異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#255 黒と白

 

 "大地の愛娘"ルルーテが(はな)った局所的超極大災害、スーパーマントルプルーム──

 

 成層圏にも軽く達したであろうその大噴()は……ほんの数十分ほどで余計な被害を出さぬまま地面へと戻っていく。

 それでも周辺は()けた鉄と岩が入り混じり、余熱によって普通の生物であればおよそ近付けない領域と化す。

 

 そんな灼熱地獄の様相(ようそう)(てい)している環境下。

 爆心地で直接ぶち込まれたハズの黒竜は……今なお生存していた。

 

「はぁ……──」

 

 自らが引き起こした災害の最中(さなか)、立ったまま寝ていたように動かなかった"大地の愛娘"が……小さく溜息を吐く。

 するとイシュトがくるりとルルーテへと体ごと向き、あれほどの光景の後でもなんら物怖(ものお)じなく声を掛けた。

 

 

「ちょぉーーーっと、待ってくれるかな? ルルーテちゃん」

「なに、だれ」

「わたしとこの子は黒竜(アレ)の家族。少しだけ時間がほしいんだけど、いいかな?」

「かぞく……わかった、少しだけ」

 

 うつらうつらとその場で揺れるルルーテに、俺は戦々恐々としつつ……イシュトがニコッと笑い掛けてくる。

 

「ベイリルちゃん、アッシュにも風を分けて黒のところまで一緒に行ける?」

「……はい、問題ないです」

 

 "六重(むつえ)風皮膜"であれば、十分に熱遮断もできるし空気供給も可能である。

 

「それじゃ、先に行ってるね」

 

 そう言った白竜イシュトはアッシュを離すと、一瞬の閃きの内に黒竜の元まで移動していた。

 

 俺はゆっくりと一息を呑んでから地を蹴って、アッシュを(かか)えて熱風へと乗るのだった。

 

 

 

 

 灼熱の大気の中で──横たわる黒竜に寄り添う白竜の(そば)へと、俺と幼灰竜(アッシュ)は着地する。

 あれほどの災害でも死ねないほどの強靭さと、今なお命が果てることなき生命力。

 

 かつて愛し……現在も愛しているかも知れない相手に、ゆっくりと手を当てているイシュト。

 そんな痛々しく哀しい光景に、俺も人並に心が締め付けられる思いだった。

 

「ありがとう、ベイリルちゃん」

「いえ……アッシュにも看取(みと)らせてあげないといけませんから」

「そうだねぇ。それとなんかいっぱい借りも作っちゃったね」

「俺のことは気にしなくてもいいです」

「でもそれを()()()()()()()、だからごめんね」

 

 (しん)(せま)った声色に、俺の動悸までも早まるのが感じられる。

 その覚悟を秘めた瞳に──考えたくなくても脳裏によぎってしまう。

 

 

「……心中(しんじゅう)するつもり、ですか?」

 

 俺はそれでも(こと)()として問いかけ──イシュトの返答は笑顔だった。

 

「黒はアッシュの声に反応して、ここまでついてきた。ってことは完全に正気を失ってたわけじゃなかった」

「っ……そうですね」

「ほんっの、ほぉーーーんの少しでも、心が残っているならさ」

 

 イシュトはゆっくりと黒竜へと顔を向け、その手で()れる。

 

「一緒に眠ってあげる人がいないと可哀想だからね──ずっと一人ぼっちだったわけだし、最期くらい」

 

 

 俺は迷いつつも……唯一繋ぎ止められるであろう言葉を、苦悶の表情で投げ掛ける。

 

「アッシュの成長を──将来を見れなくてもいいんですか……っ!」

「ふふんっ、それは大丈夫! だって……ベイリルちゃんがいるもの」

 

 無意識に声を荒げていることに気付き、俺はギリッと歯を食い縛る。

 

「前にも言いましたが、アッシュには……母であるイシュトさんが必要かと」

「アッシュはさ、(わたし)と黒の分け身。言っちゃえばわたしたち自身みたいな部分もあるから」

「それでも──」

 

 言葉に詰まった俺に対し、イシュトは覗き込みながら"母の表情"を見せる。

 

「んっんんん~~~? あらら、わたしなんかの為に泣いてくれるんだぁ?」

「っえ……? あ、本当だ──」

 

 気付けば風皮膜の内側で頬を伝う水粒があった。生体自己制御(バイオフィードバック)でもコントロールできないそれに……俺自身も驚く。

 まるで俺であって俺ではないような心地すら感じられるほどに。

 

「イシュトさんとはそんなに付き合い長くないのに、不思議です」

「あっはは、言うねぇベイリルちゃん。でもねぇ……長生きの身ぃから言わせてもらうと、人と人とは必ずしも時間だけじゃないからさ。

 それだけわたしに(きずな)を感じて、想ってくれてるってことは素直に、とっても、本っ当に嬉しいよ──ほんっと……ありがとうね」

 

 

「カァァァアウゥ……」

 

 するとアッシュが俺を(なぐさ)めるように、頬へと顔をすり寄せてくる。

 これ以上イシュトを引き止めることは……その決意を(けが)すことにもなろうと、俺は拳だけを無力に握り締めた。

 

「クロアーネちゃんに、もっと料理を教えたげられなくてごめんねって伝えて」

「──今から光の速さで直接(つた)えにいくというのはどうです」

「ふふふっ状況説明まで考えると、そこまでルルーテちゃんも待ってくれないでしょ。他の皆にもよろしく、おねがい」

「……任されました。アッシュも立派に育てます」

 

「うむ! ただアイトエルには、別に連絡いらないかな。あいつとは今さらだから」

「アイトエル殿(どの)は俺も次いつ会えるのかすらわからないので……」

「そっかそっか。あとぉこれはぁ──"ささやかなお礼"だよ」

 

 イシュトはゆっくりと俺のうなじあたりを掴んだかと思うと、グッとその顔へと引き寄せられた。

 コツンッと(ひたい)(ひたい)が当たって、お互いの息吹が感じられる距離となる。

 

 

「わぉ、快適だねぇこの風」 

 

 ()れ合ったことで、自然と"風皮膜"がイシュトへと分散されていく。

 

「俺の自慢の術技の一つです。ところで、お礼? ……とは」

「うんうん、七色竜ともなるとね──(ちから)を分け与えることができる。人が"加護"とも言ってるやつだね」

 

 知識としては持っている。"竜教団"なぞは、そうした"(ちから)そのもの"を信仰している部分もあるゆえに。

 

眷属竜(けんぞくりゅう)みたいに、近い種族ならいいんだけど……ベイリルちゃんはヒト種だからね、自由には引き出せない」

 

 重ね合った(ひたい)から、にわかに光と熱を感じる。

 

「もし使えたとしても、自在にともいかない。でも()()()()()()役に立てばいいかな、ってことであげちゃう。受け取って、わたしの……"白竜の加護"を──」

「ありがたいです、が……アッシュに与えたほうが良いのでは?」

「ん~……七色竜同士で加護を与え合うことはできないんだぁ。お互いに(ちから)が強すぎて干渉し合って拮抗(きっこう)しちゃうからね。

 さっきも言ったけど、灰色(アッシュ)(わたし)(くろ)の純然たる分け身。言わば、八色(・・)目の竜、だから加護をあげたら邪魔になっちゃう」

 

「なるほど、理解しました。では……──ありがたく頂戴(ちょうだい)します」

「素直なのはよろしいことだよ」

 

 

 光が収まると、互いに(ひたい)を離したところで──最後に俺はイシュトからゆっくりと抱きしめられる。

 次にイシュトはアッシュへと、愛情を込めて最後のキスをした。

 

「それじゃお別れだねベイリルちゃん、アッシュ──元気に育つんだよ」

御然(おさ)らばです、イシュトさん」

「キュゥゥゥァアアッ!!」

 

 白竜と黒竜の()──喉を精一杯に振り絞った灰竜の声であった。

 俺は静かに手を振り続けるイシュトへと体を向けたまま、アッシュと共にゆっくりと飛行して離れていった。

 

 

 

 

「おわった?」

「……はい」

 

 隣に立っているルルーテは、薄ぼんやりとした半眼(まなこ)で告げてきて、俺はゆっくりと(うなず)く。

 

「ちなみに、どうやって二人を──」

真ん中(・・・)につれてく。大丈夫、苦しくないから」

 

 規格外な"大地の愛娘"基準だろうとは思いつつ……。

 それとは別に、ルルーテにも人としての慈悲があることもよくよくわかったのだった。

 確かに安眠が優先されるとしても……生きとし生ける者の心の機微(きび)を理解し、人類を守護している存在だということを。

 

 

 ともすると、一瞬の(ひらめ)きがあったかと思えば……なんと()()()()()()()()()()()()()()

 

「っえぇ──イシュトさん!? もしかして思い直したんですか?」

「ちがうよ? ただベイリルちゃんに言われて、ちょっと試してみたの」

 

 そう言って差し出してきた手から、俺は手の平ほどの大きさの"白い竜鱗"を受け取った。

 

「アッシュに加護はあげられないけど、"これ"ならお守りになる。白黒|二柱(ふたり)分ね」

 

 渡された"白い竜鱗"を裏返すと"黒き竜鱗"があった。白竜と黒竜の重ね合わさった鱗、白と黒の想いが込められたアッシュへの形見。

 

「それじゃルルーテちゃん、もう大丈夫だからやっちゃって」

「わかった」

 

 ルルーテが返事すると、黒竜の周囲の大地が盛り上がって包み込んでいく。

 

「今度こそ、じゃあね!」

 

 

 もう一度だけ(ひらめ)きがあると、黒竜と共に沈んでいく白竜の姿があった。

 

(最後の最期まであの(ひと)は……)

 

 アッシュを撫でながらそう心中で(つぶや)いた俺の表情には、自然と穏やかな笑みが浮かんでいたのだった──

 

 

 


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