異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#166 戦争終結 II

「ディーツァ帝国――世界最強の軍事国家」

 

 統治するのは"戦帝"と呼ばれる、極大の戦争狂。

 その強さの秘密はなんと言っても、軍の多様性と柔軟さにあろう。

 

 整然と並んだ援軍は1万近いだろうか。獣人差別や奴隷などがひどい王国と違う"実力主義"。

 

 上級大将が率いる人族を中心に構成された正規軍。

 数百規模だが黒一色に染め上げられた鎧を(まと)いし黒騎士の集団。

 後方に控える魔術士部隊は、王国と違っていくつかに分隊化されているようだった。

 

 専門家(スペシャリスト)の揃った獣人部隊を率いてるのは、最前列にいる爬人族の男だろうか。

 鬼人族やドワーフ、エルフを隊長としているような複数の亜人族がグループに分かれている。

 竜騎士を筆頭とした空軍には、鳥人族が中心に構成されていた。

 さらには魔物を引き連れた魔族部隊も存在していて、本当に種々雑多と言える軍団が戦列を成さしめている。

 

 援軍の数としてはそこそこだが、相当な精鋭であることには疑いはない。

 そして近衛騎士を背後に控えさせ、それら全軍の陣頭に立って王国の城塞拠点を眺めているのが――

 

「戦帝"バルドゥル・レーヴェンタール"……本当に国の頂点(トップ)が自ら前線に来るとは」

「私も噂にはちょくちょく聞いてたけど、直接見たことはないねぇ~。でも読心で多少は知ってる」

 

 ふわふわ真横で浮かんでいるシールフは、相も変わらぬ調子を崩すことはない。

 

 "戦帝"――その()こそ帝国の象徴である、と言っても過言ではないのかも知れない。

 実際の戦場は大小様々にあるので必ず来たるわけではないが、帝王が来たのは果たして運が良いのか悪いのか……。

 

 

「にしたって――」

 

 俺はゆっくりと息を呑むように、肺へと空気を取り込む。

 

 情報の共有や交渉については三巨頭の一人、"素銅"のカプランに一任した。

 全体を最も把握しているのは彼だし、外交折衝(せっしょう)で最適格なのも彼以外にいない。

 交渉術に関してカプランの右に出る者はいない、俺の隣にいるシールフよりも上だ。

 

 シールフはあくまで読心だけであり、相手の譲歩などを都合よく引き出すには至らない。

 カプランが(つちか)った人心掌握の技術というものは、基本的に魔導にすら(まさ)るのだ。

 

 まず帝国に対して事前に商会の存在を知らせ、焦土戦術のことを伝え、騎獣民族が仲間であることも明らかにした。

 さらには自由騎士団との契約、ワーム海賊の協力があったこと、インメル領の有様(ありさま)と慈善復興および統治の現状について。

 戦況についても現段階でこちらが最低限、開示可能な情報を伝え終えて今に至る。

 

 援軍到着以前に情報は逐一(ちくいち)渡るように整えていたので、面食らうようなこともないはずだ。

 

 (おおむ)ねは予想の範疇であったが……唯一(ただひと)ツだけあまりに計算外の行動があった。

 

 

「ありえねぇ……」

 

 俺はもはやそう吐き出すしかなかった。

 領地と戦域の事情を知った戦帝が、次に取ったその行動とは……。

 

『兵糧を与えよ、その上で叩く。十全な軍を打ちのめしてこそ我が軍の本懐(ほんかい)

 

 シールフは戦帝の模倣(マネ)でもしているのか、普段と違う剥き出しの笑みでそう口にした。

 

 そうなのだ――戦帝はあろうことか、自らの軍が輸送してきた糧秣を王国城塞へと送った。

 敵に塩を送るどころではない。ただただ己が戦いたいが為のやり方だ。

 

 王国軍総大将、"岩徹"のゴダール。彼の身辺情報を勘案(かんあん)するに、降伏するだろうと考えていた。

 しかしそんな思惑は、まったく関知できない領域において否定されてしまった。

 彼らとしても王国軍としての矜持(プライド)というものがあろう。腹が(ふく)れてなお降伏という選択はないようだった。

 

 というよりは降伏しようにも戦帝はそれを許さず、「知ったことか」と攻め滅ぼしかねないような危うさすら感じ入る。

 

 厄災に見舞われたインメル領を放置することで王国軍を呼び込む餌にしたのでは? とは、元インメル領主ヘルムートの(げん)

 迷宮(ダンジョン)街のニアの店で聞いた時は内心笑い飛ばしたが、実のところあれは的を得ていたのかも知れないと思わされてしまう。

 そして恐るるべきは……そんな頂点でありながら、世界最強の軍事国家として、()()()()()()()()()()ということ。

 

 

「そのモノマネが似てるかはさておき。とりあえず消化試合を観戦させてもらおうか」

「似てると思うよ、読んだ記憶の中からそれっぽく統合しただけだけど」

 

 本来の目的は大きく違ったものの、結果的に打っておいた布石が意味を()してくるだろう。

 ()()()()()()()()()――否、盤面そのものをぶち壊す"最後の保険"というものを。

 

 

 

 

 王国軍要塞内――総大将である"岩徹"のゴダールは、違った意味で痛む頭を(かか)える。

 

 帝国軍特使の口から出た、にわかに信じられぬ"食料供給"の申し出。

 しかしそれも……無事糧秣(りょうまつ)が運び込まれるのを見れば、信じるより他なかった。

 

 飲料水に関しては魔術部隊が多く残っていた為に不自由はなかった。

 ただ食事はどうにも限界を越えた状態にあった為、申し出を受けないという選択は不可能。

 警戒は当然解かなかったものの、気を緩ませておいて奇襲を仕掛けてくる――ようなこともなく。

 

 極々平穏に配給を終えて、半日に及ぶ休息まで与えられた明くる朝。

 戦帝の名乗りをもって開戦し、帝国軍の陣容と残存王国軍の駒が並ぶ戦略地図を見つめる。

 

 はたしてこれが救われたと言えるのか、ゴダールは窓の外とを見比べながら目をつぶった。

 

 

「"戦帝"と(いくさ)をするのは久しぶりですかな?」

 

 地響き絶えぬ一室にて、そう悠長に尋ねたのは"火葬士"であった。

 

「将として率いる立場となってからは……な。まさか事ここにおいて糧秣を送って全面決戦など――」

「はっはは、わたくしからすると割と納得の行動です」

 

 この世の大抵のことは思うがままの地位にありながら、戦争という魅力にとりつかれた"戦帝"。

 

「なに、せっかくですから楽しみましょう。どのみち戦帝が満足するまで和睦や降伏は無い」

 

 そして()()()()フォルス公爵家の傍系の血に名を連ね、何不自由なかったが戦場に生きがいを求めた"火葬士"。

 だからこそ戦帝の心の在り方というものが、大いに理解できる部分が火葬士にはあるのだった。

 

「楽しむ、か……貴公もつくづく度し難い男だな」

「軍人であれば、多かれ少なかれ持ち得る気質でしょうとも。勝ち戦だけではつまらない」

 

 そう……帝国頂点の(ちから)をもってしても、常に思うようにいかないのが戦争なのだ。

 だからこそ面白い。だからこそ熱狂できる。だからこそ――人生を懸けるに(あたい)するのだと。

 

 

「さて、無駄話はこのへんにして、わたくしもそろそろ出撃しますか。まさか止めますまい?」

「存分に振るわれよ。魔術士隊は――連れていける分だけ攻勢に使っても構わない」

「ほう、この期に及んだからこそですかな。でも確かに、そうでもしないと戦帝には対抗できない」

 

 3000人からなる魔術士部隊のほとんどは残存し、これまでは交替で要塞防衛にあたらせていた。

 開幕の謎の砲撃で多少の死傷者こそ出たものの、他の部隊と比すれば損害は非常に少なく済んだ。

 高い実力と軍列の好位置、事後対処および整然とした退却があってこその成果である。

 

 その内――直近まで防衛や治療などに当たっていた者は除いたとしても……。

 余力の全てを賭して帝国軍と一戦交えても構わないと言うのだから、なんともはや豪気な判断であった。

 

「貴公の実力()信頼している。どのみち出し惜しみは、いらぬ損失を招くのみ」

「これはこれは、熱も上がるというものです」

 

 卓越した魔術士の損失とは、王国にとっても非常に大きな痛手となってしまう。

 特に"魔術騎士隊"は大隊長と精鋭が失われ、貴重な飛空魔術士で構成された空軍が全滅したのも大損害。

 専門ではないものの魔術士を多く含んだ正規兵の死傷、および装備していた魔術具の紛失・破損も小さくない。

 

 奴隷も要塞内に残るのはほんのわずかな小間使いのみで、ほとんどを放逐(ほうちく)せざるを得なかった。

 こたびの戦争がいかに苛烈(かれつ)艱難(かんなん)極まるものだったのかが察せられる。

 

 

「こちらも時を置いて援護する、それまでは頼んだぞ」

「無論です、我らが御大将。やはりあなたの下で戦うのは悪くない――いや光栄ですよ」

「……さっさと()け」

「ではまた、()()()()()()()ことを(とも)に祈りましょう」

 

 そう言い残した火葬士は退出し、ゴダールは思索にふける暇もなく、決断と共に立ち上がる。

 

 もはやこの戦争は"戦帝を満足させる"という、ただその一点にしか意味がないとさえ言えよう。

 つまりちまちま防衛して長引かせることは……彼の機嫌を損ねることになりかねない。

 

 王国からの補給はもはや期待できず、帝国軍も二度目の糧秣をよこすようなことはありえない。

 円卓の魔術士についても、事ここに至って介入してくるような期待を(いだ)くことはできない。

 あるいは既に封じ込められている、と見るほうが自然というものだった。

 

 

 

 負け戦なのは火を見るより明らかであり、多少の犠牲は覚悟の上で激突は必至。

 

 敗戦の責任についても、全て己が負う立場であるなら――最後くらい派手にやりたいものだと。

 それこそが結果的に、王国軍の武威と矜持(きょうじ)を示し、損害を最大限減らすことができる方策。

 

(火葬士にああ言った手前、度し難いのは変わらぬか――)

 

 もはや気負うことをやめ、食事も十分に()って充実した心身の"岩徹"は心底で笑う。

 

 表情には一切出さないまま要塞の中心に手を当てると、己の肉体の一部のように魔力を通していった。

 

 


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