異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
(──ワーム海賊の功績の認可および罪一等の低減措置。ならびに
商会から提示した合意条件の内、これが一番の難題であったと言えよう。
まず根本的なところで、海賊の協力があったというところから伝える必要があった。
ワーム海賊は援軍の到着以前に撤退していたが……帝国海軍も調査した結果、関与はしかと認められた。
さらには海賊の協力なくしてこたびの防衛戦はなかったことも、重々に告げる。
その上で私掠船の意義を訴え、何度も協議を繰り返して条件が整った。
一ツ、こたびの戦争におけるワーム海賊への報酬については、商会が得た賠償金より
一ツ、帝国に属するあらゆる船舶に対して、いかなる場合においても危害行為および示威行動の禁止。
一ツ、略奪した金品の一部割合、および知り得た情報を、定めに基づいて帝国へと納める明文。
一ツ、原則として帝国側からの物資供与また支援は
一ツ、サイジック領におけるシップスクラーク商会の権限管理下にある限り、二等以下の罪科訴追の停止。
一ツ、以上の条項を守る
これらがソディア達に課せられた、大まかに周知させるべきルールとなる。
さらに商会に対しても、海賊達が管理下から外れて行動した場合、その責任と賠償は商会に生ずること。
また討伐隊の編成に際しての物的支援と、海賊について保有している情報の全公開の義務など……。
それでも"私掠船免状"自体は、正式なモノとして認められたことは喜ばしい。
帝国としても厄介なワーム海賊の被害を減らしつつ、その一部を手中に置いたという功績は外交的強みになるのだ。
(──騎獣民族の帝国籍取得に関する事項)
まつろわぬ民である騎獣民族が、帝国人として加わる……その意味。
帝国としても望むべきところであるが、騎獣民族側からの条件もいくつかあった。
まず騎獣民族は二つに分かたれる。サイジック領に定住する者と、狩猟・遊牧生活に戻る者。
定住する者には帝国籍を与え、またそれまでに犯した罪を条件なしの不問とし、以後は帝国法に従う。
狩猟へと戻る者には関知せず。扱いとしてはこれまで同様、蛮族扱いとされた。
商会としても彼らの文化を尊重し、テクノロジーを
騎獣の民の
そもそも商会には彼らに強要をするだけの武力もなく、あくまで同盟として歩調を同じくしただけに過ぎない。
騎獣民族は世界を駆け巡る中で、拠点にしやすい土地をいくつも知っている。
サイジック領をそうした土地の1つにする──という方向で取りまとめた。
自由に生きる民をバリスが率い、ついていけぬ者は奴隷を含めてバルゥと共に土地に根ざす。
騎獣の民は怪我や病気が
しかしそこで殺すことなく、同時に群れからはぐれざるをえない者を、サイジック領を
恐らくは伝染病の一件がなければ、騎獣の民達もこうも素直にはいかなかっただろう。
(……ヨシ)
騎獣民族とワーム海賊──どちらにも、正式な形で
改まった確認を終えたところで、俺は顔を上げてカプランを見た。
「カプラン君、過不足はないだろうか」
「はい総帥、わたしも確認しました。特に
「では……総督
俺は持っていた
「あたしゃとしても、おんしらが中央で交渉した結果のことじゃ。そこに関して特に言うことはないのう」
「ご不明な点があれば、わたしから説明いたしますが」
何か含みを持たせたフリーダの物言いに、カプランが温和な様子でそう言った。
「一つだけよろしか?」
「なんなりと」
「このサイジック領内における
復興はいまだ完了していない、と……いつまでも特区減税を適用されていたのでは、本国も納得はせんでしょう。
その実質的な判断は東部総督として、あたしゃに一任されちょる。お互いに明確にしておくべきだと、思うんですがのう」
(やっぱ鋭いなこの婆さん……)
復興はサイジック領が"以前と変わらぬ状態まで回復"──と、あえて曖昧にしておいた部分であった。
あまり詳しいことは事前協議でものらりくらりと伝えておらず、帝国側も認識上はそれで納得していた。
実際に"商会が考える復興後のサイジック領"と、"帝国が考える復興後のサイジック領"には莫大な差異がある。
そこをフリーダは、
最終交渉など形だけで、事前協議からの決め打ち合意だけだと思っていたが……あっさりとはいかないようだ。
俺は仮面越しにカプランと一瞬だけ視線を交わしてから、ゆっくりと"総帥"リーベ・セイラーとしての見解を整理する。
"復興"── カエジウス特区のワーム街にて、ヘルムート・インメルと出会ってから始まった。
旧インメル領を
短いながらもシップスクラーク商会が積み上げてきた、あらゆる資産を投じた一大事業である。
(見通しはいくつかあるが……)
さしあたって帝国へ伝えておくべきことを、俺はリーベ総帥らしく答える。
「復興の定義について、まずわたくし個人として言わせてもらうのであれば……」
「ふむ、聞きましょうかの」
「復興に明確な終わりはない──と、商会の姿勢として考えます」
「それは
「無論です──こたびは
伝染病も
巡り廻った戦災の因果が、先の未来に芽吹くやも知れない。そうした時に民が己のみで立ち、十全に戦えることこそが
「耳聞こえはよろしいが……」
「適時修正を加えますが、さしあたっての試算についてはこちらに用意してあります」
フリーダが難色を示す中でタイミングを見計らったように、カプランが手元の資料を手渡した。
打ち合わせ通り──リーベが理想を語り感情に訴え、カプランが実利で提示し論理を説く二段構えのやり方である。
「およそ領地の歳入が記載の数字を超えたあたりで、税収についても段階的に戻したいと考えております」
「ほう、段階的に?」
「減税していた分をいきなり元に戻してしまいますと、それだけ対応に追われることになりますから。
領民の誰もが計画的というわけでもありません。再構築した経済がまた破綻しないよう取り計らいます」
フリーダは商会側の資料を目を細く追い続け、やや緊張した時間が流れる。
ともするとそれまで静観していた人物が、理路整然といった感じで口を開いた。
「総督、彼らの根っこは商人でしょう」
(──っなんだ、どういうつもりだ……?)
はたして会話に差し挟んできたのは、思惑の読めない"モライヴ"であった。
「なっ……おい、モーリッツ! わたしたちはあくまで──」
「ええよ、アレクシス補佐。モーリッツも何か考えがあるんじゃったら言うがええ」
「では了承を得て発言します……。彼らとて慈善を掲げてますが、先立つものが必要かと──」
モライヴはアレクシスの表情を
その空気を知ってか知らずか、フリーダは手を払うような仕草をとった。
「アレクシスや、睨むのはやめい。続けんさい、モーリッツ」
「はい。彼らは彼らで奉仕を前提としつつも最大利益を獲得する為、こうして交渉をしているに違いなく……。
またこの資料についても事細かに記載されていて、それだけ我ら"帝国に対する誠意"がしかと感じられます」
「なるほどのう……たしかにあたしゃらとしても、この細やかさは見習うべきところかもしれんのう」
「もしも不明な部分があれば遠慮なくお聞きください。我々は
「そんじゃちょっとええかのう、この部分なんじゃが──」
カプランはフリーダの隣へ立つと、尋ねられた個所を事細かにわかりやすく説明していく。
その