異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#226 テクノロジートリオ I

 

 ──財団支部の屋上は黄昏時にて、ゆっくりとした動作で数少ない"型"を(つら)ねていく。

 

「空華」

「くーげ」

 

 地を勢いよく蹴って加速し、急制動を掛けて止まりながら反転・反復を繰り返す。

 

「夢想流」

「むそーりぅ」

 

 見えない鞘に右手を添えて一瞬で抜き放ち、回転しながら斬り上げ、そして斬り落とす。

 

「合戦礼法」

「かせんれーほ」

 

 右拳を左の手の平で叩き、拳を真っ直ぐ空間へと打ち抜く。

 

「浪漫派、憧敬拳」

「ろま、しょーけぃ」

 

 俺の動きを追従(トレース)するように、ヤナギは言葉を繰り返しながら、まだまだ(つたな)くも体を動かす。

 見取りと模倣、英才教育は大切だ。実際にジェーン、ヘリオ、リーティアがそれを証明している。

 今後は俺の子飼いの特殊部隊として、しばらくヤナギには手ずから文武で養成していく方針。

 

 

(明日の交渉、どうすっかなぁ──)

 

 俺はヤナギに教えながら、並列作業(マルチタスク)で思考を巡らす。

 

 リウ組とは明日の昼時に交渉の席を整えたという、クロアーネの仕事は実に迅速な手筈(てはず)相成(あいな)った。

 ただし交渉すべきだった事柄が、"大地の愛娘"ルルーテの介入によって既に解消されてしまったという問題がある。

 

 つまるところ財団(こちら)の関与を疑われないまま、子供奴隷21人をしっかり保護できてしまった。

 今頃は消えた保護奴隷の捜索に、疑問符ばかりを並べ立てて捜索しているかも知れない。

 

("混濁"のマトヴェイと黒豹兄弟は死んだ。となると力の均衡(パワーバランス)が崩れる可能性はある……)

 

 損失したソーファミリーとケンスゥ会と比べて、リウ組だけ戦力が保持された状態で抗争となれば──はたしてどうなるものか。

 漁夫の利で財団が介入したい部分もあり、その為の各種リソースを引っ張ってくる手間もある。

 ロスタンの処遇だけでなく、リウ組が一部保有したままのアーセン・ネットワークの完全掌握も必要だ。

 

 

(一番実入りが大きくなるのは、組織ごと支配してしまうことだが……三つも組織があるとなぁ)

 

 末端の構成員まで含めれば、たとえ1つの組織が大勝したところで混乱は(まぬが)れない。

 同時に潰すなら、俺と同等クラスの強度を持つ戦力があと2人ほど欲しいところ。

 

(イシュトさんなら十分だが、リーティアでも事足りるものか)

 

 ロスタンとマトヴェイと黒豹兄弟の強度を考えれば、あまり矢面(やおもて)に出したくはないところだった。

 勝てるとは思うものの、末妹(リーティア)は戦闘が本職ではないので……いくらかの危険(リスク)は飲み込まねばなるまい。

 

 他の誰かを呼ぶにしても時間的に()に合わないし、皆それぞれにやることを(かか)えている。

 そうなると俺と同等レベルに強くて、特段の仕事や目的もなく、気兼ねなしに、すぐ駆けつけられる"暇人"。

 

(キャシーくらいか……まぁでも、俺が二人分働いてもやってやれないことは──)

 

 微妙に失礼なことを思いながら心の中でフッと笑い、軽いストレッチのような運動を終える。

 

 

「よーし次だ、魔力と大気(かぜ)を感じろ」

「まろく、かぜぇ……」

 

 俺はヤナギを抱っこしながら一緒に(ちゅう)へと浮かび、あらゆる流動を同調(シンクロ)させるように(いざな)う。

 奴隷契約によって繋がったバイパスと、意思の強制力をも利用して少しずつ理解させていく。

 

 まず部隊として飛空魔術士であることは必須事項。飛行できるというだけで多様性は大幅に広がる。

 他にも取り入れられるモノは許容量(キャパシティ)を越えないよう、可能な限りすべて取り入れていきたい。

 

(しかしなんだな……フラウやハルミアさんとはまた違った感じだ)

 

 それは奴隷契約として、バイパスが繋がっているからなのだろうか。

 (ねや)で得られた魔力流動とは、また別種に他人の魔力というモノを知覚できている。

 あるいはそうした感覚を養い続けた、エルフ種ゆえの(あわ)せ技があってこそのものか。

 

 そんなことを考えていると地上から、急速に近付いてくる気配を感じる。

 

 

「ベーイッリール()ぃ!!」

 

 地上から細長い"光沢のある金属"に(つか)まって、3階建ての屋上まで一息(ひといき)でやってきた狐耳の少女。

 "愛すべき我が妹"は、そのまま勢いよく俺とヤナギのもとへと抱きついてくるのだった。

 

「おう"リーティア"、久しぶりだなぁ。仕事に集中していると聞いてたから、邪魔しないでおいたのに」

 

 俺は空気をクッションにそのまま受け止めてやり、昔のように頭を撫でてやる。

 

「っへへ~、ベイリル兄ぃが戻ったと聞いたから! 一足先(なるはや)で急いできた!」

「んん、リーテ!」

 

 俺とリーティアの(あいだ)に挟まれたヤナギが、もぞもぞとやや苦しそうに動く。

 

「あっはは、ヤナギぃ~ウチの(いと)しい妹よ~」

 

 リーティアはその手の平で、ヤナギの両頬をむにむにと動かす。

 俺は2人の妹──あるいは娘と孫娘の様子を、微笑ましく見つめる。

 

 

「今までずーっと末っ娘だったからさぁ、ウチも弟や妹が欲しかったんだよねぇ」

「そうかそうか、それは良かったなリーティア。追加であと21人ほどいるぞ」

「えっ、えぇ……ま、まかせてよ!」

 

 さすがに狼狽(うろた)えた様子を見せるリーティアに、俺はさらにダメ押しする。

 

「あと他にも助けた87人ほど追加で、ジェーンのとこにも92人いるな。合わせてちょうど200人だ」

「うぅ……ちゃんとお姉ちゃんするぅ……」

「りーてーねーちゃ」

 

 俺がリーティアを頭を撫で、リーティアがヤナギを頭を撫でる。

 これもまたある種の、次世代に受け継がれていくような連鎖のように思えてくる。

 

「くっははは、がんばれよ~。少なくとも明日は一緒にいてやってくれ」

「ゼノが言ってた交渉ってやつ? んーオッケィだけど、ウチは交渉に行かなくていーの?」

「一応は財団支部を守る役が必要だからな、俺とイシュトさんの次に強いのはリーティアと"アマルゲル"だろう」

 

 そう言って俺はリーティアの体を地上からここまで運んだ、"流動魔術合金"へと視線を移す。

 金属質の水たまりに、人のシルエットがのっぺりと浮かんでいる。

 

 

「んだねぇ~。アマルゲルくんも今や、バージョン3.0にアップデート済み!!」

「見た目的にはあまり変わった様子はないが……どこらへんが改良されたんだ?」

「んっとね~、まず簡単な行動なら半自律で遂行する!」

「なにっ──それは……普通に凄くないか!?」

 

 今まではリーティアが近くにいて、追従させるような命令・操作をしていただけである。

 しかし完全ではないとはいえ、自律して動けるならそれは戦争においても十分な戦力運用が可能となる。

 

「あらかじめいくつか規定の行動(プログラム)を用意してあるんだ~。それを組み合わせてるんだよ。

 まだまだ不具合は多いけど、それはおいおいブラッシュアップしてけばいいだけだからねぇ」

 

(ほう……"プログラム"、か)

 

 俺の"六重(むつえ)風皮膜"が特に顕著(けんちょ)だが、魔術では無意識で(おこな)っている行程(プロセス)が多い。

 

 たとえば日常の何気ない動作と同じように──呼吸したり、歩いたり、物を掴んだりと──意識していないところで自動(オート)で生態行動は成り立っている。

 明確に意識せずとも車を運転操作しながら、周囲にも注意を払いつつ、暗記した歌詞を熱唱しながらも、目的地で何をするかを考えるように。

 全てを意識によってマニュアル操作したなら、人は重心移動と姿勢制御すらままならないし、食べることすら重労働になるだろう。

 

 最近は魔術におけるいわゆる"イメージ"も、そうした識域下における最適化のように思えることが少なくない。

 そこからさらに発展させて人工知能(A I)のように拡張していくというのは……なるほど、さもありなん。

 

 

「それと内部で常に流動させることで、魔力を自分で集められるんだ」

「お、ぉおっふ……」

 

 思わず言葉も出なくなる、つまり流体金属それ自体を人体における血液と見立てているわけか。

 

(はっはぁ……"魔力の貯留"、か)

 

 フラウの魔力の加速循環のループによる、許容限界以上の魔力貯蔵──

 そして魔法具"永劫魔剣"あらため、魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"の循環器たる刀身にも通じている。

 

「まぁまっ! 微々たるもんだから、逆に流動の為のエネルギーで今は(・・)余裕でマイナスなんだけどねー」

「いやそれでも半端(っぱ)ないわ、今後発展させていけばいいわけだからな」

「でしょでしょ~。もっと褒めて」

「偉い! とんでもなく偉いぞ~自慢の妹よ」

「えらー」

 

 流体である性質を利用し、魔術紋様を組み替えて異なる魔術効果を発揮しつつ、魔力をも自給自足する。

 まさに究極の魔術兵器の一つともなりうる、圧倒的な潜在性《ポテンシャル》を秘めるに過言なし。

 

 

「あとあと! キャシー(ねぇ)みたく、ほんのちょっとだけど電気も溜めておけるよ」

「マジか、ってことは磁場も……」

「発生するねぇ、でも結局ウチが魔力供給しないと今はすぐに止まっちゃうけど!」

 

 その才能に果てはなく、留まることを知らぬ。こと魔術具に関しては、既に世界でも有数なのではないだろうか我が自慢の妹は。

 

「ウチは雷属魔術は使えないけど、アマルゲルくんが使えればそれでいいかんね。魔力だけ与えればオッケィ!」

 

(うん……"自分にできないことは他に任せる"、か)

 

 リーティアと話す中で──俺だけの魔導おける新境地が開拓され、具体的なイメージが固められていく確かな心地。

 理論と具体性と感覚(フィーリング)が、かっちりと噛み合っていくのがわかる。

 

 

「そうか、電気が自由に使えれば今後の開発も色々と(はかど)るな」

「だよ!」

 

 リーティアは両手でV(ブイ)の字を作ってにこやかに笑う。

 

「いずれは量産(・・)なんかも、目星は付くか?」

 

 もしも戦争に投入できるのなら──人的資源を失う恐れもない、兵站もいらずの超戦力である。

 

「ん~~~どうだろ、仕上がりにはまだまだ遠いかな。事あるごとに色々と実装したくなっちゃうし」

「その意気は大事だから自重はしなくていいぞ、どんどんやれ」

 

「うん、そのつもりだよ! ただどうしたって個々人で調整しないといけないモンだし。お値段も(かさ)むよー」

「手間と費用か……アマルゲルほどを求めずとも、近い技術で必要充分ならいいんだが」

「じゃぁ普通に人形(ゴーレム)とか、安価にプログラムも単純にして扱いやすくしちゃう?」

 

(ふぅむ……グレードダウンあるいは"マイナーチェンジ"、か)

 

 

「それは当分無理だぞ、ベイリル」

 

 ともすると、屋上の扉から現れたゼノがそう否定したのだった。

 


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