異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
──宗教とは、一つの"お芝居"のようなものかも知れない。
学校や軍隊、企業にしてもそうであり、また心理学における監獄実験などに類する群集心理。
逆らうことができない。今一歩を踏み出すことができない。
(人は置かれた状況に対して、
そうして人類社会というものが成り立っているように見えても、小さく見れば数えきれない
時にそれが不本意なことだったとしても、人はその舞台を壊さないように立ち回る。
どれほど不条理なことだったとしても、自分の"役割"というものを演じようとしてしまう。
(そうだ、宗教とはまさにその典型例なんだろう)
舞台と、脚本と、設備と、演者と──特殊な環境下に身を置いて行動する。
人は支配側と被支配側に分けられ、それぞれ教主と信者という役割を演じて一つの目的へ向かう。
吊り橋効果やストックホルム症候群が
時に大勢の人物が
ライブイベントの
"人生とは演劇のようなもの"──みたいな格言はいくつも存在する。
人は私生活と一般社会ではそれぞれ別々の顔を持つ。
家族への顔、友人への顔、愛する異性への顔、上司や部下への顔、見知らぬ他人への顔。
自らを良く見せようとした顔は時として日常となり、いつしか本物へと昇華することもある。
(俺も板についてきたもんだ……)
人が一人変わるには、十分な
まして全く環境の違う状況下に置かれれば、人は嫌でも慣れるものだ。
演じることに、装うことに、騙すことに……つくづく手馴れてしまったものだと我ながら──
(それでいい、それでこそ新しい人生だ)
片割れ星が煌めく夜半──屋敷の中庭で、異常な状況に置かれていてなお……俺は冷静だった。
目の前にはセイマールと道士がいて、周囲には
"洗礼"の真っ最中、敷地内の教徒が一斉に立ち並び……
俺は足元で意識のない
「いざ状況を目の前にすると……改めて滅ぶべきよな」
はっきりと口にしてやる。それを聞いたセイマールの顔は初めて見るものだった。
彼にとって俺達は優秀な生徒であり、従順な生徒だった。だから頭が追いついていないのだろう。
「手前勝手な都合で、自分らの利益だけの為に、何も知らぬ無知なる者を利用する……。そんな"
状況は整っている。あとは話をしながら、ゆっくりと魔術のイメージを固めていく。
「過言だとは……微塵にも思ってないよ。獅子身中の虫に気付かなかった、あんたらの
「どういうつもりだ? ベイリル」
「
俺は溜息と共に肺から息を絞り出し、"酸素濃度低下"の魔術を発動させる。
ほんの数瞬の内に、周囲の人間はパタパタと倒れ死んでいく。
本当に死んだのかと疑ってしまうほど……
囲んでいる人数を考えると思いのほか範囲は広かったが、これだけ広ければ多少
"殺す"と心の中で思ったなら、
「茶番は終わりだ」
大きく息を吸い込んだ後の言葉は、ひどく邪悪な声音で告げてしまっていた。
そう、連中に対して俺は茶番を演じていただけに過ぎない。
後に"工作員となるべく育てられた従順で優秀な生徒"という与えられた役割をまっとうしていただけ。
演者として舞台に立ち、披露し、連中にとって見たいものを……ただ見せていただけ
(こっから先は
俺は決意の日から、一貫して行動している。
ジェーンとヘリオとリーティアが、その毒牙にかけられぬよう立ち回ること。
のうのうと衣食住と教育を
「セイマールさん、今までどうも」
「ベイリル……きさまッ」
信仰さえなければ、彼は至極真っ当な人間であったことに疑いはなかった。
しかしてその狂信こそが、今の彼を構築しているものであることも確かである。
"先生"としての、彼の在り方は学ぶべきことが多かったのは事実なので──
「正直かなり心苦しい部分はあるけどね……」
ゆえにこそ彼に対しても情がないと言えば嘘になる。
まがりなりにも教師と生徒という形で、生活の多くを共有してきたのだから。
「でも俺は"家族"の為に容赦はしない」
そして俺はセイマールを見定めて、俺はもう一度"酸素濃度低下"の魔術を使おうとした──
「うっぐぅ……ぉおおおおああああァア!!」
その瞬間、セイマールは叫び声と同時に反応して飛び
吐息と共に"酸素濃度操作"は発動させていたが……一瞬遅かった。
道士は無様に地に倒れたが、飛び退いたセイマールは間一髪
それ自体は大した問題ではない。しかし
魔法具そのものが
この土地に存在するだけで屋敷が聖地となって巡礼され、その調整の為に人体実験を繰り返していた。
そもそも起動させること自体が、魔術具とは比較にならないほど困難だと聞く。
──
──セイマールの魔力だとその威力の程度は? まったくもって想像がつかない。
──酸素濃度で殺せるか? 使用者が昏倒した魔剣が、もしそのまま暴走したら辺り一帯はどうなってしまうのか。
刹那の
セイマールは
されども体は勝手に動き出していた。それは過去、トカゲ相手にした時に覚えのあるものだった。
まるで
死線を前にした時の、最適な動きの実現。
転生し、覚醒して、強さを求めた決意の日より。
地道に鍛え研ぎ澄まし、積み上げきたハーフエルフの五体。
刷り込まれるほどに識域下で対応し、肉体は流れるように動き出していた。
左右それぞれ親指・人差し指・中指を伸ばし、指先同士を合わせながら空間を覗き込む。
セイマールが立つその場所を、そこだけを狙うように集中する。
「繋ぎ揺らげ──」
三本の結合手がいくつも互いに──
──さながら巨大なネットワークを形作るように、互いを掴んで離さないイメージ。
空気中の8割弱を占める、地上で最もありふれている"
俺には"ニトロ化合物"を合成するような知識はない。無煙火薬とかダイナマイトを作れるほど頭は良くない。
だが魔術なら現象として具現化できる。
超高圧・超高温によって生成される"それ"は、分子運動による圧倒的な爆発エネルギー。
その威力たるや、核兵器を除けば現代地球でも最強クラスと読んだことがある。
「──
"
起動された魔法具"永劫魔剣"と、勝手知られたるセイマールを相手にして……。
これが最善手であると──思考が後から追いついていたのだった。