異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#192 清く正しく都市計画 V

 "ブラディオ市"──サイジック領の東部に位置する、歴史がある都市。

 街(ばず)れの(いおり)のように構える、しかして大邸宅の広い一室。

 

「へぇ……なかなかいいトコロね、ベイリル」

「"ナイアブ"の希望通りに揃えた新しいアトリエだからそりゃもう」

 

 元々はインメルの心臓部とも言える交易都市であった。

 王国と共和国の両方に近く、人の流動も(さか)んで、商業と経済によって発展してきた土地。

 それだけに疫病と魔薬の被害も小さくなく、流通の一部封鎖や王国の侵攻もあって(とどこお)ってしまった。

 

 しかし晴れてサイジック領が"減税特区"になったことと、新たな領地法によって急速に活気が戻ってきている。

 今をときめく芸術分野の急先鋒たるナイアブにとっては、決して悪くない環境のはずである。

 

 

「なんだかイロイロと面倒かけて悪いわねェ」

「なんのなんの。これからやってもらう大事業に比べれば安いもんだし」

 

 薄い緑色の髪を伸ばし、背が高くスラリとした印象な魔族の男──"(みやび)やかたる"ナイアブ。

 その二つ名の由来は、さながら女性のような口調と所作と艶やかさにある。

 男と女、両方の感性を持ち得るべくそういう生き方を選んだ生粋の芸術家。

 

「まっワタシとしても、モロモロが熟してきたところだし。そろそろ"大きな仕事"もしたいと思っていたところよ」

「ナイアブの名前が歴史に残る。いやこれホント過言じゃなく」

「フッフフ……楽しみだわ」

 

 机や棚に整理されて置かれた数々の道具を、ナイアブは1つずつ触れて回っていく。

 

 

「それと改めて……ありがとう」

「んん~? どれのことかしら」

「とりあえずまずはモーガニト領のデザイン」

「あぁソレね、気に入ってくれたのなら良かったわ」

 

 土地の紋章にして家紋にもなるものを、ナイアブに依頼していた。

 特に焦っていたわけではないが、すぐに注文通りの素晴らしい出来を送ってくれたのだった。

 

「急なお願いですまなかった。俺もいきなりモーガニト領主になったもんでね」

「別に構わないわ、ワタシとしてもいい気分転換になったし。やっぱり書いたり描いたりが一番好きだから」

 

 ナイアブの芸術ジャンルは非常に広範に渡る。

 

 学園は彼が作った彫像品が並び、服飾のデザインや化粧技術も卓越している。

 演劇の脚本構想と執筆から、演者の表現・演出の指導まで手掛けたこともある。

 作詞や作曲だけでなくダンスの振り付けも、ジェーン達に指導(レクチャー)していた。

 

 それでもやはり絵画畑出身だったということもあり、ナイアブにとってはそれが1番のようだった。

 漫画やイラストのようなものまで頼むと、それを難なくこなしてしまうほど。

 

 

「それよりもワタシはあっちのが気になるわ、リーベ総帥のメ・イ・ク」

「あれもバッチリ。仮面を取って見せてやる機会もあって、表情が引きつってて爽快だったよ」

 

 フリーダとモライヴはそうでもなかったが、言いだしっぺのアレクシスの顔は写真に撮っておきたいくらいだった。

 モーガニト領の手続きの際に横柄な態度があっただけに、余計に溜飲が下がる思いだった。

 

「それならなにより。あれもなかなか良い経験になったわ」

「ナイアブは弟子は取らないのか?」

「ん~……?」

 

 何やら思わせぶりな様子で、ナイアブは手を頬に当てながら目を細める。

 俺自身が弟子もとい子飼いの部隊を作りたい欲求が日増しに(つの)っていくので、なにかしらの意見になればと。

 

「候補なら何人もいたけどねえ。なんならワタシよりもずっと長く同業で食べていた人まで」

「さすがだな、でも年長者を弟子には取らなかったか。気が引けるとか?」

「そうじゃないわ。今は……心的孤高から生まれる衝動がワタシを刺激するのよ」

「ふぅ~む、なるほど──」

 

 

(まぁ……芸術家には孤独な人間が多い印象は受けるな)

 

 もちろん主張や考えをぶつけ合うことで生まれる作品もあるだろう。

 しかし芸術とは往々にして、自分自身と向き合う時間が()るに違いない。

 

 新しい分野(ジャンル)を開拓するのにも、それはもう想像を絶する筆舌に尽くし難い産みの苦しみがあったに違いない。

 

 時代や感性が追いついてないばかりに、死後でないと評価されなかった芸術家すら存在した。

 生活できるほど売れず、出資者(パトロン)にも恵まれず、その才能を発揮する前に沈んでいった者も少なくないのだろう。

 

 だが芸術でも文学(ぶんがく)でも音楽でも、"傑作"が生まれぬまま枯れるのはどうにも惜しい。

 そうした美学の推進と支援していく為に──純粋芸術を含めて開花させ、文化的交流を(さか)んにする為に。

 

 ナイアブには"巨匠"として、そうした体制作りにも協力してもらいたいとも思っている。

 

(それこそ大魔技師と7人の高弟のように……)

 

 常に巨匠本人が主導していく必要はない。その(こころざし)を継ぐ高名な弟子が伸びていってくれればいい。

 そうやって何本にも枝分かれしていくことでテクノロジー同様、文化的飛躍を見ることだろう。

 その最初の種子として、現代芸術の知識の一端を理解するナイアブの能力が必要になってくる。

 

 

(門外漢だからこそ出せる、差し出がましい(クチ)なのかも知れんが)

 

 結果的に大成した人物からすれば、そんな親切な体制(システム)甘え(・・)だと言われるかも知れない。

 その程度は己で選んだ道において……して当然の努力であり、そも好きなことを努力ということが間違いだと。

 (つら)く苦しい現実に打ちのめされようと、持ち得る才能を表現したからこその評価であると。

 

 それでも一応は尋ねてみることにした。言うだけなら無料(タダ)というものゆえに。

 

「どうしても弟子を取る気はない? 後進がいてこそ文化も進むってもんなんだけど」

「それは商会からの依頼? 命令? あるいは()()()()()()()()?」

「"個人的なお願い"と言うと後が怖そうだが」

「失礼しちゃうわねえ」

「まぁどれでもないよ、特に縛るつもりはない。芸術家の気性は、まぁ多少は理解しているつもりだし。感性を(にぶ)らせる真似はしたくない」

 

 文化的侵略や芸術分野の開拓は早いに越したことはないが、本末転倒になっては元も子もない。

 ナイアブの手から産み出されるであろう──未来の傑作芸術が(とどこお)れば、それこそ大損失というものである。

 

 

(俺は表現者ではあっても、創作者ではなかったし……)

 

 楽器を吹いてた頃もあったし、カラオケも好きだった。

 小説に漫画にアニメにドラマに映画にゲームと楽しんでも──

 自分で曲や作品を創り出そうといった衝動に駆られたことはない。

 

 自身の内に入力(インプット)こそして溜め込んでも、具体的に外部へと出力(アウトプット)することはなかった。 

 あるいはそうした趣味を見つけられていたなら、前世でも──もっと楽しめたかも知れない。

 

(今さらながら思うのは……人生にはやはり、ゆとりがないと活力を得られず、無気力になってしまうということだな)

 

 今世では積み上げた肉体と恵まれた環境がある。健全な肉体には健全な精神が宿り、何事にも前向きでいられる。

 前世ではそういった心のゆとりもなければ、スポーツマンでもなかったので無理が利くような肉体でもなかった。

 

 

 現代社会には一度や二度の人生では味わい尽くせないほど娯楽で溢れていたのに、それらの上澄みだけで達観と諦観にあった。

 だからこそ、この長命は骨の髄までしゃぶり尽くしたいと願うのだ。

 いずれは心の底から魂の根っこまで創作者(クリエイター)であるような人間の、飽くなき情熱をも理解したいところ。

 

(今だと……魔術は近いものがある、と言えなくもないか)

 

 憧れを模倣し、理想を(いだ)き、思い(えが)いて、実現化する工程。

 あれこれ考えて、ツギハギ組み合わせて新たな魔術を構築することの面白さ。

 仲間と刺激し合い、それでも最終的には己の中で自分だけの世界を創りあげて完結させる。

 昨日できなかったことが今日はできる。そうした実利を備えた快楽は、素晴らしい充足感を与えてくれる。

 

 それもまた1つの魔術(アート)であり、この世界において人類と結びついた文化であろう。

 

 

「とりあえずほんの少しでも心の(すみ)っこに留めておいてくれると……ありがたいかな~ってくらいの話だと思ってくれていいよ」

 

 ナイアブは少しだけ考えた様子を見せると、ニヤリと笑ってこちらを見通す。

 

「なんだか一旦引いて見せる交渉術みたいねぇ?」

「確かに──っぽく聞こるかも知れんが、普通(ふっつー)に本音だ。ナイアブとは創部以来の付き合いだしな」

 

 ナイアブなら欲張って成し遂げられると俺は信じているし、既に成果はいくつも残している。

 

 

「まーまーそれはそれとして、"大事業"で人手がいたほうが楽なんじゃないか? って提案でもある」

「そうねぇ……別にワタシが直接教える必要もないし、置いとくだけでもいいわけだし。リンちゃんのお姉さんとか」

 

「あぁ……リンの奴が勝手に会う約束? しちゃったみたいで──なんというかすまなかった」

 

 リン・フォルス本人にも世話になった以上、俺からは強く言えることはなかった。

 あずかり知らぬところで勝手なことをするな。などと(とが)められるほど俺は偉いわけではない。

 それが協力を得る上で必要なことであった以上は、巡り廻って俺にも責を負わねばなるまい。

 

「まっ少しくらいなら構わないわ。別に何が何でも(こば)むってわけじゃあないしね」

「そう言ってもらえると、俺としても助かるよ──っと」

 

 俺は客人の気配を察して大扉のほうへと顔を向けると、ナイアブもつられるように視線を向ける。

 

 待ち人来たりて、計画は順次進行を見ていくのだった。

 


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