、自身の周囲に纏っていた"風皮膜"を解いて完全な無防備(・・・)状態になった。

 "風皮膜"というフィルター越しに得られる感覚情報は、わずかに時間差(ラグ)が生じ、精度も低下する。

 筆頭魔剣士たる人間を相手にしたコンマ秒を奪い合うような闘争において、それは致命的な差となってしまう。

 

(あの魔力場ブレードには、既に5層目までが破られているしな)

 

 暗殺で潜入してきた初見時に、たった一撃で"六重(むつえ)風皮膜"のほとんどをぶち抜かれた。

 加えて言うならあの時より濃密に、斬れ味の(ケタ)が違うと本能の部分で理解させられる。

 円卓の魔術士が全力を込めたブレードに対して、"六重(むつえ)風皮膜"など紙っぺら同然で無意味であると。

 

(二人は、と──)

 

 スッと一瞬だけ視線を移すと、後輩達は遠くからのんきな様子でこちらを眺めていた。

 俺が負けるとは思っていないのか、あるいは危害が及んでも対処できると確信しているからか。

 ケイの実力であれば……こちらが気を(つか)うだけ失礼というものかも知れない。

 俺は心置きなく眼の前の相手に全集中して(のぞ)むことにする。

 

 

「円卓の魔術士第二席、王国"筆頭魔剣士"テオドール。モンド流・魔剣術──ゆくぞ」

 

「シップスクラーク商会、"空前"のベイリル。空華夢想流・合戦礼法──推参(おしてまいる)

 

 俺はわずかに左半身に(たい)を開き、無意識な自然体をとりつつ握った両拳をゆっくりと開く。

 

 自分で名乗るのはいささか恥ずかしさが残るが……そも二つ名とは、自身を表す最も端的な言葉。

 本人の気質と功績と、時に身分をも示し──世界でも多くの者が持つポピュラーな文化である。

 そして……決して名折れとならぬように、己を律して生きていく指針の一つともなるのだ。

 

 "空前"──他に(るい)を見出させない、俺だけの人生(たたかい)だ。

 

 

「我が剣閃をその身に刻み、そして消え去れ」

 

 一息の半分のさらに半分ほどで繰り出された無数の斬線は、通った箇所を無塵(・・)へと変えた。

 その剣速はまさに神域にあり、空間そのものを(えぐ)り取るかのような剣技。

 俺はしっかりと(かわ)しながら、相手の戦い方とその対処を詰めていく。

 

(音まで斬り裂いてくる以上、受け太刀はできない)

 

 "無量空月"により形成される風の刃は、もとより実体としてさほどの強度を持つモノではない。

 ゆえに凝縮魔力ブレードは明らかに過剰火力なのだが、暗殺襲撃の(おり)に一度喰らってまがりなりにも防ぎ切った所為(せい)だろうか。

 テオドールとしても、俺を確実に殺す為の威力というものが計りかねているゆえの全力なのだろう。

 

 攻撃に全振りするようなその姿は、あるいはケイの魔鋼剣二刀流への対抗にも見えないことはない。

 弟子を皆殺しにされた衝撃と共に……テオドールの心裏に、深く強く刻み込まれているのかも知れなかった。

 

(魔力を直接的に力場とする技法は、単純(シンプル)ゆえに強力だが……消費対効果(コスパ)が非常に悪い)

 

 魔力加速に伴うハーフエルフの脳は、闘争の最中(さなか)にあって平静に回転し続ける。

 使う魔力量には個人差が大いにあるし、円卓の魔術士であることを(かんが)みても……。

 あれほど巨大だった魔力力場を凝縮した刃を、いつまでも維持できるとは思えない。

 持久戦に持ち込むという手もあるが、それはそれで精神を削り過ぎる行為だ。

 

 

 なればこそ──文字通りの"死線"を()(くぐ)りながら俺は……自身の"進化の階段"を昇る。

 成長に終わりはない。今回の闘争は、結果的に一つの仕上げになると確信する。

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"時代から学園生活を経て、迷宮逆走の帰途でも積み上げた己の集大成。

 

 "ケイ・ボルド"……彼女のそれを模倣するわけではない、というかできない。

 しかし別物として系統立てて見れば、似たようなことは可能であり、既に些少(さしょう)ながらやっている。

 

 眼で観て、耳で聴き、鼻で嗅ぎ、舌で感じ、肌も含めて総合的に空気(エア)()ている。

 しかして視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚だけにとどまらない。

 エルフ種の鋭敏な第六感とでも言うべきか、魔力の流れも無意識的に感じ取っている(ふし)がある。

 

 今ある魔術を連係させるのも良いが、そろそろ別の領域(ステージ)を開拓する必要があった。

 その一端を……乱入される前に、門弟らを相手にした対集団戦闘で掴みかけていた。

 

(あぁそうさ……今までにも近いことは何度かあった)

 

 

 つまりは無意識で得て処理されている膨大な情報を、()()()()()()()すること。

 明確なイメージとして……精細なヴィジョンとして()て、掌握すること。

 それは時として最適な動きをトレースさせ、未来予知のような先読みを可能としてきた。

 

 過去の経験を一つ一つ繋ぎ合わせ、パズルの欠片(ピース)のように当てはめていき、完成させる。

 

(──"天眼")

 

 己が地に足をつけたまま精神だけが(そら)へ浮かぶように、俺はくびきより()き放たれて俯瞰(ふかん)する。

 地上を平面という"二次元"に(とら)えるのであれば、それはさらに自身を()()()()()()()()()もの。

 

 つまりは"三次元"的に……自分と、相手と、周囲全てを、見下ろす映像として構築する。

 それは単に飛行して見下ろすといったそれでなく、場そのものを全体像として把握するということ。

 まるでゲーム画面でも見て操作でもするかのように、あらゆる存在を知覚し支配する技法。

 

 見るでなく、聞くでなく、感じるでなく──理解(わか)るのだ。

 

 この状態は長くは続くまい、それでもこのわずかな時間は──

 

「"俺だけの世界"だぜ」

 

 あとはいつも通りに事を()さしめるのみ──"手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に"。

 テオドールの魔力場ブレードの数え切れない死の斬閃だろうとも、全てが我が心と手の内に在り。

 流れを支配し、自他の動きをあらかじめ知って、最適をもって万事を決する。

 

 瞳には映らぬ速度の太刀筋の一つを選び取り……その"因果を受け入れ、呑み込む"。

 予備動作なし(ノーモーション)空隙(くうげき)へと差し込み、俺はテオドールとの相対距離を0(ゼロ)にしていた。

 

 

「死を()ること──」

 

 テオドールの懐内(ふところ)でそう小さく呟いて、俺は風の刃を作り出していた。

 奪わんと欲すればまずは与え、弱まんと欲すればまずは強め、縮めんと欲すればまずは伸ばす。

 そして開かんと欲するのであれば……()()()()()()()()──それは全身を余すことなく使った(ちから)の"溜め"と"解放"。

 

 抜き放たれた"無量空月"──三瞬・三廻・三斬──斬り払い、斬り下ろし、斬り上げた。

 

 陽光に輝く氷の結晶が舞い──

 昼に三日月の残像が浮かび──

 美しく燃ゆる花が咲き散った──

 

()するが如し」

 

 左手の指で作った輪に、刀身が残っていない()のみの"太刀風"を納刀して()め。

 

(FATALITY《フェイタリティ》──)

 

完璧に俺の(Flawless)勝ちだ(Vivtory)

 

 そうして円卓の第二席は断末摩なく灰と化し、魔剣術に捧げた生涯を終えたのだった。

 

 

 俺は(きびす)を返すように、ケイとカッファの元へ歩いていく。

 

「うっっぉぉおおおおおおっ!! すっげえ派手!!」

「さすがです! 見入っちゃいました!!」

「ありがとうよ二人とも、先輩としてイイところは見せられたかな」

 

 持ち上げられ過ぎるのも、なんだかこそばゆい。

 終わってみれば無傷ではあるものの、一撃でももらってれば死んでいた紙一重の金星である。

 とはいえ心底からの素直な感想のようなので、後輩からの言葉はありがたく受け取る。

 

「もっちろんです! ほんとにキレイでした!! 」

「なあなあセンパイ、さっきのなんてー技?」

「ん、あぁ──"(ねじ)れ雪月花"だ」

 

 

 空華夢想流・合戦礼法──絶命奥義"(ねじ)れ雪月花"

 

 液体窒素を混ぜ込んだ"雪風太刀"で、溜めから解放した捻転と神速をもって居合で斬り払う。

 それは周囲の空間を急速に冷やしながら、敵を凍結によって拘束し、芯から切断し砕く。

 

 続いて回転する勢いで地擦(じず)りながら振りかぶり、電離気体(プラズマ)を織り込んだ"雷刃"で斬り下ろす。

 残滓(ざんし)によって(えが)いた三日月と共に、敵の体はその鎧や盾ごと真っ二つとなる。

 

 そして残影が消える()もなく回転の空気を送り込みながら、生成した水素を内包燃焼させた"爆燃剣"で斬り上げる。

 炎は大輪の華を咲かせるように広がり、風太刀の刀身部分を燃やし尽くしながら火の花びらを散らせた。

 

 基本となる"太刀風"に、それぞれ異なる属性を取り込んだ派生。

 "雪風太刀"──"雷刃"──"爆燃剣"──それぞれが一撃必殺となるだけの威力。

 見るも美しいその三連係は、はたして確実に敵の命を絶つ為の術技である。

 

「えっと、()……ですか?」

「ってなんだ?」

「あーうん、そこは気にしなくていい。技名なんてそんなもんだ」

 

 この異世界には月がない。満ち欠け美しい衛星ではなく、対となる双子の片割れ惑星が浮かんでいる。

 だから月と言って通じるのは、俺のオトギ噺を語って聞かせたことのある者達のみ。

 実際にその美しさを見たのは──俺の記憶を覗いたシールフだけであった。

 

 

「っしゃあぁああああアアア──ー! おれも燃えてきた!! 残りはまかせてくれ先輩!!」

「ちょっおい──」

 

 言うやいなやカッファは自前の剣を抜いて、俺が止める()もなく走り出していった。

 

「大丈夫だと思いますよ、あんなんでもわたしの剣の相手をずっとしてくれてますから。本気ならそこそこ!」

 

 俺を(げん)を先回りするように口にしたケイは、すぐにカッファを追うように飛び出していく。

 

「いやもう任務は果たしたから、余計な戦闘なんだがー……」

 

 俺の言葉はむなしく風に流されてしまう。本命倒した時点で、一般兵は相手にするだけ無駄というものだった。

 2人抱えて飛行は無理なので、あとは"歪光迷彩"で姿を隠して悠々と退避しようと思っていたのだが……後輩2人はまだまだやる気。

 

(まぁいい。先輩の面目は保てたし、未来ある後進には好きにさせてやろう)

 

 俺は月の代わりに片割れ星を仰ぎ眺めながら、確かな"進化"の実感と共に──ゆっくりと息を吸って一心地ついたのだった。

 

 


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