異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#193 清く正しく都市計画 VI

 扉の外では荷車の音がしていた。既に頼んでおいた物資を過不足なく運んできてくれたに違いない。

 

「もう来たのかしら?」

「あぁ……連絡なく約束を破るような人じゃないし、それはナイアブのがよく知っているだろう」

「まっね、確かに。それにしても本当に鋭い感覚ねえ」

「そらまぁハーフエルフ種なことを差っぴいても、かなり命懸けてきたから」

 

 絶対的な速度や火力も大事だが、やはり1番に重きを置いているのは情報である。

 それは戦争という広い範囲に留まらず、個人単位においても非常に重要なことだった。

 

 相手をいかに早く捕捉し、同時にこちらの存在をひた隠し悟らせないということ。

 より遠くを、より精細に、より暗所も、その心身の状態まで見通すこと。

 残り香を嗅ぎつけ分析し、ほんのわずかな音にも澄まし聞き分ける。

 肌を撫でるあらゆる密度の差を感じ取り、呼吸と舌触りすらも参考材料の1つとする。

 

 それらは現代日本人だった前世とは、まったく比較にならない情報をハーフエルフたる俺にもたらしてくれる。

 

 

「アナタの見る世界をワタシも感じてみたいわ、ベイリル」

「それ変な意味じゃないよな」

「ダイジョーブよ、ワタシ略奪愛なんてする気はないから」

「それなら安心、なのか?」

 

 俺は首をかしげつつ、片目だけ半眼になってナイアブを見つめる。

 

「んー……でもフラウは、ハーレム()()()()()なんだっけ?」

「あいつは俺以外の男には抱かれないし、俺も男を抱く趣味はない。だから輪には入れないぞ」

「フッフ、冗談よ。それにワタシも今は──」

 

 

 ナイアブの言葉はそれ以上続かず、視線がノックを3回鳴らされた大扉へと向く。

 アトリエへ新たに入ってきたのは──暗い金髪をうなじあたりで結んだ女性であった。

 目線だけで室内を見回しながらも、俺とナイアブのところまで調子を乱さず歩いてくる。

 

「久しぶりね、"ニア"ちゃん」

「お呼び立てして申しわけない、そしてどうもですニア先輩」

「ごきげんよう。()()()()()構わないわ」

 

 ニア・ディミウム──ディミウム商会の跡取り娘にして、シップスクラーク商会員として商業部門に所属している。

 

(──な~んか、既視感(デジャヴュ)……?)

 

 ふわふわと地に足つかぬ感じに囚われた俺は、ニアとナイアブを見る。

 

 かつて学園生時代、2人は付き合っていた時期があるという噂は聞いていた。

 俺が入学する前の話であり、雰囲気からしてあまり突っ込んで聞けるようなものでもなかった。

 

 ただ少なくともフリーマギエンス設立後に、部員同士として見ていた分には険悪さは感じない。

 しかし今も空気を読むに、剣呑(けんのん)さとは違うものの……どことなく一線が引かれている印象は残る。

 

 俺はさしあたっての思考は一旦置いて、恩しかない客人に対して礼を示す。

 

 

「なんだかニア先輩には、ワーム街の時からこっち……ずっと世話になりっぱなしで本当に頭が上がりません」

 

 宿の提供に必要具の手配、迷宮(ダンジョン)ショートカットに使う魔術機械の運送と保管。

 不意の逆走攻略で長引いてしまい、余計な心配までさせてしまった。

 何よりもカエジウスの心象を悪くするリスクまで負わせたのは非常にしのびなかった。

 

「わたしにしかできないこと、なんでしょ? なら受けるしかないじゃない」

「ありがとうございます。先輩より優れた人を、俺もカプランさんも知らないんで」

 

 その後もサイジック領の復興、王国軍との戦争対応、そして戦災復興途中の現在。

 いずれも戦地より後方で、あらゆる輸送業務を任せてしまっていた。

 十全に王国軍と一戦交えられたのは、ひとえに彼女の尽力(じんりょく)あってこそのものであった。

 

 各種物資を生産しても、それを必要な場所に届けられなければ意味がない。

 それら采配をカプランが(おこな)い、実際的な動員をニアが遂行してこその成果なのである。

 

 

「そもそもわたしがこんなにまでなったのは、シップスクラーク商会(あなたたちのせい)ってことを忘れないように」

「頼んだ仕事を全部こなしきるだけの才覚あってこそです」

 

 シップスクラークが取り扱う、多様多岐に渡る物資や人員。それらを動かしていく意味と労力。

 通常の商業取引では到底不可能な──ありとあらゆる経験を彼女は積まされ続けたのだ。

 しかも求められる質と量も、そこらへんの商会規模とはワケが違うのである。

 

「才覚の一言で片付けないでもらえる?」

「失言でした、ニア先輩の努力あってこそです」

 

 彼女の矜持(きょうじ)にして自他評価──天賦の才を持たざる者。しかして飽くなき秀才であるということ。

 たゆまぬ研鑽と蓄積し続けた経験による、"微動せぬ天秤"ニア・ディミウム。

 彼女はある意味において、シップスクラーク商会の象徴とも言える人材。

 

 

(ハルミアさんもそうだが……)

 

 フリーマギエンスの教義の(もと)に、商会の(ちから)を利用し、商会と共に成長する。

 それは大多数の人材にとっての理想形であり、巨大な土台を支える基礎だ。

 

 努力しない天才ゲイル・オーラム。努力した天才シールフ・アルグロス。讐念(しゅうねん)で結実した天才カプラン。

 何でも吸収する天才リーティア。何がなくとも大成したに違いない天才ゼノ。2人の無茶を体現する天才ティータ。

 

(それに底の見えない二面性を持つ天才ナイアブも──)

 

 俺は"雅やかたる"ナイアブを一瞥(いちべつ)し、強く思いを致す。

 

 テクノロジーや文化の発展において、突出した天才は往々にしていつの世も変革を起こしてきた。

 一般人の枠から(はず)れた人間を発掘し、持ち味を活かし、伸ばす環境を構築することが重要となる。

 

 ただしそうしたあらゆる土壌の形成において、ニアやハルミアのような人材こそがお手本となるのだ。

 天才だけでは世の中は決して回らない。

 

 不世出の天才を支援する多くの秀才と、より多くの牽引(けんいん)される労働力。

 まさにこれからナイアブとニアと、サイジック領の民と奴隷もとい属民達によって……大業として果たされる。

 人同士が、テクノロジー同士が、密に繋がり影響し合うことで相乗効果を生む。

 

 

(いよいよだ、サイジック新領都の建設事業)

 

 いずれ(きた)る建国時に"首都"となるべき中心都市と、(のち)に"世界遺産"となるべき建造物のデザイン。

 ゼノや商会と共に建築工学をも学んだナイアブは、これ以上ない適格たる人物である。

 

(そしてその為の、統一規格化された商会製品)

 

 安定した品質で生産される資材の管理と輸送。そこを任せられるのは現状でニアだけだった。

 機密が高い部分でもあるし、実績と信頼という面でも彼女を超える者はいない。

 

 立地はまだ確定してはいないし、戦災復興途中でまだ余裕があるわけではない。

 それでも代替予備企画(バックアッププラン)も含めて、準備は早めに推し進めておかねばならない。

 

(最高の立地に最高の都市計画を──)

 

 斥候を使って土地を調べ上げ、領内の秩序を保全する。

 開拓者を送って、真なる意味で最初の都市を作り上げる。

 労働者で土地を改善し、食料供給で人口を増やし、都市同士を接続・結合させる。

 法と秩序と衛生を保ち、人民の幸福度を上げて、文化圏を拡げ、いずれは世界を席巻(せっけん)するのだ。

 

 

「まぁまぁ、この機会にディミウム商会も存分に業績拡大してください」

「もちろんそのつもりだけれど……」

 

 ニアはナイアブへとスッと視線を流して、改めて嘆息(たんそく)を吐いた。

 

「少々気乗りしにくいのが、我ながら不本意ね。仕事は選びたくないのに」

「アラ手厳しい」

「でも心配は無用よ、仕事である以上はちゃんとやるから」

「ワタシもニアちゃんの仕事に負けないだけの──求められる以上の成果を残すつもりよ」

「……そう、わたしは別に期待はしてないわ。好きにやればいい」

 

 俺はナイアブとニアのやり取りで、さきほどの既視感(デジャヴュ)の正体に気付く。

 

(あぁそうか、二人は……俺とクロアーネのそれと似ているんだな)

 

 独特の距離感というか……好き合ってはいないが、それでも嫌い合ってもおらず──

 ビジネスライクともまた違う、なんとも言えない違和感のような不思議な心地。

 

 そう認識して(はた)から()ると、もし2人にそうした気持ちが残っているなら……。

 

(是非ともヨリを戻してほしいな……俺とクロアーネの幸先(さいさき)的な意味でも)

 

 参考にしたいなどと思いながら、俺はちょこちょこと言い合う空気感に微笑を浮かべる。

 

 

「ところで運搬してきたモノは、とりあえず外の()いてた場所に置いたけれど……問題はなかった?」

「ぜぇんぶワタシがこれから使うやつだから、まったく問題ないわよお」

 

 眉をひそめたニアは、睨みつけるとはまた違った視線をナイアブへと送る。

 

「中身は知らないけれど……あんなに大量に何をどう使う気?」

「アラ、気になるの?」

「……いえ、別にそこまで──」

 

「あれらは縮小模型(ミニチュア)用の部材です。小さくした都市立地に、建造物や区域をパズルのように配置していきます」

 

 俺はニアが言い切る前に、アトリエいっぱいに両手を広げるような仕草を添えてニアの疑問に答えた。

 

「頭の中だけじゃなく、実物として作らないと見えてこない部分もあるでしょうから」

「……なるほど、見通しと準備は大いに重要ね」

 

「その通りです。というわけで──」

 

 俺は部屋の一画(いっかく)に積まれていた紙とペンを空属魔術で眼前へと運ぶ。

 それは都市計画の一端(いったん)──"夢と野望の走り書き"。

 

「今晩は寝かせないぜ、ナイアブ」

「いいわねぇ、いくらでも付き合ったげるわ」

「はぁ? 一体どういうことなの……?」

 

 ニアの懐疑的(かいぎてき)な瞳とは対照的に、俺の碧眼はこれ以上ない煌めきを内包していた。

 

 

 語りたいことは山ほどあった。建築予定の世界遺産や国家遺産の数々、自然物を利用した構造物。

 インフラとの兼ね合いや区画ごとの相乗効果(シナジー)、公会堂や公衆浴場(テルマエ)をはじめとした多様な施設をあれやこれや。

 

「よかったらニア先輩もご意見どうぞ。いずれは有識者の一人としてお呼びしようと思ってましたけど、最速特権です」

「ワタシたちで作る都市よ。それとも興味ないかしら?」

 

 少しだけ目を細めたニアは数拍ほど置いてから口を開く。

 

「──わたしとしてはやっぱり……導線を意識したほうがいいと思うわ」

 

 案外すぐに乗ってきたニアに、俺はほくそ笑むように展望を口にする。

 

「うんうん、流通は大事です。それで立地的に全体の形を考えていくとですね──」

「……悪くないけれど、それだと末端が滞りやすくなって──」

「ワタシとしてはココで分けたほうが、()()()()()()に映えると思うから──」

 

 尽きぬ話を咲かせながら、俺たちは大いに夢を語り合うのだった。

 


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