異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#181 帝国貴族 I

 

 俺とフラウは貴賓室(きひんしつ)のような部屋にある長椅子に、隣り合って座っていた。

 

「フッカフカだね~」

 

 それなりの緊張がある俺と違い、フラウは至ってマイペースを崩さず座面で体を縦に揺らした。

 何かの分厚い毛皮で作られているのだろうか、絶妙な触感と弾力性が心地よい。

 

「そら調度品も一級品なんだろうな、なんせ"総督府"だ」

 

 ──帝国、東部方面総督府。

 版図(はんと)広き帝国領内は、東・西・南・北および中央で大きく区分けされている。

 そうして各方面それぞれの総督が各領地の貴族を監督し、また訓令や支援なども()(おこな)う。

 

 帝国中央政府の直下として、集権的に軍政が管理されている形態をとっているのだった。

 

 

「ねっねっ、ベイリルぅ~」

「いやいや流石にやらん(・・・)ぞ。いつ来るかもわからんのに」

 

 長椅子がよほど気に入ったのか、俺はそういう雰囲気を見せたフラウを制する。

 あくまでこの場には先の戦争における報奨と、領地関連の手続きの為に来たのだ。

 所構わず発情するような無節操さは控えねばならない。

 

「っちぇ~そんならもう帰っていい?」

「ダーメ、だ。こうなった以上は、"貰えるモノは貰える時に貰っておく"んだよ」

 

 俺は戦帝の言葉をそっくりそのままフラウに言って聞かせる。

 もうこうなったらミカンの皮だろうと、いただいていくくらいの気概でいくつもりだった。

 

「堅苦しいのは苦手なんだけどね~、偉そうな人も受け付けないしさ」

「これから来るだろう担当官は、偉そう(・・)じゃなく実際に偉いんだけどな」

 

 4人しかいない総督の権力は帝王と帝国宰相に次ぐ。軍事の最高責任者たる、帝国元帥よりも(くらい)は高い。

 なにせ担当している国土の防衛に際しては、相当の軍事裁量権を認められているという。

 また政治権力についても帝国法に基づいた独自の執行権をもっていて、臨時法廷などを開くことも可能だとか。

 

 

「まぁたかだか領地の下賜(かし)だ。総督が自ら出てくるような案件でもなかろうが」

 

 それでも領地手続きともなれば、相応の地位ある人物がやってくるだろう。

 

「ふ~ん……まっ、あーしはベイリルに任せるね~」

「あぁそれでいいよ。交渉らしい交渉もないと思うが、取りまとめは俺がやる」

 

 特に東部と北部は管轄する土地も広大であり、それだけに影響力もことのほか強い。

 

(こうした確固たる統治体制こそ、帝国を大陸最強の国家たらしめている所以(ゆえん)なわけだが──)

 

 単純に軍事力が高いというわけではなく、それを十全に発揮する地盤が整っているということ。

 種族差別も少なく、経済的にも安定していて、信賞必罰もしっかりしている。

 

 頂点たる帝王が戦争好きということを除けば、世界で最も理想を体現している国家と言えよう。

 

(それでも全てを網羅しているというわけではないんだよな……)

 

 実際的には帝国領内でも、虫食いのような空白部分は少なくない。

 名目上は支配領域であっても、環境要因や人員不足などもあって半ば独立してるような箇所もあるにはある。

 帝国のみならずそれぞれの版図に属しているだけで、実効支配下にない小国も存在する。

 

 騎獣民族による大陸の移動も、基本的にそうした各国家が統治している隙間を(とお)っていく。

 

 

(テクノロジーが進歩しないと、そこらへんは難しいわなぁ)

 

 この異世界──この星は地続きの巨大なパンゲア大陸である。

 世界征服はおろか、統治するだけでも一苦労と言えるほど広大だから致し方ない。

 

(それでもこれほど支配できているのは、ひとえに魔術文明のおかげか)

 

 魔力強化された肉体は、地球の人間規格など比較にならない強度を誇る。

 健全な肉体を(たも)てればそれだけ精神疲弊も緩和され、1人1人が生み出す仕事量も大きくなる。

 

 だからこそシップスクラーク商会は、短期間でもこれほど(ちから)を持つに至った。

 

 魔力・魔術を含んだ肉体規格ゆえに、行動範囲・支配圏は相応に広くなるのである。

 そこに魔術や魔術具といった文化があるからこそ国家として成り立ち、戦争も可能となる。

 

 

 しかしそれでもなお人類が備える能力に比して大地は広く、人口比からして()()()()()()が多い。

 

 戦災復興の為に調査して回ったインメル領でも、それらは明らかであった。

 帝国の支配領と言っても、その内実はかなりアバウトな部分が多かったのである。

 

(だからこそ自由にやれる部分は多い)

 

 人や資金の流れを調整し、情報を掌握することで、なるべく露見(ろけん)せぬよう秘密裏に事を進める。

 それはこれから与えられる領地にしても同じことが言えるだろう。

 上手く連携をはかって、インメル領と相互に利益を供与し合うような体制を構築していきたい。

 

 

「──来たな」

「ん~……やっぱ感覚方面はどうしてもベイリルに勝てんねぇ、あーしも感度いいはずなんだけど」

「俺が鍛えているのもあるが、やっぱ種族差の得手不得手もあるからしゃーない」

 

 部屋に近付いてくる音を聞いて、俺とフラウは椅子から立ち上がり応対に備える。

 ノックもせずに扉に入ってきたのは、黒い髪に黒い瞳の細身ながらも精悍(せいかん)さを感じさせる青年であった。

 

 俺とフラウはゆっくりと頭を下げて、相手の反応を待つ。

 

「はぁ~……ふっう」

 

 男は大きくわかりやすい溜息をこちらに吐きつけ、書類を机に投げ出すように置いた。

 そのまま対面の長椅子に座ると足を組んで、男は一人で占有するように両手を背もたれに広げる。

 

「座っていいぞ」

「失礼します」

 

 最低限の礼儀は崩さぬように俺達は整然と座り、目線を合わせない男より先に名乗る。

 

「ベイリルと申します」

「フラウです」

 

 そこでようやくこちらを一瞥(いちべつ)した男は、すぐに面倒そうに顔を(そむ)ける。

 

 

「東部総督補佐"アレクシス・レーヴェンタール"だ」

「……殿下?」

 

 俺は既知ではあったが、あえて口に出して確認するように敬称を口にした。

 "レーヴェンタール"──その姓は、帝王の一族たる(あかし)

 帝王の一族は優秀であるからして、それぞれ要職に()いているのは珍しくない。

 

 最も(くらい)の高い東部総督。その補佐となれば、実質的にナンバー2のポジションくらいだろうか。

 なんにしても、俺は気負わぬよう意識を固める。

 

「そうだ、本来ならば貴様らみたいな()()()()()(やから)と話す機会などありえない」

 

(ふむ、帝国人にしては狭量なタイプか)

 

 "成り上がり"──選民思想でもあるのか、ハーフへの差別意識も含んでいるのかも知れない。

 あるいは帝王の血族以外を、単純に下に見ているということもありえる。

 

「──が、これも仕事だ。さっさと済ませよう」

 

 なんにせよ人物は予想外だったが、こうした反応は想定の範囲内で多少は慣れたところであった。

 

 

(ありがたいんだか、ありがたくないんだかな……)

 

 能力ある者は出世しやすい帝国の人間にしては、アレクシスは珍しい部類に入るだろう。

 少なくとも戦帝は、その辺をまったく気にするような人物ではなかった。

 

(まっこの際は好意的に見るとしようか)

 

 結果的に無頓着であってくれるなら、今後とも自由にやりやすくなる。

 アレクシスは書類の1つを手に取って目を通した後、重ねるように(たば)の上に置いた。

 

「あらかじめ申請されていた、そっちの女の功績についてだが──」

 

 フラウが円卓十席"双術士"を倒した戦果。死体こそ残っていないが、状況証拠は討ち取りを示している。

 必要な情報だけを帝国側へ渡し、王国への生死確認も含めて調べてもらうよう(うなが)した。

 

「数多くの精査の結果、認められた。功績は統合し男の(ほう)が領主で構わないのだな」

「はい、"誓約"はまだですが……わたし(・・・)は彼の伴侶(はんりょ)ですので」

 

 普段とは全然違う真面目な装いのフラウがそう答えるが、アレクシスは特段の反応を見せない。

 

 円卓の魔術士をそれぞれ打ち倒した功績を合わせて、俺を筆頭領主としフラウには第1位の継承権を与える。

 各々で別領地を運営するよりもこの際はまとめてしまって、諸々の管理を楽にするという方針。

 さらに代理人にスィリクスを立てて、商会でバックアップして運営していく。

 

 

 まったく興味ないといった(ふう)なアレクシスは、新たに(ふところ)から丸めた紙を取り出す。

 机の上に広げられたそれは、帝国における亜人特区と、その周辺を拡大した精細な地図のようだった。

 

 まだインクの匂いも新しい太枠の中には、細かく区域分けされたそれぞれの名が記されている。

 約束通り俺とフラウが住んでいた"インヘル"の街もある、故郷の土地が含まれていた。

 

「囲んである場所が貴様らが下賜(かし)される土地だ。陛下のはからいに、その長い寿命で死ぬまで感謝しろ」

 

 後半の言葉には強い感情が込められていた。長命種が存在するこの世界。

 それでも比して短命の人族が統治し続けるのは、生き方そのものが継承されていくからなのだろう。

 

 長く生きるほど刺激がなくなり、人格すら希薄になっていくことが多い長命種。

 死生観も大いに違っていて、長い統治に向いているようで実はあまり向いていなかったりする。

 

 

「御意に」

 

 俺は逆らうことなく言葉を呑み込み、恭順(きょうじゅん)の姿勢を示した。

 少なくとも戦帝という一個人と、帝国という国家の在り方への畏敬(いけい)の念そのものに(いつわ)りはない。

 

(しかしまぁまぁ……思っていたよりも広いな)

 

 俺は地図を眺めながら、脳内にある異世界地図と帝国版図(はんと)とを比較していく。

 同時にこれだけの範囲を統治するのに、商会のリソースをどれほど浪費することになるのかと。

 

「伯爵位だ、帝国貴族として恥じぬよう精進せよ」

「っ……伯爵──ですか」

 

 つぶやくように俺は噛みしめる。与えられた地位について心の中でも反芻(はんすう)するのだった。

 


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