異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第三部 5章「戦後処理と報奨」
#173 論功行賞 I


「論功行賞……?」

 

 "折れぬ鋼の"にぶっ飛ばされて、ハルミアの膝枕から目を覚まして(のち)

 彼女の治癒魔術のおかげで傷は残ってないものの……まだ痛む気がする左頬を抑えて本営へと戻る。

 そこで伝えられたカプランの言葉を、頭の中で何度か繰り返した。

 

「そうです、なにせ円卓二席を倒したのですから当然のことかと」

 

 考えてなかったわけではないものの……確かに、帝国領の戦争で挙げた功績。

 その戦果に対して(むく)いるということはなんら不思議なく。そうした行事もさもありなん。

 ただそうした(たぐい)は全て商会それ自体に集中させるつもりだったのだが──

 

「なお戦帝が自ら個別に呼び出して与えるそうです」

「まじすか……」

 

 戦帝が"折れぬ鋼の"を相手に戦っていた光景を思い出しつつ、俺は大きく肩を落とす。

 世界最高クラスの権力者であり、しかもあの気性……正直あまり関わりたくはない。

  

「他の戦果に関してはまだ詰めていく段階ですが、おおむねインメル領と商会の名で大丈夫かと思います。

 たださすがに円卓の魔術士を単独で撃破したと広まってしまった以上は、興味を惹かれてしまったのでしょうね」

 

「もし断ったとしたら──」

「気分を害すことでしょう、ここは出向くしかないかと」

「怪我が酷いとか、体調不良とかならどうですかね?」

「問題を先送りにするだけで、解決にはならないでしょうね」

「……ですよねー」

 

 俺は溜め息を一つ吐き出して、眼の前の現実を受け入れる。

 下手に時間稼ぎをしたら、余計に目をつけられるだけの悪手にもなりかねない。

 

 

「そういう面倒事は()けておきたかったんだが──」

 

 顔と名を売ることはいつでもできる。だが一度目立ってしまえば、それはもう不可逆だ。

 まして500年どころか、それ以上生きる予定なのだから……。

 

「"折れぬ鋼の"を相手にした時みたいに、顔隠しときゃ良かったんだよー」

 

 そう言ったのは椅子を逆向きに、股を開いて座るシールフであった。

 背もたれの上に顎を乗せて、音を立てずにゆらゆら前に後ろに椅子を動かしている。

 

「さすがに全力全開(ガチンコ)()ろうって時に、あんな目障りなモンつけてられんし」

「うっははは、まっこういうのも慣れときなって。遅かれ早かれそういう時期は来るもんさ」

 

 他人事であり面白がっているシールフを傍目(はため)に、俺はカプランに尋ねる。

 

 

「ってことはフラウもですか?」

「いえ……彼女が円卓十席を倒したことは広まっていません」

「えっ──なにゆえ俺だけ?」

「十席の本陣周辺一帯があまりの惨状(さんじょう)すぎて、目撃者が誰一人いませんでした。死体も残ってないので、生死不明扱いだそうです」

 

 確かに帰陣途中の空から見た双術士の本陣は滅茶苦茶であった。

 フラウが埋まっている可能性も考えて、しばらく周辺を生命探査したくらいだ。

 

「でも筆頭魔剣士も死体は残ってな──あぁ……魔鋼剣が残ってたな」

 

 肉体は全て灰塵(かいじん)()したが、テオドールが使っていた武器はそのまま残っていた。

 ケイ・ボルドが欲しがったものの……恩人である彼女でも、そこは遠慮してもらった。

 残された武器と弟子の遺体は丁重(ていちょう)に王国へと帰す予定であり、それが帝国の耳に引っかかったのだろう。

 

 

「そういうことです、あと商会内で広めた者も──それが廻り巡って耳に入ったのでしょう」

 

 人の噂に戸は立てられぬと言うが、それでも俺は思わず眉をひそめた。

 一体誰が言いふらしたというのかと──シールフがすぐにネタばらしをしてくれる。

 

「ちゃんと口止めしとくべきだったねー、我らが愛弟子(まなでし)とそのご学友にさ」

「……なるほど、それは失念していた」

 

 ケイとカッファの性格を考えれば、あれこれ触れ回ったのもうなずける。

 プラタ相手に、実際に見ていた内容を興奮して話しただろうことも想像に難くない。

 

(後輩からの純粋なリスペクトからの行動である以上──)

 

「邪険にはできないわな」

 

 そう口にしたのは俺ではなくシールフであった。

 

「俺の心を食い気味に読むな」

「あっはは、私とベイリルは"ペアリング"強いから。多少は流れ込んでくるのは諦めれ」

 

 現代知識を読んで理解してもらう為に、深層まで強く繋がった副作用とも言える。

 テューレの視界共有程度なら、一時的なもので済むのだが……。

 しかし俺とシールフのそれは、もはや無意識的な絆に近いものがあった。

 

 

「まぁいい。ケイちゃん……彼女がいなきゃ割と普通にマズかったしな」

 

 途中で"天眼"に覚醒できていても一瞬ぽっち。あの門弟集団を倒せるかと言えば不可能。

 相手にせず飛んで逃げようにも、テオドールの超長大ブレードに斬断されて終わっていたのは明白。

 

(さらに言えば……)

 

 暗殺していた時に、テオドールに発見されてしまったのを思い出す。

 あの場はすぐに離れたものの、その時点で多数に目撃されただろうし、追撃もされてしまった。

 

 結局は逃げおおせたものの、円卓二席の言葉と共に、王国軍内で素性の一部はバレていただろう。

 なにせ現代地球に比べれば、圧倒的に娯楽の少ない異世界。

 ネットはおろか電話や無線などなくても、(ゴシップ)や情報の伝達速度というのは存外早いものだ。

 

 捕虜などから情報を得て、アタリをつけられて調べられる可能性も十分考えられる。

 なればゴチャゴチャ突っ込まれて調べ上げられるより、こちらから開示するほうがまだマシであった。

 

 必要な情報だけを与え、真に隠したいことは徹底的に煙にまくとしよう。

 

「しょうがない。ここは一つ吹っ掛けて、報酬を吊り上げるくらいの気概でいこうかね」

 

 

 

 

 帝国大本陣──王の天幕内の玉座に座る偉丈夫を前にして、俺は(うやうや)しく(ひざまず)いて(こうべ)を垂れる。

 

「楽にせよ」

 

 そう一言あってから、俺はゆっくりと顔を上げて真っ直ぐ視線を交わす。

 "折れぬ鋼の"と戦っていた時とはまた違った、まさに王の王たるオーラとでも言おうか。

 負わされた怪我も既に完治しているようにも見受けられ、ただそこにいるだけで不思議な圧力を感じ入る。

 

「名は?」

「ベイリルと申します、レーヴェンタール陛下」

 

 "戦帝バルドゥル・レーヴェンタール"。

 特に帝王自ら名乗ることはなかったが、こちらも知らぬということはない。

 元々俺は帝国人であるし、まして世界各国のトップの名前くらいは教養として全員知っている。

 

 

「エルフ種か?」

「ハーフです、年は十七を数えます」

 

 実年齢に比して容姿の若さを保つ長命種の礼儀として、種に言及する際に年齢を言うのはセットである。

 平時であればさほどでもないが、帝王ほどの人物を前にしては礼儀を欠く行為にもなりかねない。

 

「若いな……ちょうどこの(いくさ)に参じている我が息子、"ヴァルター"と同じか」

 

 戦帝は顎に手を当てると、値踏みするようにこちらを見据える。

 周囲の者達……"折れぬ鋼の"に挑んでは(やぶ)れていった顔ぶれも散見された。

 

 しかし勲章をつけてそれなりの地位にいるだろう彼らは、一切の口を差し挟むことはないようで。

 それだけ頂点の権威というものが、よくよく(うかが)い知れるというものだった。

 

 

「聞いた話では……帝国人だそうだな。たしかに帝国(なま)りもあるようだ」

「亜人特区に住んでおりましたが、"炎と血の惨劇"に見舞われまして……」

「なるほど、あの事件か。かなり広範囲に渡って焼かれていたな」

「わたくしが住んでいたのは"アイヘル"という小さい街でした……既に存在していませんが」

「その経験が、貴様を強くしたと」

「はい、そうなります」

 

 口角を大きくあげた戦帝は、目を見開きながら言う。

 

「失った物よりも多くを得る奴は好きだ」

「……恐縮です」

「円卓を倒すだけの強さを──かの悲劇は与えてくれたわけだ」

 

 戦狂いの帝王らしい考え方であった。感傷といったものは微塵にもない。

 故郷を失ったという事実よりも、そこから得た"今"をこそ評価する。

 

「もしも戦働きに対する報酬を(たまわ)れるのであれば──」

 

 帝王の話に乗っかるように、俺は心の奥底でくすぶっていた感情を吐き出した。

 

 

「"かの事件の真相"を知りたく存じます」

 

 フラウと離れ離れになり、"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"に買われる原因となった事件。

 俺達が住んでいたアイヘルの街だけでなく、他にも複数の集落被害を出した炎と血の惨劇の日。

 

 気にならないと言えば嘘であり、母を探す手掛かりにもなるかも知れない。

 商会の情報網を使って(おり)を見て調べてもいたが、判然としない曖昧(あいまい)な事柄ばかり。

 それは本当に謎であるからなのか、あるいは帝国そのものが関与し隠蔽(いんぺい)などをしたからなのか。

 

 もし後者であるならば、戦帝からなんらかの反応(リアクション)が得られるかもと吹っ掛ける。

 

「そうだな……──」

 

 言葉を紡ごうとする戦帝の一挙手一投足、表情や心音に至るまで全神経を集中させ、俺は固唾(かたず)を呑んで見守った。

 

 

 


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