異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#195 清く正しく都市計画 VIII 

「──実は法律家候補については、既に一度会ってきたところです」

「俺はもうカプランさんの手際の良さには驚きません」

 

 とは言いつつも苦笑だけは浮かべて、わかりやすく肩をすくめて見せる。

 

「ご要望だった人材、彼女の名は"アマーリ"。帝国籍、人族の女性です」

「ほっほう女性──それで、感触は?」

「良好です。今すぐにとはいきませんが、そう時間は掛からないかと」

「カプランさんがそう言うのなら、そうなんでしょうね。ちなみにどういう(かた)なんです?」

 

 ゆっくりと腰を深く座ったカプランは、一拍置いてから一言だけ紡ぐ。

 

「普通の主婦です」

「……はい?」

「15歳の息子と13歳の娘がいる二児の母です、年は41歳。夫は居住都市の警衛団で勤務しています」

「えっ……と──なんか凄い経歴があるとか?」

「いえ、本人に取り立ててこれといった実績等はありません」

「んなぁるほどぉ……」

 

 俺は一度大きく深呼吸をしてから、与えられた情報を頭の中で確認する……必要もなかった。

 ただただ言えることはカプランがまだ明かしていないだけで、"足る理由"があるということだ。

 

 

「ただし彼女の先祖を辿っていくと、帝国"法務官"を代々輩出していた優秀な家系でした」

 

 俺は言葉には出さず、ふんふんと相槌(あいづち)を打ちながらカプランの解説を待つ。

 

「曽祖父にあたる人物が、帝国でも最高位の法務官でしたが……その人物を最後に彼女の家系の法務職は途絶しています。

 調べた話では、帝国の為に人生を捧げていた仕事人間のようでして、衰えてもなお退職を(かたく)なに(こば)んだと……。

 しかし帝国側に主張が受け入れられることなく、強制辞職という形で否定された彼は激怒し、領地も名字も自ら捨てたそうです」

 

「家庭や一族の進退が懸かってるのに? 捨てたんですか?」

「──の、ようです」

「それは……後先考えないにもほどがあるような」

「一応財産は残していて、普通に暮らしていく分には不自由はないようでした」

 

 あるいは異世界にも認知症かなにか(わずら)ったか、とにかくとんでもない人物のようだった。

 

 

「隠居後はすっかり生気を失ったそうですが、曾孫娘(ひまごむすめ)──アマーリさんに語る時は活き活きしていたらしく」

「かつては超一流だった帝国法務官の教育が、幼少期から()されていたってことですか」

「それに加えて先祖伝来の"法書"が大きかったように思われます。その曽祖父も色々と書き残していたそうです」

 

「なるほど、それじゃぁ相当な知識量なんでしょうねぇ」

「また彼女はそうした本を読むだけでなく、独自に編纂(へんさん)したりするのも趣味だそうで」

「おぉう……いろんな意味でとっても素敵な趣味お持ちようで」

「若い頃に法政職を(こころざ)したこともあったそうですが、曽祖父の確執(かくしつ)が残っているようで断念したと言っていました。

 またその当時でも既に現在の夫と知り合っていて、"誓約"して家庭を支えるという選択のほうが魅力的だったのだとも」

 

「まぁ要職には長命種もいるでしょうから、遺恨(いこん)は長期間に渡って付いて回ってもおかしくないと。それと"愛に生きた"」

「そういうことですね。それと"愛に生きた"」

 

 同じく長命種(ハーフエルフ)の俺も、常々考えていかねばならぬことでもあろう。

 (いだ)かれた怨恨が根深く残り続けるということを──そして気高い想いもまた受け継いでいきたいということも。

 

 

「実務経験こそないが……帝国法に精通しつつ、法律を取りまとめることに優れた人材──」

「例によって至らぬ部分は商会で支援すればいいわけですから、彼女以上の適任者は現状いません」

「家庭があるのに引き受けてくれますか? 雇えてもやる気がないとなかなか困ったことになるんですが」

「まだまだ夢を諦める年齢ではないことを、それとなく植えつけるように説きました」

「流石です、カプランさん」

「それと子供二人の為に金銭(さきだつもの)()り用だと語っていました」

「そっちはわかりやすくて結構なことです」

 

 現役の帝国役人からの引き抜き(ヘッドハンティング)ではないし、趣味の範囲なら帝国としてもノーマークに違いない。

 一応の注意は払っておくに越したことはないが……まさしく在野(ざいや)に埋もれていた、素晴らしい資質の持ち主である。

 

「次に会う時までには口説き落とし、紹介してみせましょう」

「商会そのものにも()かれるようお願いします」

 

 金銭で通じる利害関係は簡潔で明確だ。プロフェッショナルとしての雇用関係も決して悪いものではない。

 しかしながら──せっかく関わるのであれば──商会の理念を理解し、共に(こころざし)を同じくして歩んでいける仲間でありたいと願う。

 

 

(さしあたって法律については期待が持てそうだ)

 

 他に内政面において(うれ)いがあるとすれば、もう一つほど気がかりなことがある。

 

「──経済部門はどうですか、正直なところ……なかなか厳しいのでは?」

「えぇ今は僕とオーラムさんで取りまとめてますが、今の調子(ペース)で規模が大きくなると他に手が回らなくなっていくかと」

 

 カプランは交易団時代の経験と、新たに学習を得ることで現在の商会を支えている。

 ゲイル・オーラムも興味さえあればそつなくこなす万能さがあり、マネーゲームに関しては好んでいた。

 

 しかしながら国家運営における財務となると……たとえ可能だったとしても、これ以上負担を()いるのは(はばか)られる。

 彼の才覚を遺憾(いかん)なく発揮するには、一所(ひとところ)に置いておくのはもったいない。

 また一個人に頼り、依存するばかりでなく──相互に影響し、補助し合える組織作りこそ……より盤石な体制を確立できる。

 

 

「ただそちらはご心配なく。財務に関しては、既に後進の中に一人──"エウロ"という名をご存知ないですか?」

「いえ……とんと」

「そうですか、ベイリルさんが入学して一年と経たず卒業したそうですが、学園に(かよ)っていたと──」

「あっ、んん~~~……いたような、いなかったような」

 

 俺は脳内を探ってみるも、いまいちピンとくるものはなかった。

 

「フリーマギエンスにも卒業直前に一季ほど所属していたそうです。それから商会へ就職し経験をつんできた青年がエウロ──」

「一年弱くらいですかぁ……その頃にはかなり所帯も大きくなっていたし、俺も全員の顔と名前記憶していたわけじゃないんで……すみません」

 

 どうしたって思い出深く絡んだのは、学園生の時点で頭角を現すような人物ばかりであった。

 すっかり陽キャで充実した青春生活を送れたことを思うと、二度目の人生も報われるというもの。

 

「いえいえ、本人もベイリルさんのことはさほど知った様子でもなかったようですし」

「さほど……ですか」

 

 それにしても卒業してから商会員として能力を磨き、カプランに見込まれるほどになろうとは──

 やはり人材というのはすぐに開花するものばかりではない。じっくりと芽吹いてくのも素晴らしい話である。

 

 

「ちなみにどういった(かた)なんです?」

「特に口止めされているわけではありませんが、本人の意向もあるかと思いますので……」

「そうですね、いずれ自分で足を運んで会いにいくことにします」

 

 あるいは会ってみれば思い出すということもあるかも知れない。

 

「一応は連邦西部でそれなりに名の(とお)った豪商の五男にあたり、事情があって学園に(かよ)っていたそうです」

「なるほど、そこらへんは直接訪ねてからということで──?」

「えぇ、ただ彼は……"獣人種"ということだけ言っておきます」

 

(ふ~む──ありがちだが、(うと)まれていたとかそんなところかね)

 

 俺はカプランへの言及は避けて、自分の脳内だけで想像する。

 

 少なくとも跡継ぎとしては、家庭内で事情があったのかも知れない。

 フォルス家のように、リンを含めた三姉妹がみんな仲良くというのは──なかなか難しいものがあるのが(つね)

 学園でも必要以上に目立たないようにしていた可能性も十分にありえる。

 

 

「了解しました。エウロ先輩……それにアマーリさん、他にも脇を固めていかねばならないですね」

 

 船頭は最小限に、それを補助(サポート)する形がやはり基本となる。

 

「商会の(ちから)が拡大していくに比例して、多くの隠れた人材にも目と耳と手が届きやすくなるわけですから──楽しみなことです」

「まっこと、(おっしゃる|通《とお)りです。人こそが宝ですから」

 

 国力とはすなわち人口である。より多くの人間が円滑に動ける環境を作ることで、確固たる安定性を(きず)いていく。

 

「それと……これは国政については関わらないのですが、"少し気になる人物"がいます」

「はて?」

「いくつかの専門部署を転々としている人物がなにやら確認されているようでして」

「……間諜(スパイ)、ですかね?」

「可能性としては十分考えられますが──」

 

 カプランはそこで言を止め、俺は続く言葉を察してニヤリと笑う。

 

「有能であればこっちに引き込みたい、と」

「はい、そういうことです」

 

 さながら悪巧(わるだく)みをするように、さらに俺達は今後について様々なことを話し合うのだった。

 

 

 


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