異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
闇夜そのものを震わすかのような爆音と、一陣の衝撃波。
俺はそれを
爆心地にいたセイマールは──それでもまだ立っていて、意識を
そして彼は……刀身から
眼鏡が吹き飛んだ顔面は、目・鼻・耳・口のどこからも流血し赤々と染まっている。
皮膚の表面は爆ぜ、両腕はだらんと垂れ下がり、今にも膝が折れそうだった。
(かなりベストな
しかし我ながら無意識だったとはいえ──今振り返っても不思議なほど──とんでもなく賭けの要素が高い魔術を使ってしまっていた。
(しかしまぁ、加減してなお──)
セイマールが原型を留めていたことに、正直なところ俺は驚嘆を禁じえなかった。
"永劫魔剣"の放出によって、爆破の衝撃が緩和されてしまったのかも知れない。
いずれにしても反撃はありえないと判断したところで、俺はジェーンとヘリオとリーティアへ振り返る。
めくれ上がった"岩盤"の上にリーティアが飛び乗って、四ツ足でしゃがんでいた。
ジェーンは"
(さすがだ、衝撃波だけでも相当だからな)
3人とも俺の行動にちゃんと対応していてくれたことに、俺は頼もしく笑みを浮かべる。
「あっ……がっはっ……ぐご」
声にならない声を血液と共に吐き出すのが半長耳に聞こえ、俺はもう一度セイマールを見据える。
彼は──虚空を掴むように──恨めしそうに右手を伸ばしていた。
俺は肉体に
既に耳には聞こえてないだろう元教師に向かい、
「これは
伸ばされたセイマールの右手を、俺は左手で掴むと手首を
残った右手で右肩を
"風皮膜"による風速回転の巻き込みは、さながら
セイマールが万全だったとしても反応できないほどの、打ち上げるような勢いで投げ飛ばす。
そして頭上から大地に叩きつける刹那に、地面と挟み込むように頭蓋に蹴りを一撃。
"竜巻一本背負い・
そうしてセイマールは二度と目覚めることはなくなったのだった。
「っはぁ……」
セイマールが死んで──"イアモン
魔術によって見知らぬ他人である
少なからず情が湧いていた恩師を、自ら直接その手を下した殺人の実感。
わざわざ魔術ではなく自ら鍛えた肉体によってトドメを刺したのは、単なる
しかし俺なりのセイマールに対する敬意であり、同時に誠意でもあった。
異世界では珍しくなかったとしても、現代日本出身の人間としては……
周囲には数十人にものぼる死体群。屋敷の物置部屋と、厩舎の藁山にも積まれている。
全て漏れなく、俺自身が実行した結果である。
「それでも大義名分があれば耐えられるもの、か」
これもまた変化なのかも知れない。
異世界で新たに生まれ、異世界人として世界に適応してきたゆえの"慣れ"。
我が子であり、我が姉兄妹である3人の為ならば、いくらでもこの身を血で汚すことを
カルト狂信者を潰すという大義、家族を守るという名分あらば……。
わずかな心のしこりも、朝露のように消えてゆくのだった。
ふと……芋虫が這いずるような音が聞こえ、地でのたまうように
(空気比率の調整が不十分だったか……)
俺は頭の片隅で冷淡にそんなことを考えていた。
"折れた魔剣"の元へと体を引きずるものの、全く届きそうもない道士をただただ見つめる。
地に伏していたとはいえ、爆風でそこまで吹き飛ばされなかったのも含めてなかなかしぶとい。
息も
同様に自分自身を
自分とて一歩間違えれば、明日を迎えられない未来に陥るかも知れないのだ。
俺はゆったりとした歩調で近付こうとすると、先に道士の周囲に立つ者達がいた。
(──ジェーン……ヘリオ……リーティア……)
星明かりはあれど薄暗さもある中、3人の表情をまともに見ることができなかった。
事前に了解を得ていたが、それでも先走り過ぎた部分は正直
俺ですらセイマールを殺したことに、感傷的になってしまっていた。
彼を殺した俺に対して、3人は一体どういう眼を向けているのだろうかと。
「ありがとう、ベイリル。みんな大丈夫だから──」
何の遠慮も
実際は親と子の開きがあるのに、弟をあやすような慈愛に満ちた安心させるような声音。
温かな感触と家族の匂いに、
「いぇーベイリル兄ぃ、いぇ~い」
リーティアはただ俺に向かってウィンクと、白い歯を見せた笑顔で親指を立てた。
彼女らしい──いつもと変わらぬ、日常のような反応に癒される。
「ったく……ベイリルてめェ一人でやりすぎだろ、ちったぁオレらによこせよ」
わかっていたのに、改めて救われる──大きな大きな肩の荷が一つ降りた。
「ヘリオびびってたくせに~」
「ああ!? てめっリーティア!」
「あーもうこんな時にやめなさい二人とも」
バタバタと……
それでも現況をそのまま深刻に受け止めるにはまだまだ子供だ。これくらいの調子で──少なくとも今は──いいのだろう。
俺はしゃがんで道士の状態を観察する。
セイマールに反応された驚きで、仕掛けた酸素濃度が不十分だったのだろう。
とはいえ死には至らずとも、
このまま無理に生かしておいても、面倒なことになるのは目に見えている。
「んで……
「あぁ、助かる見込みもないし仕方ないだろう」
そう言った瞬間──三者三様に魔術を使おうとするのを、俺はあわてて止める。
「っおいやめろ、なんか今まさにこれが"洗礼"の儀式みたいになるだろ!?」
しばし沈黙が支配したが、ヘリオは詠唱を再開し道士を燃やしてしまった。
続けざまにジェーンが氷の槍を突き通し、リーティアが地面を操作し体ごと埋めて終わった。
「別にいいんじゃね? これがオレらにとっての洗礼式ってやつでよ」
「ベイリル……あなたが背負ったものを、ほんの少しでも肩代わりできればそれでいい」
「そーそーみんな一緒で~、それでいいじゃん?」
俺は
そして三人のふてぶてしい態度に、薄っすらと口角が上がってしまう。
いつまでもあれこれ気を回す必要もない。己で考え自身で選択できる。
子離れできずに過保護に行動するのはもう──やめ
「つーかよォ、あのとんでもない爆発なんだよ!?
「すっごかったよねぇ! 耳がまだジンジンしてるよー」
「構えた時点で察したけど……それでも突然すぎて危なかったよ、ベイリルもう──」
「くっははは、すまんすまん。俺も
実際問題として永劫魔剣の出力に対抗するなら、"
落ち着いてから思い返すと、練度不足で危険な魔術だったのだが……
「ちなみに屋敷にぶちかまして、まとめて消し飛ばす展開もありえた」
「えぇ……」
「ぷっはっハハッ! そっちのが派手でオレ好みだわ」
「じゃっ今からやるー?」
冗談じみたやり取りのまま、俺は"
「いや
「えっ? なら早く助けてあげないと!!」
「そのつもりだ。ただ……削ったとはいえまだ残る
「はっ! じゃあオレとベイリルで討って出るんだな」
「えーーーウチ、お
「ねぇベイリル、四人で行動したほうが良いと思うんだけど──」
「少女を放っておくわけにもいかんし、屋敷の外から
冷静な俺とジェーンが、テンション任せのヘリオとリーティアの手綱を握る。
索敵と戦闘でそれぞれ分担した二人一組にもなるし、とりあえずの心配はない。
「あと家探しして、必要な物資の選別と運搬、死体も処理する必要がある」
「ん……たしかに。でもくれぐれも気をつけてね二人とも」
「まったく心配性なんだ、ジェーンはよ。オマエらこそ気をつけろよ」
「んじゃ暇を見て、ここらへんの死体はウチが魔術で埋めとくねー」
「頼んだぞ、何かあったら助けを呼んで合流を優先な」
ヘリオと共に本館屋敷へ走り出しながら、俺は新たな予感に期待を
(とりあえずまだ魔力は保つが……無茶はしないように──)
"明日"はもう目の前にある。だけど油断はならず、確実に事を
今後の展望も含めて、やることだけでなく考えることも山ほどあったが……。
まずは4人で明日を無事迎える為に、一歩一歩着実に踏みしめていこう。