異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#190 清く正しく都市計画 III

 元インメル領の直下都市──西部方面に広く土地を広げる、現"インメル市"の元領主屋敷。

 インメル領としての名はサイジック領として置き換えられたが、その名残を色濃く継承した都市である。

 

 現在はシップスクラーク商会員が(せわ)しなく動き回り、戦災復興と領地運営の中心となっている。

 俺は客室にて待ち人を迎え入れ、"愛すべき姉"と抱擁を交わして再会を喜んだ。

 

「久しぶり? かな、"ジェーン"」

「うん……なんだかすごく久しぶりな感じがする。元気そうで良かった、ベイリル」

「お互いにな」

 

 向かい合って椅子に座り、お互いに一皮剥けた感じで微笑み合う。

 

「ヘリオやリーティアとも会いたいなあ」

「リーティアは所在が知れてるが……ヘリオはどこにいるか断片的にしかわからんな」

 

 使いツバメによる無事という不定期連絡だけを残し、ゲリラライブでほうぼう飛び回っている。

 もっとも文化的侵略という意味で最高の仕事をしてくれているので、非常にありがたいことなのだが。

 

「そうなんだ……みんなで集まりたいね」

「予定より早まった(のち)の首都たるサイジック"領都"計画が着々と進んでいる。完成の暁には記念式典を(もよお)して全員に招集を掛けるよ」

「いつくらいになりそう?」

「明確には言えんが……まっなるべく早く、一応の土台くらいは建設したいところだな」

 

 土地の候補は選定済みだが、まだまだ詳しい調査が必要である。

 機能させる為の体制(システム)作りも早急(さっきゅう)に推し進め、実現化させていきたい。

 

 街のそのものは時代と隆盛に応じて、いくらでも拡大していけるよう計画している。

 重機がなくとも魔術のある世界では、着工から完成まではかなりの短縮を見られるハズだ。

 

 

「そっかぁ……──いよいよ形になってくるんだね」 

「"文明回華"の為にみんなが頑張ってくれてる。無論、俺もな」

「そういえばベイリルも領地をもらったんだよね?」

「あぁ、モーガニト領な。はじめは不本意だったが、まぁ結果的には良かったと思っているよ」

 

 商会の全面バックアップの段取りも無事ついたし、スィリクスを領地運営の代理人として立てることができた。

 大まかに試算した結果と未来の展望を見るに、モーガニト領は優良な報奨だったと今なら言える。

 

「円卓を倒した功績なんでしょう? でもすごい危なかったとか……もう心配させないでね」

「そこまで手紙で伝えたっけか」

「リンとキャシーに先に会ったの、色々話して知ってるんだから」

「おしゃべりな奴らだなぁ」

「いやいやそこは絶対に話題になるでしょ」

 

 クスリと穏やかに笑うジェーンに、俺は肩をすくめる。

 

「まぁまぁ無鉄砲さは姉ゆずりなもんでな」

「むむっ……聞き捨てならない、とは言えないなぁ我ながら」

 

 

「俺も商会の情報では、結構な大立ち回りしたって聞いたぞ」

「うっうん……まぁ──」

 

 ジェーンは学園卒業後に皇国へと渡り、まずは元いた孤児院を訪ねた。

 既に存在していなかったが、決意を新たにした彼女の行動はとても素早かった。

 商会の下部組織として"結唱会"を創設し、一部の区画を購入して育てることにしたのである。

 

「聖騎士の"ウルバノ"さんも協力してくれて、それでちょっとだけ」

「ほう、聖騎士と? それは初耳だ。ウルバノ、確か──」

 

 俺は蓄えた記憶を手繰り寄せていく。各国の首脳や要注意人物は一通り覚えている。

 ハーフエルフの脳とシールフのおかげもあってか、前世よりも物覚えは格段に良い。

 

「純粋な人族で、年は……五十くらいだったか? 聖騎士の中でも特に信心深いが、魔族への差別意識も薄い穏健派。

 今でこそ第一線を退(しりぞ)いてはいるものの、過去には魔族相手に殺し屋まがいをやっていた逸話が残るほどの武力」

 

「さすがベイリルはよく知ってるね。もしかして会ったことあるの?」

()()()()()なら一応ある、一人だけ」

「ほんとうに? だれと?」

 

 ジェーンは目を丸くしながら尋ねてくる。

 直近の出来事であった以上に、誰彼言いふらすつもりも無い話題。

 戦う時は素性も隠していたので、治療したハルミアと三巨頭くらいしか……"俺が無様にぶっ飛ばされた"ことを知らない。

 

 

「"番外聖騎士"」

「ばんがい……? 番外、って──"五英傑"の!?」

()り合った……と言うには語弊(ごへい)があるが、とりあえず一戦(いど)んで美事にぶちのめされた」

 

 "折れぬ鋼の"にとっては、児戯に等しい行為であったろう。

 身を持って思い知らされたことは、五英傑をまともに相手にすることだけは絶対に回避すべきということ。

 

「そっ、そっか……でも、うん。"折れぬ鋼の"なら殺されることもないし、そういうとこもベイリルなら計算ずくか」

「まっ良い経験になったよ」

 

 まさか殺すつもりだったとまでは、さすがに言えなかった。

 聖騎士は横の繋がりが強いわけではないが、個々人で懇意(こんい)にしていることは十分ありえる。

 

 

「ところでジェーンはどうやって聖騎士からの協力を得たんだ?」

「私は貧窮(ひんきゅう)している孤児院を中心に回ってたんだけど……その中に虐待や売買をしている所があったの」

「奴隷でもないのにか」

 

 と、俺は返してはみるものの……実際そういったことは珍しくないだろうと、知識として知っていた。

 表向きは清廉な院長や神父・牧師などが、少年少女問わず性欲の()(ぐち)にするなどはよく聞くところ。

 

「うん。その(バック)についていたのが"教皇庁"でも地位と権力がある人で、私も手を出しあぐねていた」

 

 皇国は神王教ケイルヴ派の総本山であり、宗教による社会体制が確立されている。

 国の実効的な頂点である"教皇"と中心とした、司祭や貴族による統治形態である。

 

「なるほどな、そこで聖騎士さまが出張(でば)ってくれたわけか」

「私が孤児の保護活動していることに感銘を受けてくれていたらしく……一方的に知られてたみたい」

 

 聖騎士とは大魔技師の高弟の1人によって抜本的に見直され、世界各国に認められた存在である。

 単独で持ちえる一定の治外法権のみならず、皇国内でも最高クラスの権限を持っている。

 

 

「向こうから接触(コンタクト)してきた?」

「そうなの。たまたまだけど、悪徳司祭につながる証拠を入手してたから──」

「教皇庁に蔓延(はびこ)る腐敗を取り除く、(てい)のいい大義名分としたわけか」

「そういう言い方をしちゃうとアレだけど……でもそういう意味もあったのかも」

 

 身勝手な権力の専横(せんおう)は、間接的に自分達の立場を(おとし)めることに他ならない。

 聖騎士は皇国内でも独立した存在とも言えるが、それでも皇国に帰属する立場ゆえに。

 

「なんにせよすごく良くしてもらった。腐敗を暴いた後も色々と支援してもらったし」

「結局今は何人くらいいるんだ?」

「92人だよ」

 

 ジェーンは迷うことなく答える。そして普通に多い。

 おそらくは被養護者全員の顔と、名前と、性格まで把握しているに違いない。

 お節介焼きなのもそうだが、そういうところはそつなく覚えてしまう如才(じょさい)なさがあるのだ。

 

 

「手紙で聞いていたよりもさらに増えたな。もしかして呼び寄せてまずかったか?」

「んっ……まあ全てを(すく)えるなんて、おこがましいことは思ってないし、少なくとも目に映った範囲は助けられた。

 結唱会のみんなにもいろんなことを教えていかなくちゃいけないし、頃合としては良かったと思ってるから大丈夫」

 

 彼女の道を邪魔したわけではないことに、俺はほっと胸を撫で下ろしつつ背もたれに体重を預けた。

 姉弟(きょうだい)の中で、ジェーンだけやりたいことがいまいち見つからないようだったが……。

 少なくとも今は充実し、生きがいを見つけて楽しんでいるようでなによりだった。

 

「"結唱会"、意外と仰々(ぎょうぎょう)しい名だよな。自分の二つ名を冠してるって恥ずかしくないか、"結唱氷姫"ジェーンさん?」

「うっ……最初はちょっと気恥ずかしかったけど、もう慣れちゃった」

「なんだ、自分で付けたわけじゃないのか」

「そこまで自意識過剰じゃないよぉ、ウルバノさんの"従騎士"の一人が付けてくれたみたいで。

 いつの間にかなんかみんなの(あいだ)で浸透しちゃってて、今さら変えられる雰囲気じゃなくって……」

 

「"従騎士"──ってのは、聖騎士のお付きか」

「そうよ、ウルバノさんのところは従騎士も"見習い"もみんな彼が養護する孤児出身なの」

「ジェーンも目指すべき先達(せんだつ)ってことか」

「そうだねえ、頼りになる大先輩だね。学べることは多かったよ」

 

 

(従士、か……)

 

 何度も考えさせられる機会がある。本格的な子飼いとその重要性。

 単独ではやれないことでも、負担を分散して遂行する為の特殊部隊。

 

(心よりの相互信頼を築き上げた精鋭──)

 

 筆頭魔剣士テオドールの門弟集団しかり。クロアーネが所属していた部隊しかり。

 聖騎士ウルバノの従騎士隊に、いずれはジェーンの結唱会もそうなってくるかも知れない。

 

「頼りになるっか、ところで()()()()()()とかってことはないよな?」

「なぁにそれ、私がウルバノさんに懸想(けそう)してるってこと?」

「相手は人格者ともっぱら噂の聖騎士だし、俺が認めた男じゃないとジェーンはやれない」

「はぁ~まったくもうっ、何目線なのベイリル」

「父目線」

 

 

 ジェーンは一度だけ大きく息を吐いてから、クスリと笑みを浮かべる。

 

「ウルバノさん、妻子どころか孫もいる人よ。それに皇国は一夫一妻制だし」

「俺は皇国には住めそうにないな」

「あ、そっか。そういえばフラウだけじゃなく、ハルミアさんとも一緒になったんだっけ」

()()()()くらいは増える予定かな」

「お盛ん、なんだね」

 

 ジェーンはやや呆れた様子を見せて、俺はフッと笑った。

 こうして懐かしき家族と話していて、改めて思うところが浮かぶ。

 

(フラウ、ハルミアさん、キャシーはまだわからんが──)

 

 それぞれ妹・姉・兄に、俗に言う"属性"や気性に似通った部分が見受けられるということだった。

 家族愛が(ゆが)んだというわけでもなかろうが、本能的に求めた部分もあったのだろうかと。

 

 

「モーガニト領主なんだもの、ちょっと(かこ)うくらい問題ないんだ?」

「領主じゃなかったとしても……一人の男として甲斐性(かいしょう)くらいは見せるさ」

「これからベイリルがどれだけ偉くなっても、私はお姉ちゃんだからね」

「わかっているよ、ジェーン姉さん(・・・)

 

 話が一区切りついたところで、俺は一つだけ告げるかどうか悩んでいたことに思いを致すのだった。

 


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