異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第四部 未来を変えゆく偉人賢人 1章「故郷と再会」
#198 郷里に咲く花 I


 亜人特区割譲(かつじょう)、"モーガニト領"──帝国首都からは遠く、内陸に位置する自然豊かな我が領土。

 北の領境(りょうざかい)をまたげばカエジウス特区、さらに北東方面にはサイジック領が広がっている。

 

 かつて住んでいた"旧アイヘルの街"に立った俺は、肺いっぱいの空気と共に感情を吐き出す。

 

「っふぅ~……」

 

 故郷への凱旋と言えば聞こえはいいが、実際には帰るべき場所は既に無い。

 今となっては自領の一部ともなった地だが、迎えてくれる人も当然いない。

 

(大まかな情報は"シップスクラーク財団(・・)"で調べてもらっていたが……)

 

 炎と血の惨劇の(のち)、復興などは無いまま放置されていたということ。

 事件の詳細についても……既に調査しても無駄な状況となっていたのは、実際にこの目で見てありありとわかった。

 

(まっ荒廃しているよかマシ、か)

 

 たとえば森林浴をするなら……とても素晴らしい場所である、と言えるだろう。

 元々自然と同居し、気候も温暖で、数多くの雑多な亜人種にとって住みやすい小さな街であった。

 

 ただただ今は、人が住む場所ですらなくなっていて。自然そのものが住まう土地となっている。

 なにせ10年以上も手つかずであれば、さもありなんいったところだろう。

 

 

(手がかりがないのは残念なものの──)

 

 惨劇の爪痕(つめあと)がないのは、結果的に良かったかも知れない。

 そんなことを思いながら、俺は近くに(たたず)む幼馴染へと声を掛ける。

 

「フラウ、大丈夫か?」

「んー……だいじょぶだいじょぶ」

 

 同じ時間をこの地で過ごした彼女はそう言うも、正常な状態でないのは明らかであった。

 少なくとも強化感覚を持つ俺や、医療術士のハルミアや、勘の良いキャシーを(あざむ)けるほど顔色を隠せていない。

 

「無理はしなくていいんですよ、フラウちゃん」

「あーもう、そんなこと言われると甘えたくなっちゃうよ~」

 

 ハルミアはフラウへと体を寄せると、なだめるように頭を包み込んであげていた。

 灰竜アッシュもいつもと違う様子を察してか、フラウの腕の中で()かれながら心配した反応を見せる。

 

 

「なぁよベイリル、本当にここで合ってんのか?」

 

 キャシーはペースは崩さないものの、フラウをからかったりするようなことはなく……。

 

「地理的にはそうだ、俺の記憶ともわずかに符号する」

 

 シールフの読心の魔導によって、改めて幼少期の記憶はかなり鮮明に思い出しておいた。

 それでも原型もほとんど残っていない廃墟に、当時の立地をパズルのようにはめ込んでかろうじてと言ったところ。

 

(廃墟は妙な寂寞(せきばく)感と浪漫(ロマン)()き立てるものだが……)

 

 草木に(おお)われてはいるものの、よくよく見れば……建造物の名残はちらほら散見された。

 しかしそれが実際に住んでいた土地で、しかも惨劇を実体験して喪失に至ったという経緯がある。

 ともなれば……この心境を的確に表現するだけの(こと)()を、俺は持っていなかった。

 

 

 フラウの顔色を見ながら歩調は特に乱れなく、かつては"広場"だった場所へと辿り着いた。

 ──そしてその光景に全員が……一斉に、一様に、ただただ息を呑むしかなかった。

 

(これ、は──)

 

 地面にも木々にも多種多様な花が咲き乱れ、合間からは暖かな陽光が差し込んだ色彩と(かげ)のコントラスト。

 周囲の廃墟はちょうど良い苗床(なえどこ)となり、綺麗で、華麗で、壮麗な……自然との調和が実現している。

 人の手から離れたからこそ、人の手では創りえぬ恩寵(おんちょう)になりえたとでも言おうか。

 

(異世界とはまた違った意味での別世界だな──)

 

 例えるならば、ある種の天国(ヘヴン)楽園(エデン)のような風景にも見えてくる。

 植生豊かに実り、それらが美事に共存し、夢のような現実を(かたど)っていると言えよう。

 

「すっげーな……前からこんな感じ、なわけないよな?」

 

 そう感動と疑問を漏らしたキャシーに、俺は(うなず)きながら答える。

 

「あぁもちろん。以前の景色は見る影もないくらいだが──素晴らしい」

 

 ほんの十数年前に、炎と血によって真っ赤に染まった惨劇があった──などと一体誰が思えようか。

 あるいはその時の死者や建築物の灰によって、こうした自然を形成したのかと思うと……。

 

(なかなか皮肉が効いているとさえ言えるな)

 

 俺はちらりとフラウへ視線を移すと、彼女もその美しさには心的外傷(トラウマ)も忘れて感嘆しかないようであった。

 その薄紫色の瞳に映る花々は……フラウにとっても、違う意味で忘れられない思い出になってくれると願いたい。

 

 

「ふぅ~む……」

 

 俺はしゃがみ込んで、強化嗅覚いっぱいに思い切り芳香を吸いこんだ。

 

 瞬時に処理しきれないほどの匂い分子が、またたく()に脳髄を駆け巡る。

 しかしそれでもごちゃ混ぜになったような不快感はなく、天然のアロマテラピーのように成立している。

 ゆったりと(いざな)われるように沈着していく心地は、筆舌に尽くしがたい。

 

 俺はゆっくりと立ち上がって、幼馴染へ声を掛ける。

 

「フラウ──」

「んっ心配あんがと。なんてーか……今はすごく落ち着けてる」

 

 色とりどりの見目(みめ)。深く浸透する香り。わずかな風に揺れる音。肌を撫でる暖かな日差し。

 世界はこんなにも奇跡に溢れているのかと思わされる。

 

「踏み荒らすには惜しいし、踏み荒らされるのも面白くないな」

 

「そだね~。なんてーんだろ……聖域(サンクテュアリ)、みたいな?」

「あぁ、かつての思い出は薄れているが──それでも想うべき地だ」

 

 

 "自然遺産"と豪語するには……さすがに過言だろうか。

 しかしてこの土地は、非常に価値のある場所になったことは疑いない。

 

「決めた、ここは"国立公園"にしよう」

「なんだそりゃ……?」

 

 首をかしげて疑問符を浮かべたキャシーと、フラウやハルミアにも俺は説明する。

 

「いわゆる観光資源だ。心ない人間や魔物に滅茶苦茶にされる前に、領内事業の一つとして保全しておく」

「なるほど……この区画はそのままで、周辺の産業を活性化させるわけですねぇ」

「ズバリそれです、ハルミアさん」

 

 介入は最小限にし、この自然と共存していく。それらは観光地として、各種発展に寄与することになる。

 

 

「あと生物資源なんかも収集できるようになる」

「それは……とっても魅力的です」

 

 手つかずのジャングルは科学を産出する。

 たとえば地球でもアマゾン川を中心とした熱帯雨林には、膨大な数の生物資源と植物資源が存在している。

 テクノロジーの発展において、自然が紡ぐ遺伝子群は無限とも言える可能性を秘めているのだ。

 

 当然ながら保全を第一とする以上、生態・植生バランスを崩さないよう最大限に配慮する必要はある。

 それでも投資に対し、補って余りある恩恵を科学に資することだろう。

 

(さらにアピール(りょく)向上、いいね!)

 

 ただ自然保護をするだけでなくココを中心として、他にも焼かれた周辺一帯をまとめて観光できるようにする。

 管理体制や整備には時間掛かるだろうが、地道にやったことは(のち)の未来の(いしずえ)となる。

 たとえ中途で失敗しても、そのノウハウは今後の(かて)となってくれることだろう。

 

 (スィリクスに、早めに仔細(しさい)をまとめて伝えねば)

 

 必要ならばシップスクラーク商会あらため"財団"から援助をもらえるよう、諸々の都合や手配もつけておく。

 

 

(他の土地も、割と資源が豊富かも知れないな……早急(さっきゅう)に領内全土調べさせるべきか)

 

 モーガニト領は"亜人特区"から割譲された領地であるがゆえに、他の土地よりも帝国色は薄い。

 それは文明があまり発展していないことであるが、だからこそ得られるものがある。

 

(テクノロジーが発展しないと価値を見出せないような、戦略資源類は当然として──)

 

 現世界文明レベルの相対価値においても、貴重と判断できる資源はあったであろう。

 しかし環境破壊上等な資源の回収は、住民であった亜人の反発を招いたはず。

 

(なぜならばそうした行為は、生活環境そのものを奪うことに他ならなくなってしまう──)

 

 事件の後に亜人種が目減りし、直轄領になっていても亜人特区であることには変わりなかった。

 仮に帝国が資源の存在を認知していても、強硬策などに打って出ることは難しかったに違いない。

 

(ただし……今は亜人種特権としての存在価値というものは、かなり薄まってきている)

 

 正式にモーガニト領として登録された以上は、帝国側が手付かずだった資源の供出を求めてくる可能性もある。

 であれば早めにこっちで、秘密裏に探索および回収をしておきたいところ。

 

 

 俺はあれやこれやと、風景もそっちのけで考えを深めていく。

 

「いや……う~ん──でも、あー──」

「うっせえぞ、ベイリル」

 

 現況で財団が割けるリソースは、戦災・伝染病・魔薬のトリプルパンチを喰らっているサイジック領が最優先。

 となるとカエジウス特区の採掘権行使や、モーガニト領のあれこれは後回しにせざるを得ない。

 

(財団の人的資源は回せないが、経済的資産はある。ならばこっちはこっちで独立・並行していく、か?)

 

 賠償金のいくらかをこっちに回してもらい、拡充していく方針のほうが良いのかも知れない。

 

()せば()る、為さねば成らぬ何事も──」

 

 スィリクスには負担を掛けるだろうが……まぁいい、面倒事は全部任せることにしよう。

 "文明回華"など俺だけではできない、だからこそ人を集めたのだ。

 適材適所。俺は俺にやれることをするし、自分で不可能なことは他人に丸投げする。

 それを積み重ねることで、みんなで無理を通して道理を蹴っ飛ばす。

 

 

「なぁフラウ……"アイヘル"の街の名前、残してもいいか?」

 

 過去は消え去ったが、違う形でこうして存在している。

 だからせめてその名残くらいは──後世にも伝えていきたかった。

 

「うん、大丈夫だよ」

 

 この風景が彼女を癒してくれたのだろうか、それは確かな言葉だった。

 

「よし、今後ここは"アイヘル国立公園"としていく」

 

 モーガニト領主としての最初の事業。それは今後必ず有意義なものになると信じて──

 


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