異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
"断絶壁"──約20年前に突如として地面が隆起し、今なお残り続ける
それは当時まだわずか10歳にも満たなかった"大地の愛娘"が、たった1晩で作り上げられたことが判明する。
彼女はそのまま魔領の遠征軍を撃退し、晴れて"英傑"の1人として数えられることとなった。
"大地の愛娘"はそのまま壁のどこかに
さらには"無二たる"カエジウスという
それもそのはず、もしも彼女の機嫌を損ねれば
ただしカエジウス特区と違うのは──彼女が"法治"することはなかったということ。
土地を治めることも、人を統率することにも一切興味がなく、本当にいるのかさえ不確かな存在。
結果として行き着く所を失くし、死をも恐れないような"はみだし者"が寄り集まり始め──
各国から介入を受けず、"大地の愛娘"本人も干渉してこない、そんな自由にして無法が"壁街"の始まりであった。
「えっ──まだ助けてないのか?」
支部内のテーブルでヤナギが食べ終わるのを待ちながら、俺はクロアーネから現状を確認し疑問符を浮かべる。
イシュトはやたら
「まだー、んっけほ……」
隣でむせかけるヤナギの背中を俺はゆっくりとさすってやる。
クロアーネにしつけられたのか、食べ方が非常に行儀よくなっていた。
「保管所は
「詳しく聞く──前に、囚われの子らは大丈夫なのか? 餓死とか」
「"リウ組"の管理下にありますので、しばらくは問題ないでしょう」
「あー……? つまり、あれか。アーセンはどっかの裏組織の後ろ盾を持っていたと」
巡った保管所の1つには護衛が多数いて、商人との共同経営のような場所があった。
詳しくはアーセン・ネットワークの資料を詳しく
「噛み砕いて言えばそんなところです。接収されたわけではないですが、アーセン本人でないと門前払いです」
「
「リウ組は"壁
"断絶壁"には壁の
なにせ"大地の愛娘"が構築した壁は、異様なほどに堅固で拡張性が低いものの……逆に改築できれば無類の耐久性を誇る。
壁の中は無軌道に迷路のような街となっていて、それらの支配権を保有しているのが……いわゆる裏でヤクザな営利組織であった。
「どんな感じで複雑だと?」
「"リウ組"は義に厚く、約定を破る者には特に容赦がありません。下手を打てば戦争になる」
「それは財団まるごと──ってことか」
「えぇ、今後この街で勢力圏を拡大していくのであれば……表立っての対立は好ましくありません」
「無法には無法なりの秩序があると、なるほど」
──"壁街"にはカエジウス特区と違って法律がない。さらに連邦法も適用外の場所。
それゆえに自治しているのが
世間から
国家に属していれば違法となることも、ここでは縛られることなく取引や乱用ができる。
それゆえに普通でない"技術"も集まり、また自由に
なんなら各国の技術研究者も素性を隠し、法に問われぬ開発・試験・運用をしているとさえ噂される。
壁外街であれば治安もある程度は保証されているのだが、一方で壁内街はその限りではない。
ある種の"
「潜入が得意なクロアーネでも無理か」
「保管所の正確な位置は資料にはありませんでした。壁内部は狭く、入り組んでいますし……」
「必ず誰かしらと、かち合ってしまうというわけか」
「そういうことです。さらに奴隷を安全に移送するなど、不可能に近い」
「ふかのー」
「だから俺を待っていたわけか」
「一人でコソコソとやるのが得意分野な男がいるのですから、私が無理をする必要はないと判断しました。
それに私の独断専行では過分の判断になりますが、貴方が勝手に暴走してやらかすのであれば責任問題とも無縁です」
「こそこそ」
「まぁ否定できんな。俺が持つ裁量権は、まがりなりにも三巨頭と同等だし」
確かに我ながら個人戦力は高いし、財団職員としてではなく単独で動くのも慣れている。
何よりも遮音ステルスで気付かれず、"
すぐには気付かれない殺し方もいくつか持っていて、俺が戻るのを待っていたのも
「ただベイリル、貴方は少し自覚をすべきでしょう」
「じかくー」
「……?」
疑問符を浮かべる俺に対して、クロアーネはわかりやすい溜息を吐いてから説明をしてくれる。
「自分をオーラム様に次ぐ暴力装置程度と思っているようですが、実際には厄介事も持ち込んでくる元凶であると。
カエジウス特区の採掘権、インメル領会戦、モーガニト領運営、そして今回の奴隷保護とネットワークとやらの掌握」
「ぬっ……むぅ」
「確かにそれらによって、財団が飛躍的に大きくなっているのも事実です。私欲で動いているわけじゃないのもわかります」
「まぁ俺の見通しの甘さも含めた行動が、財団に寄与しているのは素直に嬉しいことだが」
「しかしながら実働部分において、他の者に多大な負荷を与えていることをお忘れなく。振り回される立場を考えろ、と」
それはクロアーネ自身の言葉も含んでいるのか、割と強めの口調であった。
「日頃から財団員の皆には感謝はしている。特にカプランさんには──」
「ならば今少し自重することですね……財団のリソースは有限なのですから」
「でも
「そこは同意見だな。人の
──唐突に掛けられた声に、俺とクロアーネは入り口を見る。
そこには水色の髪を短めに整え、薄い灰地の長丈ローブを
「まさしく長命種のおまえと違ってな、ベイリル。久しぶりだな」
「おぉー"ゼノ"の
俺は立ち上がると、自然体な笑顔を浮かべた男と握手を
学園時代には専門部製造科に所属し、数多くの設計をこなしてきた"大賢しき"ゼノ。
同じくリーティアとティータと共に、財団の研究部門所属として"壁街"にいることは知っていたのでさほどの驚きはなかった。
「気配ってなんだよ」
「俺も色々と成長したもんでな、足音と歩幅に匂いや空気の動きまでお見通しだ」
「使いツバメで多少は知っていたが……本当に円卓をぶっ殺しただけはあるんだな」
セノはとりわけ数学と工学分野に強く、テクノロジー面において最も財団に恩恵を与えてくれている人物の1人。
財団の影響がなくても、間違いなく名を残していたであろう傑人である。
「しっかしいつの間にか子持ちかよ、なぁ"モーガニト伯"」
「いやぁ……なんかもう個人的には
「なんなら敬語でも使ったほうがいいか?」
「使いたきゃ使ってくれて構わんぞ」
「お断りだね、ベイリル」
するとヤナギが食事を頬張りながら顔を向け、飲み込んでから口を開く。
「ぜの。りーて? てーた?」
「リーティアとティータは、お仕事中だ」
「しごと」
ぽつぽつと単語だけを言って、ヤナギはまた食事を再会する。
ただ少なくとも人の顔と固有名詞は認識しているようで、後遺症もなく記憶力もなかなか良好そうでなによりである。
「もう三人とも、ヤナギと会ってたのか」
「
「リーティアとティータは? というか開発部門ってどこにあるんだ」
「郊外の地下工房だよ、そこで色々とやらせてもらってる」
「で、ゼノ。お前だけは会いにきてくれたと」
「あぁ、奴隷解放の件も聞いてたからな。
ゼノは椅子に座ると、俺もテーブルへと着席したところで神妙に口を開く。
「正直なところ強引な救出は賛同できないってな」
「……では、ゼノには他に対案があると言うのですか?」
「うぉっ、圧が強いってクロアーネさん、おれは割かし長くこっちにいるからその上での意見だ。ちゃんと交渉すべきってことだよ」
もっぱらの
なまじ武力に自負があるだけに、最初に挙がる選択肢が物騒なモノになりがちだった。
本来は選択肢を拡充させる為の強さであるのに、かえって選択の余地を狭める思考になりがちなのは
「まぁ確かに。アーセンから
「甘いですね。あの手の連中は足元を見て、さらに上乗せしてくるのが
「だからソコが交渉だ。おれらが持つ木っ端の技術を供与できる用意はある」
「ゼノがそう言うなら割と説得力はあるな。財団にとっては既に価値の薄いテクノロジーでも、そいつらにとって利があれば交渉材料になる」
「いいえ、つけ上がらせるだけですね。それだけで済まず、さらなる要求をしてきます。長引いたらそれだけ子供たちが疲弊します」
「そこに関しては事情を聞くにおれも
話をしながら、俺は頭の片隅で思う。
(う~ん、なんかまともなディベートっぽくていいな)
正直に言ってしまえば、フラウやハルミアやキャシーとは決して成り立たない会話である。
逆にオーラムやシールフやカプランのように、とりあえず任せときゃどうにかしてくれる領域でもない。
今ある手札で最善を尽くそうという、それぞれの意見を交わす至極真っ当なやりとり。
俺も俺だけが唱えられる主張を考えていると、支部の入り口に現れたるは白い影──
「話は聞かせてもらったわ!!」
アッシュを連れて戻ったイシュトが、高らかに声を上げたのだった。