異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
三組織の制圧後に壁内街から戻った俺は、財団支部の個室にて待っていたゼノと二人きりで相対する。
「ようベイリル、早かったな。もういいのか? 休まなくて」
「話してから休むよ。命を削るような闘争もなかったし、断絶壁に来る前から連戦続きだがまぁ……飛行中も休んだりしてたからな」
「はっは~、種族に恵まれた奴はいいなあ?」
「こうも無理ができるのは、これまで積み上げた結実だけどな。ゼノが知識を高めている間に、俺は肉体と魔術を鍛えていただけさ」
つまるところお互いに、どこを伸ばしたかという違いに過ぎない。
俺は天地が引っくり返ったって、ゼノの頭脳には及ばない。
同時にゼノがどれだけ科学魔術具で武装しようとも、俺は負けるつもりなどさらさらない。
人類とはそうした得手不得手を、コミュニティを作って補い合うことで進化してきたのだ。
それぞれが専門的に従事し、少しずつでも知識と経験を継承することで、社会を成り立たせ存続させてきた。
時に短所を長所に変えることもある──シップスクラーク財団もそうした集合体であるがゆえに、優劣こそあれ欠いてはならぬものなのだ。
「つっても技術者だって体力資本なところがあるから、おれもリーティアやティータが
「くっははは、まあそこらへんを補うのが魔導科学ってなもんだろう。いずれは不老にだって辿り着くさ」
実際に現代地球でもテロメアにまつわるアンチエイジングは、SFではなくしっかりと未来の技術として視野に入り研究されていた。
「あいにくとソッチは専門分野じゃないもんでな。おれがまともでいられる
「……確かに、遺伝子分野にはまだコレと言った人物がいないからなぁ」
また違った知識体系が求められ、医療分野にも
だからこそ比して文明が未発達な異世界に人材を求めるのは、なかなかに難しいところであった。
それこそ遺伝子分野に明るい転生者でもいれば話が早いのだが……そう都合よくもいかないのが現状である。
「──"
「また懐かしい話を持ち出してきたな。あの
「
キマイラという形での人体への移植・適合技術に加え、寄生虫を利用した肉体操作なぞ地球でだって
また倫理観を無視できること、ブレーキがぶっ壊れているということは科学の発展において……ことさら大きな強みとなる。
将来的に人類が発展を続ければ、個人の多様性や人権意識といったモノも当然ながら確立されてくる。
だからこそ現代でも"クローン"技術や、"デザイナーチャイルド"など……現実的視野にあっても倫理観があるからこそ、越えてはならない一線というものが共有されていた。
しかしながら人類が滅びることなく、宇宙へと適応・進出し、生存圏を拡大する為には──テクノロジーの進歩を遅らせることは愚行とも言えよう。
(大局的見地で種の保存を考えた時──)
自らが開発した核兵器や発展していく技術による戦争で、いつ文明は
あるいは
だからこそ
知的生命体であるがゆえのジレンマ──自我をもつがゆえに人は、虫や動物と違って発展してきたが……自我が発達するがゆえにそれを阻害する。
現状を維持するという観点で見れば、地球史でも完成された社会性をもって広く長く繁栄する
そうした生物群から脱却したのが人類であり、果てしない宇宙への可能性があるのもまた人類だけなのだから……。
シップスクラーク財団が
どこまで"人間性"というものを維持できるか、どこまで喪失し、どこまで人類に求められるのか──と。
「まあおれは
「そうだな、学園で
「……おう。なんかちょっとばっかし照れるがな」
思い出トークを終えたところで……俺は椅子に座り直して重心を前に置いてから、ゆっくりと深呼吸を一度だけする。
これなるは財団とフリーマギエンスの機密にも、大きく関わってくる話になりかねない。
「さて──ゼノ、ぼちぼち本題に入るか」
「あぁ、そうだな……ごまかしはいらないよな、
真っ直ぐ
あるいは……本当に最低最悪の未来としては、ゼノとの離反すらもありえるし──財団の機密保持の為ならば殺さなくてはいけない立場にすら俺はいる。
「なぁベイリル、なんでお前は"
張られた"遮音風壁"の内側で、俺はゼノから単刀直入に聞かれる。
色々と疑問は残るが──眼前にいる男の顔色に浮かぶのは真剣味だけであり、心音も声色にも
だからこそ先に問われた俺も、
「俺が何故知っているかと言えば……俺と
「……もしかして、
「あぁ──流石に察しが良いな。
財団内でも利用されていて、特に英語と日本語は
「故郷ってことは……そうか、そういうことか」
「おいおい勝手に自己完結するな、ゼノこそどうして
「えっとだな……おれは正確には読めるんじゃない、
「……? 何ぞ違うのか」
「もちろん違う。なぜならおれは
「意味はわかるが、発音できないし読めないのか……それってつまり──」
俺の言葉の途中でゼノは
「これは"大魔技師"が残した手記……その写本の一部を、さらにおれなりにまとめたものだ」
「大魔技師、だと──?」
ゼノは両者を挟んだ机の上に手記を置くと、俺に向かって開いて見せる。
「もう少し詳しく突っ込むとだな……かつて帝国へと来て魔術具を伝え、
高弟は大魔技師が
その高弟のさらに弟子にあたる俺の先祖が、それを受け継いで翻訳し続けていた。それが今おれが持っているコレというわけだ」
大魔技師が残した現代知識のコピーを翻訳したモノが、まさしくこの手記であるとゼノは言う。
「なるほど……それで発音はわからないが、意味だけは知っているチグハグさがあるのか」
「だから実のところ──おれが持ってる知識ってのは、すべて大魔技師の
俺は手記を手に取ると、そのまとめられた写本とやらをペラペラとめくっていく。
すると英語と異世界言語の意訳、さらにアラビア数字による数式などもメモされてた。
(財団では専門用語などに
ゼノが読めなかったのも当然であり、発音だけでなく文字としても流用することも一考の余地があるのかも知れない。
いずれにしてもゼノの"知識の源泉"は大魔技師の系譜にあり、それが幼少期より根付いているに他ならなかった。
あるいは故・セイマールの魔術具製作技術や、他にも数多く存在している技術者達の葉から枝を辿っていくと……。
大魔技師という大樹に行き着くのやもと、俺は考えを致すのであった。