異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#220 断絶壁街 II

 

 "断絶壁"──約20年前に突如として地面が隆起し、今なお残り続ける()()()()()()()()()

 

 それは当時まだわずか10歳にも満たなかった"大地の愛娘"が、たった1晩で作り上げられたことが判明する。

 彼女はそのまま魔領の遠征軍を撃退し、晴れて"英傑"の1人として数えられることとなった。

 

 "大地の愛娘"はそのまま壁のどこかに(きょ)を構え、どこかにはいるがどこにも見つからないという。

 さらには"無二たる"カエジウスという()()()()()から、各国から不可侵の土地となってしまった。

 それもそのはず、もしも彼女の機嫌を損ねれば()()()()国家が消滅しかねないとすら言われている。

 

 ただしカエジウス特区と違うのは──彼女が"法治"することはなかったということ。

 土地を治めることも、人を統率することにも一切興味がなく、本当にいるのかさえ不確かな存在。

 

 結果として行き着く所を失くし、死をも恐れないような"はみだし者"が寄り集まり始め──

 各国から介入を受けず、"大地の愛娘"本人も干渉してこない、そんな自由にして無法が"壁街"の始まりであった。

 

 

「えっ──まだ助けてないのか?」

 

 支部内のテーブルでヤナギが食べ終わるのを待ちながら、俺はクロアーネから現状を確認し疑問符を浮かべる。

 イシュトはやたら(なつ)いているアッシュと共に食後の散歩に出ていて、この場には3人のみである。

 

「まだー、んっけほ……」

 

 隣でむせかけるヤナギの背中を俺はゆっくりとさすってやる。

 クロアーネにしつけられたのか、食べ方が非常に行儀よくなっていた。

 

「保管所は()()()()にあり、かなり厄介な背景が付随してきます」

「詳しく聞く──前に、囚われの子らは大丈夫なのか? 餓死とか」

「"リウ組"の管理下にありますので、しばらくは問題ないでしょう」

「あー……? つまり、あれか。アーセンはどっかの裏組織の後ろ盾を持っていたと」

 

 巡った保管所の1つには護衛が多数いて、商人との共同経営のような場所があった。

 詳しくはアーセン・ネットワークの資料を詳しく(あさ)らないとわからないが、似たようなものだろう。

 

 

「噛み砕いて言えばそんなところです。接収されたわけではないですが、アーセン本人でないと門前払いです」

力尽(ちからず)くではきついか?」

「リウ組は"壁()街"を支配している三大組織の一角(いっかく)です。(こと)はそう単純なものではありません」

 

 "断絶壁"には壁の()()にそれぞれ街が形成されていて、それぞれ"壁内街"と"壁外街"で分けられている。

 なにせ"大地の愛娘"が構築した壁は、異様なほどに堅固で拡張性が低いものの……逆に改築できれば無類の耐久性を誇る。

 

 壁の中は無軌道に迷路のような街となっていて、それらの支配権を保有しているのが……いわゆる裏でヤクザな営利組織であった。

 

「どんな感じで複雑だと?」

「"リウ組"は義に厚く、約定を破る者には特に容赦がありません。下手を打てば戦争になる」

「それは財団まるごと──ってことか」

「えぇ、今後この街で勢力圏を拡大していくのであれば……表立っての対立は好ましくありません」

「無法には無法なりの秩序があると、なるほど」

 

 

 ──"壁街"にはカエジウス特区と違って法律がない。さらに連邦法も適用外の場所。

 それゆえに自治しているのが(ちから)を持つ組織であり、だからこその自由さがある。

 

 世間から爪弾(つまはじ)きにされた多様な人種が無分別に集まり、社会に適応できない後ろ暗い過去を持つ者達が集まる。

 国家に属していれば違法となることも、ここでは縛られることなく取引や乱用ができる。

 それゆえに普通でない"技術"も集まり、また自由に実験(・・)ができるというのも"壁街"の特徴であった。

 

 なんなら各国の技術研究者も素性を隠し、法に問われぬ開発・試験・運用をしているとさえ噂される。

 

 壁外街であれば治安もある程度は保証されているのだが、一方で壁内街はその限りではない。

 ある種の"九龍城(クーロンじょう)"とでも言えば良いのか──()()()()()という矛盾した規律(ルール)が成り立っている。

 

 

「潜入が得意なクロアーネでも無理か」

「保管所の正確な位置は資料にはありませんでした。壁内部は狭く、入り組んでいますし……」

「必ず誰かしらと、かち合ってしまうというわけか」

「そういうことです。さらに奴隷を安全に移送するなど、不可能に近い」

「ふかのー」

 

 鸚鵡(おうむ)返しするように言葉を繰り返すヤナギ。そして俺は状況をよくよく把握した。

 

「だから俺を待っていたわけか」

「一人でコソコソとやるのが得意分野な男がいるのですから、私が無理をする必要はないと判断しました。 

 それに私の独断専行では過分の判断になりますが、貴方が勝手に暴走してやらかすのであれば責任問題とも無縁です」

 

「こそこそ」

「まぁ否定できんな。俺が持つ裁量権は、まがりなりにも三巨頭と同等だし」

 

 確かに我ながら個人戦力は高いし、財団職員としてではなく単独で動くのも慣れている。

 何よりも遮音ステルスで気付かれず、"反響定位(エコーロケーション)"で位置を特定し、脱出に迷うこともない。

 すぐには気付かれない殺し方もいくつか持っていて、俺が戻るのを待っていたのも(うなず)ける。

 

 

「ただベイリル、貴方は少し自覚をすべきでしょう」

「じかくー」

「……?」

 

 疑問符を浮かべる俺に対して、クロアーネはわかりやすい溜息を吐いてから説明をしてくれる。

 

「自分をオーラム様に次ぐ暴力装置程度と思っているようですが、実際には厄介事も持ち込んでくる元凶であると。

 カエジウス特区の採掘権、インメル領会戦、モーガニト領運営、そして今回の奴隷保護とネットワークとやらの掌握」

 

「ぬっ……むぅ」

「確かにそれらによって、財団が飛躍的に大きくなっているのも事実です。私欲で動いているわけじゃないのもわかります」

「まぁ俺の見通しの甘さも含めた行動が、財団に寄与しているのは素直に嬉しいことだが」

「しかしながら実働部分において、他の者に多大な負荷を与えていることをお忘れなく。振り回される立場を考えろ、と」

 

 それはクロアーネ自身の言葉も含んでいるのか、割と強めの口調であった。

 

「日頃から財団員の皆には感謝はしている。特にカプランさんには──」

「ならば今少し自重することですね……財団のリソースは有限なのですから」

「でも好機(チャンス)が転がってるのに、それを(のが)すのはコレもったいないと思うわけで」

 

 

「そこは同意見だな。人の一生(いっしょう)は短い、生き急いでかないと」

 

 ──唐突に掛けられた声に、俺とクロアーネは入り口を見る。

 そこには水色の髪を短めに整え、薄い灰地の長丈ローブを(まと)った男が立っていた。

 

「まさしく長命種のおまえと違ってな、ベイリル。久しぶりだな」

「おぉー"ゼノ"の気配(けはい)だったか、一年……は経ってないな」

 

 俺は立ち上がると、自然体な笑顔を浮かべた男と握手を()わした。

 

 学園時代には専門部製造科に所属し、数多くの設計をこなしてきた"大賢しき"ゼノ。 

 同じくリーティアとティータと共に、財団の研究部門所属として"壁街"にいることは知っていたのでさほどの驚きはなかった。

 

「気配ってなんだよ」

「俺も色々と成長したもんでな、足音と歩幅に匂いや空気の動きまでお見通しだ」

「使いツバメで多少は知っていたが……本当に円卓をぶっ殺しただけはあるんだな」

 

 セノはとりわけ数学と工学分野に強く、テクノロジー面において最も財団に恩恵を与えてくれている人物の1人。

 財団の影響がなくても、間違いなく名を残していたであろう傑人である。

 

 

「しっかしいつの間にか子持ちかよ、なぁ"モーガニト伯"」

「いやぁ……なんかもう個人的には(まご)みたいなもんだがな」

「なんなら敬語でも使ったほうがいいか?」

「使いたきゃ使ってくれて構わんぞ」

「お断りだね、ベイリル」

 

 するとヤナギが食事を頬張りながら顔を向け、飲み込んでから口を開く。

 

「ぜの。りーて? てーた?」

「リーティアとティータは、お仕事中だ」

「しごと」

 

 ぽつぽつと単語だけを言って、ヤナギはまた食事を再会する。

 ただ少なくとも人の顔と固有名詞は認識しているようで、後遺症もなく記憶力もなかなか良好そうでなによりである。

 

 

「もう三人とも、ヤナギと会ってたのか」

ベイリル(おまえ)が遅かったからな」

 

「リーティアとティータは? というか開発部門ってどこにあるんだ」

「郊外の地下工房だよ、そこで色々とやらせてもらってる」

「で、ゼノ。お前だけは会いにきてくれたと」

「あぁ、奴隷解放の件も聞いてたからな。(こと)に及ぶ前に言っておくことがあった」

 

 ゼノは椅子に座ると、俺もテーブルへと着席したところで神妙に口を開く。

 

「正直なところ強引な救出は賛同できないってな」

「……では、ゼノには他に対案があると言うのですか?」

「うぉっ、圧が強いってクロアーネさん、おれは割かし長くこっちにいるからその上での意見だ。ちゃんと交渉すべきってことだよ」

 

 もっぱらの穏健派(ビビリ)であるゼノのもっともな意見に、俺は(うなず)きながら一考してみる。

 なまじ武力に自負があるだけに、最初に挙がる選択肢が物騒なモノになりがちだった。

 

 本来は選択肢を拡充させる為の強さであるのに、かえって選択の余地を狭める思考になりがちなのは(かえり)みねばなるまい。

 

 

「まぁ確かに。アーセンから奴隷網(どれいもう)を受け継いだことにして、既得権益を保証してやればいいのか」

「甘いですね。あの手の連中は足元を見て、さらに上乗せしてくるのが(つね)です」

「だからソコが交渉だ。おれらが持つ木っ端の技術を供与できる用意はある」

 

「ゼノがそう言うなら割と説得力はあるな。財団にとっては既に価値の薄いテクノロジーでも、そいつらにとって利があれば交渉材料になる」

「いいえ、つけ上がらせるだけですね。それだけで済まず、さらなる要求をしてきます。長引いたらそれだけ子供たちが疲弊します」

「そこに関しては事情を聞くにおれも憂慮(ゆうりょ)してるが、最大利益を考えるならだな──」

 

 話をしながら、俺は頭の片隅で思う。

 

(う~ん、なんかまともなディベートっぽくていいな)

 

 正直に言ってしまえば、フラウやハルミアやキャシーとは決して成り立たない会話である。

 逆にオーラムやシールフやカプランのように、とりあえず任せときゃどうにかしてくれる領域でもない。

 

 今ある手札で最善を尽くそうという、それぞれの意見を交わす至極真っ当なやりとり。

 俺も俺だけが唱えられる主張を考えていると、支部の入り口に現れたるは白い影──

 

「話は聞かせてもらったわ!!」

 

 アッシュを連れて戻ったイシュトが、高らかに声を上げたのだった。

 


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