異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#175 論功行賞 III

()り合うか、全力でな」

 

「……全力で、ですか」

 

 俺は顔を上げて戦帝の顔を見据えつつ、予想していた言葉に思考を回し続ける。

 彼我の戦力分析は先の王国との決戦風景と、"折れぬ鋼の"との一対一(タイマン)を観察してよくよくわかっている。

 勝てる可能性はほとんど無い。戦帝も俺が円卓を倒していると知っている以上、油断や慢心は見せまい。

 

(それでも付け入る隙があるとすれば──開幕速攻、か)

 

 九分九厘(くぶくりん)負けるが、勝つ可能性がほんのわずかにでもあるとすれば……やはり不意討ちまがいの確殺しかない。

 

 

(爆属魔術よりも速く、なによりも速く駆け抜けるような決め打ちをすればあるいは)

 

 ただもし仮に、万が一にも、首級(クビ)を獲れたとして、はたしてどうなるか……タダで済むわけがない。

 いくら帝国が実力主義を(うた)っていようとも、実際的な簒奪(さんだつ)は過去に前例がない。

 彼自身もカリスマがあり、武人達に多く慕われ、憧憬され、尊敬の念を(いだ)かれていることは疑いなし。

 

(初見の俺ですら、惚れ惚れするくらい参考にしたくなったからな)

 

 つまり身分を隠して、孤高を()でいく"折れぬ鋼の"を殺そうとした時とは状況(ワケ)が違う。

 俺の素性は知られているし、帝王を殺したとしたらそれは商会そのものにも波及しかねない大事態。

 

(帝国の頂点を現段階で殺すのは、まったく予想のつかない悪手……)

 

 勢い余って、などという名分あっても言い訳には決してなるまい。

 それに少なくとも戦帝の気性は非常にわかりやすく、現段階では互いの印象も悪くない。

 

 

 戦争行為を吹っ掛けまくるのは厄介ではあるが、それでも彼の行動自体は予測しやすい部類に入る。

 

 帝国が内乱状態になって、外交関係や戦争状態が滅茶苦茶になったり……。

 先の読めない人間が新たに帝王となるよりは、戦帝の(ほう)幾分(いくぶん)(ぎょ)しやすいというもの。

 

(殺さずに勝てたとしても、それはそれで面倒)

 

 ただでさえつけられている目が、どうなることやら。まぐれ勝ちすらも後々(のちのち)のことを考えると恐ろしい。

 敗北しようにも殺されるという危険はついて回るし、本当に性質(タチ)が悪いことこの上ない。

 

(問題は……上手いことお茶を濁せるかどうか)

 

 もしもあからさまな手加減がバレれば、心象を悪くすることは確実。

 綱渡りのように的確な戦術を選んで立ち回る必要がある。

 

 

「──なに、遠慮することはないぞ。その武力を存分に示すがいい」

 

 玉座から立ち上がり、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべる戦帝に俺は半眼になってしまう。

 しかしすぐに横にいた人間が一歩前へと進み出ていた。

 

「戦帝、それはしばしお()めください」

(さえぎ)るか、"シュルツ"……帝王たるこのオレを」

 

 シュルツと呼ばれた男へと、目を鋭く叩きつける戦帝。

 勲章を見るに、おそらくは"上級大将"と思しき男が帝王を制止した。

 

 つまりそれまでは黙して見ていた者達も、いくらなんでも静観するわけにはいかないということか。

 俺は内心で安堵の息を吐きつつ、上手い流れで意見に乗っかろうと様子を見る。

 

「見た目には完治していても、見えぬ怪我と疲労はいまだ(ぬぐ)えますまい」

(いくさ)とは常に万全の状態であるとは限らん。むしろ手負いこそ最も恐るべきと知れ」

 

 

(う~ん、この……戦争狂(ウォーモンガー)ほんと筋金入りだな)

 

「では彼も手負いにいたしましょう。さすれば陛下と五分の状況を作り出すことができます。

 円卓二位を倒すほどの猛者においては、そうですね。まずこのわたしが出ねばならないでしょう」

 

(──はぁ!?)

 

 心中で俺は思い切り叫ぶ、何が何やらわからない。戦帝を止めておいて、自分が闘う気なのか。

 というか俺だって五体満足というわけではない。"折れぬ鋼の"相手にぶっぱした反動が奥深く残っている。

 

「シュルツ貴様……言いよるわ、このおれから闘争相手を横取りするつもりか?

 第一に貴様もまだ"折れぬ鋼の"にやられた傷が完治していまい、それで戦おうと言うのか」

 

 すると上級大将シュルツは、澄ました顔でのたまう。

 

「手負いこそが最も恐るべきですので」

「おまっ……! オレの言葉を──」

 

「帝国軍人たるもの……軍属としての立場はともかく、心根(こころね)は陛下を最上としています。

 ここにおいて身を引くような意気は、戦帝の部下にあらず。たとえ戦帝が相手であろうとも」

 

 

 屁理屈をのたまうシュルツに、戦帝は一度(ちから)を抜いてドカッと玉座へ座り直す。

 

「ふんっ、ならば他の者らも皆そう言えるのではないか?」

「では痛み分けということで、全員でここは我慢するということでどうでしょう」

 

 ぬけぬけと言い放たれた戦帝は、争気(そうき)を霧散させるように大きく息を吐いた。

 

「まったく、それが狙いか」

「彼と闘いたいのは(いつわ)らざる本音ですよ」

 

 そう言って流すように見られた瞳に、俺は気圧されることなく見つめ返す。

 己の領分をわきまえつつも、冷静に場を治めてしまった。

 まだそう年は食っていないように見えるが、上級大将になるだけのことはあるのだろう。

 

「ふんっ、まあいい。またいずれこちらから出向くか、呼び出して闘えば済むことだしな」

「それがよろしいでしょう」

 

 

(なに一つよろしくねえよ……)

 

 俺は叫びたい衝動を抑えながら、胸裏でのみ愚痴を吐く。

 

「ところで……"ベルクマン"様は息災でしたか?」

「……? えぇ、まぁはい」

 

 シュルツという名の上級大将が突然に振ってきた話題に、俺は一瞬面食らう。

 

「ベルクマンだと? あいつはたしか死んだのではなかったか?」

「死んではいませんよ陛下、ゆえあって引退しただけです。彼らが雇った自由騎士団にいたという情報が──」

 

 ベルクマンは確かに元帝国軍人であるし、知己(ちき)か何かなのだろう。

 なんにしても闘争だのなんだのという、面倒で物騒な話題から()れてくれたのは助かった。

 

「おれとしたことが聞き(のが)していたな」

「陛下にはよくあることですね」

「黙れ、些事(さじ)など気にせん。今さら会うほどの間柄(あいだがら)でもないしな、おまえは好きにしろシュルツ」

「ではありがたく、後ほど旧交をあたためたく存じます」

 

 戦帝は背もたれに体重を預けると、ふんぞり返って一度だけ大きく息を吐く。

 

 

「──……ところで、"筆頭魔剣士"の実力はどうであった?」

 

 スッと目線が俺へと移ったところで、闘気を内に持て余した戦帝へと、俺は忌憚(きたん)ない意見を述べる。

 

「わたくしもそこまで戦歴を重ねているというわけではないですが、今まで相対してきた個人(・・)の中では圧倒的に強かったです」

「このオレよりもか?」

「陛下の実力は王国軍を相手にしたそれを遠目でしか見ていませんでしたが……二席では及ばないかと思われます」

 

 俺は戦帝の見下ろす眼光を真っ直ぐ見据えつつ、一拍(いっぱく)置いてから続ける。

 

「しかしながら条件次第では、十二分に届き得る牙であったかと存じます」

「ほう……意外とはっきりとモノを言うものだ」

「あくまで私見ですので、()しからずお願いいたします」

 

 こと闘争に関して戦帝相手に嘘やおためごかしは危うい。正直に述べることこそ誠意であると確信している。

 

 

 座ったまま上半身を前のめりに、顎に手を当てた戦帝は歪んだ笑みを浮かべてさらに問うてくる。

 

「魔剣術の使い手らしいが、いかに」

「──天を突かんばかりの超長刀身。目にも映らぬ無尽(むじん)の剣速。わずなか機微も捕えて(のが)さぬ戦闘嗅覚。

 生半(なまなか)な攻撃を通さぬ魔力力場の鎧を捨てる気概と、斬れぬ物ナシと言わんばかりに研ぎ澄まされた魔力の刃」

 

 歯を剥き出しに戦帝は瞳を見開いていく。恐らくは自分ならばどう攻略するか想像しているのだろう。

 

「実際的な攻防は一瞬、そのたった一撃で上回っただけに過ぎません。どうやったかは……──?」

「それ以上は言わんでよい、貴様と()る時の楽しみが減るからな」

 

(言うと思ったよ)

 

 俺は心の中で嘆息を吐きつつ、こういう読みやすさ自体はありがたいと改めて感じ入る。

 

 

「ふむ、殺される前に是非一度戦ってみたかったものだが……既に死した者を語ろうとも無為か。余計な未練を(つの)らせるだけだ」

 

 背もたれに体重を預けふんぞり返って戦帝は、足を組み直してから口を開く。

 

「さて、話が少し長くなってしまったな。追って使いの者をやって仔細(しさい)が伝えられるだろう。もう(はず)してよい」

「はっ! ありがとうございます、陛下。それでは失礼します」

 

 俺はようやく解放されたという安堵の心地で、最後までしっかりとした所作を保って大本陣を後にした。

 王国に帝国領土侵攻をさせる為の(エサ)に、インメル領に厄災をもたらしたか探りを入れようとも迷ったが……。

 

(今となってはもうどっちでもいい──)

 

 利用できるものは、あまねく利用するだけなのだから。

 

 


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