異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
#219 断絶壁街 I
とんでトンで翔んで飛んで──回って、廻って、周って、巡る。
最も近い街のシップスクラーク財団支部に子供達を預け、今後の各種手順について本部へ使い"ツバメ"で送った後──
休む暇もなく、可及的速やかに、奴隷保管所を成敗・征討・制圧した。
飛行禁止令がある大きな街もあったが、そこらへんは緊急と割り切って法を無視することにした。
空から
どのみち自分の姿を
なにせ光を捻じ曲げ、音を遮断し、周囲の大気を操作し、温度すら断絶している。
それでもなお俺の存在を察知しえた、亡きテオドールが異常だったのだ。
「
ソニックブームの余波をも"風皮膜"に巻き込みながら、延々と圧縮空気による噴射サイクルで飛行する。
既に5日ほどが経過していて、ようやく"断絶壁"へと向かっている最中だった。
まともに寝れていないし、食事なども常在戦場の精神で迅速かつ効率的に済ませてきた。
ハルミア謹製の
それでもなお肉体が
異世界の肉体規格と、これまで鍛え上げた努力は無駄じゃなかったと……大いに実感し、また嬉しくもあった。
迷宮逆踏破ではこうした強行軍をせざるを得ない場面もあったが、ここまでのものはなかった。
ただ肉体こそ頑丈なものの、やはり課題は魔力の絶対量の
(まぁまぁ、たまには自分を褒めることも大事だ)
思わぬ超過残務となったが、こうした
俺は高高度から
(管理所・保管所合わせた救出人数は現時点で──)
計87人、このままいけばジェーンの結晶会92人を越えるかも知れない。
だからどうしたという話ではないが、そこまで来るともう一つの学校である。
戦災孤児なども加わればさらに膨れ上がることは明白で、本格的な後進作りが始まっていく。
「っお──? おぉ……アレがそうか」
天空から地平線に見えた山脈のような景色に、俺は感嘆の声を漏らした。
しかしてそれは山脈ではなく──"壁"。それも人の手によって作られた"長城"とも言える構造物。
全長は数千キロメートルはあろう……世界にそびえ、魔領と人領を
「──"大地の愛娘"」
この凄まじき"断絶壁"を創り出したのは、地上最強とも
たった1人で、しかもたった1晩で、壁を創って魔領軍を追い返したという逸話が残っている。
そんな風聞通りの規格外中の超規格外存在が、どこぞの国家に属していないことは
(そもそも現代の五英傑は全員、悪性といった
"無二たる"カエジウスは現状、迷宮と領地さえ
"折れぬ鋼の"は制覇勝利においては恐ろしく邪魔だが、逆に戦争のストッパーとして利用し、内政に専念しやすいという恩恵もある。
"竜越貴人"アイトエルは超長命の気性ゆえか、天下の
("大地の愛娘"はそもそも、姿を見せるということがほとんどないらしいが──)
シールフ・アルグロス
そもそも彼女自身が学園に引きこもっていたので、どの
どんどん近付いてくる断絶壁の威容を前に、その
高さは350か400メートル近くはあろうか──俺でも破壊しようと思えば……やれないこともないだろう。
"筆頭魔剣士"テオドールなら一刀で斬り伏せられただろうし、戦帝バルドゥル・レーヴェンタールなども爆破解体できようというもの。
しかしそれが数千キロメートルと続いているのであれば、もはや黄竜だの魔獣だのといった領域すら超えている。
"折れぬ鋼の"であっても、破壊しきるにはいかほどの年月が掛かるというものか。
山脈を喰ったというワームですら、"大地の愛娘"に比べれば可愛いものなのかも知れなかった。
◇
風になびく──二重螺旋系統樹──シップスクラーク財団の紋章が描かれた
断絶壁を見上げる距離の"壁
俺は落下軌道を調整しながら流星のように落ち
「はぁい!」
「えっ? あ、はい」
俺は財団支部の入口の前で両手を広げていた人物につられ、思わず返事しながら
出迎えたのはクロアーネでも、アッシュでも、ヤナギでもない──見知らぬ女性。
「はじめまし……て? ベイリルちゃん。わたしは"イシュト"、よろしくね」
そう名乗った彼女は真っ白なストレート髪に、銀色の瞳をしていて、絵画から出てきたような幻想的かつ眉目にして秀麗であった。
身長は女性にしてはそれなりに高く、全体的にスレンダーだが艶美な雰囲気を内包している。
「イシュト……さん? 失礼ですが、なぜ俺の──」
「キュゥゥアァ!!」
と、言い切る前にアッシュが飛んできて……俺ではなく、イシュトの肩に止まった。
そうして続いて小さい歩幅だが、力強い走りで俺のもとまで少女がやってくる。
「べりる、おかえり」
「──ヤナギ、ただいま」
俺はヤナギの髪を
するとヤナギも俺の頭をポンッポンッと叩いて、感情を
「べりる、たすけた?」
「助けたぞ~、ヤナギみたいな子をいっぱい。あとで会いに行こうな」
「んっ」
俺は視線をイシュトとアッシュの後方へと移し、特に
「ずいぶんと言葉を覚えたな、教育者としてもやってけるんじゃないか? クロアーネ」
「私は
「くろー、ありがと」
「……いえ」
思わぬヤナギのお礼に、呼吸がわずかに乱れたのを俺はしっかりと感じ取っていた。
なんだかんだまんざらでもない様子に、俺も笑みを隠しきれなくなる。
「まぁ色々ありがとう、助かったよ。ところで……このイシュトさん、て?」
「道中で大型の飛行魔物に襲われ、その時に助けていただいた
「これはどうも、身内の者が世話になりまして。改めて御礼を申し上げます」
俺はいったんヤナギを降ろしつつ、丁重に頭を下げる──と、ヤナギも真似をしてお辞儀をしていた。
イシュトは肩に乗るアッシュを
「そんっな~大したことはしてないってば。わたしがいなくても、この
「いえ、ヤナギの身の安全を考慮すれば、確実に──とは参りませんでした」
イシュトの謙遜に対して、クロアーネは淡々と事実を述べた様子。
「フフーンっ、そうー? ままっ断絶壁と言っても上空から来る魔物は、どうしても抜けてくるのがいるからね。
とりあえず恩を感じてくれているなら、また違った新しいお料理をいただいちゃおっかな。ちょうど昼時だし」
「その程度でよければいくらでも、ご馳走いたします」
(なんか不思議な包容力だな……アイトエルみたいだ)
アッシュと共に支部へと入っていく後ろ姿。一点の曇りなきアルビノっぽさがあるが、人族としての特徴しか持ってない。
長命種でもなく妙齢の女性でありながら、
そんなことを思っていると、ヤナギがクロアーネの元に駆け出していく。
「ごはん!」
「はいはい、ご飯ですよ」
クロアーネのローブに抱きついたヤナギに、聞いたことないほど優しい声音で返すのを俺は
元々メイドだから一通りの家事はできるし、調理技術と料理への探究心は一級品。
ヤナギを見るに教育もなかなか、そして割りに子供に
(実はクロアーネって、割と理想の母親像なのか……?)
ハルミアが慈愛溢れる母のそれであれば、クロアーネは実践的て過程的な妻としての理想なのかも知れない。
「俺も
「……まともに食事も
「よくわかってらっしゃる」
数拍置いてからクロアーネは感情を息と共に吐き出す。
「
「その心は?」
「他の者では張り合いがない。美味しく食べてもらうのも、もちろん嬉しいですが……そればかりではと」
「なるほどね、俺はハーフエルフの強化感覚で鼻も舌も鋭敏だからな」
(地球の料理を実際にいくつも味わってきた記憶もあるし)
ついでに言えば料理を出してくれた相手に
一方で俺は過去に食してきた料理と比較し、何が物足りないか、どう改善すべきかを遠慮なく注文付ける。
料理道を進む者として、
「……ベイリル、貴方は料理人はやらないのですか」
「もったいないと思うか?」
「えぇ、ほんっっっ──の少しだけ」
大きく溜めてから冷然とのたまうクロアーネに、俺は変わらぬ笑みを浮かべたまま答える。
「まぁ俺は500年も生きるわけだし、いずれそうした時期が来るかも知れない。それまでに見果てぬ荒野を開拓しといてくれ」
俺はクロアーネに並んで、ポンッと背中を押そうと思ったがサラリと
「そうですね、貴方がもし調理の地平を踏むことがあれば……そこにもう新しい発見はないことでしょう」
「言うね。見習いたいもんだねぇ、その意気を」