異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#186 戦後交渉 IV

(──ワーム海賊の功績の認可および罪一等の低減措置。ならびに私掠船(しりゃくせん)免状(めんじょう)の発行)

 

 商会から提示した合意条件の内、これが一番の難題であったと言えよう。

 まず根本的なところで、海賊の協力があったというところから伝える必要があった。

 ワーム海賊は援軍の到着以前に撤退していたが……帝国海軍も調査した結果、関与はしかと認められた。

 

 さらには海賊の協力なくしてこたびの防衛戦はなかったことも、重々に告げる。

 その上で私掠船の意義を訴え、何度も協議を繰り返して条件が整った。

 

 一ツ、こたびの戦争におけるワーム海賊への報酬については、商会が得た賠償金より(まかな)うこと。

 一ツ、帝国に属するあらゆる船舶に対して、いかなる場合においても危害行為および示威行動の禁止。

 一ツ、略奪した金品の一部割合、および知り得た情報を、定めに基づいて帝国へと納める明文。

 一ツ、原則として帝国側からの物資供与また支援は(おこな)わない。生じた不利益について一切関知しない。

 一ツ、サイジック領におけるシップスクラーク商会の権限管理下にある限り、二等以下の罪科訴追の停止。

 一ツ、以上の条項を守る(あいだ)は私掠船の権限を認め、帝国領海内における指定範囲の行動の自由を保証する。

 

 これらがソディア達に課せられた、大まかに周知させるべきルールとなる。

 

 さらに商会に対しても、海賊達が管理下から外れて行動した場合、その責任と賠償は商会に生ずること。

 また討伐隊の編成に際しての物的支援と、海賊について保有している情報の全公開の義務など……。

 細々(こまごま)とした数多くの条件が書き連ねられていた。

 

 それでも"私掠船免状"自体は、正式なモノとして認められたことは喜ばしい。

 帝国としても厄介なワーム海賊の被害を減らしつつ、その一部を手中に置いたという功績は外交的強みになるのだ。

 

 

(──騎獣民族の帝国籍取得に関する事項)

 

 まつろわぬ民である騎獣民族が、帝国人として加わる……その意味。

 帝国としても望むべきところであるが、騎獣民族側からの条件もいくつかあった。

 

 まず騎獣民族は二つに分かたれる。サイジック領に定住する者と、狩猟・遊牧生活に戻る者。

 定住する者には帝国籍を与え、またそれまでに犯した罪を条件なしの不問とし、以後は帝国法に従う。

 狩猟へと戻る者には関知せず。扱いとしてはこれまで同様、蛮族扱いとされた。

 

 商会としても彼らの文化を尊重し、テクノロジーを啓蒙(けいもう)こそすれ、強制するようなことはしない。

 騎獣の民の(せい)とは循環にあり、彼らが心根に備える野生を否定することも不可能だ。

 そもそも商会には彼らに強要をするだけの武力もなく、あくまで同盟として歩調を同じくしただけに過ぎない。

 

 騎獣民族は世界を駆け巡る中で、拠点にしやすい土地をいくつも知っている。

 サイジック領をそうした土地の1つにする──という方向で取りまとめた。

 

 自由に生きる民をバリスが率い、ついていけぬ者は奴隷を含めてバルゥと共に土地に根ざす。

 騎獣の民は怪我や病気が重篤(じゅうとく)な場合は、容赦なく見捨てるか、あるいは慈悲として殺すのが常。

 

 しかしそこで殺すことなく、同時に群れからはぐれざるをえない者を、サイジック領を(さと)として受け()れるのである。

 恐らくは伝染病の一件がなければ、騎獣の民達もこうも素直にはいかなかっただろう。

 

 

(……ヨシ)

 

 騎獣民族とワーム海賊──どちらにも、正式な形で(むく)いることができたことに安堵する。

 改まった確認を終えたところで、俺は顔を上げてカプランを見た。

 

「カプラン君、過不足はないだろうか」

「はい総帥、わたしも確認しました。特に瑕疵(かし)も見受けられません」

「では……総督殿(どの)、シップスクラーク商会はこれらの内容に異存はありません」

 

 俺は持っていた皮紙束(ひしたば)を渡すと、フリーダはゆっくりと口を開く。

 

「あたしゃとしても、おんしらが中央で交渉した結果のことじゃ。そこに関して特に言うことはないのう」

「ご不明な点があれば、わたしから説明いたしますが」

 

 何か含みを持たせたフリーダの物言いに、カプランが温和な様子でそう言った。

 

「一つだけよろしか?」

「なんなりと」

「このサイジック領内における復興(・・)というのは……具体的に、どの時点で完了になるんですかな?

 復興はいまだ完了していない、と……いつまでも特区減税を適用されていたのでは、本国も納得はせんでしょう。

 その実質的な判断は東部総督として、あたしゃに一任されちょる。お互いに明確にしておくべきだと、思うんですがのう」

 

 

(やっぱ鋭いなこの婆さん……)

 

 復興はサイジック領が"以前と変わらぬ状態まで回復"──と、あえて曖昧にしておいた部分であった。

 あまり詳しいことは事前協議でものらりくらりと伝えておらず、帝国側も認識上はそれで納得していた。

 

 実際に"商会が考える復興後のサイジック領"と、"帝国が考える復興後のサイジック領"には莫大な差異がある。

 そこをフリーダは、(こと)この段階にまでなっていても、抜け目なく突いてきた。

 最終交渉など形だけで、事前協議からの決め打ち合意だけだと思っていたが……あっさりとはいかないようだ。

 

 俺は仮面越しにカプランと一瞬だけ視線を交わしてから、ゆっくりと"総帥"リーベ・セイラーとしての見解を整理する。

 

 

 "復興"── カエジウス特区のワーム街にて、ヘルムート・インメルと出会ってから始まった。

 旧インメル領を(むしば)んだ、伝染病と魔薬と戦災による被害から救うこと。

 短いながらもシップスクラーク商会が積み上げてきた、あらゆる資産を投じた一大事業である。

 

(見通しはいくつかあるが……)

 

 さしあたって帝国へ伝えておくべきことを、俺はリーベ総帥らしく答える。

 

「復興の定義について、まずわたくし個人として言わせてもらうのであれば……」

「ふむ、聞きましょうかの」

「復興に明確な終わりはない──と、商会の姿勢として考えます」

「それは詭弁(きべん)ですなあ。まさか領地を一つ、ずっと占有するわけではなかろうて」

 

「無論です──こたびは(やまい)だけでなく戦災も重なりました。領民の心の全てを()(はか)ることはできません。

 伝染病も根治(こんち)・終息にはまだまだ時間が掛かるでしょう。そして何年後かに再発する、という可能性もなきにしもあらず。

 巡り廻った戦災の因果が、先の未来に芽吹くやも知れない。そうした時に民が己のみで立ち、十全に戦えることこそが肝要(かんよう)

 (こうむ)った病災と戦災が風化し、それらを言い訳にしなくなった時こそ……復興が成った(あかし)であると考えております」

 

「耳聞こえはよろしいが……」

「適時修正を加えますが、さしあたっての試算についてはこちらに用意してあります」

 

 フリーダが難色を示す中でタイミングを見計らったように、カプランが手元の資料を手渡した。

 打ち合わせ通り──リーベが理想を語り感情に訴え、カプランが実利で提示し論理を説く二段構えのやり方である。

 

「およそ領地の歳入が記載の数字を超えたあたりで、税収についても段階的に戻したいと考えております」

「ほう、段階的に?」

「減税していた分をいきなり元に戻してしまいますと、それだけ対応に追われることになりますから。

 領民の誰もが計画的というわけでもありません。再構築した経済がまた破綻しないよう取り計らいます」

 

 フリーダは商会側の資料を目を細く追い続け、やや緊張した時間が流れる。

 

 

 ともするとそれまで静観していた人物が、理路整然といった感じで口を開いた。

 

「総督、彼らの根っこは商人でしょう」

 

(──っなんだ、どういうつもりだ……?)

 

 はたして会話に差し挟んできたのは、思惑の読めない"モライヴ"であった。

 

「なっ……おい、モーリッツ! わたしたちはあくまで──」

「ええよ、アレクシス補佐。モーリッツも何か考えがあるんじゃったら言うがええ」

 

「では了承を得て発言します……。彼らとて慈善を掲げてますが、先立つものが必要かと──」

 

 モライヴはアレクシスの表情を(うかが)いつつ、言葉を一度止める。

 その空気を知ってか知らずか、フリーダは手を払うような仕草をとった。

 

「アレクシスや、睨むのはやめい。続けんさい、モーリッツ」

「はい。彼らは彼らで奉仕を前提としつつも最大利益を獲得する為、こうして交渉をしているに違いなく……。

 またこの資料についても事細かに記載されていて、それだけ我ら"帝国に対する誠意"がしかと感じられます」

 

「なるほどのう……たしかにあたしゃらとしても、この細やかさは見習うべきところかもしれんのう」

「もしも不明な部分があれば遠慮なくお聞きください。我々は()()()()()()()()(もち)いていますので」

「そんじゃちょっとええかのう、この部分なんじゃが──」

 

 カプランはフリーダの隣へ立つと、尋ねられた個所を事細かにわかりやすく説明していく。

 その(かん)に俺はモライヴへ……仮面越しの視線だけで見据えるのだった。

 


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