異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第四部 2章「世界を分かつ壁」
#219 断絶壁街 I


 

 とんでトンで翔んで飛んで──回って、廻って、周って、巡る。

 

 最も近い街のシップスクラーク財団支部に子供達を預け、今後の各種手順について本部へ使い"ツバメ"で送った後──

 休む暇もなく、可及的速やかに、奴隷保管所を成敗・征討・制圧した。

 

 飛行禁止令がある大きな街もあったが、そこらへんは緊急と割り切って法を無視することにした。

 空から鳥瞰(ちょうかん)して探さないことには、必要以上に時間を浪費することにもなりかねない。

 どのみち自分の姿を(とら)えられる者など、まずもって存在しないという自信もあった。

 

 なにせ光を捻じ曲げ、音を遮断し、周囲の大気を操作し、温度すら断絶している。

 それでもなお俺の存在を察知しえた、亡きテオドールが異常だったのだ。

 

 

()せば()るもんだなぁ」

 

 ソニックブームの余波をも"風皮膜"に巻き込みながら、延々と圧縮空気による噴射サイクルで飛行する。

 既に5日ほどが経過していて、ようやく"断絶壁"へと向かっている最中だった。

 

 まともに寝れていないし、食事なども常在戦場の精神で迅速かつ効率的に済ませてきた。

 ハルミア謹製の魔薬(ポーション)を栄養ドリンク代わりに飲んで、一時的に能力ブーストしながら最速で(こと)()さしめた。

 

 それでもなお肉体が()っているのだから、我ながら自賛してやっても良かろう。

 異世界の肉体規格と、これまで鍛え上げた努力は無駄じゃなかったと……大いに実感し、また嬉しくもあった。

 

 迷宮逆踏破ではこうした強行軍をせざるを得ない場面もあったが、ここまでのものはなかった。

 ただ肉体こそ頑丈なものの、やはり課題は魔力の絶対量の(ほう)にこそあると……しみじみ感じ入る。

 

 

(まぁまぁ、たまには自分を褒めることも大事だ)

 

 思わぬ超過残務となったが、こうした不確定要素(イレギュラー)な刺激もまた人生の楽しみの一つである。

 俺は高高度から外套(ローブ)を利用し、緩やかな放物線を(えが)くように省エネ滑空しながら休む。

 

(管理所・保管所合わせた救出人数は現時点で──)

 

 計87人、このままいけばジェーンの結晶会92人を越えるかも知れない。

 だからどうしたという話ではないが、そこまで来るともう一つの学校である。

 戦災孤児なども加わればさらに膨れ上がることは明白で、本格的な後進作りが始まっていく。

 

「っお──? おぉ……アレがそうか」

 

 天空から地平線に見えた山脈のような景色に、俺は感嘆の声を漏らした。

 

 しかしてそれは山脈ではなく──"壁"。それも人の手によって作られた"長城"とも言える構造物。

 全長は数千キロメートルはあろう……世界にそびえ、魔領と人領を断絶(・・)する超大型の壁であった。

 

 

「──"大地の愛娘"」

 

 この凄まじき"断絶壁"を創り出したのは、地上最強とも(うた)われる"五英傑"の1人。

 たった1人で、しかもたった1晩で、壁を創って魔領軍を追い返したという逸話が残っている。

 そんな風聞通りの規格外中の超規格外存在が、どこぞの国家に属していないことは幸運(ラッキー)である。

 

(そもそも現代の五英傑は全員、悪性といった(たぐい)のものは持っていないのがありがたい)

 

 "無二たる"カエジウスは現状、迷宮と領地さえ(たも)たれていれば動くことはない。

 "折れぬ鋼の"は制覇勝利においては恐ろしく邪魔だが、逆に戦争のストッパーとして利用し、内政に専念しやすいという恩恵もある。

 "竜越貴人"アイトエルは超長命の気性ゆえか、天下の趨勢(すうせい)には大きく関わらないスタンス。

 

("大地の愛娘"はそもそも、姿を見せるということがほとんどないらしいが──)

 

 シールフ・アルグロス(いわ)く、地上最強の引きこもり。

 そもそも彼女自身が学園に引きこもっていたので、どの(クチ)がとも思うのだが……。

 

 

 どんどん近付いてくる断絶壁の威容を前に、その規格(スケール)の違いが思い知らされる。

 高さは350か400メートル近くはあろうか──俺でも破壊しようと思えば……やれないこともないだろう。

 "筆頭魔剣士"テオドールなら一刀で斬り伏せられただろうし、戦帝バルドゥル・レーヴェンタールなども爆破解体できようというもの。

 

 しかしそれが数千キロメートルと続いているのであれば、もはや黄竜だの魔獣だのといった領域すら超えている。

 "折れぬ鋼の"であっても、破壊しきるにはいかほどの年月が掛かるというものか。

 

 山脈を喰ったというワームですら、"大地の愛娘"に比べれば可愛いものなのかも知れなかった。

 

 

 

 

 風になびく──二重螺旋系統樹──シップスクラーク財団の紋章が描かれた公旗(フラッグ)

 断絶壁を見上げる距離の"壁()街"の一画(いっかく)に、財団支部がお目見えする。

 

 俺は落下軌道を調整しながら流星のように落ち()きながら、地上スレスレで減速を掛ける。

 (まと)っていた風と空気抵抗を利用し、音も風圧も拡散させることなく華麗に地に足をつけたのだった。

 

「はぁい!」

「えっ? あ、はい」

 

 俺は財団支部の入口の前で両手を広げていた人物につられ、思わず返事しながら抱き合(ハグ)って挨拶をする。

 出迎えたのはクロアーネでも、アッシュでも、ヤナギでもない──見知らぬ女性。

 

「はじめまし……て? ベイリルちゃん。わたしは"イシュト"、よろしくね」

 

 そう名乗った彼女は真っ白なストレート髪に、銀色の瞳をしていて、絵画から出てきたような幻想的かつ眉目にして秀麗であった。

 身長は女性にしてはそれなりに高く、全体的にスレンダーだが艶美な雰囲気を内包している。

 

「イシュト……さん? 失礼ですが、なぜ俺の──」

「キュゥゥアァ!!」

 

 と、言い切る前にアッシュが飛んできて……俺ではなく、イシュトの肩に止まった。

 そうして続いて小さい歩幅だが、力強い走りで俺のもとまで少女がやってくる。

 

 

「べりる、おかえり」

「──ヤナギ、ただいま」

 

 俺はヤナギの髪を()いてやり、そのままグイッと持ち上げて肩車をしてやる。

 するとヤナギも俺の頭をポンッポンッと叩いて、感情を(あらわ)にしてくるのだった。

 

「べりる、たすけた?」

「助けたぞ~、ヤナギみたいな子をいっぱい。あとで会いに行こうな」

「んっ」

 

 俺は視線をイシュトとアッシュの後方へと移し、特に(もく)したまま言ってこない彼女へと話す。

 

「ずいぶんと言葉を覚えたな、教育者としてもやってけるんじゃないか? クロアーネ」

「私は星典(せいてん)を読み聞かせて、問われたことに答えただけです」

「くろー、ありがと」

 

「……いえ」

 

 思わぬヤナギのお礼に、呼吸がわずかに乱れたのを俺はしっかりと感じ取っていた。

 なんだかんだまんざらでもない様子に、俺も笑みを隠しきれなくなる。

 

 

「まぁ色々ありがとう、助かったよ。ところで……このイシュトさん、て?」

「道中で大型の飛行魔物に襲われ、その時に助けていただいた(かた)です」

 

「これはどうも、身内の者が世話になりまして。改めて御礼を申し上げます」

 

 俺はいったんヤナギを降ろしつつ、丁重に頭を下げる──と、ヤナギも真似をしてお辞儀をしていた。

 イシュトは肩に乗るアッシュを(いと)おしそうに撫でながら口を開く。

 

「そんっな~大したことはしてないってば。わたしがいなくても、この()とクロアーネちゃんならどうにかしたでしょ」

「いえ、ヤナギの身の安全を考慮すれば、確実に──とは参りませんでした」

 

 イシュトの謙遜に対して、クロアーネは淡々と事実を述べた様子。

 

「フフーンっ、そうー? ままっ断絶壁と言っても上空から来る魔物は、どうしても抜けてくるのがいるからね。

 とりあえず恩を感じてくれているなら、また違った新しいお料理をいただいちゃおっかな。ちょうど昼時だし」

 

「その程度でよければいくらでも、ご馳走いたします」

 

 

(なんか不思議な包容力だな……アイトエルみたいだ)

 

 アッシュと共に支部へと入っていく後ろ姿。一点の曇りなきアルビノっぽさがあるが、人族としての特徴しか持ってない。

 長命種でもなく妙齢の女性でありながら、(たたず)まいだけでかなりの人生経験を感じさせた。

 

 そんなことを思っていると、ヤナギがクロアーネの元に駆け出していく。

 

「ごはん!」

「はいはい、ご飯ですよ」

 

 クロアーネのローブに抱きついたヤナギに、聞いたことないほど優しい声音で返すのを俺は垣間見(かいまみ)る。

 元々メイドだから一通りの家事はできるし、調理技術と料理への探究心は一級品。

 ヤナギを見るに教育もなかなか、そして割りに子供に(なつ)かれ好かれる性質(タチ)

 

(実はクロアーネって、割と理想の母親像なのか……?)

 

 ハルミアが慈愛溢れる母のそれであれば、クロアーネは実践的て過程的な妻としての理想なのかも知れない。

 

 

「俺も()きっ(ぱら)にしてきたぞ、クロアーネの料理の為に」

「……まともに食事も()らないほど、ちゃんと仕事をしてきたと」

「よくわかってらっしゃる」

 

 数拍置いてからクロアーネは感情を息と共に吐き出す。

 

()()()()()()()()()、貴方に食べさせる料理はない──と言えないのが、非常に(しゃく)なところです」

「その心は?」

「他の者では張り合いがない。美味しく食べてもらうのも、もちろん嬉しいですが……そればかりではと」

「なるほどね、俺はハーフエルフの強化感覚で鼻も舌も鋭敏だからな」

 

(地球の料理を実際にいくつも味わってきた記憶もあるし)

 

 

 ついでに言えば料理を出してくれた相手に物申(ものもう)すような図太さなど、他人では持ち得ない。

 一方で俺は過去に食してきた料理と比較し、何が物足りないか、どう改善すべきかを遠慮なく注文付ける。

 

 料理道を進む者として、忌憚(きたん)なく意見を言ってくれる相手はありがたいのだろう。

 

「……ベイリル、貴方は料理人はやらないのですか」

「もったいないと思うか?」

「えぇ、ほんっっっ──の少しだけ」

 

 大きく溜めてから冷然とのたまうクロアーネに、俺は変わらぬ笑みを浮かべたまま答える。

 

「まぁ俺は500年も生きるわけだし、いずれそうした時期が来るかも知れない。それまでに見果てぬ荒野を開拓しといてくれ」

 

 俺はクロアーネに並んで、ポンッと背中を押そうと思ったがサラリと(かわ)される。

 (くう)を切った俺の手から、クロアーネはさっさと支部の中へ入っていく。

 

「そうですね、貴方がもし調理の地平を踏むことがあれば……そこにもう新しい発見はないことでしょう」

「言うね。見習いたいもんだねぇ、その意気を」

 

 


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