異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#10 成長 II

 

 俺達4人が広場で休みながら待機してると、セイマールが槍と長剣を(たずさ)えやって来る。

 

「午後は魔術実践特訓は中止し、魔物の討伐を(おこな)ってもらう」

 

 簡潔にそう言うとセイマールは槍をジェーンに、剣をヘリオへとそれぞれ渡す。

 俺とリーティアは無手が基本なので、特に何も渡されることはなかった。

 

「魔物の討伐ですか? 私たちだけで?」

「その通りだ。新たに生態系を調べ直していたら、お前たちを試すのに手頃(てごろ)なのがいたからな」

 

 ジェーンの問いにセイマールはそう答えた。

 それは信頼を多分に含んだような色を瞳に宿していた。

 

 

「先生よぉ、場所はどのへんなんだ?」

「近くまで引っ張ってきて眠らせてある。とはいえ時間が足りなくなるから、あとは道すがら話そう」

 

 セイマールはすぐに歩き出し、俺達も後を続く。

 敷地の外に出ることも、サバイバル訓練などであったが非常に珍しい。

 動物の狩猟くらいはあったものの、魔物退治とは初めてのことであった。 

 

「わたしのおまえたちへの評価(みたて)が間違ってなければ、なんら問題ないはずだが……命の危険には十分留意せよ」

 

 いよいよ(きた)るべき時は近付いているのかも知れないと──

 

 俺は心のどこかで感じ始めていたのだった。

 

 

 

 

 ウォームアップがてら己の足で走りつつ、休憩を挟みながら下山して移動し続ける。

 到着したそこは──()()()()()風景であった。

 

(懐かしいっちゃ懐かしい気もするが……)

 

 むしろ苦々(にがにが)しい。無明の闇黒に閉じ込められ、命を()き出しにした場所。

 土塊構造物(つちくれドーム)の残骸はとっくにないが、そこで眠っている"大トカゲ"とセットであれば嫌でも思い()される。

 

 

 セイマールが用意した魔物とは、かつて俺が撃退したあの魔物に他ならなかった。

 なにせ俺が風の刃でつけた傷痕が左目に残っていて、あの頃よりも二回りくらいは大きくなっている。

 

 これも奇妙な巡り合わせの結果とでも言えようか。

 

(まっ俺たちのほうが成長してるがな──)

 

 もっと何十あるいは何百年と掛ければあのトカゲも、巨大な陸竜(ランドドラゴン)へと育つのだろうかなどと。

 いずれにせよあの頃と、そして今と……。試すのにはある意味、絶好の相手には違いなかった。

 

「でっけえなァ」

「う~ん、何が有効だろう」

「ねっねっ、みんなでやるの~?」

 

「無論全員で掛かれ、一人で倒せるほど甘い敵ではない」

 

 

 セイマールはそう言ったが、俺は正直なところ一人でも駆逐可能な範囲と見る。

 しかしいらぬ疑念を(いだ)かれないよう、底は見せないようにしなくてはならない。

 

(必要な分だけ見せるということ──それ以上は見せない)

 

 恐らくはそう遠くない日に、セイマールと敵対するだろう。

 その時にこちらの手の内が知られていては、厄介なことになりかねない。

 

「それでは起こすぞ、準備せよ」

 

 セイマールは魔術具を取り出すと、そこに魔力を込める。

 小さい杖型のそれに魔力が流れ込んだことで紋様が浮かび上がった。

 

 

「ふゥー……」

「我が呼び掛けに応じ(つど)え、氷晶(ひょうしょう)

燦然(さんぜん)と燃え(のぼ)れ、オレの炎ァ!」

「胸裏にて(めぐ)るは其の()──リーティア式魔術劇場、(かい)(えぇん)!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

『カァァァアアアアアアアアッー!!』

 

 

 四者四様の魔術発動の引き鉄(トリガー)と、眠りから目覚めさせられた陸竜の咆哮が重なる。

 

 陸竜は虫の居所が悪そうに、大きく息を吸い込んだ。

 口元にわずかに見えた"赤色"は、ヘリオが魔術によって浮かべている"それ"と同じ。

 

 一拍置いてから陸竜は"炎"を吐き出した。それは触れた(はし)からを焼き尽くさんという勢いでもって。

 

「ッらァ!」

 

 火属魔術を使うヘリオが、浮かべていた火の玉を地面へと収束させ炎壁を張る。

 陸竜の炎の息(ファイアブレス)の赤を受け止めると、それを吸収し壁をさらに厚く、より高く形成した。

 

 炎壁に(さえぎ)られた正面を横目に、俺とジェーンはそれぞれ左右に分かれ大地を蹴っていた。

 

 

(あーな)!」

 

 地属魔術を(つかさど)るリーティアが、手の平を下に向けてぎゅっと押し込むような動きを取る。

 すると陸竜の足元が大きく陥没し、(いなな)く声と共に底へと沈み落ちていった。

 

 陸竜は肉体丸ごと収まってしまった場所から抜け出すべく暴れ始めようとする。

 

「我に(あだ)なす(あまね)く敵を(とら)えよ、"獄雪氷牢(ごくせつひょうろう)"!」

 

 氷属魔術を扱うジェーンが、最初の詠唱で形成しておいた氷の結晶を固めて、穴に叩き込む。

 一瞬にして何本もの小さな氷槍が、上下左右から格子状(こうしじょう)に捕えて獲物を離さない。

 

 それでも体を震わせ氷にヒビを入れながら――地面から唯一見える空へ――陸竜は残る片眼(みぎめ)を向けていた。

 

 

「悪いが一撃だ──」

 

 空属の魔術を振るう俺は、陸竜の直上(ちょくじょう)を舞っていた。

 息吹と共に"風皮膜(かぜひまく)"を(まと)い、魔力強化した肉体で跳んだのだ。

 

 あの時はその硬き鱗に、"風擲斬"はまともに|通(とお)りはしなかった。

 あの頃よりもその鱗は、きっと(さら)に強靭になっているだろう。

 

 陸竜の口元にはまたも同じ赤色が見えたが、こちらに及ぶことはない。

 

「遅いぞトカゲ(・・・)、もう過言じゃあない」

 

 跳躍した勢いのままにくるりと一回転しながら、指を鳴らして"素晴らしき風擲斬(ウィンド・ブレード)"を(はな)った。

 それは未完成の空気弾ではなく、物質を切り裂くほどにまで高められた大気の刃だった。

 

 氷で構築された(おり)もろとも胴体から斬断し、わずかに歪んだ空気の軌跡(きせき)を残す。

 真っ二つにされた陸竜は、断末摩(だんまつま)の鳴き声もなく絶命した。

 

 

「"エアバースト"──」

 

 俺は落ちる最中に発生させた風圧を背中で受け止め、全身を(おお)った風の衣によって流れを取り込む。

 そうして自身の肉体を(たい)らな地面へと運び、着地と同時に"風皮膜"を()いた。

 

 するとすぐに三人が集まってきて、死体を確認してから口を開く。

 

「あーあー……おうコラベイリル、殺すの早すぎだろが」

「すまんな、俺のお膳立(ぜんだ)てしてもらって」

「私の氷牢、あまり意味なかったかな……」

「ウチが空けた大穴もいらなかった~」

 

 ヘリオはやれやれと、俺はほくそ笑むように、ジェーンは不満げに、リーティアは残念そうに。

 

「チッ不完全燃焼過ぎる、他に獲物はいねえのかよ」

「でもあんなの他にいるものかな?」

「えーもう十分っしょー」

「なんならみんなで探しに行くか?」

 

(久々の遠出だ、このまま逃げて姿をくらましてしまうというのも……──)

 

 

 そんなことを考えつつ、四人かしましく雑談に興じる。すると、セイマールが拍手をしながら近付いて来た。

 

「素晴らしいぞお前たち、種族単位で見れば小型とはいえ竜種を圧倒したその成長には舌を巻く。惜しむらくは一人一人の活躍をつぶさに見ておきたかったが、致し方あるまい」

「先生が本気のオレらの相手してくれてもいいんだぜ?」

「なるほど、それも悪くないが……お前たちの自信を奪っても仕方あるまい?」

 

 その言葉はどこまで本気なのか、いまいち(はか)りかねなかった。

 

 確かにセイマールは座学のみならず、戦闘指導も幼少期から(おこな)ってきた。

 こちらの(クセ)はかなり見抜かれているし、使う技も少なからず熟知されている。

 

 

 さらにセイマールは魔術具を使うし、今も陸竜を目覚めさせるのに使ったブツを手に持っている。

 彼は魔術具の作製と使用に関してかなりのモノのようで、ここ数年は特に(はげ)んでいた。

 

 正直なところセイマールは魔術具次第でいくらでも手の内が多くできるので、いまいち読みようがないというのが一つ。

 

(それでも今この場で()()()()()()()、そう難しくはないだろうが──)

 

 俺も手札は備えてあるし、不意を討つのであれば十分すぎるほどの勝算で(ほうむ)れるだろう。

 

 ただし今この場で(こと)に及んだ時に、ジェーンとヘリオとリーティアがどういう反応を示すかは未知数だった。

 そもそも俺自身、セイマールは宗道団(しゅうどうだん)の教義さえなければ……まともな人間の部類だと思っている。

 

 

「冗談はともかくとして、試練は合格だ。しかしゆめゆめ忘れてはならんぞ、武力のみならずおまえたちには時に教養を求められ、布教する為の語り部となる必要もある」

 

 実に6年近く教鞭を取り、常に一定の距離感を保って、一人の人間として扱い接してくれた。

 そんな彼に全くの情が無いと言えば嘘になる。それにセイマールが持っている知識と技術もまた惜しくもあった。

 

「とはいえ今は褒め称えよう。お前たちも我らの中に正式に迎え入れられる時が来た──」

 

 

(あぁ……──)

 

 俺は心の中で嘆息を一つ。珍しく外に連れ出された時点で、(なか)ば予想はしていた。

 

 セイマールの声音はいつもと変わらず、されど瞳は狂気を帯びていた。

 結局相容(あいい)れられるような関係ではないことを、改めて認識させられてしまう。

 

「明日に"洗礼"を(おこな)うとする。ちょうどよく"巡礼"も重なる良き日である。より多くの"道員(どういん)"たちに祝福してもらい、信仰をより強く堅いものとするのだ」

「洗礼とは何をするんですか?」

 

 俺が質問するより先に、ジェーンが問い掛ける。

 

「正式な道員(どういん)たちは誰もが通った道だ。簡単に言うと……()()()()()()()をやってもらい、それから魔術契約によって繋がる」

 

 

(――!? 魔術契約、今さらやるのか)

 

 奴隷として買われ、庇護下に入った日からしばらくの間は戦々恐々としていた主従契約。

 強制的に精神を侵されかねない契約魔術にはついぞ警戒していたが、全ては(くだん)の日の為に温存していたということか。

 

「具体的な内容については、その時になればわかる。だから残った時間は心身を十分に休めて英気を(やしな)い、明日の夜半(やはん)に備えよ」

 

(洗礼……日にちは調整済み、と)

 

 この6年、(ひそ)かに調べていた中でも連中が日常的に使う言葉ではなかった。

 仔細(しさい)が一切わからないものの、道員(どういん)であれば例外なく(おこな)っているようである。

 

 

 元世界のキリスト教圏における洗礼、みたいなものなのだろうか。

 しかし異世界のカルト教では、どういうものになるのかはわからない。

 

 それが修了試験のようなもので、次の段階があるのか。

 もしくは卒業試験みたいなもので、終えれば外界へ出られるのか。

 

 帰路を駆けながらも、頭を止めることなく思考を進めていく。

 運命の日──危機(リスク)を恐れず、行動に移すべき時が遂にやって来る。

 

 今後も続いていく長き長き人生の為に、鳴かせてみせようなんとやら。

 


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