異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第一部 3章「備い待たば、日和あり」
#09 成長 I


 

 子供の成長というのは、存外凄まじいものだ──

 

(つくづく思い知らされるな……っと!)

 

 ジェーンと"手作りの将棋"を指しつつ、そう心中で()めてベイリル(おれ)は一手進める。

 昼食後の休憩時間。いつの間にか子育ての日々を思うさま堪能(たんのう)し、充実した(せい)を過ごしていた。

 

「ん、これで王手詰み(チェックメイト)ね」

「げぇっ……まじか」

 

 一念発起し決意した日から、時間を掛けて慎重かつ大胆に……地道で欺瞞(ぎまん)な活動を続けてきた。

 8日一週、10週一季、5季一年、かれこれ6年弱。"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の(もと)腐心(ふしん)してきた。

 

 こちらの種々の手解きの甲斐(かい)あってか、ジェーンもヘリオもリーティアも──

 そして俺自身も順当に育っている、もはや宗道団(しゅうどうだん)の保護など必要としなくてもいいほどに……。

 

 

「これでついに俺の負け越しか、ジェーンも強くなったもんだ」

「昔からの負けを取り戻すまで長かったー、これで今度からはベイリルが挑戦者側ね」

「ああ、精進(しょうじん)するよ」

 

「ヘリオとリーティアも挑戦してよぉ」

 

 そうジェーンは口唇を尖らせつつ、惜しむような視線を二人に送る。

 しかしてヘリオとリーティアは我関せずと言った様子で返す。

 

「麻雀ならいいぜ」

「ウチは"人竜"がやりたいな~」

 

 幼少期からのカルト洗脳──へ対抗する為に、俺は様々な手段を講じてきた。

 "文明回華"という野望を前に、"文明を促進させる為の組織"を作った時のことを考えて……。

 絶対に裏切らない仲間を作っておこう、という打算があったことも否定はしない。

 

 だがそれ以上に、子育てに面白味と喜びを見出(みいだ)してしまっていたのだ。

 子供の好奇心と集中力と吸収性とは、かくも恐ろしい。打てば思っていた以上に響く感覚に没頭してしまった。

 

 

(思えば……フラウと一緒にいた時からそうだった)

 

 幼馴染だった少女もあの頃は本当に、俺の諸々(もろもろ)に付き合わせてしまった。

 教育という意識はなかったが、知らず知らず幼馴染も学んでいた。

 

 少しずつ俺のやってることを理解し、時に以心伝心のように察し合うこともあった。

 つるむようになって日が短いラディーアにしてもそうだった。

 

 しかしここでは集落で過ごすのと違って、セイマールの授業と宗道団(しゅうどうだん)の教義とが先に立ってしまう。

 

 

 教育にあたってまずすべきであると考えたのは、世界の広さを教えるということである。

 そうは言っても俺自身、異世界については伝聞と一冊ぽっちの書物で知っている程度。

 

 とんと知らないことばかりなので、ひとまず己の歩んだ人生から様々なことを教えた。

 

 童話から教訓を学ばせ、歌と踊りで心身を豊かにし、芸術で創造力を高める。

 さらに少人数で可能なスポーツや、将棋なども(たしな)む。飲食バイト時代に(つちか)った調理・料理。

 トランプや花札にダーツや麻雀。人狼(・・)あらため人竜(・・)のような駆け引き、思い出せた限りのボードゲームなど他にも色々。

 

 さらには俺が知り得る範囲での、"世界の仕組み"を教え続けた。

 実体験談や記憶にある娯楽物語まで、科学世界の夢や浪漫も語り尽くしてしまうほど。

 

 

(洗脳教育に対し、洗脳し返した……と言っても過言ではないのかもな)

 

 それを言ったら後天的教育というものは、全て当てはまってしまうかも知れない。

 

 たとえば地球でも迫害の歴史と共にあったユダヤ人などは、非常に優秀な民族だ。

 人口比で言えば圧倒的に少ないにも関わらず、ノーベル賞輩出者は異様なほどに多い。

 さらに──世界に名立たるトップ企業の多くが、ユダヤ系によって占められている。

 

 かのロスチャイルド一族なども含めると、その経済力はまさに世界を(なか)ば実効支配していると言えるほどの影響力も否定しきれない。

 そうした民族性は、血統や遺伝的要因よりも……やはり"ユダヤ教徒"としての実践的な教えに基づくものが多いと思われる。

 

 

(人格形成も、突き詰めると教育を含んだ環境要因だもんなぁ……)

 

 なんにしても都合良く操る為のカルトの教義に染まることに比べれば、俺のそれは幾分マシというものだろう。

 あくまで情操(じょうそう)教育の一環としてであり、思考を凝り固まらせないように意識付けをさせる。

 

 物事の是非(ぜひ)を、三人が自分自身で判断できるようにしたかった。

 

 さらに言い訳をするのであれば、ただ"楽しかった"のだ。

 無垢な子供と向き合い、語って聞かせ、頭や体を動かして遊ぶということが。

 精神性は肉体に引っ張られるという話も……あながち嘘ではないように思える。

 

 

 公的でも私的でも、人は与えられた環境に応じた仮面であり側面であり外面と内面を持つ。

 

 たとえば赤ちゃんには赤ちゃん言葉で話すように。

 懐かしい友人と再会すれば、当時のノリのまま馬鹿話で盛り上がるように。

 開き直ってしまえば、俺は童心に返り咲いていた。

 

 裏心のない至極正直なコミュニティで、思うさま子供の身分を謳歌(おうか)してしまった。

 

 全幅(ぜんぷく)の信頼に対して、無償の愛情をもって互いに寄り添う。

 ありとあらゆる事柄(ことがら)を、同じ目線で分かち合っていくこと。

 

 もう遥か忘却の彼方な、幼少時代の体験を改めてエンジョイした。

 ついぞ元世界の人生では(えん)のなかった、親心をも同時に味わった。

 

 

(あぁそうだ……この子らの為なら、命だって惜しくない)

 

 まさに家族──我が子のようであり、同時に兄弟姉妹でもある。我ながら"超溺愛(ちょうできあい)"にしてしまっている。

 こんな感情を得られただけでも、もう(むく)われていると言ってもいいし後悔はなかった。

 

(……脱走を(くわだ)てても、いい頃合いかもな)

 

 俺自身を含めてみんな着実に成長している。

 一緒に行こうと言えばきっとついてきてくれるに違いない。

 

 しっかりとした計画を練るのは大前提だが、脱出して雲隠れするのは充分狙える範囲だろう。

 その後4人で生活をしていくにしても、十分なほどの(ちから)を得ているはずだ。

 

 ただそれでもリスクを考えるのであれば、このまま表向き信者として解放されるまで待っても良い。

 そうして市井(しせい)に配置でもされてから、知らぬ存ぜぬで逃げてしまうほうが……より確実であろう。

 

 

「じゃぁ一対一(サシ)で勝負できるものにしましょう? ヘリオ」

 

 ジェーン──肉体年齢では一つ上の最年長。

 子供の頃から備わっていた端正さが、より一層際立った形で育った。

 身内贔屓(みうちびいき)抜きにして、エルフ種にも負けず劣らずの美人だと太鼓判(たいこばん)を押せる。

 

 藍色の髪をポニーテールに()い上げ、キリっとした力強い銀色の瞳に毅然(きぜん)とした意思を秘めている。

 

 彼女なりの正義感と誠実さ。理知で合理からくる冷静さ。不正を好まない真っ直ぐな性根。

 不断(ふだん)の努力を欠かさない──裏打ちされた自信とリーダーシップ。

 

 運ではなく頭を使う戦略的なゲームを好み、運動もスポーツも戦闘も積極的にこなす。

 融通(ゆうずう)()かない頑固さも残り、意地っ張りな部分もあるものの……文武両道を絵に(えが)いていた。

 

 生来もっていたそれと、この何年かで熟成された母性もとい"姉性"によって面倒見が非常に良い。

 おそらく他人であっても、困っている人見れば放っておけない性質(タチ)であろう。

 

 まだまだ少女の面影(おもかげ)を残しつつも、既に出ているところは出ている引き締まったボディライン。

 芯が一本通ったよく響く美声と、()き通るような心地良い歌声。

 人族でありながら鬼人にも狐人にも、ハーフエルフにも負けない潜在能力(ポテンシャル)を発揮している。

 

 

「はっいいぜ。次は魔術実践の時間なんだし、どうせなら外でなんか()ろう」

 

 ヘリオ──見た目だけなら好青年。肉体年齢では一つ上の兄。

 無造作に揃えた短めの白髪(はくはつ)に、メッシュのような赤髪束が覗いた成長途中の一本角。

 

 だが口を開けばチンピラじみたところも散見され、よくよく見知っていなければ近寄りにくさもある。

 少しばかり軽薄で(しゃ)に構えた部分もあるが、その実純朴(じゅんぼく)な面も持ち合わせていた。

 

 義理堅い一面があり、真剣(マジ)の相手には本気(マジ)でぶつかる。

 直情的で時に不誠実だが、きっかり筋は通す心根。

 地頭(じあたま)は悪くなく、意外となんでもそつなくこなす優等生的な一面があった。

 

 本質的には勉強は好まない感覚派で、体を動かすほうをめっぽう好む。

 さらには闘争にも大きな(よろこ)びを見出すタイプだった。

 

 年若くとも鬼人族らしい洗練された骨格に、鍛錬を重ねた筋肉を搭載している。

 ひとたび歌い出せば、(つや)がありよく伸びるテノールボイス。

 

 鬼の誇りと気性を十二分に、己が道を歩んでいた。

 

 

「みんなで日向ぼっことか、どぉ~かな?」

 

 リーティア──肉体年齢は多分(・・)同じだが、みんなにとっての快活な妹。

 大きな狐耳とボリュームたっぷりの、ふかふか尻尾を生やす狐人族の少女。

 美人さよりかわいげを全面に押し出しているのは、幼少期から今も変わっていない。

 

 一本一本が細やかに風に流れ揺れるような、肩口まで伸びた金髪。

 鮮やかな炎色を双瞳に宿し、常に好奇心に満ち満ちている。

 

 その精神はいつだってアンテナを張って、楽しめる何かを探していた。

 無気力・自堕落かと思えば、一転してアクティブに集中するムラの多さ。

 そのメリハリこそが、彼女の資質を最も引き出している要因なのかも知れない。

 

 元世界(ちきゅう)の様々な知識をよく吸収し、さらにはもう既に自分の中で、独自に組み立ている(フシ)すら見受けられる。

 少女の感受性の高さは、半端な知識を彼女なりに噛み砕き咀嚼(そしゃく)する。

 そうやって知識群と想像を増幅させ、彼女流の"理解"にまで至らしめていた。

 

 ギャンブル性や駆け引きのあるゲームが好きで、獣人種ゆえに運動も得意である。

 正直なところ俺もジェーンもヘリオも、甘え上手な末妹に負けない為──そんな一心(いっしん)で修練に励んでいる部分は否めなかった。

 

 身長を嵩増(かさま)ししている狐耳に目をつぶれば、女の子らしい相応で小柄な体躯(たいく)

 はきはきした聞き取りやすい声音だが、テンション次第な部分がある。

 

 歌唱よりは、絵や彫刻といったほうを好む芸術肌な一面。

 親バカかも知れないが、彼女は言うなれば"天才"の域に達し得るだろう。

 

 

「まっ何をやるにせよ、とりあえず外に行くか」

 

 順繰(じゅんぐ)りに姉兄妹へと目を移しつつその成長っぷりを再確認し終え、俺は立ち上がる。

 

 着々と隠し、演じ、装い、(ちから)をつけてきた。

 あとは用心し周到(しゅうとう)な情報収集と並行して時機を待つ。

 

 脱走か──摘発(てきはつ)か──潜伏か──壊滅か──はたまた乗っ取りか──

 俺は唇の端を上げ、心中で愉悦を浮かべる。

 

 俺達が教義の為の踏み台じゃあない、連中こそが俺達の為の踏み台なのだと。


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