異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#189 清く正しく都市計画 II

 サイジック領北西の沿岸に位置する、"ルクソン市"の沖合──灰色の帆が風に揺れる甲板の上

 俺は約束した通り、ソディア・ナトゥールと会っていた。

 

「──ってなとこで以上だ。詳細は書類一式に全部ある」

 

 俺はそう言って帝国と商会それぞれの正式な文書を、ソディアの小さな手にまとめて渡す。

 

「まっ面倒なことは全部商会通じてくれればいい」

「ん、わかったし」

 

 私掠船(しりゃくせん)免状(めんじょう)についてや、商会の庇護下であること。

 帝国領海内での活動や、罪科の減免、その他もろもろの取り決めを伝え終える。

 

「また疑問があればいつでも言ってくれ。俺でわかる範囲でなら今すぐでも答えるが……」

「いや特にないし。最低限だけ知ってあとは自由にやらせてもらうだけ」

「あぁ、期待してるよ」

 

 彼女は寄せては返す波際(なみぎわ)を読むかのように、様々なモノの境界線を見極めるのも慣れているようだった。

 若いながらも優秀な頭脳(ブレーン)が付いているかのように、聡明(そうめい)で身の程も知っている。

 ソディアが海賊達の首領である限りは、俺としてもなんら心配も杞憂(きゆう)(いだ)くことはなかった。

 

 

「それと正式な海上貿易とその護衛任務。また輸送を含めた沿岸部との商取引についても、別途用意してある」

「どういうことだし」

「海賊業から足を洗いたい奴を優先的に割り当ててくれ、段取りも商会(こっち)で整えてある」

(てい)のいい斡旋業(あっせんぎょう)……ってこと?」

「そうだ、そっち方面の手続きも全て商会が受け持つから安心してくれ。いずれは海軍なんかも作る予定だ」

 

 俺がそう言うと、ソディアは(いぶか)しむような半眼を向けてくる。

 

「なーんかどんどん利用されて、嵐の日の大渦の中心に引き込まれてる感じだし」

「くっははは、だが損は絶対にさせないよ。それに……荒波に乗るのは得意だろう?」

「当然」

 

 にべもなく強くうなずいたソディアに、俺は薄く笑みを返した。

 

「そう遠くなくサイジック領の本拠点を置く予定だから、その時は本部を訪ねてくれ。たまには(おか)もいいだろう」

「……それは、うん。しばらくしてこっちが落ち着いたら行く。うちも色々知りたいし」

「俺も暇があれば"オトギ(ばなし)"を語って聞かせよう」

「なんだし? それ」

「ソディアの興味をそそるだろう物語さ」

「ふ~ん……」

 

 リアクションが薄いものの、実際に語ってやれば食いついてくるだろうことを楽しみにする。

 プラタにしてもそうだし、俺にしてもそう……好奇心というものは理性だけで抑えられるものではないのだと。

 

「ところで、たまには俺も海賊稼業を手伝ってもいいか?」

「うちらは……来る者は拒まないし」

 

 そう言いながらも、どことなく煮え切らないような顔に俺は気付く。

 

「なんか含みがある、か……?」

「違う、ただ──」

 

 ふるふると首を横に振る少女に、俺は首をかしげて次の言葉を待つ。

 

「ただ?」

「キャシーもそうだったけど、あんたらが参戦するとうちの戦術とか滅茶苦茶になるんだもん」

 

 どこか()ねたような様子を見せるソディアに、俺は一笑する。

 

「まぁこれでも"円卓殺し"ですから」

 

 

 

 

 サイジック領の南西部には定住を決めた騎獣民族や王国の奴隷達に加えて、()()なき多くの人々が(つど)っていた。

 元々あった小さな街に近くの拠点をいくつも繋げて、労働者達の働きによって急速に都市が出来上がっていく。

 "ディラート市"と暫定的に定められたこの土地は、大自然に囲まれた肥沃(ひよく)で未開拓の土地が数多く残されていた。

 

「ぬぅ……やはり全力で()りたいものだな」

「バリス殿(どの)の価値観──騎獣民族の死生観では可能でも、俺は身内相手に全力で殺す境地には至れないので」

「いい加減諦めろバリス、オマエは血の気が多すぎる」

 

「バルゥよ……おまえにだけは言われたくないぞ」

 

 ディラート市のとある一区画、さながら演習場のような広大な土地。

 そこで俺とバルゥとバリスの3人で、軽い運動代わりの闘争をしながら会話に興じる。

 

 

「それに俺が真剣(マジ)でやるなら、絶対に高高度から降りてきませんよ? 地上戦じゃ絶対に負けますし」

「つまらぬ。それでも男か、軟弱め」

「俺だって負ける闘争が好きなわけじゃないので」

 

 地味にギアを上げてくるバリスの攻勢に対し、俺はしっかりと(かわ)しながら反攻を試みる。

 バルゥも含めて互いに攻撃・回避・防御を繰り返すのは、対集団戦を慣らす良い鍛錬になった。

 

 なにせ身体能力に優れた獣人種のトップ双璧。こと陸上白兵戦においては、世界でも指折りの強さだろう。

 それはたった2人であっても、何十人もの相手を同時にしているのと変わらない。

 

(テオドールの門弟たちの、巧みな連係には勝てないまでも……)

 

 相手を殺す技術として、的確に死角を突くように追い詰め、命に届かせてくるような怖さはない。

 

 しかしそれを補って余りある狩猟本能と、ただ単純に圧倒的な速度と密度への対処。

 それらはまた別の経験として、俺の中で確かな血肉となっていくのだった。

 

 

「オレなら空中を疾駆(はし)って追いすがるがな」

「あとでやり方を教えろバルゥ。翼獣と連係するというのも、なかなか面白そうだ」

「その時は空中機動力の差を、お見せますよ」

 

 生身で当たり前のように言う2人に、俺は負けじとそう言い放った。

 

「っハァ……ところでバリス殿(どの)……いつ頃出立する予定、ですか?」

(たみ)戦傷(いくさきず)と疲弊も()える頃だ、そう遠くあるまい」

 

 俺は息をわずかに切らせつつ、無尽蔵のスタミナを感じさせるバリスは悠々と喋る。

 

「そうっ……す、か。別れには立ち会えないと思うので、っふぅ……"情報収集"はよろしくお願いします」

「まあそのくらいはしてやろう、もののついでだからな」

 

 血気盛んなバリスを筆頭に、活力溢れる騎獣民族は定住を良しとせず──また新たに遊牧生活を続ける。

 我が道をゆく彼らの文化をすぐには変えられないことはわかっているし、それはそれで利用させてもらう。

 

 なにせ大陸中を巡る騎獣民族は、各国家からも手を出しにくい武力集団。

 また彼らもそこらへんは(わきま)えているので、無暗に国家を相手に敵対するようなこともしない。

 そしてあらゆる場所を駆け抜ける途中で、様々な情報が自然と集まってくるのだ。

 多少なりと偏向性(バイアス)が掛かるものの、"活きた情報"を提供してくれるのは有益極まりないのである。

 

 

「希望者はちゃんとこっちに送れよ、バリス」

 

 中途で脱落した騎獣民族や、道中で持て余した虜囚は、殺すことなくサイジック領で引き受ける手筈(てはず)

 それもまた遊牧する騎獣の民のとても重要な仕事でもあった。

 

「ヴァァァアアアア──ーッわかっている!! 何度も同じことを繰り返すな」

「オマエは忘れそうだからな」

「きさまより覚えはいいわ」

「どうだか──」

 

 同じくまったく疲れを見せないバルゥの念押しに、俺は沈黙を貫きながら呼吸を整えていく。

 あくまでバルゥとバリスの関係だから許される言い合いであって、俺が口を差し挟むこともない。

 既に約束事として交わしたもので、それを無下に破る気性ではないのはよくよく知っている。

 

 

「バルゥ殿(どの)もここディラート市での取りまとめ、よろしくお願いしますね」

「任せておけ、商会には色々と便宜(べんぎ)をはかってもらっているからな」

 

 定住を希望する騎獣民族と、王国軍から奪い取った奴隷達の新たな場所。

 さらに疫病と魔薬と戦災によって、生き方を失った人々を広く受け容れる都市運営。

 比率としては獣人種が非常に多い為に、バルゥ以上の適任は今のところいなかった。

 

「元奴隷剣闘士風情(ふぜい)が、はぐれ者や奴隷どもをまとめられるのか見物(みもの)だな」

「見ているがいいバリス。そして案ずるなベイリル、オレはオマエの期待を裏切るつもりはない」

「俺も心配は正直まったくしていません」

 

 商会が全面的に支援するが、それ以上にバルゥ自身が意外と芸達者なのだ。

 剣闘士時代に奴隷から色々と学んでいるのか、様々なことに精通している。

 俺達に協力すると決意を新たにしてくれた彼は、ことのほか柔軟に物事を吸収していく。

 

「ちなみに今後は奴隷を"属民"と改め、そうでない者は"市民"となります」

「あぁ、商会員から聞いている。馴染ませるのは多少時間が掛かりそうだがな──」

「それと商会も近々、シップスクラーク"財団"とする予定です」

「ふむ……それは聞いていないな」

「まぁ一部しか知らないことなので。バルゥ殿(どの)は事実上の総督位にあたりますから、早めに伝えときます」

 

 

 するとバリスは(うな)るように吐息を鳴らす。

 

「名にこだわったところでしようもあるまい。奴隷は奴隷だろう」

「"名は体を表す"──という言葉が、俺の故郷にあるので。何事もまずは外面(そとづら)からですよ」

「弱者は面倒なものだな」

 

 健全な肉体に健全な精神が宿るように、見栄を張ってから(じつ)(ともな)わせていけばいい。

 その為の制度作りに関しても、ある程度の見通しは立ててある。

 

「大半を"労働者"として動員して土地の改善。あとは地勢調査と領内保全の為の"斥候"と、近く"開拓者"集団も組織する予定です」

「ふむ……近い内に選別しておこう、優秀な連中をな」

「頼りにしてます」

 

「ふゥ~……はっ! さてそれじゃぁ俺もそろそろ全力出しますか」 

「ァア……? 身内には出せないのではなかったか?」

 

 俺は"六重(むつえ)風皮膜"を解いて、感覚情報を直接的(ダイレクト)に受信しながらニィっと笑う。

 

「俺の全力は火力特化と感覚特化の二種類あるんで、後者なら殺すことはないです」

「言いよるわ」

「楽しみだ」

 

 バリスのぶん回される大腕とバルゥが放った速蹴の風切り音を耳に残しながら──

 俺は魔力循環を加速させながら集中していく。

 

「まぁまだ数瞬だけなんですけどね。"天眼"と言いまして──」

『御託は不要だ(いらん)!!」

 

 2匹の(ケダモノ)の咆哮が重なり、俺は引き伸ばされた刹那の悦楽を堪能するのだった。

 

 

 


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