異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#216 契約 I

 

 ──しばらくして魔術を解いた俺は、地べたで少しばかり休んでいた。

 

「顔、ひどいですよベイリル」

辛辣(しんらつ)だな……人の美醜(びしゅう)をあげつらうのは良くない──なんて、そんなに表情(かお)に出てたか?」

 

 書類と道具一式を持ってきたクロアーネに、俺は自分でも気付かない精神的疲弊を(かえり)みる。

 同じセイマールの被害者意識からだろうか、思わぬところで感傷が沸々(ふつふつ)と湧き上がったのかも知れない。

 

「まっそっちのボロ雑巾に比べれば無傷そのものですが」

「思ったよりも早く済んだから、そんなにダメージは無いはずなんだがな」

 

 生気が抜けて虚空を見つめるアーセンから、引き出せるだけの情報は引き出した。

 俺はクロアーネから資料を受け取り、順繰りに目を通していく。

 

 

「とりあえずアーセンから吐き出させた情報と齟齬(そご)もないし矛盾も大丈夫そうだ、奴隷"保管所"の場所も特定した。

 他に奴隷売買における拠点や人脈、流通経路や顧客情報、その他権限に付随する法の抜け道、汚職の情報までバッチリ載っているな」

 

 実に細かい仕事振りは、魔術具製作をしていたセイマール譲りなのだろうとも思う。

 

「それで……それらを、どうする気ですか」

「財団で丸ごと管理させる。解体するのはあまりにもったいないからな。ただこの"管理所"は不要だろうから潰させてもらう」

「それがいいでしょう。正直なところ、よくもまぁこれだけの組織を、ほぼほぼ単独で作り上げたものです」

 

 あるいはセイマールや宗道団(しゅうどうだん)が既に持っていたモノを、アーセンが引き継いで利用したのかも知れなかった。

 

「まったくだ。せこせこ資金集めて、宗道団(しゅうどうだん)を再建しようとしていたっつーんだから」

 

 人族であるアーセンの寿命からすれば、本人はどうしようもなかっただろう。

 しかし集めた資金を元手にさらに事業を拡大し、洗脳教徒を大量に作り出し、引き継がせていたとしたら……。

 

「もっともその頃には、財団は比べるべくもなく巨大化しているから問題はなかったか」

「でしょうね。質も量も規模も資産も、何もかも違いすぎますから」

 

 なんにしても連邦西部方面の奴隷の供給源として、大いに利用させてもらうことにする。

 

 

(そうさな、"アーセン・ネットワーク"──せめて名前くらいは残してやろう)

 

 兄弟子にして同じ被害者であり、拷問をした彼に(むく)いる──と言うのは、あまりに傲慢(ごうまん)ではある。

 ただ何百年かして近代化が進んでいけば、人権意識の変化によって奴隷産業は自然となくなっていくことだろう。

 せめてそれまではこの男のことを忘れることのないように。

 

「で、そっちの魔術具っぽいのはなんだ?」

「目に付いたモノをいくつか」

 

 クロアーネはそう言って地面に魔術具を並べる。その中には記憶に引っかかるものがあった。

 

「これは……セイマールが俺らを閉じ込めた時に使ったやつか」

 

 おぼろげだが覚えている。周辺の石や土を操作して造形する魔術具である。

 これでセイマールは石牢ドームを作り、(のち)にアーセンはこの地下の管理所を作り上げたのだろう。

 ただ経年劣化に加えてかなり使い倒したようで、あまり長保ちはしそうになかった。

 

 

「こっちは、契約魔術具でしょうね。腕輪型のモノはありふれていますから」

「アーセンの説明では"高度魔術具"って言ってたっけか、どういう違いがあるのかはわからんが……」

 

 そうして俺は視線を奴隷の子供へと移すと、動悸が早まっている感じが見受けられた。

 下手に接触して保護すると"刷り込み"してしまうことになるので、なんともはや二の足を踏んでしまう。

 

「あの子はどうするのですか」

「どうするかねぇ、とりあえずアッシュで様子を見るか」

「キュゥァア!!」

 

 名を呼ばれた灰竜は、クロアーネのローブの内側──背中の(ほう)からぴょこんっと顔を出す。

 心を開かせ、癒すのに動物を使う。安直かも知れないがとりあえずやってみようと。

 

「いいか、アッシュ。あの子の気を引き、上手いこと(なつ)くんだ」

「カァゥゥウウ……」

 

 複雑な言葉は通じるまいが、生物として弱っている固体を(いつく)しむ心があるのでそこに賭ける。

 少なくともアッシュは皆が楽しんでいれば、同じように楽しい反応を見せる。

 また悲しんでいれば、それを(なぐさ)めようとする行動を取る賢い幼竜である。

 

「空は飛ばず、"伏せ"だ。それでゆっくりと、あの子まで歩いていって──」

 

 

 俺が手のひらを下に向けて、前へ動かすハンドサインをしていると……周囲の空間に違和感が走る。

 それは今までにも何度か感じた、"魔力そのものの圧力"とでも言うべき現象。

 

「マズいな、こりゃ」

 

 俺は冷や汗までを流すことはなかったが、半眼になって状況を危惧せざるを得なかった。

 

 そう感じ取った状況を口にした瞬間、もはや刷り込みなど気にせず、なりふり構わず子供へと近付いて抱き起こす。

 おそらくは体内魔力が適切に循環されず過剰滞留し、実際に見たことはないが"暴走"のような状況に(おちい)っていると推察される。

 アイトエルが言っていたところの"自家中毒"のようなものを、まさに起こしていると思われた。

 

「ぃ……ぅ……」

「言葉はわかるか? わからなくても心で理解しろ」

 

 俺はゆっくりと子供の小さな手を握り、自身の魔力の循環を加速させていく。

 

(いよいよもって臨界点を越えたってのか? タイミングが良いんだか悪いんだか)

 

 人間とヴァンパイアの混血であるフラウと、魔族とエルフの混血であるハルミア。

 俺は2人と──―時に3人揃って(ねや)で交わした、魔力の"感応"現象を体全体で思い出す。

 ヴァンパイア種の血を半分、魔族の血を半分継いでいるこの子ならば素養は十分。

 

 

(だから俺から感覚を共有できるはず──)

 

 薄く開かれた黄色の強い翠眼は、今にも燃え尽きそうなロウソクを思わせる。

 後先なんぞどうでもいい、今はまず目の前の命を救うのが先決だ。

 

「魔力の流れを整えるんだ、こうやって……」

 

 意味が通じなくても、実際の魔力感応によって伝える。

 魂を(ふる)い立たせるように、直接的な暴力が(ごと)くスパルタで叩き込む。

 

(思い出せ……アイトエルとの魔力感覚も──)

 

 この子と俺の魔力の色とやらが似ているかまではわからない。それでも干渉すべくなんでも試す。

 魔力を認識し、それを強く濃いまま固定化する。逆に限りなく薄めて、波長を合わせる。

 その濃淡のいずれかがヒットすればいいとばかりに、魔力を操作(コントロール)する(すべ)をこの子に掌握させる。

 

 

「……ベイリル」

「悪いが今は手が離せない!!」

 

 俺は感情と魔力の昂ぶりから思わず怒鳴ってしまうが、クロアーネは静謐(せいひつ)さを胸に秘めたまま口を開く。

 

「そんなことは百も承知です。危ういのであれば、"コレ"を使う手もあるということです」

「なんっ──"契約魔術具"?」

「"奴隷契約"とは魔術的な繋がりを相互に持たせるということ、であれば──」

「魔力の抜き道(バイパス)みたいにもなるかもってことか」

 

 想像し得ぬ痛みに耐える命を前にして、迷っている時間はなかった。

 

「使えるか? クロアーネ」

「別の契約魔術具の見様見真似(みようみまね)になりますが、問題ないでしょう」

「この子を考えると俺は現状あまり手を離したくない、代わりにやってくれ」

 

 そも大魔技師が誰でも使えるようにと、革命的な改良をしたのが現在の魔術具である。

 さらには恐らくセイマールが作ったモノだ。彼の魔術具製作の技術と情熱は……信頼に(あたい)する。

 

 

「おい、聞こえるか」

 

 俺は強く子供へ語り掛けるように、己の魔力を最大限まで加速させていく。

 

「とりあえず"生きろ"。生きてさえいれば、死ぬのもいつだってできる」

 

 するとほんのわずかにだが握り返しているのがわかった。

 まだこの子は死ぬ準備ができていない、生きる意志を失っていないと。

 

「いいか、せめて世界を()ってから自分で選ぶんだ。知らぬままに、死ぬのだけは、もったいない」

 

 クロアーネが一対(いっつい)の腕輪のような契約魔術具に魔力を込めると、紋様が浮かぶように光りだす。

 俺と子供ににそれぞれ腕輪をカチリと装着させると、内部に突起が出ていてチクリと血液が滲む。

 そこから魔力が漏出すると共に、なんとなく繋がったという感覚を覚える。

 

「そうだ……心と魔力を解放するんだ」

 

 灰竜アッシュが寄り添うように、子の頬へすり寄り小さく鳴いていた。

 ゆっくりと息を吸い込んだ俺は、俺の中で"最も強く明確な意志"を(こと)()に乗せる。

 

「俺を信じろ──"未知なる未来"を見せてやる」

 

 

 


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