異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
この重力圏は自分だけの領地。そこではどんな理不尽であろうとも、好き勝手に奪わせない。
大の字に寝転んだまま、そう胸裏に刻んで空へと伸ばした両手を見つめる。
「なーに気取ってんだよ、フラウ」
バチッ――と空気が破裂する音が鳴ったかと思えば……。
いつの間にか静電気で逆立つ赤い猫っ毛の獅子によって、まじまじ覗き込まれていたのだった。
「あれっ、キャシーなんでいんの~?」
「ちょいと読心の魔導師さまに頼まれてな、援軍に来たんだよ。まっ必要はなかったみたいだな」
周辺の大災害の爪痕を眺めつつ、キャシーはのんびりとした調子で言う。
フラウはゆっくりと上体を起こしてから、なんとはなしに皮肉を口にした。
「
「いやオマエらメチャクチャにやりすぎで、まともに近付けなかったっての」
「んっ、なるほど」
改めて見回す必要もないくらい、陣地は完全に崩壊し尽くされていた。
王国軍の兵士は1人たりとも生きてはいないだろうほどに。
「あーしは大丈夫だから、一応ベイリルのとこに行ったげて」
「そっちにも別のヤツらが向かったよ」
「だれが? ハルっち?」
「いーや違う。男女二人、アタシらの後輩っつってたな。知らん顔だったが大丈夫だろ」
腕組み言い捨てたキャシーに、フラウは立ち上がって
「キャシーってさ……昔っからマイペースだよね~」
「悪いか?」
「んーん、キャシーらしくていいよ。ところであーしを
「自分で歩けよ」
「正直かなりキツいんだぁ、魔力もほーぼ
「さっき大丈夫っつったじゃねえか。……つらいなら強がらず最初から言え」
キャシーにお姫様抱っこをされる形で首に手を回し、重力魔術も使わず全ての体重を預ける。
「あんがと~」
「いいさ、フラウの弱いとこなんて珍しいもんが見れたからな」
「くっくっく、ばかめ。イタズラしてくれるわ」
うなじの部分をこしょこしょとくすぐると、キャシーに半眼で
「……落とすぞ」
「引力使えば離れらんないかな~」
「キツいんじゃなかったんかよ!」
「ま~ま~、くっついてるくらいならだいじょうぶ」
「じゃぁ帯電したる」
「おーきーどーきー、おとなしくしてよう」
ちょっかいをやめると、キャシーは残骸をものともせず軽やかなステップで本陣方向へ走っていく。
しばらくしてフラウは見上げるような形で、キャシーに語りかけた。
「キャシーはさぁ」
「んあー?」
「ベイリルのこと好き?」
「……男女の意味でか?」
「うん、そう~」
それは今までも何度も問われ、何度も同じように答えたことだった。
「前と答えは変わらん」
「そっか~……――あーしはベイリルが好き」
「なにをいまさら。んなこと知ってるっつの」
「そんでさ~、キャシーも好きなんだ」
それは――今までの言葉とは違っていて、またいつもの冗談めいた雰囲気とも違っていた。
そうした空気を敏感に察したのか、キャシーは真面目な面持ちで返す。
「それは――"ナイアブ"的な意味でか?」
キャシーは眉をひそめながら、ナイアブの性愛を引き合いにして問い返す。
異性だけでなく
「ちょ~~~っと違うかな」
「ちょっとぉ?」
「女の子も好きなんじゃなく、好きになったのがキャシーってだけ」
「
「
真っ直ぐ見据えるフラウの淡い紫色の瞳に、キャシーは赤い瞳で受け止める。
「それにほら、キャシーって男
「うっせ」
「おっ気にしてる?」
沈黙を
「そっかぁキャシーも色気づいてるかー、じゃあもっと押してこ」
「開き直ってるナイアブほどじゃねえが……なんつうかオマエもアレだな」
「まぁ少しだけ
はっきりとは明言しないキャシーに、フラウは補足するように乗っかった。
「ベイリルは地道にがんばってハルっちを
「あほくさ」
取り付く島もなさそうなキャシーに、フラウは
「ベイリルはさ……子供の頃を一緒に過ごして、故郷が焼かれてから――生きてく意味のすべてだったんだ~。
昔から好きだし、再会してからもっともっと好きになった。いっぱい愛してもらって……本当に生きててよかった」
「
「あははっ、でもさ……ベイリルとの付き合いは長いけど、同じくらいキャシーも長いんだよ?」
「そうだったか?」
「そうだよ~、学園で出会ってからずっとじゃん?」
「まっ一般教養から
「その後は魔術科と兵術科で分かれたけどフリーマギエンスで一緒だったし、ベイリルとは離れてた期間も長かった」
学園卒業後は4人でパーティを組んでいたし、
「学園に来た頃には、あーしも世の中を這いずってきてて、"ベイリルが生きてる"って一心でそれまで頑張ってたけど……。
正直もう色々とすり減っててさぁ、半分くらい諦めてたんだよね~。空想の依存心ってのにも、正直限界がきてたわけで」
フラウはぎゅっと
「っオイ、フラウ――」
「そこで絡んできたのがキャシーだったのさ」
「……覚えてねぇな」
「あーしも割かし
「んなボコられてねえよ」
「なんだぁ、しっかり覚えてんじゃん。一発だったもんねぇ~」
「あん時はちょっと絡んだ程度でいきなり殴られて、面食らっただけだ」
「はいはい。それでも諦めず何度も何度もつっかかってきてさぁ。いつの間にか一緒にいるようになったじゃん?」
孤独だった――というよりは自分から
幼少期に"故郷で会った程度のよく知らない人物"に
それまで死線と共にあった自分にとって、あまりにも平和で受け入れることができなかった。
「まったしかに、いつから一緒だったかってのも覚えてないくらいだな」
「今だから言うけど、キャシーがいなきゃどうにかなってたかも」
本音を絞り出すようなフラウに、キャシーはそっぽを向きながら素直な心情を吐露する。
「……
「そ~お? なら良かった。あーしら似たもの同士だもんね~」
うずめていた顔をあげてにっこりと笑いかけるも、キャシーが顔を合わせることはなかった。
ただ紅潮した首元が、その感情をわかりやすく表していた。
「ところでベイリルの故郷はさ、一夫一妻制なんだって」
「アタシの村もそうだったな……ん? オマエとベイリルって同郷だろ?」
「そうだよ? でもベイリルにはもう一つ故郷があるんだって」
「あー……そういえばそんなこと言ってたっけか。学園がアタシらのもう一つの故郷みたいな?」
「そんな認識でいいと思うよ~」
ようやく顔を向けたキャシーに、フラウは首に回していた片一方の手を広げた。
「でさでさ、あーしは"自分の世界をぜーんぶ愛したい"」
フラウはその広げた腕の中にキャシーをしっかりとおさめる。
「だから積極的に一夫多妻を推し進めてるんだけど、その中にキャシーもいて欲しい」
「もうハルミアがいんだろ」
「うん、ハルっちも好き。今はもう亡きお母さんよりもお母さんみたいで、いっつもみんなを心配して愛してくれる」
「アタシも……正直、頭が上がらん時が多いな」
優しくも厳しく、どんな時でも見捨てず受け入れてくれる。
無償の慈愛と深き愛情をもって、仲間に接するダークエルフのハルミア。
迷宮逆走攻略でも散々っぱら治療の世話になったし、ある意味で彼女には3人とも勝てない。
エルフと魔族のハーフであるハルミアの両親は、一夫一妻の間柄であるものの……。
一夫多妻・一妻多夫である"魔領"出身である彼女は、そのへん自由な観念を持っていた。
「それにねー、二人でするのもそれはそれでいいんだけど……三人でするのもすっごい気持ちいいんだよ~?」
「知るか」
「四人ならもっともっと満たされると思うんだ?」
実感の込められた言の葉ついでに、フラウは思い出したことを付け加える。
「ナイアブ
「……アイツはアイツで、
「あはは~たしかに。それと"どんなものでも幅広く楽しめる度量こそ真の勝者の証なのよ"とも――」
舌が肥えてしまって、高級な料理しか受け付けなくなってしまうのは惜しい。
たとえ不味いモノでも、それはそれで美味しいと思える感性の
些細なことにも喜びを見出すこと。芸術でも人生でも、そうあるべきだとナイアブは言う。
「あとあと……体と心を一つにして強くもなれる」
「それはヴァンパイアやエルフだけってやつだろ」
何度か聞かされていた、よくわかっていない理屈をキャシーは思い出す。
体を重ねることで魔力の操作感覚を共有するような
しかしそれは同時に魔力の暴走・枯渇現象から進化した種族の血ゆえの特性でもあると。
「いやいや、もしかしたらもしかするかも?」
「もしかしなくても、いずれオマエもベイリルも追い抜くから待っとけ」
「
死線の果てを
「それにベイリルも言ってたよ。"禁欲の果てに辿り着く境地など高が知れたものッッ"――」
「なんのこっちゃ」
「いつかのどこかのだれかの言葉だってさ……――"強くなりたくば喰らえ!!!"」
「その言葉は……なんかこう、そそられるな」
まんざらでもない様子を見せるキャシーに、フラウはダメ押しの言葉を添える。
「愛もまた人を強くする要素だよ、キャシーくん」
「なにさまだ」
「闘技祭優勝者さまであらせられるぞ。一回戦敗退者に
「っぐ……クソ、そこは反論できない」
もう一度だけ頭ごとキャシーの体に預けて、
「まぁその、さ……考えといてよ」
「はーったく……もう、オマエほんと今日は弱りすぎだフラウ」
「まーまーたまにはさ。久々に死にかけて色々思ったんだ~、たとえ長命種でもやっぱり死ぬ時は死ぬって。
だからやり残して後悔しない為に、もうちょっと前のめりでいく。それに珍しいモン見れたって言ってたじゃん?」
「そうだけどよ、なんかやっぱ調子狂うんだわ」
「じゃっ今はこれくらいにしとこう、今はまだ焦る必要はないもんね~」
少しばかり無言の時間がおとずれる。
しかしそれは気まずいといった
ともするとキャシーは
「あーなんだ、そういう恋愛の機微っての? は、よくわからんが……ベイリルは知ってんのか?」
「もっち知ってるよ~。ベイリルもあれはあれで色々と寛容だし、ハーレムが増える分には別に」
「ベイリルと、か。あんま想像できんな」
目線がわずかに泳いだ様子を、フラウの瞳は見逃すことはなかった。
「はい、ウソ。どんだけ一緒にいると思ってんのさ~」
「チッ……やりにくいな」
「それにさぁ~、あんだけ一緒に過ごしててまったく意識しないわけないじゃん」
「ちっとはな、頼りになるとこもあるとは思うよ」
遠征戦では結果的に助けられたこともあった。学園卒業後は、それこそ四六時中を共にしていたのだ。
特区まで旅して、黄竜を倒し、迷宮まで逆走して……それだけ情が移るのも否定できない事実。
「でもさでもさ、もしもキャシーに他に好きな人ができても――それはそれで応援するよ~」
「はいはい、オマエの気持ちってのも心の
「そういうとこだぞ、キャシー」
「なにが?」
「なんでしょ~」
いつもの調子に戻ってじゃれ合いながら、フラウは自身が守るべき世界というものを味わうのだった。