異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#258 巡り合い、紫徒 II

 

「──"紫竜"だ」

「いや、二度も同じこと言わなくて大丈夫ですって」

 

 なぜだか念押しするようにもう一度紫竜の名を口にしたサルヴァへと、俺はツッコミを入れる。

 

「いやだって、そこはもっと驚くところであろう!?」

「もちろん驚いていますよ」

 

 白竜イシュトや緑竜グリストゥムの口振りからしても、とっくに死んでいると思っていた。

 実際に光の速さで極東へ行ったらしいイシュトでも、紫竜は見つからなかったと語っていたのはまだ新しい記憶。

 

「それにしては反応が薄すぎる!」

「いやなんかもう、驚くことにも慣れてきてしまってきているので──それで、紫竜は今も極東に?」

 

 

「もう生きてはいない。我が看取(みと)ってやった」

「……そうでしたか」

 

 白竜と黒竜の最期を見届けた俺と、紫竜の最期を看取ったサルヴァ。

 "七色竜"の死に立ち会った者同士、ある種の共通点でありシンパシーすら感じ入る。

 

「世話になったし、晩年は世話してやった。往生だったよ」

「それは──なによりです」

 

 

 紫竜の人となり……もとい()()()()は知らないが、それでもやはり七色竜とは浅からぬ(えん)を持つ身として素直にそう思う。

 

「ちなみに"病毒による大陸汚染"はどうなったのですか」

「ん? そのようなこと、よく知っているな」

「えぇまぁ……これでも白・赤・緑・黄と知己(ちき)を得ていて、黒についても知っていますので」

「ほほう──少し前に黒竜が討伐されたと、財団内で()()()()として流れていたが……そういうことか」

 

 瞬時にこちらの言わんとしていることを見通すあたり、本物の知恵者(ちえもの)であることが(うかが)えた。

 

「お察しの通り、アレに一枚噛んでいたのが俺です」

「得心したよ。それにしても黄竜とのことは聞いていたが、さらに白・赤・緑ともとは……我よりも凄いではないか」

「恐縮です」

 

 白竜イシュトが既に死していること、今はまだ口にすることができなかった。

 特にどうということもないのだが……単純に俺自身が、未だに飲み込めてない部分があるとも言えるかも知れない。

 

 

「それで……そうそう紫竜の病毒汚染の話だがな、確かに危うかったそうだ。そこで紫竜は"自死毒"を生成することで事なきを得た」

 

 俺が怪訝(けげん)な顔を浮かべると、サルヴァは補足するように話を続ける。

 

「大地を──大気を──大海を──その病毒で(おか)すくらいなら……自らの(ちから)で死を選ぶことにしたのだよ紫はな」

「ははぁ……?」

 

 いまいち歴史の噛み合わない気持ち悪さを(ぬぐ)えず、俺は首を(かし)げざるを得なかった。

 ディアマによって極東が斬断されたのは、実に2000年近く前のことだとされている。

 

 紫竜が汚染を止める為に自殺(・・)し、そのおかげで極東文明が病毒という"死"に(おお)い尽くされることなく成立したならば……。

 サルヴァの前言からして紫竜がここ200年の近い時代まで生きていたのは、どう考えてもつじつまが合わない。

 

「疑問も無理からぬ。紫はな……竜の身を殺し、己は"人と()る"ことで、どうにか命だけは(まぬが)れたのだよ」

「──"人化の秘法"」

「ほほう、秘法のことも知っているのだな。さしあたって紫本人は偶然上手くいったのだと語っていた。そうして極東を分割した病毒の中で、隠遁(いんとん)し続けた」

「極東を分割……なるほど、それで本土と北土が」

 

 汚染自体は止まったが、残留した病毒によって島内の領土が強制的に分断されてしまったというカラクリに俺は納得する。

 

「今はかつてほど往来も難しくなくなったが、当時は汚染こそ止まったものの、領域内ではあらゆるモノが死に絶えたほどだったらしい。

 海で渡るにしても障害が多く……だからこそ北と南に分けられ、それぞれにまったく(こと)なる文化が成り立ったというわけだ」

 

 

 歴史の真実、初めて聞く話なのも当然であった。

 そもそも大昔の話であり、その真相も正しく伝わらなかったのも無理はない。

 極東本土"シーハイ"と北土"ヒタカミ"の(あいだ)には生物を(むしば)む霧がある──ということくらいしか知らなかった。

 

「紫竜は自身の病毒について研究し始めた。自らが招いた不徳を払拭(ふっしょく)すべく、慣れぬことを二千年と続けていた。

 しかしそれでも続けていた甲斐(かい)はあった。なにせ当時でも並ぶ者ナシだったこの我が、成果を見て師事しようと思ったほどだ」

 

 

 そこには(おご)りではなく確かな自信が満ち満ちているのが、言葉の節々(ふしぶし)から感じられるのだった。

 

「そして紫竜に頼み込み、その学識を唯一引き継いだのが(われ)──というわけだ」

「──それは、素晴(すんば)らしく半端ないです、サルヴァ殿(どの)

「フッハッハッハハハハ、もっと褒めたまえ。たまには(たた)えられるのも……最高だ」

「待っていた……えぇえぇ、貴方のような人材をいつでもどこでもだれでも、我が財団は待っていたんです!」

 

 俺は初見対応とは打って変わって、ご機嫌を取る──しかしながらそれは本心からの言葉でもあった。

 

 在野(ざいや)からスカウトしたり、どこか組織から引き抜きをするだけではない。

 財団の持つ知識や特許に誘引(ゆういん)された人間。その価値を理解できる人間を重用することは大きな意義を持つ。

 

「ただ……我は知識欲そのものを否定はしないが、だからと言って目的(・・)にはしない」

「と、いうと?」

「知識とはあくまで手段に過ぎず、我が見たいのは人の限界だ。それは"五英傑"のような人としての強度ではない。

 神族から派生したあらゆる種族が、数え切れぬ難題を克服し、どこまで進化していけるのか──そこにこそ最大の興味がある」

 

「──"人類皆進化"」

「そうだ、未知のテクノロジーと未来への好奇心も確かに魅力的だが……我が最も財団に()かれたのはソコだよ」

 

 

 シップスクラーク財団が掲げる"文明回華"。

 その象徴たる二重螺旋の(みき)一方(いっぽう)が"未知なる未来を見る"ことであり、もう片方こそ"人類皆進化"。

 

 グワッと口角をあげて眼を見開くサルヴァは、まさしく心情を体現しているかのようだった。

 

「我が築いた家庭の幸せな日常にも、紫竜と明け暮れた研究の日々にも引けを取らない居場所だよ、財団(ココ)はな」

「なによりの言葉です」

 

 シップスクラーク財団は、才覚や能力ある者にとって最適の環境を提供することを()とす。

 賢者や技術者からそういった言葉を得られるのは、まさしく冥利(みょうり)に尽きるというものだった。

 

「それにしたって、今までサルヴァ殿(どの)の風聞の一つも聞こえてこなかったとは……」

「入ってしばらくは各部門を転々として、実態を見極めていたからであろうな」

「なるほど転々と……──」

 

 そういえば以前にカプランがそんなような人物の噂を言っていたような気がする。

 

 

「まだまだ未熟でありながら、なぜだか知識が体系付けられていた……ばかりか、我でも未知の部分が数多く散見された」

「そこから財団の異質さを見出された、と」

「特に"原子論"──あらゆる物質は見えないほどの粒により成り立ち、引き合い、反発する。実に興味深く、得心がいくことが多かった」

 

「サルヴァ殿(どの)は様々な学術を(おさ)めているようですが、専門はなんなのでしょう?」

「薬学と練丹術、化学と錬金術、生物学……財団で言うところの遺伝子工学にも突っ込んでいるな」

「遺伝子のことまで……理解しているのですか」

 

 まだ文明が発展途上の異世界において、それこそ遺伝子などは概念で存在しているかどうかすらな学問である。

 

「病毒を研究するにあたって生体も数多く被験体にし、観察も欠かさなかったからな。だが概念を知ったのは財団員となってからよ」

「なるほど、というかそれら()()()()()……?」

 

「知識とは繋がっているモノだ。長く生きればそれだけ多方面へと手を伸ばし、造詣(ぞうけい)も深くなるというものだよ。

 我は十五の時に神領から出て以来、いつだって最善を尽くしてきた。できることは全てやってきたからこその、この頭脳だ。

 それでも()いて一番知識が深いものを挙げろ、と言うのならば……やはり"化学"が中心点になるのだろうなあ」

 

 

("大()学者"──サルヴァ・イオ!)

 

 俺の中のテンションが最高潮に近いボルテージを示す。

 

 "化学"──それは数学と並んで、万象に通じる分野である。物質そのものや物理現象はもとより、生物も化学反応の集合体。

 化学を制するということは、世界を制することに他ならない。

 未知の魔力や魔術とて大きく見れば、一分野の可能性も十分にありえるのだ。

 

 今まで財団内で足りてなかった分野に、(つい)に……(つい)にこれ以上ないほどの逸材が舞い降りてきたのだと、俺は歓喜に打ち震えるのだった。

 


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