異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

265 / 489
#248 七色竜 III

 

「クゥゥァアアアッ!! キュァアアアア!!」

 

 アッシュは何かを訴えるように飛び回るが、それが三柱に通じている様子はない。

 

「これアッシュ、危ないってば」

「小っちゃいなぁ」

『人語はおろか竜言語も未だ解さぬ幼竜が、出しゃばるな──』

 

 チリチリと赤竜の口腔に炎が見え、その様子に白竜が両腕を光子化させる。

 

「赤──アッシュに手を出すなら、痛い目どころじゃなくあなたを滅するよ」

『貴様ごときにやられる我ではないぞ、もろとも消し炭にしてくれる』

「なんかむしろおもしろくなってきた、そういえばボクらってまともに戦ったことなかったよね。もう覚えてないけど」

 

 一触即発な状況の中で、俺の心的スイッチが切り替わる。

 

 普通ならばこんな状況に割り込めるわけもないが、アッシュが危機に(おちい)るとなれば是非もなし。

 命を懸けるに値するだけの意志力が──俺にかつての"秘奥義"を再現させる。

 

 

「……イシュトさんが動くまでもない、おかしな動きを見せた時点で()()()()()()()()()よ」

 

 言い(はな)った俺の掌中には──巨竜の身の丈に及ぶほどの超長刀身たる──風の特大剣が握られていた。

 複合魔術をさらに強固な鎖のように、渾然一体(こんぜんいったい)に結合させた術技。

 それは形成した"太刀風"に、高速回転する"風鋸"、共振増幅する"音圧振動"、さらに内部には水素が生成してあった。

 

『ヒト……いや半分か、ハーフエルフごときが調子に乗るな』

「いえいえ悪いですが調子こかせてもらいますよ。まがりなりにも"竜殺し(ドラゴンスレイヤー)"なんで」

 

 空華夢想流・合戦礼法が秘奥義──"烈迅(れつじん)鎖渾(さこん)非想剣(ひそうけん)"。

 ひとたび振り下ろされれば赤竜の炎熱をも織り込んで吸収し、水素爆燃と共に斬断しうる威力であると。

 

『竜殺しだと? 眷属竜を殺した程度で──』

「あいにくとコレ、唯一"黄竜"を叩き斬った切り札(とっておき)です」

『……虚言を(ろう)すれば、待つのはより(むご)たらしい死だぞ』

「炎熱へと"現象化"するよりも一手……いえ、二手ほど速いですよ。はたして過言かどうか、試してみますか?」

『貴様──』

 

 虚勢……では決してない。一撃で(ほふ)りさり、必要ならば返す刀で()()()()()()せしめるゆえの"ニ手"。

 狂信とも言えるほどの確信が俺の中に在って──それも赤竜は感じ取っているようだった。

 

 

「赤、ベイリルちゃんの言ってることは本当だよ」

「っていうか、布の下に着けてるやつ──黄の匂いがするね」

 

 極度集中の為に"風皮膜"を解いた俺が装備していた、"黄竜兵装"に緑竜は気付いたようであった。

 

 それは黄竜の骨を中心に、厚めの金属節を何枚も重ねるように連接して繋いだもの。

 上半身を肩から両腕まで装着した強化外骨格のようなもので、"黄竜由来超伝導物質(エレクタルサイト)"により導電性が非常に高い。

 

 さしあたってキャシー用にと思ってアイデア出しをして、突貫ながら作ってもらったもの。

 俺としても何かの足しにはなるかと、とりあえずでいくつか持ち出して装備してきたモノの一つであった。

 

 

「ねぇ赤、わたしがさぁあ~? ただのヒトを黒竜のところに連れてくと思うかな?」

『……ヒトの強さは──我が一番よく知っている』

「ってか、黄のやつ負けたんだ! ははっ笑える!!」

 

(こと)()を紡ぐなと言われども、黄竜の名誉に懸けてあえて言います。今だからこそ、加減されていたことが理解(わか)る」

 

 俺は緑竜に向かって(おく)することなく言い切った。

 あくまでカエジウスの(めい)に従い、ワーム迷宮(ダンジョン)(あるじ)として戦っていただけに過ぎないと。

 しかしながら竜の肉体を斬断したことも(まぎ)れもない事実であり、この刃に断てぬモノ無しということもまた絶対の真実。

 "竜殺し"と大言したものの実際には殺し切れてはいない。とはいえ少なくとも一時戦闘不能に追い込めるのは実証済み。

 

「また勝手に口を利いたな、でも……竜の名誉の為とあらば許そう」

「恐縮です」

 

 俺と緑竜のやりとりにイシュトは光子化を止め、アッシュを肩に乗せて笑っているのが瞳に映った。

 

 少しくらいは信頼を得られたことに、俺の中で感情が昂揚へと導かれていく。

 気勢も充実し、何事が起ころうとも一切の躊躇(ためら)いなく対応できる心地にして境地。

 

 

『貴様が黄竜を、か──名をベイリルと言ったか』

「はい、ベイリル・モーガニトと申します。帝国領は亜人特区の一部を(おさ)めさせていただいております」

 

 同じ帝国特区を管理する者同士、何がしかの共感(シンパシー)を得られないものかと姓を含めて名乗ってみる。

 そうして赤竜から返ってきた反応は、()()()()()()からのものだった。

 

『"モーガニト"──?」

「まだ領主になったばかりなので、知らぬことと存じますが」

『いや、聞き及んでいる。他ならぬ"エルンスト"からな』

「エルンスト……って、あぁ!」

 

 それはとても近い記憶。財団が得た情報からクロアーネと共に、アーセンの元へ向かうべく。

 はからずも領内の飛空魔物討伐の(おり)に出会った──竜騎士昇格試験中だった見習いの青年。

 

 

「彼を御存知なのですね」

『竜騎士に昇格する際は、全員我が元へ訪れで正式に契約を交わす。そこに例外はない』

 

(……竜騎士の名前を、一人一人きちんと覚えているのかという意味だったんだが)

 

 赤竜にとっては当然のことであり、そもそも(おおやけ)に人と密接に関わる唯一の竜なので人間が嫌いなわけもないのだろう。

 

「ということは彼は試験を無事終えた、と──なによりです」

『貴様の領空へ、魔物の群れを逃がした者にでも……そう素直に言えるのか』

(えにし)は大切です。そうやって繋がって、俺は今ここにいるので。何よりもこうして赤竜(あなた)と共通の話題で会話に興じることができている」

 

 赤竜の言葉と態度に、俺は敵意と共に"太刀風"を納めて話し合いにシフトするどうか逡巡(しゅんじゅん)し……まだ予断を許さぬと見る。

 

「それに七色竜と対峙する状況に比べれば、飛行魔物の駆逐など……手間というのもおこがましい」

 

 

『掛けた労力とは別に、行為そのものも許すというのか……』

「放置したわけではなく、ちゃんと追撃しに来たわけですし──帝国法によって立つところでは何も問題はない」

 

 さすがにモーガニト領内に追い込んだ挙げ句に、放置するようであれば問題であるが、俺が先んじて潰しただけに過ぎない。

 たまたま居合わせることがなくても、エルンストは自らの責任をもって討伐しきっていただろう。

 

(積み重なった疲弊や、傷を負ったのが理由で昇格試験に落ちるとしても……な)

 

 そう思わせられる清廉で誠実な青年であった。

 

「つまるところ"不可抗力"というものです。そして──今、赤竜(あなた)が考えて、言わんとすることもわかります」

『貴様がモーガニトとあらば……致し方あるまい。エルンストを許したというのであれば、我が許さぬのは器が問われる』

 

 黒竜を誘導する際に、仮に赤竜特区を(とお)ったとしても、状況としては似たようなものであるということ。

 結果的に引き込んでしまったことに対して、それに対処すべく努力をするのならば……許されざる行為とはならない。

 

(眷属と竜騎士見習いの責任まで、赤竜自身が負い目ち感じるとは……実に好感が持てるところだ)

 

 

『約束事と同じだ、借りは返す』

「こちらは何一つ気にしていませんので、イシュトさんやアッシュのことを想って許していただければ」

『回りくどい男だ、よかろう』

 

 了承をはっきりと受け取った俺は、"太刀風"を霧散させて深く頭を下げる。

 

「ありがとうございます。そして度重(たびかさ)なる無礼、まことに申し訳ありませんでした」

『構わぬ、無礼な人間には慣れている』

「やっるぅ! ベイリルちゃん! これで道中も楽になるよ」

「キュゥゥウアアアッ!!」

 

 バチンとウィンクして微笑みかけてくるイシュトに、俺も自然と笑みを返す。

 なかなかに綱渡りな緊張感があったが……終わり良ければ全て良し、である。

 

 

『待て、心得違いはするなよ白。許可こそしようとも、我が協力するようなことは断じてない』

「えーーー、手伝ってくれないのぉ?」

阿呆(あほう)が、個人的感傷に付き合う道理はない。貴様らの責任をもって決して我が領域に近付けるなよ』

 

「はいは~い、じゃっ赤は納得してくれたところで……緑はどう? 手伝ってくれる?」

「ん~~~……──」

 

 緑竜は人型のままあぐらをかいて、悩みながら空中でくるくると回転し始める。

 

「人のいさかいは~、知ったこっちゃないけど~、竜のことなら~、やぶさか~、じゃないかも~」

「それじゃあ?」

「でもボクが直接関わるのはやっぱりイヤかな」

 

 ビタッと止まった緑竜は、語気は強めに意思を示す。

 

 

「だから(はこ)ぶくらいはしてあげよう」

 

 そう言うとどこからともなく(いなな)きが聞こえ、風に乗るように一頭の飛竜が現れた。

 その鱗は火竜とは違う淡緑色で、緑竜の眷属たる"風竜"であることは明白であった。

 

 実に静かなはばたきで滞空する風竜だが、赤竜がいる為にどこか(おび)えた様子が見て取れる。

 緑竜は空中を歩くように近付いて風竜をなだめてやると、風竜はまずイシュトの(ほう)へ寄っていく。

 

「助かるよ~、緑ぃ」

 

 イシュトがアッシュと共に遠慮なく乗ると、続いて俺のもとへとやって来る。

 飛竜は数こそ見れど……実際に乗ったのは初めての経験であり、わずかに浮かれた心地でその背鱗を踏みしめた。

 

(風竜、欲しいな……)

 

 だがヒト嫌いの緑竜を相手に、言うだけ機嫌を損ねかねないので口はつぐんでおく。

 なんにせよ往復飛行の為の魔力を温存し、誘導に専念できるというのは非常にありがたいことであった。

 

 

 すると赤き巨大な(ドラゴン)は、ゆっくりとその顎門(あぎと)を開いて告げてくる。

 

『ああも成り果てても……"七色竜(われら)"が一柱。欠けるのは寂しいものだが、救ってやれ』

「おまかせあれ~」

 

 軽いイシュトの言葉を合図に、感傷的な一柱を背後に置き去りにしつつ、風竜は一息に加速していくのだった。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。