異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「やっぱついてこなきゃよかった」
「今さら言うなよ、ゼノ」
交渉にあたってリウ組の構成員の1人に壁内部を案内されながら、俺とゼノとクロアーネはテンポを崩さず狭い通路を歩く。
一方通行の"遮音風壁"を一枚張っているので、こちらの声はリウ組員には聞こえない。
結果的に"大地の愛娘"ルルーテの介入によって、いまいち交渉する必要もなくなっているのは事実。
しかし既にセッティングした交渉の場を
特にアーセン・ネットワークおよび、壁内街のパワーバランスを考えれば話をしておいた
「だっておま……絶対荒れんじゃん」
「最悪の場合、戦闘になることも覚悟する必要はあるでしょうね」
クロアーネの淡々とした一言に、ゼノの顔色がより一層曇る。
「俺もクロアーネも、ああいった
ヤクザもんな上に交渉が失敗しても良くなった。さらに武力で制圧することも可能な前提がある以上、譲歩する必要は一切ないだろう。
「とりあえずは交渉にあたって、冷静なストッパーが欲しいところだし」
「世話を焼かされるのは、
直接交渉として俺達3人が出向き、イシュトを迎撃護衛としてリーティア達と保護した子供らには支部にいてもらっている。
「せめておれだけは完全武装をだな……」
「あくまで最初は交渉の場──戦争しにきました、と
「なぁに、そう案じなくても荒れた時は守ってやるさ。ゼノも、もちろんクロアーネもな」
特にソーファミリーの"混濁"のマトヴェイと、ケンスゥ会の黒豹兄弟を削ってしまった。
それらがどう影響していくのか、組織間の均衡が崩れていれば即座に抗争状態にもなりかねない。
「あぁ~くそっ……予定通りにいく、なんてことは人生で少ないが──はっきり言ってどう
「そういうことは財団に所属している時点で、ゼノも諦めることですね」
シップスクラーク財団として、いざ
様々な要素を含め
「くっははは、まぁまぁ俺はお前のそういう常識人的感覚は美徳だと思っているぞ」
「うるせー、ベイリル。皮肉にしか聞こえんって」
「正直天才って皆どこか浮世離れしたのばっかだが、お前は普通で助かるよ」
「おまえだって非常識なんだからな」
「そうか……?」
『そう
俺の疑問にゼノにもクロアーネにも間髪入れずにハモられてしまうと、正直ぐうの
少なくとも"五英傑"の
「着いたぞ、粗相がないようにしろ」
「もちろんです」
話しているといつの間にか到着していたようで、何の変哲も見られない扉の前で俺は"遮音風壁"を解いてそう答えた。
組員はコンコンッと何度かノックをしている
「どうした?」
「いえ、少し
猟犬の嗅覚を持つクロアーネの言葉は途中で止まり、強化感覚を備えた俺のみならず……。
ゼノでもわかるほどの濃密な血の匂いが、開け放たれた扉から一気に流れ込んできた。
「なっこれは……!? っぅおぉおッ──!」
俺は驚愕に歪むリウ組員に叫ばれるよりも先に、その首を押さえ込みながら部屋の中に放り込んだ。
今この状況で他の
クロアーネも即座に状況を理解したのか、ゼノを部屋に引っ張り込んで中に入ると、そのまま扉を閉める。
赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤、赤──
部屋中が無造作に
中にいる10人ほどの構成員と思われる者達が、全員が血まみれになって死んでいるのはもはや疑いようがない。
「おい、どういうことだ。答えろ」
「わ……わからねぇ……組長……あぁ、そんな……ウーラカさんまで」
リウ組員は死体を確認しながら現実を受け入れ、絶望の表情を浮かべる。
「終わりだ……オレたちは終わり……ソーファミリーの仕業か? くそっ皆殺しにされる──」
俺はクロアーネにアイコンタクトをして
すると彼女は組員の
「一部の血は
そんな俺よりも先に、ゼノの目が技術者としてのそれになっていて……恐れることなく検分をし始めていた。
「確かに全員死んではいるが、まだわずかに体温が残っているのが散見されるな……」
「触ってないのに体温なんかわかるのかよ」
「強化視力のちょっとした応用だ──それに匂いだけじゃなく
「空気?」
「蒸発分だとか、あとはまぁ色々……俺の感覚的なもんだが。しかしなんだな、荒らされた様子がほとんどない。
多少の抵抗の後は見られるが、ほとんどすぐに
「どうした、ベイリル」
俺は組長と思しきもたれかかった死体の横に"血の紋様"を見つけて、ゼノも同様に覗き込む。
それは
ともすると記憶の中に収納していた情報が、俺の中で浮かび上がってくる。
「たしか国を問わず出没する……あらゆる
その人物は老若男女……有象無象の区別なく人を殺し、解読不能な文字を残して去るという。
犯人像は動機を含めて
一体何の為に──あるいは理由などないのかも知れないが、リウ組の幹部10人をほぼほぼ無抵抗で殺しているっぽいヤバさは極めつけである。
「"渇きは血によって教えられる"」
「……ゼノ?」
「"平和は殺されることにより"」
「おい、読めるのか?」
そう俺が
「えっ──あぁ、まあその……つい」
煮え切らない態度に俺はもう一度、ゼノが読んだ血文字を見つめる。
噂では残した血文字は意味不明という話だったが、ゼノはあっさりと読んでみせたのだ。
(もちろん共通語じゃない……いや、これは──)
よくよく見れば、また記憶の中から新たに……そして懐かしい閃きのようにピンッときてしまった。
血の
「"Thirst is taught by blood"」
俺は自然と
「"Peace, by its kills told"」
「……ベイリル?」
俺の中で一挙に疑問が、あれもこれもと湧き上がってくる。
"
「なぁゼノ、なんでお前これ読めたんだ?」
「えっ、いやそれは……待て待て、ベイリルおまえこそ今の──」
「ゼノ、転生者だったのか」
「転生……? それってグラーフ派のいう魂の循環か?」
(あれ? 嘘をついていない……?)
心臓の鼓動を含めてゼノは興奮状態にはあるものの、嘘をついている反応には何一つ該当しなかった。
(つまり英語は読めても、ゼノは地球からの転生者ではない……? んん!? どういうこと)
「というかベイリルは、今
「あー……いや、う~ん。ちょっと待ってくれ、頭の中を整理する」
ゼノは少なくとも俺が言う、"転生"の意味を理解していない。肉体の反応も真実を述べている。
しかしながら英語で書かれた血文字を読んでいた。そして同じように読んだ俺に対し、疑問を
「ベイリル、ゼノ、誰かが近付いてきてるようです」
頭を回していると、クロアーネが鋭い目つきで報告してくる。
「んーっと……すまん、積もる話は後でいいか? ゼノ」
「ああ、たった今おれも少しばかり話したいと思ったところだ。ベイリル」
俺は立ち上がって扉へと歩きながら、ゆっくりと息吹と共に"
「ふゥ……──それじゃ二人は俺の後ろで付かず離れず頼む」
そう言って扉を開けて臨戦状態に入ると、つい先日見知った顔がそこにあった。
「てめぇ……ベイリル」
「──ロスタンか」
昨日の闘争の後遺症をわずかに引きずり、目を細めたソーファミリーの暴れ者がそこには立っていたのだった。