異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#168 戦争終結 IV

 商会の陣地内上空をエアラインスケーティングしつつ、俺は次に"荒れ果てる黒熊"のバリスを探す。

 答えはほとんどわかりきっているが、それでも問わねばならないことがあるからだった。

 

 すなわち戦後の交渉について、帝国側と立ち会うかということ。

 

 十中八九バリスは席に座ることはなさそうで、バルゥもあくまで立場は指揮官の1人に過ぎない。

 ソディアには参加してもらいたいところだったが……彼女は彼女で立場が特殊である。

 既にあの浮島拠点へと帰ったという話であり、あとはこちらが約束を果たすだけとなっている。

 

 またベルクマンら自由騎士団は、契約主はあくまで共和国の大商人エルメル・アルトマーである。

 指揮系統としてはこちらに従ってくれてはいるものの、商会に帰属しているわけではない。

 

(個人的には親交を厚くしたかったが――)

 

 今後の為にも――別途に追加報酬を支払うことも考えていた。

 しかしながら彼らには厳格な規律(ルール)があり、普通に断られてしまった。

 契約とは事前に交わしておくものであり、不確定要素(イレギュラー)の対応があってもきちんと精査する。

 

 確かに実際的な問題として、各国から多様なワケアリ人物を受け入れる自由騎士団の性質はかなり厄介である。

 彼らにとってそうした(おきて)はことのほか強固であり、守るべき絶対の(ライン)としているようだった。

 

(だからこそ生まれる鉄の結束、か)

 

 自由騎士団の在り方が、改めてよく理解できたという話。

 

 

「ん、おぉ……?」

 

 俺は一度滞空したまま止まり、戦場の光景に感嘆の声を漏らした。

 王国軍が籠城していた城塞は崩れ(・・)、その代わりに巨大な岩塊のゴーレムが鎮座している。

 それが腕を勢いよく振るうたびに、巨岩の質量が帝国軍へと向かっていった。

 

「"あれ"が王国軍の総大将か……円卓じゃなくてもやるもんだな」

 

 ゴーレムの中心より上、"胸部あたりに埋め込まれた男"がたった1人でゴーレムを操作しているようだった。

 射出によって欠損した腕を再生するように、本体の質量と大きさは少しずつ小さくなっていく。

 

 しかして城塞だったモノを使った、まさに最終兵器と言って遜色(そんしょく)のない圧倒的な質量攻撃。

 王国の魔術士部隊もそれに連動するように展開していき、押せ押せだった帝国軍と拮抗(きっこう)し始める。

 

 さらに上空の帝国竜騎士相手には、散弾礫(ショットガン)のように細かくして撃ち放っていく。

 とはいえ竜騎士はそんな攻撃も角度をつけて防壁魔術を張り、しっかりと防ぎきるあたり本当に練度が高い。

 

 

(ただ"双術士"のゴーレムに比べれば……あんなんでも大したことないんだろうな)

 

 交戦したフラウから聞いていた話と、実際の戦場に刻まれていた惨状を思い出す――

 一体何をどうしたらあれほどまでに地形が滅茶苦茶になるのか、是非とも怪獣決戦を見たかった。

 

 凶悪超大な四属ゴーレムも、双術士にとっては魔術のレパートリーの一つに過ぎず。

 そしてフラウもまた、引力でゴーレムを作るとは……なかなか面白いことをやるようになったものだと。

 

「まぁあんなレベルの地属魔術士がゴロゴロいたんじゃ、塹壕(ざんごう)なんか意味ねぇわなあ」

 

 戦史においては代表的な戦術の1つではあったが、魔術士戦においてはさほど有効なものでもなかった。

 なにせ根本的に個人が持つ機動力と索敵能力、伴う火力が違いすぎるという部分が挙げられる。

 もちろん局所的に有用となる場面もあるが、少なくとも商会軍にとっては持ち味を殺すばかり。

 

 

(バリスから逃げおおせた"岩徹"のように、地中を直接移動できるレベルもいるしな……)

 

 王国軍は魔術戦では世界最強クラスであるし、掘った穴がそのまま墓穴になりかねない。

 テクノロジーを含めて現代知識の多くは有効なれど、地球のそれが通用しないこともままあるのだった。

 

「……質量残弾を使い切ったらいよいよ終わりかね」

 

 帝国軍は薄く半包囲するように展開して、致命的な被害は()けているようであった。

 王国軍は逆に魔術士部隊を中心として、放射状に隙なく陣を組んでいて、なかなか対照的に見える。

 

 後方に控える岩塊ゴーレムの攻撃も強力ではあるが、帝国軍にはさほどの損害を与えるには至っていない。

 それだけ戦帝率いる帝国本軍が、精鋭揃いでやって来たということだろう。

 

 

 瞬間――空間が連鎖して歪むような視界から、一拍(ワンテンポ)遅れて衝撃波が周囲一帯を駆け巡った。

 四つ重なるような轟音を伴った衝撃は、自動的に"風皮膜"によって受け流されていく。

 

「爆発魔術か、珍しいな」

 

 俺は冷静に戦場を()ながら分析する。(はな)ったのは"戦帝(・・)"その人のようだった。

 四連爆破は岩塊ゴーレムに炸裂し、質量の4割近くを削り取って原型を崩壊させる。

 

 俺が使用する"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"より、威力は格段に小さいものの有効射程はかなり長い。

 さらに瞬時に連鎖させるように魔術を使うことで、火力もかなりカバーしているように見受けられる。

 

「戦帝……円卓並かそれ以上――帝国の武力においても頂点と噂されるのは、過言じゃないのか」

 

 絶対的強者の定向進化を()でいくような……実力主義の帝国に在りながら、一度として王の座を譲らなかった血族。

 連綿と続いてきた血は、神族も魔族も亜人も獣人も関係なく……あらゆる血を取り込み進化してきたらしい。

 

 それでも生まれる子の多くが人族であり、歴代の帝王はほとんどが"人族"である。

 また帝王とならなかった一族の多くも、相応の実力をもって何がしかの要職に()いているとか。

 

 

(つーか自らが"鬼札(ジョーカー)"って性質(タチ)悪すぎんだろ……)

 

 核の抑止力のように――無用の犠牲を()ける為。

 また国家の軍事力に直接的に結びつく強戦力の喪失を防ぐ為。

 

 "伝家の宝刀"はお互いに存在を示しても、基本的には抜かずに置いておくのが暗黙の了解。

 それを抜く時とはすなわち、やんごとなき理由……切羽詰まって抜くだけの建前(たてまえ)名分(めいぶん)()る。

 

 慣習とは得てしてそういうもので、それを無視する行為とは対外的にも非難を浴びる。

 

 しかして戦帝は例外中の例外。なにせ帝国の頂点なのだから宝刀にして王冠――()()()()()()()()()のだ。

 だからこそ逆手(さかて)に取れる。最初から宝刀を抜いても、それは相手にとっての利となるゆえに。

 また武力をもって大陸を席捲(せっけん)する彼にとって、弱者の批判など聞くにも(あたい)しないのだろう。

 

 

「普通に考えれば大バカだ……が――」

 

 それを幾度となく実行し、そして今日(こんにち)まで生き残ってきたのがアレ(・・)なのだ。

 戦帝は傾向として全面戦争を好むらしいが、同時に多様性のある戦争の妙味も知っている。

 

 また帝王という立場から、多様な種族で構成された軍を一通りまとめて持ってくるらしいのは、実際に見て納得した。

 その多様性こそがまさしく帝国そのものであると主張し、また象徴するかのように……。

 

「戦帝だけのワンマンってわけでもないのも、また恐るべきところだな」

 

 王国軍の総大将は崩壊した大岩の中に隠れたのか見当たらず、戦帝もそれ以上の追撃魔術は使っていない。

 それは単純に脅威を打ち払ったから興味を失くしたか、あるいは自らが長く楽しむ為であるのか……。

 

(均衡も(つか)()だったか)

 

 円卓の魔術士という伝家の宝刀は、俺とフラウが砕いてしまった。

 戦帝に抗しうるだけの駒はもはや王国軍にはなく、魔術士部隊の魔力もいずれ限界を迎える。

 

 ()()()()()()()()()()のか――ぼちぼち来てもらわないと、これはこれで面倒なことになりかねない。

 

 

 やきもきした気分を覚えつつ、俺は黒と白の対比が目立つ巨躯2人組を見つける。

 そうして撫でるような旋風(つむじかぜ)と共に、熊と虎の近くで浮遊したまま目線の高さを合わせた。

 

「どーも、バルゥ殿(どの)にバリス殿(どの)。くれぐれも乱入は厳禁ですんで」

「開口一番がそれか……、ベイリル」

「ヴァッハハハハハッ!! そう何度も念押しせずともわかっている」

 

「そうは言っても、騎獣民族(おふたかた)の気性を考えれば言い過ぎるということもないかと」

「オレをバリス(コイツ)と一緒にするな」

「根っこのところでは同じのクセに、よく言うわバルゥ。もっともおれとて()()()()()()のと一緒にされては困るがな」

 

 そう言って戦帝を顎でさしたバリス――正直やっていることは変わらないと思うのだが……そこは閉口する。

 

 

 戦帝の(ほう)を眺める粗野で黒い大熊――バリスは当然のように、帝国や戦帝のことも知識として持っている。

 

 蛮族だの野人(やじん)だのと呼ばれるが、実のところ騎獣民族の知的水準は思いのほか高い。

 なぜなら彼らは幼少期にまとまって統一された教養をほどこし、洗礼前に外の世界を知る機会を作っている。

 そして外の世界の情報を持ち帰って、それを次世代に活かす体制(システム)まで構築されていた。

 

 洗礼を受けぬまま民族の輪へと戻らず、人類社会に適応してしまう者も(まれ)に見受けられる。

 ヘタな街や集落の一般民衆よりも、はるかに多くモノを知っている……理性と本能が同居している民族なのだ。

 

 だからこそ今回の戦術も細部まで理解して、軍事行動もしっかりと遂行しきった。

 

「ただなあ……逃がした総大将(エモノ)はこの手で討ち取りたかったものだ」

 

 ゴキリと腕を鳴らすバリスに、バルゥは少しだけ呆れた様子の表情で告げる。

 

「狩猟勝負ではオマエが勝ったのだから溜飲を下げろ、バリス」

「フンッおまえは途中から奴隷回収に走っていたのだから、あれは()()()()だ」

 

 

 対等な関係の二人に俺はわずかな笑みを浮かべつつ、風に流すように話題を変える。

 

「勝負と言えば……戦争もじきに終わります。その後の帝国との交渉についてなんですが――」

「おれは出んぞ、代わりにバルゥが出る」

「バカな、オレは何のしがらみもない。オマエは大族長だろうがバリス」

 

 バリスはフンッと鼻を鳴らすし、俺はポーズとして肩をすくめて見せる。

 

「戦争ならばいくらでもやってやるが、話し合いなんぞ面倒だ」

「まぁそう言うと思ってました。ではこちらに任せてもらっていいですか?」

 

「構わん、もし我らが民の不利益になるようであれば狩る(・・)だけよ」

「もちろん悪いようにはしませんて。もっとも……俺も簡単に狩られるつもりもないですがね」

 

 

 俺はバリスを好戦的な視線を交わし合い、数拍置いてからバルゥがゆっくりと息を吐いた。

 

「二人でばかり楽しそうにするな、その時はオレも混ぜてもらおうか」

「バルゥ殿(どの)? も……ですか、なんか珍しいですね」

 

「円卓を倒した実力は少しばかり興味がある」

「まったくだ。勝手に大物を喰いよってからに」

「役割がそれぞれありましたから、まぁ()の時があれば譲りますよ。しかしバルゥ殿(どの)も興味があるとは――」

 

 俺はそう言いながら迷宮の逆走攻略中途で、バルゥと再会後に互いに語り合った話を思い出す。

 

「あぁ……そういえば奴隷剣闘士時代に、円卓と色々あったんでしたっけ」

「そうだな、連中の何人かにとっては(たわむ)れだったのだろうが、少しばかり因縁があった」

「それらを全部跳ね返して"今"があると」

「まあな。ついぞ本人らと()れることがなかったのがいささか残念だった」

 

 

「んっ――?」

 

 俺は大気の微妙な流れから、上方で移動する影に気付いて顔を空に向ける。

 少しだけ目を()らすと――はたしてそれはホウキに乗ったシールフ・アルグロスであった。

 その強いイメージゆえに他の魔術が使いにくくなる魔導師でも、お構いなしで他の魔術も使う"燻銀"。

 

「あれは……魔導師だったか」

「子を産ませる女以外に興味はないが、強いのか?」

 

 俺につられて見上げたバルゥとバリスも、その持ち前の視力であっさりと誰か判断していた。

 

「とりあえず白兵戦が通用する相手じゃないですよ」

「それでは(たぎ)らんな」

「つくづく選り好みが激しいヤツだな、昔からオマエはそうだ」

 

 そう言って視線を戦場へと戻すと、バリスとバルゥも同じようにまた観戦モードに入る。

 

 

(わざわざ無駄にホウキに乗って飛行とは……俺の記憶の影響だな。にしても――)

 

 そこで()()()()()()()()。さらに双瞳は自然と動き、"たった1人の男"に対して釘付けになる。

 帝国軍でも王国軍でもない、ただ双方がぶつかり合う直上、"天空から落ちてきた男"。

 

 その人物が着地したところで、帝国軍も王国軍もその攻撃の手がすぐに()んでいく。

 

 各軍勢に波紋が伝播(でんぱ)していくように、水を打ったような静けさが戦場に満ちる。

 

 

「くっは……ははっは――」

 

 じんわりと意識を回復させつつ俺は、失笑しながらバリスへと問い掛けた。

 

「はっふふっ……バリス殿(どの)、アレとは戦いますか?」

「バカな、おれが好きなのは"狩り"だと言っているだろうが」

「何度となく噂には聞けど、ついぞオレも見たことはなかったが……なるほど(たが)わぬな、"戦場(いくさば)荒らし"の――"五英傑"」 

 

 知識深きバルゥの言葉を反芻(はんすう)しながら、俺はそのまま浮き上がってシールフの元へと向かう。

 

(ようやく来た――)

 

 帝国軍によって既にシップスクラーク商会の手から離れていた戦争は、遂に真なる終結を見るのだった。

 


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