異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#194 清く正しく都市計画 VII

 "タキオン市"──サイジック領南東部、湖に面した再整備が進行中の旧・大都市。

 その特徴とは自然と人工物が適度に調和し、非常に住みやすい土地であるということ。

 各都市へのアクセスも良好で、今後は国内交易における中心地の1つとして発展させていく予定であった。

 

 ここタキオン市は以前いた役人達の多くを、そのまま引き継いで運営が続けられてる。

 元々領内でも独立色が強い都市で、伝染病や魔薬への事前対応が早かったという背景がある。

 

 王国軍の侵攻においても、インメル領主の不在から独自に交渉をして条件付きの無血開城までしたほど。

 

 つまりは旧インメル領で唯一、優秀な者らの手によって守護(まも)られた都市なのである。

 

(そういった有能は人材は、まずは遠回しに取りこんでしまうに限る──)

 

 なんでもかんでも直接的に商会が介入せずとも、今しばらくは間接的に支配できればよい。

 掌握するまでいかずとも、強い影響力で手綱を持つことで十二分にコントロールできる。

 

 そして……じっくりとフリーマギエンスの教義に染めていくことで、ゆくゆくは商会員として迎えて遅くはない。

 

 

 それはテーブルを挟んで向かいにいる"素銅"のカプランも同意見であった。

 

「カプランさん、休暇は?」

「いただいてますよ、個人的に長期に休むより短期を繰り返す(ほう)が好みなので」

「俺も割とそのタイプでした」

「……でした?」

()の話です」

 

 俺はそう言って(にご)した。"昔"──そう前世の日本社会で生きていた頃の話である。

 単純に長期休暇を取るのが難しかったというのもあったのだが……。

 

 なんにしてもそんな誤魔化した態度はカプランに当然見抜かれているが、決して彼は不用意に踏み込んでこない。

 

 

読心の魔導士(シールフ)とだけ共有する、俺の(かか)える多くの秘密──)

 

 オーラムも含めて、おそらく一番早く俺の口から直接伝えるのは彼らになるだろう。

 フラウやハルミアやジェーンやヘリオやリーティアよりも……である。

 

 ゲイル・オーラムとカプランは、当然ながら家族ではない。ビジネスパートナーであり、同志である。

 だからこそ秘匿を公開すべき義務が生じるし、信頼に足る以上の仕事をしてくれている。

 

(あぁそうだな、近い内に……包み隠さず話そう)

 

 頃合としてはもう十分すぎるほど経過している。今の彼らならばきっと理解してくれるはず。

 

(俺個人としても、もはやこれ以上──)

 

 煙に巻くように騙し続けるほど、(ツラ)の皮を厚く張ってはいられなかった。

 

 

「そうですね、近い内に……オーラム殿(どの)と共に一席を(もう)け、改めて話しますよ」

 

 当然ながら俺の発言の担保人として、シールフにも同席してもらう。

 実質的な大幹部会議の様相だが、そこで語っておくべき俺の真実を暴露(カミングアウト)しようと。

 

「……興味深いですね、同時に少し恐くもあります」

「恐い、ですか?」

「僕は商会のほぼ全容を知っているんですよ、平静を装ってはいますけどね」

「まぁ、はい。確かに一般的見地で言うと、シップスクラーク商会はとてつもなく異常でしたね」

「ベイリルさんにとっては……あまり異常ではなかった、ということですか」

「これでも一応は発起人ですから」

 

 数多くの才人(さいじん)に支えられているとしても、異様極まりない思想と成長速度と内実。

 ゲイル・オーラムを筆頭に──最初からどこかズレた天才達と違って、カプランは後天的に才を伸ばした人間。

 元々一般人としての価値観を備えているゆえに、商会に得体の知れない畏怖(いふ)を感じるのは正常であり無理からぬことであろう。

 

「もっとも僕もここまで関わってしまった以上、いつでも覚悟はできていますからご安心を」

「んまぁ、そんなに大層なことはないです。大半は俺の身の上話みたいなものですんで」

「では構えないでいることにします」

「そうしちゃってください」

 

 俺とカプランは笑みを交わした。一見して上辺(うわべ)だけっぽくもあるが、実際には本音での語り合い。

 気負わずにいられるなんとも言えない距離感であり、その多くはカプラン自身の人柄と技術ゆえだろう。

 

 

「んじゃ話を変えまして……」

「今後のことですね」

「はい、復興と発展も大事です。が、俺たちが考えなくちゃいけないのは──」

 

『帝国からの"独立"』

 

 声が重な(ハモ)る。建国──はからずも間接的支配を得たサイジック領に、土台と主軸を構築していく。

 それは既に決定事項であり、モーガニト領もその(いしずえ)の1つする予定である。

 

 正式に独立までを知っているのは三巨頭のみであり、具体的な概要もまた(しか)りである。

 

「外部に対しては、ある程度の見通しは立っていますが……やはり問題は内部かと思うんです」

「僕としても特区税制の要件から完全に(はず)れる前に、可能な限り準備は万端整えておきたいところ」

 

 狭くとも国家運営となると、領地運営と似通う部分こそあれ、当然そのままとはいかない。

 帰属している帝国という、巨大な傘の下にあった庇護がなくなってしまうことを意味する。

 

 

「それでその……カプランさん、頼んでおいた人材は見つかりました?」

「"法律"に通じる人間、でしたね」

 

 帝国からの独立ともなれば、当然ながら民衆に不安や反発が必ず生じてくる。

 そこで内政的にも武力的にも、帝国だけでなく国境に隣接する王国や共和国にも示さねばならない。

 

(さしあたって騎獣民族とワーム海賊は、戦力として(かぞ)えられる)

 

 武力に関しては既に陸軍・海軍共に強大な戦力を有し、空軍力も俺という個人を含めて決して低いわけではない。

 絶対数においてはもちろん比べるべくもないが、各国の規模を考えれば大量動員は難しい。

 

 武力とはあくまで外圧に対する行使に過ぎず、現状においては本格的に侵略行動をする必要性は今のところない。

 つまるところ防衛と局地戦を前提とするならば、仮に侵攻されたとしても十分に戦えるということ。

 

 また帝国に対してはカエジウス特区という迂回せざるを得ない防波堤と、モーガニト領を利用した支援体制も構築できる。

 特にテクノロジーと情報力において数歩抜きん出ている以上、軍事力における(うれ)いはさほどなかった。

 そもそも外交的に、戦争など起こさないよう立ち回るのが第一なのだから。

 

 

 しかして内政面においては課題は数多い。復興に雇用に経済に治安その他諸々の管理を含めて──

 何事もまずは"基準"なくして、社会というものは成り立たない。

 秩序(ロウ)がなければ混沌(カオス)と化し、コントロールできなくなってしまうリスクを大いに(はら)む。

 

 シップスクラーク商会には既に多様な人材を集まっているものの、いわゆる"法律"の専門家がいなかった。

 現状は帝国法に準じてはいるものの、そのままでは介入を含めてテクノロジーの発展を阻害してしまうことになる。

 

 ゆえにこそ独立を見据えた上で様々な法整備を、しっかりと構築していかねばならないのだった。

 

(体制に対する民衆の信頼を得るには……)

 

 今、自分達が住んでいる土地と文化に満足させ、領地を運営する人間達に任せられると思わせるには──

 帝国から独立しても、自分達はちゃんとやっていけるのだと安心させる為には──

 

(三つのものがあればいい)

 

 すなわち"公正な裁判"と、同じく"公平な税制"、そして"公明な法"である。

 そして衣・食・住を満たして礼節を(たも)ち、フリーマギエンスの教義ともたらす文化と娯楽。

 それらが渾然一体(こんぜんいったい)となることで、"文明回華"へと自然に繋がっていく。

 

 

(あくまで破綻しない程度に──)

 

 何でもかんでも悪人を排斥(はいせき)するのではなく、有能な人間を厚遇していく形をとる。

 どのみち組織として、国家として大きくなるほど……どうしたって根を潰しきることはできない。

 

(それに多様雑多な人間がいてこそ新たな革新(イノベーション)も生まれるというもんだ)

 

 何事も大事なモノはその按配(バランス)。太極図におけるある種の陰と陽のように、清濁を(あわ)()む器を保持する。

 人間の自然の有り様を締め付けるよりも、自由に(あお)って促進させていくのである。

 

 


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