異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#191 清く正しく都市計画 IV 

 俺が一つだけ気がかり……というよりは、どう対応すべきか悩む事案。

 

("モーリッツ・レーヴェンタール"──モライヴのことを、はたして言うべきか否か)

 

 学園ではフリーマギエンスだけでなく、戦技部兵術科同士でよくよく知っていた仲間である。

 パラスやカドマイア同様、モライヴからは定期的な連絡がない音信不通状態。

 

 ひとまずはその身の無事だけでも伝えておくのが、ある種の(すじ)であろうか。

 しかしリンにも言っていないし、キャシーも知らない。であればジェーンにも伏せておくべきか。

 

(ただまぁ、モライヴにはモライヴの考えがあるんだろうし……)

 

 帝王の一族であったことにも得心がいくほど、彼はよくよく頭が回った。

 戦略・戦術の成績はジェーンよりも上で、後方軍事や兵站についても独自に造詣(ぞうけい)が深かった。

 

(総督府でも(ひそ)かに口添えしてくれたような感じもあった)

 

 少なくともモライヴの立場が王族として保証されている以上、本人の了解を得ずに情報を広めるのは好ましくない。

 それがたとえ身内であっても、なあなあではなくメリハリをつける必要がある。

 

 結論として俺は今のところモライヴについて、自分の胸の内にのみ秘めておくことを決めた。

 何事も時機がある。ここはモライヴを信じて、邪魔しないよう立ち回ることにしようと。

 

 

「さて……お互いに積もる思い出話は、また後で語り合うとして──とりあえず身の振りについて話そうか」

「わかった。でも子供たちのお世話もやらせてね? もう全員連れてきちゃってるし」

「もちろんだ、なんならこっちからの戦災孤児も頼む。そうしたのはインメル市で全員引き受ける予定だ」

 

 伝染病と魔薬によって数多くの犠牲者が出た為に、相続者のいない空家も多かった。

 インメル市は新たに領都を建設するまでの中心地であり、今後も重要な交易都市の一つになる。

 

検疫(けんえき)は済んでいるし、魔薬も優先的に根絶したから安心してくれ」

 

 サイジック領は現在、5つの都市にそれぞれ戦災者を集中させる方策を取っていた。

 領内全域を一度に終息させようとしても、あまりに効率が悪すぎると判断した為である。

 

 なによりもまずは人を集めて、産業や経済を流動させ活性化させること。

 帝国の統治を参考にしつつ、相互に密な交流を持たせ、適性を分配し、どんどん活かしていく。

 そうすることで領内はより早い復興に繋がっていくであろう。

 

「まかせて、それに子供たちにとっても(にぎ)やかであればあるほどいいしね」

 

 教育機関として設立するには色々と準備が足らないが、その前身となる私塾くらいは運営できるだろう。

 "文明回華"にとって、(のち)の世に()ばたいていく未来ある種子。教育は最優先の投資でもある。

 

 

「あぁ、ジェーンには孤児たちの育成と──この領地に歌を広めてほしい」

「そんなことも手紙に書いてあったね。歌が救済になる、って……?」

「なるさ。なんなら戦争だって止められるくらいにな」

 

 理想論ではあるが……文化で圧倒することができたなら、そうしたことも決して不可能ではない。

 音楽業界史に残るカリスマアーティストのそれは、ある種の宗教じみた熱狂を産み出し伝播させる。

 名クラシックはどれほどの時が経ようとも、今なお身近で愛され続けていた。

 

「い、言うねぇベイリル……」

「学園の時にそこらへんは実感しているだろ?」

「まあそうだけど……──」

 

 少し苦い表情を貼り付けるジェーンだったが、同時に喜悦が混じっているのも確かであった。

 

「でも私でいいの? リンも協力してくれるみたいだけど……ヘリオたちのがいいんじゃ?」

「ヘリオらはロックバンド主体だし、戦災復興では正直人を選ぶ。なんでもイケるジェーンたちのほうがいいんだ」

 

 文化圏を拡げる意味ではヘリオの(ほう)が適任だが、この場合は聞く人に寄り添うほうが良い。

 

「そっか──まぁ私の歌で元気になってくれる人がいるなら、やぶさかじゃないけど」

 

 控えめには言うものの、ジェーンは歌のジャンルを選ばず学園生を魅了してきた。

 軍歌や演歌に電波曲までそれぞれ歌ったこともあり、卒業ライブではコラボロックまでこなしきった。

 こと歌唱の多様性に限っては他の追随を許さないほど、俺の影響で幼少期から歌い続けてきたのだった。

 

 

「それとはい、どうぞ」

「なぁにこれ……?」

 

 ジェーンは俺が手渡した"小冊子"をぱらぱらとめくっていく。

 

自由な魔導科学(フリーマギエンス)の"星典(せいてん)"だ」

「えーっと、それってつまり……神王教の聖書みたいな──」

 

 俺やジェーンも"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"で学んでいた頃に、神王教ディアマ派の書を延々読み聞かされて馴染みがあった。

 

「その通り。天に煌めく星々から、目に見えない小さな星の真理まで()(つづ)る──教義を広める策だ」

 

 王国からの賠償金を元手に、紙の増産体制を整えて"活版印刷"を導入した。

 他の国家ではこうした印刷技術が確立されてない以上、確実なアドバンテージを奪うことができる。

 ゆくゆくは大量の蔵書で図書館を運営することで、より広範に研究者を集めたい。

 

「まず最初に自由な魔導科学(フリーマギエンス)の"心根"が書かれている」

「ふんふん、たしかによく知る文言があるね」

「次に神話と歴史の潮流(ちょうりゅう)()んだ、"樹幹"となるフリーマギエンスの成り立ち」

「うん……? でもこれって──」

「もちろん創作(・・)、嘘も方便だ。背景(バックボーン)は大切だからな」

 

 信じることで(すく)われる──宗教というのは得てしてそういうものだ。

 

(まれに足を(すく)われることもあろうが、な……)

 

 

 フリーマギエンスが新興宗教である以上は、多少なりと虚飾で(いろど)ることで権威を持たせなければならない。

 帝国は種族が雑多な為に、宗教的自由も比較的寛容である。広めるにあたって障害は少ない。

 

「同時に共通語の読み書き・基礎数学・魔術科学体系が、自然な形で学べるように構成してある」

 

 何をするにしても識字率を上げることは基本中の基本であり、同時に学習そのものを習慣付けさせる。

 (いわ)く──"数学は科学へと繋がる門と鍵である"し、論理的思考力を養うことができる。

 魔術と科学の両輪をほんの一端(いったん)でも理解させることで、分かれゆく"枝葉"として道を指し示す。

 

 まだまだ草案段階の域を出ないので、今後さらに適時洗練(ブラッシュアップ)させていく必要はある。

 星典(せいてん)以外にも"公会堂(こうかいどう)"をはじめとして、促成の為の準備はいくつも用意する。

 

「子供たちの教材としても使ってくれ、実際の使用感とかも反映・修正(フィードバック)していく」

「んっ、わかった。色々と教えるのに、こういうのはありがたいかも」

 

 

 するとジェーンはページの最後で手が止まり、わずかに首をかしげて問い掛ける。

 

「なんだか空白が何枚かあるけどこれは?」

「"国歌"を入れる為のスペースだ」

 

 まだまだ建国には遠い道のりだが、いずれきたる統一性という意味で必ず有用となってくるもの。

 

「へー……」

「ジェーンが作ってくれ」

「へぇぁ!?」

 

 普段は絶対出さない()の抜けた声を上げたジェーンは、気恥ずかしそうに目を伏せてから改めて俺を見つめる。

 

「荘厳な感じで、"不屈の信念"と"未来への希求"を込めてくれるといい」

 

 旋律はロシア国歌か、旧東ドイツ国歌みたいなのが良いと……個人的には思っている。

 異世界に地球の著作権はない。メロディーラインはどんな曲だろうと丸ごとコピーしてもいいのだが──

 せっかくなら最低限の基礎(ベース)にするだけで、創作したほうが愛着も湧くというものだ。

 

「けっこう欲張りだね──っじゃなくって、私が創っちゃっていいの!?」

「聖歌みたいなの、得意だろ。ここは一つ、"心国一致"するようなのを頼む」

「すっごい重圧(プレッシャー)かかるんだけど……」

「"地球(アステラ)"語も織り交ぜつつ、奮い立たせるように」

「注文がどんどん増えてく……」

 

 

 アス(Earth)テラ(Terra)語──要するに地球の言葉。

 現代日本からハーフエルフとして転生してきた俺が、異世界でも詠唱などで多用する言語体系。

 俺が夢で見るオトギ(ばなし)の世界を、地球あらためアステラとして伝えている。

 

 異世界の共通語に存在しない発音であり、またニュアンスを伝える為の言葉(ワード)

 つまるところ日本語や英語といった、ひらがなに漢字やアルファベットなども含む地球の言語そのものである。

 

 それらは一種の造語として、テクノロジーの発展に応じて当てはめていく。

 例えば"ウイルス(Virus)"という言葉1つとっても、異世界には概念すら無かった。

 そうした学術用語の(たぐい)は異世界言語で造語するよりも、そのまま流用した(ほう)が手っ取り早い。

 

 知らぬ者には未知の言葉でしかなく、既知となることで商会やフリーマギエンスを自然と知っていく言語。

 将来的に多民種族を有するこの領地において、独自の言語というのは一体感や統一感を人々に心に根ざす。

 場合によっては暗号文のようにも使うことができ、そして……()()()()()()()に存在を示すことができる。

 

「まぁまぁあくまで希望だからさ。とりあえず叩き台を作ってくれ、それから詰めてこう」

「そうね、とりあえずやってみないと始まらないもんね」

 

 

 ジェーンの返事に満足した俺は椅子から立ち上がり、ジェーンは首をかしげて疑問符を浮かべる。

 

「ん? どうしたの?」

「せっかくだ、ジェーンが連れてきた"結唱会"の子供たちと会おうかなって。手品の二つ三つ披露しよう」

 

 カプランほどではないが、俺も器用な指先にはそこそこ自信がある。

 魔術も組み合わせれば……大道芸としてもそれなりにはなるだろう。

 

「ありがとう、ベイリル。きっとみんな喜ぶよ」

「ついでに手合わせもな、氷属魔術の使い手は少ないから久々に味わっときたい」

 

 寒冷地出身者であれば散見されるくらいで、使い手がかなり限られるのが氷魔術である。

 雷や爆発魔術に比べれば多いものの、氷魔術を主体にして戦闘までこなすのは意外と珍しい。

 魔術具にしても冷凍・保冷といった機能を持つモノは非常に高価で、一般市場にはまず出回らないのだった。

 

 

「しょうがないなあ、今のベイリル相手にどこまで戦えるかわからないけど……お姉ちゃんがんばるよ?」

「試合で済む分にはガンガンいこうぜ。俺も色々あって、実力不足を痛感したところだ」

 

 いよいよもって野望が軌道に乗ってきたところであり、命を惜しんで事を成していこう。

 そして自分自身だけでなく、大切な人を守り守られるように切磋琢磨していこうと──

 

 

 


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