異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#211 我がゆくは領地の空 II

 

「"六枚風"──(さい)!」

 

 俺は左手の人差し指と中指をピッと立てながら、天へと腕を振り上げる。

 ──と同時に空属魔術により圧縮された大気の盾壁が、敵影の四方上下を囲い込んで空間ごと拘束した。

 

 "一枚風"自体の物理的強度はそこまで高いわけではなく、それを立方体の形で6枚。

 本来は炎熱や氷雪など単純な現象を押し(とど)める為の魔術であるが、組み合わせることで一種の"結界"となる。

 

(パーティで黄竜を打ち倒し、単独で円卓ニ席こそ討ったが……)

 

 山の頂上(いただき)を見れば果てしなく、あるいは"五英傑"のような大気圏を超えて宇宙にまで届くような強度もいる。

 世界は広く、上には上がいるのだ……それはよくよく身にしみて思い知らされ、心より理解(わか)らされた。

 

 

(今後の方針を(さだ)めていくとして)

 

 模倣(パクリ)発想(アイデア)と工夫こそが、俺が持ち得る優位性(アドバンテージ)

 現代知識を保有し、様々な創作物語(フィクション)を脳裏に刻み、実際に異世界の魔術として使うことに憧れて(つちか)ってきた術技群。

 それら引き出しの多さと連係が最大の持ち味であり、数ある術技の内の1つでも引っ掛かけられたならそれで良く、最適解を迅速に見極めるのが肝要(かんよう)

 

(ただ現状では使いにくい術技や、未完成の術技もある。副次被害も考えると──)

 

 元々は惨劇の(のち)に奴隷に身をやつし、必要に迫られて魔術を開花させ、以後はたゆまず修練してきたことだった。

 しかし覚えてしまえばすぐに楽しみを見出し、ライフワークの1つとして確立されていた。

 異世界にしかない要素だからこそ、(ちから)()い知れるという最高の娯楽なのは否定できない。

 

 

「ッすぅ──! はァー……(ねん)!」

 

 俺は2本指を顔の前に持ってくると、ゆっくりと吐息を声に出しながら肺の空気を放出していく。

 風壁の内側へと水素の割合を増加させ、大気構成の密度を調整する。

 風封された結界内では、酸素よりも軽い水素も浮き散ることなく、俺は一気に爆燃させたのだった。

 

(かい)!」

 

 立てた2本指をそのまま結界を指差すように、ビッと振り下ろす。

 爆燃の衝撃によって球型に歪んだ"六枚風"を、今度は一気に圧縮させた。

 

「──っし、これで死体は綺麗さっぱり(ちり)と消えた、領地を汚すこともない」

「他に取り柄がないのですから、これくらい当然ですね」

「手厳しいな、まぁ割かし事実だが」

 

 クロアーネの怜悧(れいり)な一言に同意しつつ、俺は試してみた魔術を分析する。

 他にも液体窒素を用いたり、単純に酸素濃度を低下させたり、竜巻や電離(プラズマ)状態を作り出したり。

 ポリ窒素結合による密閉爆発、音振衝撃や定在波による分子崩壊など、応用自体はいくつも利かせられる。

 

 

(でも……やっぱり"魔術の域"を出ることはないんだよなぁ)

 

 こうした小手先に頼った試行錯誤も、ぼちぼち終了してもいい頃合なのかも知れない。

 新たな壁を飛び越えるか──あるいは壁そのものを破壊するには、どうしたって"魔導の領域"を意識していかねばならない。

 

(同時に俺が持つ知識がもここまで、か)

 

 地球で積算された科学の(ことわり)が役に立ち、また通じるのは魔術までが限界だろう。

 現代知識とはあくまで、一つの結果に対して違った選択・方法(アプローチ)を取ることができるというだけだ。

 原子の組成や化学変化を知ることで、普通に想像だけするのとはまた別途に、複数のイメージを持てる有利があるのみ。

 

 結果的にそれが威力向上や魔力消費を抑えられたり、(こと)なる道筋で近い現象を引き起こせる場合(ケース)もあるというだけ。

 逆に持っている知識やイメージによって、魔術の構成・発動が阻害されてしまうこともままあった。

 

 俺はそうした一長一短の中で適解を模索した上で、魔術のレパートリーとして研ぎ澄ませてきた。

 ただしそれが"魔導の領域"となると、もはや物理法則に全くよらない──どころか理論が、むしろ完全な邪魔にすらなりかねない。

 

 

(常識は一度捨てる……ただし)

 

 現代娯楽作品(フィクション)で得たビジュアルイメージや想いの強さは、魔導においても寄与してくれと信じている。

 より高みへと進化の階段を(のぼ)っていく為に、俺はギュッと右拳を握り込んで心臓を叩いて瞳を閉じる。

 

 オーラムのように飄々(ひょうひょう)と涼しい顔して──

 シールフのように明敏(めいびん)で自分の調子(ペース)に巻き込み──

 バルゥのように気高く雄々(おお)しく──

 バリスのように自由に猛々(たけだけ)しく──

 ケイのように絶対の己を(たも)って平静に──

 戦帝バルドゥル・レーヴェンタールのように計算高く傲慢(ごうまん)に──

 "無二たる"カエジウスのようにあるがままに我儘(ワガママ)に──

 "折れぬ鋼の"のように強き意志と確かな(ちから)(つらぬ)(とお)し──

 "竜越貴人"アイトエルのように鷹揚(おうよう)と超然的に──

 

 魔導と魔術の両輪を維持し、それらも組み合わせてより高次元の術技を体現する。

 

 

「──欲張りにいこう」

「……は?」

一人言(ひとりごと)だ。ところでクロアーネは魔導師を何人くらい知っているんだ?」

「直接知っているのは、シールフ様しかいませんが」

「あとは情報部として知り得ていた人物だけか」

「えぇまぁ、魔導師は珍しいですから」

「そうなると俺でも知っている有名どころしかいないか」

 

 各国に名が(とお)っているのがちらほらいるが、どれも簡単に接触できるような相手ではない。

 さらに言えば天才肌ではなく、きちんと理論立てて魔導師に至った者でないと参考にできない。

 

(魔導を修得してもそこで終わりじゃないし、練磨し続ける必要もある)

 

 今なおシールフが俺の知識によって新たに魔導の幅を広げているように……。

 個々の感覚が異なる以上は、アイトエルの言う通り自分流(オリジナル)に最適を見つていくか。

 

(むしろ俺自身がシップスクラーク財団に実データとして提供し、体系化の為の一助にすべきかね)

 

 皆が落ち着いたところで、フラウたちも巻き込み相乗効果でトライ&エラーを重ねていくのも良いだろうと。

 

 

「んん……──」

 

 俺は強化視力に加えて"遠視"の魔術を重ねて、遥か空の彼方に見えた別の影が急速に接近してくるのを(とら)える。

 

「どうしました?」

「あれは──"竜騎士"だな。時間を浪費しても(なん)だから口裏合わせよろしく」

「……仕方ないですね」

 

 クロアーネが軽い溜息を吐いたところで、火竜を駆る騎士はあっという()に眼前まで(せま)り、(ちゅう)で一回転しながら止まった。

 

「おまえたち何者だ、このような場所でいったい何をしている」

「ここは(わたくし)(おさ)める領土の上空です。()ずは貴方から名乗るのが礼儀でしょう」

 

 俺はあえて居丈高(いたけだか)に振る舞った。たかが竜騎士一人であれば、立場は明らかにこちらが上。

 変に下手(したて)に出るよりも、出鼻を(くじ)いて立場をはっきりとさせておくべきだと判断する。

 

「ここの領主、さま!? っこ……これは失礼しました!!」

「最近になって下賜(かし)されたばかりで、まだ帝国内でも伝わっていないかも知れませんが……これが(あかし)です」

 

 俺は財団員ローブの下の服に()けてある、帝国徽章(きしょう)とモーガニト領の紋章を見せた。

 

 

「こちらはディーツァ帝国、竜騎士見習い"エルンスト"と申します。ご無礼をお許しください」

 

 人族で年齢は若そうであり、同じか下くらいだろうか。

 身分をはっきりさせたことで警戒が解けたのか、精悍(せいかん)さも見え隠れする(さわ)やかな青年といった印象。

 

(わたくし)はここモーガニト領の当主、ベイリル・モーガニト伯爵。こちらは"誓約"を結ぶ予定の──」

「っ……"クロラス"です」

 

 ギロリと一瞬だけ睨みつけられるも、クロアーネはちゃんと話を合わせつつ、しっかり偽名で名乗った。

 異世界における"誓約"とは、地球で言うところの結婚とおおむね同義。

 彼女にとって不本意であると知りつつも、それが一番説明の手間がないのだから仕方ない。仕方ないのである。

 

「エルンスト殿(どの)は竜騎士見習い、とするとアレですか? "昇格試験"──」

 

 お互いに名乗ったところで、俺は推察していた問いを単刀直入にぶつけてみるのだった。


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