異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#177 旧友再会 I

 戦後の余韻もそこそこに、俺は事後処理の為に可能な範囲で事務や判断をこなす。

 まだ戦地拠点における私室だったが、今は2人ほど客が来て好き勝手にダベっていた。

 

「いやーねぇ、ベイリルも領地持ちっかー、大変だよ?」

 

 片方は(だいだい)色した肩ほどまでのセミボブヘアーに、4つの火の家紋をローブに着けた"リン・フォルス"。

 こたびの戦争では王国と渡りをつけ、情報収集の為に色々と奔走(ほんそう)してくれた功労者である。

 

「いや正式にはまだだ──正直立ち消えでもしてくれれば、考えることが減ってくれてありがたいんだが」

 

 たとえ戦帝本人が忘れたとしても、論功行賞という正式な場での発言だ。

 記録人も控えていたし、あとは本国で亜人特区のどの部分までを与えるか決められるだろう。

 

(ガラ)にもないよな、いや……案外合ってんのか?」

 

 もう1人は勝手知り、勝手知られたる"キャシー"であった。

 単独遊軍として広域を駆けずり回って、地上の敵を殲滅して回った狩人。

 

「合ってない合ってない。あと百年くらいはいらない地位だ」

「気長だなぁ、そんなに生きたらわたしは絶対飽きちゃうよ」

「アタシも無理だな」

 

 

 俺は書類を置くと、椅子に座ったままググッと体を伸ばす。

 

「お前らみたく物事を深く考えないほうが、長生きに向いてそうだが」

「失敬な! キャシーと一緒にされるなんて心外極まりない!!」

「てめえこそ失礼すぎだろ、リンこら」

 

 長命種には珍しくもない……厭世(えんせい)的になって、俗世(ぞくせ)からの刺激に(うと)くなってくる現象。

 そうなると枯れかけの老木のように、慢性的に惰性極まる日々を過ごし続けることが多い。

 もっともスローライフという意味では、それも一つの完結された人生なのかも知れないが──

 

「兵術科の真面目コンビじゃあ、俺よりも心労で参っちゃいそうだな」

「真面目コンビか……わたしとジェーンのことだね」

()()()()が足りねえぞ、それにジェーンよかモライヴのほうがクソ真面目だったろ」

 

 リンとキャシーは少しばかり前のことを懐かしそうに思い出す。

 

「じゃあわたしとモライヴ?」

「オマエは四番目だろ」

「いやそれだけはない」

「そこだけ本気(マジ)に真面目な顔になんな!!」

 

 

(賑やかなことだ……)

 

 俺はそう一人(ひとり)ごちながら、本音ではかなり迷惑なやかましさに目をつぶる。

 

「キャシーはともかくとして、リンはいつまで暇してるんだ」

「なんでアタシはともかくなんだよ」

「俺としては別にキャシーに無理強いするつもりないが、少しくらい手伝ってくれてもいい」

「アタシで手伝えることがあるならいいけどよ……」

 

 とは言うもののキャシーはガチガチの戦闘職であり、俺やハルミアのように平時において出番は基本的にない。

 

「なんならまた治安維持に出張るか? つっても前もかなり退屈だったんだがな、問題あんま起きねえし」

「そうさなぁ……敗残から乗じる賊も発生しているかも知れんから、あとで状況聞いとくよ」

「おうよ、なんならリンも連れてく」

 

 そう唐突に言われたリンは、面持ちを変化させることなくあっさり口を開く。

 

「えっヤダよ」

「ヒマなんだろ、付き合えよ」

「暇じゃないってば、忙しいってば」

「こんなトコでアタシらとくっちゃべっててか」

 

「おいキャシー、こんなトコは失礼だ」

 

 俺は思わず突っ込むが、キャシーはピクリと獅子耳を動かしただけでスルーする。

 

 

「戦災復興とか、いざフォルス領が似たような事態に遭った時に参考になるからよ~く見てるの。

 今回の一件はわたしとしても結構学ぶところがあった。それらは今後の為に活かさないとさ」

 

「次期フォルス家の当主さまは勤勉だな」

「ったく、急にまともなこと言うからコッチは反応に困んだよ」

 

 俺はふっと笑い、キャシーは半眼でそうはっきりと言う。

 

「ふっはははは、まあまあ面倒なことは大姉(おおねえ)さまに任せて逃げてるんだけど」

「でも次期当主はリンなんだろう?」

「うん、一応ね。うちの家は"四つの炎"を使えるのが条件だからさ、わたしが一番適性あって割とすぐに使えた」

 

 フォルス家を象徴する四つの火の紋章は、代々受け継がれる魔術に由来する。

 それらを最も優雅に強く扱える者が当主として領地を治めるという、長く続く伝統らしかった。

 

「そのせいなんかな、大姉(おおねえ)さまも小姉(ちいねえ)さまも、継ぐ気なんか早々にやめて自由にやってる」

「オマエも自由じゃねえか」

「まぁねぇん、制約付きだけど自由にやらせてもらってます」

 

 わざわざ学園に(かよ)ったのも、やんごとなき理由ではなく"面白そうだったから"というリン。

 さすがに今は色々としがらみがあるようだが、それでも現当主が息災の(あいだ)は問題ないようだった。

 

 

「自由ついでに、当分ここに留まるつもりはないか?」

「なになに? わたしの(ちから)が必要?」

 

 ぐいぐい押すように目を輝かせるリンに、俺は首肯しながら今後を語る。

 

「ジェーンとまたユニットを再結成して、多彩なジャンルの歌で領内に活力を広めて欲しい」

「んーーーえ~~~まっ、ちょっとくらいならいいよ。ジェーンのほうは大丈夫なの?」

「ジェーンは他と違ってマメに定期連絡入れてくれるからな」

「わたしの家にも定期的に届いてるよ。でもジェーンはそこそこ忙しいじゃん?」

 

「商会の正式な依頼として既に呼んである。"子供たち"も一緒にな」

 

 ジェーンは学園卒業後に皇国へと(おもむ)いた。出身だった孤児院は既に無かったらしいが……彼女はへこたれることはなかった。

 心機一転したジェーンは、"結唱会"という名で、皇国内における孤児を救済する組織を作ったのだ。

 それは商会の意義と慈善事業にも合致し、また後々(のちのち)に人材となる教育にも大きく寄与する。

 

 王国軍との戦争前から、復興手段の一手(いって)として連絡は早めに取っていた。

 ようやく諸々の目処(めど)がついたようで、商会も受け容れるだけの態勢は既に整えてある。

 

 

(戦災復興や布教において、"歌"は最強レベルの手札だからな)

 

 歌とは大衆文化の(ハナ)である。芸術は数あれど、音楽ほど誰しもに……普遍的に浸透するものはない。

 様々な場面(シーン)において、演奏や歌唱は常に人々に寄り添ってきた。

 今の時代ではまだまだ芸術も音楽も、貴族の娯楽や(たしな)みといった(おもむき)が強い。

 

 それでも地方にはそれぞれ民俗音楽などは少なからずあるし、逆に考えれば"未開拓の分野"でもあるということ。

 文化的に先んじることができるし、地球音楽史の名曲群を著作権気にせず模倣(パク)ることができる。

 

 

(この世界は共通語なれど……)

 

 たとえ言葉が通じ合えなかったとしても、ただ口ずさむだけで隣の誰かと繋がることができる。

 

(それが宇宙人であろうとも──)

 

 音とリズムで心を分かち合うことができる。それこそが知的生命が持つ"文化"の(ちから)なのだ。

 

「まぁ気負いなく歌ってくれるだけでいいよ」

「ふーん、《《わたしらのライバルは?」

「"ヘリオたち"は不定期すぎて連絡つかんから、学園の時と違って一強だ」

 

 本来はダブルユニットで、インメル領を席捲(せっけん)して欲しかったところ。

 しかしヘリオ、ルビディア、グナーシャの三人は、ツアーと称してゲリラライブをしているらしい。

 連邦東部中を巡っていて、既に話題性もかなり上がってきているのだとか。

 

 

「いやー卒業からまだ一年と経ってないけど、なんか久々な気がするなあ」

「なぁリン、オマエ……相当ナマってんじゃねえの?」

「自主練は欠かしてない!」

 

「なんならキャシーもやればどうだ?」

「んあ? アタシのがそんな見てぇの、ベイリル」

「正直見たい」

 

 と、俺はすごく真っ直ぐな瞳で言ってみる。フリッフリの衣装で、アイドルをするようなライブもあった。

 キャシーの雷属魔術による視覚効果(エフェクト)があれば、ジェーンの氷器やリンの四色炎がさらに映える。

 

「うっ……目が本気すぎてちょっと怖ぇぞ」

 

 わずかばかり照れた様子を見せつつ、キャシーはふっと眼をそらすのだった。

 

「いやでも、キャシーは獣人種でジェーンとリンは人族だから統一感(バランス)を考えると──」

「アタシはやらねえっつの! 冗談だ冗談」

 

 つい本気でプロデュースを考え始めた俺はすぐさま釘を刺されてしまう。

 

 

「キャシーって素材だけは良いもんねえ、肉線美がジェーンよかスゴイ」

「だけは余計だっつの。ったく、この話題はもう付き合ってらんね……つーか腹減った」

 

 キャシーの言葉に、俺もいつの間にか空腹なことに気付く。

 クロアーネの手料理が恋しいが、彼女はゲイル・オーラムと共に今はついて回っているのだった。

 

「働いてないのに食う飯は美味いの? キャシー」

「リンも今は働いてねえだろうが」

「タダ飯は美味いっしょ」

「……まったしかに」

 

 また戻って来る気なのだろうか、別れの挨拶もなくキャシーとリンは連れ立って出て行った。

 ようやく静かになった部屋で俺は今しばらく、半端に残った書類を片付けていく。

 

 

 しばらくしてコンコンッと控えめなノックよりも前に、俺は部屋へと近付いてきた人物に気付く。

 キャシーとリンが戻ってきた足音ではなく、よくよく聞き知った、静かで整然とした歩き方。

 

「お忙しいところ、よろしいですかベイリルくん」

「ハルミアさんに向けて閉ざす扉を、俺は持ってないですよ。どうぞどうぞ」

 

 ノックの後に言われた言葉に、俺は穏やかな心地でそう返した。

 ハルミアは控えめな仕草を見せながら部屋へと入ってくる。

 

「もしかして昼からお誘い(・・・)ですか?」

「ふふっそれも悪くはないですねぇ──」

 

 そう慈愛と艶やかさの共存した笑みを浮かべ、俺はいきりたとうとするも先に要件を言われてしまう。

 

 

「ただその前に……少し気になるところを見つけまして」

「拝見」

 

 ハルミアから手渡された紙束は、"捕縛者が羅列された名簿(リスト)"であった。

 そこには名前に加えて、性別・年齢・種族・出身・立場など判明する限りの情報が書かれている。

 

「治験データ収集に協力してもらえそうな人を探してたんですけど……ココです」

 

 横に立って指を差したハルミアの芳香が鼻腔に届くも、俺はそこに書かれた名前に注視してしまう。

 

「んんっ!?」

「同名でしかも"ハイエルフ"なんて、まずありえませんよねぇ?」

 

 その名は俺もハルミアもよく知るところ、学園で生徒会長をやっていた人物であった。

 

「ですね、会いに行ってみますか──"スィリクス"先輩に」

 




モライヴ、スィリクスは学園編のキャラとなります。
誰だっけ?という場合には登場人物・用語なども利用いただければ幸いです。

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