異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#187 戦後交渉 V

 モーリッツ・レーヴェンタール──否、かつての学園の友であるモライヴの真意を俺は測る。

 

(これは助け舟のつもり、か……?)

 

 とりあえずは商会の味方と判断して良いのだろうか、何を考えているにせよこちらの利には違いない。

 今後モライヴに関してどう踏み込んでいくか……なかなかに難しい部分もある。

 

(この交渉の場で、俺がリーベであることがネックだな)

 

 仮にベイリルとして出席していたのなら、後で個人的に接触して問い(ただ)すこともできよう。

 総帥リーベとしてモライヴと面識がなかったことが、この際は話をややこしくしてしまった。

 

 あっちから「自分はモライヴだから、ベイリルによろしく」とでも伝言してもらわないと、リーベからは踏み込めない。

 だからと言ってこちらから正体を露見させるリスクは、正直なところ(おか)せない。

 

(今はまだ、それとなく探っていくしかないか)

 

 モライヴ本人も、自らが商会やフリーマギエンスに関わっていることは伏せてあるようだった。

 であるならば頭の回る彼の邪魔はしないように、可能な範囲における情報収集に留める。

 

(しかしそうか、ヴァルターをどこかで見たと感じたのは……モライヴだったか)

 

 論功行賞の帰りで不意討ちしてきた、傍若無人にして傲岸不遜だったヴァルター・レーヴェンタール。

 戦帝やアレクシスと違い、ヴァルターとモーリッツの年齢が近いゆえの容姿の似通(にかよ)い。

 学園生時代は昼行灯(ひるあんどん)の印象が強かったが、こうして真剣な表情だとよくよくわかる。

 

 

「ふぅむ……つまり総督のあたしゃが判断せずとも、自然と収束を見るわけじゃな」

「はいそこが仮の復興となりますが、総帥が言うところの災禍(さいか)は後々になって顕在化(けんざいか)するものがあり──

 その時の為に万全な支援体制を整えておくことまでが、我々シップスクラーク商会の責務と考えております」

 

 いくつかカプランから説明を受けたフリーダは得心した表情で、こちらが用意した紙の(たば)を整える。 

 

「あいわかった、まあまあこのような事例はさすがに初めてじゃて。しばらくは様子ば見させてもらうとしよか。

 中央の意向は既に決まっとるし、これ以上あたしゃがあまり口出すと……それはそれでまたうるさいことになる。

 それに帝国としても(ちから)のある商会っちゅーんはありがたいもんじゃ。もちろん東部総督としてものう」

 

 その言葉に俺が内心で胸をなでおろすのを見計らったかのように、フリーダは眼を細めて口角を上げた。

 

「もしも調子に乗るようなら──()()()()()だけんね」

「滅相もありません、としか言いようがないですね」

 

 俺はおくびにも出さず、しかして弱みも見せないよう取り(つくろ)ってそう言った。

 

 

 

 

 帝国東部総督府からの帰路。"遮音風壁"を掛けた馬車の中で、俺はゆっくりと本音を吐き出す。

 

「いやぁ……なんとか無事終わって良かった」

 

 今まで少なくない分水嶺(ぶんすいれい)があったが、今回もまた重要な岐路となった。

 長命種(ハーフエルフ)の俺からしても、機会だけでなく"人にも恵まれる"とは限らない。

 それは今まさに目の前に座るカプランもそうであり──数多くの人材によって商会は支えられている。

 

「えぇ、なかなか手強かったです。彼女が最初から交渉の席にいたら、非常に面倒でした」

「カプランさんにそこまで言わせますか……」

「大概のことは問題ないですが、僕も万能というわけではありませんからね」

 

 カプランの人心掌握の技術は、催眠術や精神療養や詐欺師やメンタリストのそれ。

 ただし理論的にやっているわけではなく、あくまで天然・我流のそれで相手を素早く把握し誘導する。

 プラタが師事し、俺もある程度参考にはしているものの、カプランの技術には到底及ばない。

 

 ただそうした技術も、共和国の大商人エルメル・アルトマーのように近い能力や交渉に長けた相手。

 あるいはフリーダ総督のように、年季と経験を積みながら確固たる芯を持った相手には難しいようだった。

 それでもできないとは言わないあたりが、彼の彼たる所以(ゆえん)と能力であると心底から頼もしく思う。

 

「ただこうして取り付けられれば、後はどうとでもなるでしょう」

「……心強い言葉ですよ、ほんっとに」

 

 俺はゆったりとほくそ笑むように返す。カプランがそう言うのならそうなのだ。

 もはや疑うような余地は一切なく、オーラムやシールフ同様絶対の信頼を置いている。

 

 

(今回の戦争でよ~くよく再認識させられた)

 

 "黄金"、"燻銀"、"素銅"──この3人が揃ったことが、"文明回華"にとって最高の追い風なのだ。

 ゲイル・オーラムとカプランは人族である以上、俺やシールフほどは生きられない。

 

(シールフにしても長命だが……"神族大隔世"の寿命がいつまで()つかは不明瞭)

 

 あまり心配こそしてないが、データがほとんどない以上は絶対の安心はない。

 はじまりの同志であるオーラムの"未来"に応える為にも。

 最大の理解者たるシールフの個人的な"目的"の為にも。

 惜しまず尽くしてくれるカプランの新たな"復讐"を遂げさせてやる為にも。

 

(そして俺自身の野望の為にも──迅速を(たっと)び、事を成さしめよう)

 

 恐れることはない、シップスクラーク商会とフリーマギエンスには既に(ちから)がある。

 実際にそれを証明したし、これから本格的に軌道に乗って隆盛を極めていくのだ。

 

 

「これからカプランさんはどうしますか? 長期休暇でも──」

「やることは尽きませんよ」

「俺も他人のことはあまり言えないんですが、無理して倒れられるほうが心配です」

「たしかに今回は久々に疲れましたね」

「今までの労務で、さしたる疲労を感じてなかったことの(ほう)が驚愕です」

 

 商会が設立してから、カプランはずっと働き詰めのような印象を受ける。

 本人としては休んでいたのかも知れないが、彼がやり遂げた仕事を考えると実は10人くらいいるのではと。

 

「できることとできないこと、人それぞれですよ。僕にはベイリルさんのような暗殺なんかまったくできませんし」

 

 言われて俺はほんの少し首をかしげつつ、心の中でうなる。

 

「まぁ……そんなもんですか」

「そんなものです。でもとりあえず少し静養はしようと思います。私事も多少なりと溜まっていますから。

 戦後で色々と大変ですが……僕以外にも優秀な人材は確保していますから、つつがなく回るはずです」

 

 専門職(スペシャリスト)の適材適所、組織も社会もそうやって成り立っている。

 だからこそ変に負い目を感じたりする必要も……ないのかも知れない。

 

 

「ベイリルさんはこれからどうされるのです?」

「とりあえずはモーガニト領へ行くつもりです」

「やはり帰郷ですか、伯爵ですしね」

「俺も戦争終わったらしばらく英気を養うつもりで、元々候補の一つとして考えてたんですがね……──」

 

 まさか領主として戻ることになるとは思わなかった。

 もしかしたら悠長に休暇なぞ楽しめないかも知れない。

 

「とりあえずサイジック領との接続都市として、交易面くらいは整えておきたいと思います」

「安全な往来ができる"道路"の整備事業も、なるべく早い内に始めていかねばなりませんね」

「あー……確かに、モーガニト領側からも伸ばしていく必要がありますね」

 

 モーガニト領は内陸部に位置する為、海運を使うことはできない。

 他の領地の都市に繋ぐにも、帝国本国や周辺領主と対外折衝(せっしょう)していく必要があろう。

 

 

(いっそのこと空路を開拓するって手もアリか)

 

 魔導科学における、テクノロジー研究・開発の比重を変えてしまえばいい。

 交易と経済は言わば血液の循環であり、文化面で交流していくにも必要不可欠。

 また兵站の構築においても空を利用できるメリットは計り知れない。

 多少他の部分が遅延することになろうとも、早めの建国を見据えて再調整をしたほうがよい。

 

 

「今後は帝国貴族として活動を?」

「いえ……そこは別の人を()てることになると思います、学園生時代の先輩がいまして──」

 

 不運なれどそつなく優秀なハイエルフ種のスィリクスなら、亜人種の旗頭(はたがしら)にはうってつけだ。

 彼の持ち得る価値観は、フリーマギエンスの教義でもって少しずつ染め上げていこう。

 

「適性を見極めるまではもう少し掛かりますが、安定したら改めて紹介しますよ」

「ではそれまでは何人か補佐を送っておきましょう」

「お願いします、俺自身はもう少し世界を巡っていくつもりです」

 

 想定以上に早く進行してしまったので、駆け足気味にはなってしまうだろうが……。

 文明が発展する前に今ある異世界の姿を、可能な限り堪能(たんのう)しておきたい。

 

「僕も交易団にいた頃は各国を巡りましたが──飛空魔術士ならさぞ身軽でしょうね」

「今後の方策でも有事・荒事でも俺の(ちから)が必要なら、至急(なるはや)で戻ってきますんで」

 

 

 俺がそう言うとカプランは一拍ほど置いてから、柔和な表情で口を開く。

 

「──楽しみ(・・・)ですね、いよいよ動き出す」

「カプランさんにもそう思ってもらえると、こっちとしても冥利に尽きます」

 

 オーラムやシールフと違って、カプランは無理やりに引き入れられたようなものだった。

 彼がただ仕事としてではなく……彼なりに価値を見出してくれたことは素直に嬉しい。

 

『"未知なる未来"を──』

 

 俺とカプランの言葉が重なり、互いの決意も同調した。 

 "文明回華"がいよいよもって始動する時が来たのだと──

 




第三部はこれにて終了です。

予定外の戦争を上手く立ち回ったことで整った地盤。
いよいよもって都市計画に入っていく段階となります。

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