異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#212 我がゆくは領地の空 III

 

「エルンスト殿(どの)は竜騎士見習い、とするとアレですか? "昇格試験"──」

 

 単独の竜騎士がこんなところまで飛行してくるなど、通常はありえない事態。

 竜騎士は基本的に編隊を組んで飛ぶ。そこに加えて見習い(・・・)ともなれば他に理由が考えられなかった。

 

「はい、まさに昇格試験の真っ最中です。よく御存知で……?」

 

 見習いから正竜騎士への昇格試験とは、帝国全土の定められた場所(チェックポイント)を全て巡って戻ってくるというもの。

 水や食事を含めて完全自給自足であり、集落などに立ち寄って補給することは許されない。

 また道中で発見した魔物の討伐も、帝国領の治安維持の為に義務付けられている。

 

 

「領主となるにあたって色々と覚えましたから。竜騎士の領空における各種特権なども」

 

 竜騎士の行動範囲は帝国領土全体に行き渡り、常に迅速さが求められている。

 

 軍事行動などの阻害とならぬよう各貴族領の境界を自由にまたぐことができ、独自の討伐権限も持っている。

 さらに一定高度以上を維持する場合に限り、特定の主要都市を除く街の上空も侵犯することが許されていた。

 

 昇格試験についても帝国法および領土管理における例外事項の1つであるので、知識として頭に入ってる。

 

「おそらく貴殿が追っていたであろう魔物は、こちらで処理させていただきました。不都合はありましたか?」

「いいえ、むしろこちらが深く陳謝すべきことです」

「ふむ、というと?」

「魔物の群体を見つけたはいいのですが、討伐に時間が掛かるばかりか……その一部を逃がしてしまったのです」

「なるほど、つまり本来はモーガニト領(こちら)に来るはずのなかった魔物だったわけですか」

 

 

「己の実力不足と不徳の(いた)すところであり──本当に申し訳ありません」

 

 心底からの謝罪のみならず、内情を吐露すると同時に緊張が途切れたのか……エルンストの表情が露骨に曇る。

 一体どれほどの行程を()てきたのかはわからないが、体力・気力が相当消耗しているように見受けられた。

 

 インメル領会戦での帝国援軍の練度を見ても、竜騎士は尋常(じんじょう)ならざる鍛錬の果てにあれほどの強さがあるのだと思わせられる。

 

(まぁあれは帝王の軍だから、さらに超がつく精鋭だったんだろうが)

 

 空中機動に(すぐ)れた天空魔術士の俺とて、単騎ならばともかく編隊にはまったく勝てる気がしないほどの強度。

 若いエルンスト(かれ)も竜騎士に昇格して修練を重ねた暁には、いずれはそれくらい強くなり出世していくかも知れない。

 

 

「お気になさらず、エルンスト殿(どの)。ここぞという時に、取り返しのつかない失敗さえしなければいいのです」

「モーガニト伯……痛み入ります」

 

 それは俺自身にも言い聞かせるような言葉であり、特に最近は見通しが甘くやらかしたことも少なからずあった。

 しかし結果論としては、良い方向に転がしている。それはこれまでに俺達が積み上げてきたモノに他ならない。

 構築してきた繋がりこそが、巡り廻って未来を築いていくのだ。

 

(この出会いもまた……いつか何かをもたらしてくれるかも知れん)

 

 あるいは帝国と戦争する時が来たれば、竜騎士となったエルンストとは敵となる可能性は高い。

 実際にその瞬間が(おとず)れなければわからないが──種は()いておくに越したことはない。

 

 

「エルンスト殿(どの)はかなりお疲れのように見えますが、大丈夫ですか?」

「旅程としては既にかなり消化できていますし、自分よりも火竜のほうがずっと疲労は激しいですから」

 

 そう言ってエルンストは火竜を愛おしそうに撫でる。

 まさに一蓮托生(いちれんたくしょう)といった様子であり、互いに命を預け合うのが竜騎士と飛竜の関係である。

 

「それにしても伯、領主が御自(おんみずか)ら討伐とは……」

「モノのついでだったので、むしろこっちのが(しょう)に合っているくらいです」

「お強いのですね。いえ、だからこそ領主になるくらいの功績を挙げたということなのでしょうか?」

「まっそんなとこです。先のインメル領会戦で少々」

「おぉ、インメル領の──大変に荒れた(いくさ)だったと聞いています」

 

 

(まぁ……(はた)から見たら確かに相当な混沌(カオス)だったろうな)

 

 シップスクラーク財団としては情報の利を取った上で戦略立てて、ほぼほぼ予定調和には終わった戦争。

 

 しかし内実は伝染病と魔薬が蔓延(まんえん)した土地に、王国軍が相当の規模をもって侵攻してきた。

 そこにもって謎の慈善組織が現れただけでなく、騎獣民族とワーム海賊と自由騎士団を引き連れて、短期間の内に王国遠征軍を叩きのめしたのだ。

 

 既に終戦ムードだったところに戦帝が自ら援軍を率いて参戦し、あまつさえ兵糧を送って激突するという暴挙。

 最終的に"折れぬ鋼の"が出てきて完全終結という、特に王国からすれば本当にわけのわからない事態であったろう。

 

「魔術戦士として局地戦を繰り返した結果です。(わたくし)としても良い経験になりました」

「実際に結果として残すことの難しさは……自分も今まさに痛感しているところで──」

 

 

 ともするとクロアーネのローブの下に隠れていた、灰竜が鳴きながら飛び出して来る。

 

「クゥアァ!!」

「っおぉ!?」

 

 エルンストはわずかに興奮を見せた火竜の手綱を握り、しっかりと落ち着ける。

 

「失礼、アッシュ──」

「キュゥゥア!」

 

 呼ばれた灰竜は俺の左肩に止まりグルリと首の後ろに回すと、顔を俺の頬にこすりつけてくる。

 

「へぇ……竜を飼っておいでとは」

「自慢の()です。ところで、灰色の竜って珍しいですか?」

 

 俺は疑問を投げかけてみたが、エルンストから返ってきたのは首をかしげる反応であった。

 

「えっさあ、どうでしょう? 確かに混じりっ()のない美しさですが、はぐれ竜であれば色は様々なので」

 

 

(ふぅ~む、まぁそんなもんか──)

 

 五英傑の"無二たる"カエジウス(いわ)く"七色竜"の内の2柱である白竜と黒竜の卵から生まれた灰竜。

 しかし実際的にそれを証明する方法がない以上、権威や象徴にするのはなかなか難しいやも知れない。

 

 逆に言えばその希少性が認知されない以上、竜教団といった連中に狙われることもないだろうとも。

 

「伯爵……ご承知のこととは思いますが、もしも竜を持て余した際には──」

「責任についてはきちんと理解しています。お気遣いはありがたくいただきます」

 

 エルンストにみなまで言われる前に、俺は明確な意志を言葉に乗せた。

 

 竜は飼育にはまったく向いていない生物である。本能的に気位(きぐらい)が高く、はぐれ竜であっても最強種のはしくれ。

 今は(おさな)くとも、成体へと近付くにつれて体長もどんどん大きくなり、(ちから)も強く魔力も多い上に飛行もする。

 (かさ)む食費や飼育空間の確保など、障害(ハードル)枚挙(まいきょ)(いとま)がない。

 それゆえに竜騎士特区でも厳格な体制が作られているらしい。

 

 もちろん貧窮(ひんきゅう)したところで売り飛ばせるようなものではなく、安楽死させようにも頭が良く、毒なども見極める。

 正面から討伐するには相当の実力が必要であるし、最悪の場合は主人らを先んじて殺して逃亡することすらある。

 

 

「差し出がましい口を失礼しました」

「いえいえ、竜騎士の立場であれば当然の(うれ)いであり、(げん)かと思います」

 

(態度もしっかりしているし、好感も持てる。さすがに引き抜き(ヘッドハンテイング)は無理だろうが──)

 

「……ベイリル」

 

 俺は名を呼ばれて、クロアーネの視線を受け止めて気付く。ついつい無駄話が長引いてきてしまっていた。

 

「──エルンスト殿(どの)、我々は急ぐ用事がありますのでこれにて失礼します」

「あっこれはこれは、お引き止めして申し訳ありませんでした。旅のご無事をお祈りいたします、モーガニト伯」

 

 エルンストは胸の前で、×(バツ)字を切るような動作をして敬礼した。

 

「そちらも昇格とご武運を──」

「なっ、ちょ……」

 

 俺はここぞとばかりにクロアーネを"お姫様抱っこ"し、圧縮固化空気の足場を蹴って飛行を再開するのだった。

 


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