異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#238 偉人 II

 

 壁外街のさらに郊外にある一軒の小屋──パッと見る限りでは、本当に何の変哲もない。

 精々がそれなりの大きさの山小屋にも見えないこともない、単なる木造りの家屋。

 

 しかしそこは(まぎ)れもない、シップスクラーク財団が誇るテクノロジートリオの仕事場。

 時代の最先端が詰まったオモチャ箱のような"魔導科学(マギエンス)"の結晶である。

 

(アーセンの管理所を思い出すな)

 

 家屋から地下へと通じるスロープを降りながら、俺は直近の既視感(デジャヴュ)(ひた)る。

 機密保持の意味も含めて、地上部ではなく地下に財団の工房は存在している。

 さらに搬入・搬出の為、かなり広めに導線が確保されていた。

 

 

(リーティアの地属魔術によるものか)

 

 地下空間を進む道は美しく成形されていて、照明も相まっていっそ清潔感すら感じ入る。 

 卓抜した地属魔術士というものは、たった一人でもとてつもない仕事量を誇るのだとつくづく思い知らされる。

 

(惜しむらくは……リーティアが一人しかいないってことだな)

 

 魔術具開発と土地改善を同時にはこなせないということ、稀有な二種類の才はどちらかにしか活かせない。

 

()()()()()()()()、か──)

 

 そんなことを思いながら、俺は大扉とは別に(もう)けられた通用口をくぐる。

 

 

「おぉ~……──」

 

 意図せず感嘆の声が漏れた。そこには通路の数倍以上の広い空間が、さらに壁によって区分けされた。

 ワーム迷宮の一節(フロア)分には足りまいが、それでも想起させるくらいの広さが確保されている。

 

(二十人強ってところか──)

 

 肌に触れる空気の感覚や息遣い、また温度遷移(せんい)でこの場にいる人数を俺は把握する。

 いくつかの小グループに分かれて、区画別にそれぞれが研究・開発を(おこな)っているようだった。

 インメル領会戦で使われた"カノン砲"の、試作改良のようなモノも視界の(ハシ)に見受けられる。

 

 

 俺は邪魔をしないよう気配を消しつつ、観察しながら歩いていく。

 完全隔絶されていない開放感の残る各区画には、簡易プレス機や旋盤(えんばん)などがあった。

 さらには一目にはわからない機構を組み立てていたり、何かの"機関(エンジン)"もどきのようなものまで見える。

 

(それでもこの中に、テクノロジートリオ(あいつら)に匹敵する人間はいないんだな……)

 

 彼らとて財団が在野から抜擢したり、どこかの所属から引き抜いたりと、可能な限り世界中から集められた者達。

 その頭脳や技術を見込まれた上で、さらに機密を厳守できるとして選ばれた人材であろう。

 

 しかして彼らが悪いわけではない。ただリーティア、ゼノ、ティータがあまりにも突出しているのだ。

 

 

(やはり幼少期からの教育が大きい、か)

 

 この世界の技術体系を熟知しているほど、財団が保有する特許と知識を容易くは受け入れられないのだろう。

 しかもシップスクラーク商会(・・)として発足した当初からいても、たかだか数年程度。モノになるには早すぎる。

 

(リーティアは俺の各種教育の賜物(たまもの)だとして──)

 

 ゼノは大魔技師が残した手記の、さらなるコピーに触れていたからこその才能であろう。

 

(ティータ……たしか、幼馴染に影響を受けたとか言ってたっけか)

 

 いつだったかの学園生時代の一幕を思い返す。連れ回されて色々作らされたとかなんとか。

 ツインテールにしているのも、その子とお揃いにしていた名残なのだと。

 

 なんにしても一番のそれは、3人が相互に影響し合ったからこそであり、だからこその"今"であることは疑いがない。

 学園生時代に(つちか)った切磋琢磨が、他を圧倒する知識と発想と技術をもたらしたのだと。

 

 

(おっゼノ発見)

 

 財団研究員と話している様子のゼノに聞き耳を立てる。

 案の定、小難しい話──それもアドバイスをしているようだった。

 ああしてゼノが統括しているからこそ、他の研究員や技術者達も方向性を見誤らずにいられるのだろう。

 

 俺はパチンッと一回だけ指を鳴らすとゼノはこちらに気付いて、会話を中断してこちらにやって来る。

 

「よぉベイリル、来たんだな」

「別に呼び立てたわけじゃなく挨拶のつもりだったんだが、アッチはいいのか? つーか他の部門もゼノは見てやってるんだな」

「あっちは別に構わねぇよ。それと知識は広範に収集してこそ、新たな発想に結び付くってもんだ」

「なるほど、確かに。ところでリーティアとティータは?」

 

「あいつらは奥の特別区画だよ」

「扱うモノが扱うだけにか」

 

 視線を移すと一番奥まった場所には四角錐(しかくすい)の内部建造物があった。

 

 

(小さいピラミッドみたいだな……)

 

 そんなことを思いつつ俺とゼノは扉の前へと立ち、ゼノが横にあるパネルに手を当てて魔力を通す。

 するとゼノが流した魔力に反応するように、内部から鍵が解除されるような音が聞こえた。

 

(こういう認証システムはさほど珍しい魔術具でもないが──)

 

 部分的には現代科学文明に近いことを、魔術具文明は当然のように使っていることもある。

 そうした文化的差異というのも、なかなか興味深く面白い部分であった。

 

 

 ゼノに続いて扉をくぐると、リーティアとティータがすぐにお目見えする。

 

「あっベイリル兄ぃだ~やっほー!」

「べぃりる!」

 

 すると大型作業台の下からトテトテとヤナギがタックルしてくるのを、俺はそのまま抱き上げ肩に乗せる。

 

「ゼノ戻ってきたけど、ベイリっさんも来たから休憩(きゅーけー)は継続っすね~」

「おう、飲み物取ってくるわ。ベイリルはなに飲む? おれはコーヒーにするけど」

 

 俺はそれぞれが飲んでいるモノを、部屋の香りから判断する。

 リーティアは紅茶で、ティータは緑茶、ヤナギはホットミルクといったところか。

 

「それじゃあ──なんでもいいから果実酒」

「ボケ、酒なんかあるかっつの。精製したアルコールでもいいなら飲むか?」

「くっはは、多分飲めないこともないが冗談だ。ソーダ水で」

「あいよ」

 

 ゼノは部屋の端っこにあるジューサーのような科学魔術具へと歩いていく。

 よくよく見れば日用品も多数取り揃えられていて、生活する分にはここだけで何日も籠もれそうであった。

 

 

「そういえばベイリっさん。頼まれていた弾薬、用意しといたっすよ」

「仕事が早いな」

「そりゃもう普通のと違ってただガワを成形して、中に浮遊石の小欠片(カケラ)を詰めるだけなんで」

 

 立ち上がったティータは棚の引き出しを開けると、手の平よりも大きい木製の箱をこちらへと投げ渡す。

 

「ありがとうよ」

 

 俺は言いながら、γ(ガンマ)弾薬箱をとりあえずポケットへとしまい込む。

 

「ってかそんな大量に使うんすか? 確かなんかの魔術の触媒に使うんすよね」

()()()()()()()()の練習用だ、当分は扱えきれないから……完成したら見せるよ」

「まいなぁ」

 

 "γ(ガンマ)弾薬"の用途は"放射殲滅光(ガンマレイ・)烈波(ブラスト)"以外にない。

 ただし現状では"折れぬ鋼の"相手に暴発させたように、あまりにも習熟度が足りず危険過ぎる。

 

 

「──っすか、じゃあ楽しみにしてるっす」

「あとリボルバー余ってたら、全部くれないか?」

「いいっすよー。ゼノ以外は使ってないっすから」

「すまんな、ティータ。予備(ストック)と、今少し成長したヤナギ用にも一挺(いっちょう)ほど欲しかったんだ」

 

「いやぁ浮遊石とか黄竜素材とか魔獣(メキリヴナ)素材とか。ベイリっさんは希少資源(レアモノ)持ってきてくれるんで、今後とも贔屓(ひいき)するっすよ」

「なぁに……俺ができるのはその程度だし、それを活かせる(ココ)がないと」

「ここ!」

 

 言いながら俺は左の上腕二頭筋をポンポンと叩くと、ヤナギもそれを真似してみせた。

 

 

「ねぇねぇベイリル兄ぃ、ウチら自慢の子?」

「もちろん、財団きっての超自慢だよ。惜しむらくはそれを公表できないってことだが」

「当たり前だろ、おれらの存在が世間に知れてみろ。どんだけ狙われるかわかったもんじゃねえ」

 

「危険を感じたらいつでも言えよ。しかしまっ……公然と研究発表できるのはいつになるもんかねぇ」

 

 ゼノから炭酸飲料を受け取った俺は一息に半分ほどまで飲み干しつつ、"固化空気"椅子を作ってヤナギと共に座る。

 

「これみよがしに魔術を使いやがって、椅子余ってんだからソッチ座れよ」

「日々これ鍛錬だ」

「ゼノは魔術からっきしだもんね~」

「言ってリーティアが逸脱し過ぎてる気もするっすけど、ベイリっさんも凄いっすね」

 

「まぁ俺なりに自負も持てるようになったよ、ここ最近になってだけどな」

 

 黄竜戦から迷宮逆送攻略を経てこっち、短期間で膨大な経験を積んできたと言えよう。

 

 

「いいんだよ、魔術が大して使えなくても。その為に科学魔術具があるんだ」

 

 甘い香りが一切しないコーヒーをググッと飲み干したゼノ。

 すると作業台の上にある、薄手の金属鎧のようなモノを自らに装着していった。

 

「なんだそれ」

 

「見せてやるよ、ベイリル」

「まだ微調整が済んでないっすよ、ゼノ」

「ってか天井あるのにここで実験するの? ゼッタイ危ないよ~? 怪我しても知らないよ」

 

(不穏だが大丈夫か……?)

 

 俺は怪訝(けげん)な顔を露骨に浮かべるも、ゼノは笑みを返すだけであった。

 

「まあ見てろって、最近は魔術具の扱いにも慣れてきたところだ。それに俺の計算上なら──」

 

 慎重に魔力を込めたように見えたゼノは、勢いよくピラミッドのすぼまった天頂へと吸い込まれて激突したのであった。 

 

 


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