異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「──"紫竜"だ」
「いや、二度も同じこと言わなくて大丈夫ですって」
なぜだか念押しするようにもう一度紫竜の名を口にしたサルヴァへと、俺はツッコミを入れる。
「いやだって、そこはもっと驚くところであろう!?」
「もちろん驚いていますよ」
白竜イシュトや緑竜グリストゥムの口振りからしても、とっくに死んでいると思っていた。
実際に光の速さで極東へ行ったらしいイシュトでも、紫竜は見つからなかったと語っていたのはまだ新しい記憶。
「それにしては反応が薄すぎる!」
「いやなんかもう、驚くことにも慣れてきてしまってきているので──それで、紫竜は今も極東に?」
「もう生きてはいない。我が
「……そうでしたか」
白竜と黒竜の最期を見届けた俺と、紫竜の最期を看取ったサルヴァ。
"七色竜"の死に立ち会った者同士、ある種の共通点でありシンパシーすら感じ入る。
「世話になったし、晩年は世話してやった。往生だったよ」
「それは──なによりです」
紫竜の人となり……もとい
「ちなみに"病毒による大陸汚染"はどうなったのですか」
「ん? そのようなこと、よく知っているな」
「えぇまぁ……これでも白・赤・緑・黄と
「ほほう──少し前に黒竜が討伐されたと、財団内で
瞬時にこちらの言わんとしていることを見通すあたり、本物の
「お察しの通り、アレに一枚噛んでいたのが俺です」
「得心したよ。それにしても黄竜とのことは聞いていたが、さらに白・赤・緑ともとは……我よりも凄いではないか」
「恐縮です」
白竜イシュトが既に死していること、今はまだ口にすることができなかった。
特にどうということもないのだが……単純に俺自身が、未だに飲み込めてない部分があるとも言えるかも知れない。
「それで……そうそう紫竜の病毒汚染の話だがな、確かに危うかったそうだ。そこで紫竜は"自死毒"を生成することで事なきを得た」
俺が
「大地を──大気を──大海を──その病毒で
「ははぁ……?」
いまいち歴史の噛み合わない気持ち悪さを
ディアマによって極東が斬断されたのは、実に2000年近く前のことだとされている。
紫竜が汚染を止める為に
サルヴァの前言からして紫竜がここ200年の近い時代まで生きていたのは、どう考えてもつじつまが合わない。
「疑問も無理からぬ。紫はな……竜の身を殺し、己は"人と
「──"人化の秘法"」
「ほほう、秘法のことも知っているのだな。さしあたって紫本人は偶然上手くいったのだと語っていた。そうして極東を分割した病毒の中で、
「極東を分割……なるほど、それで本土と北土が」
汚染自体は止まったが、残留した病毒によって島内の領土が強制的に分断されてしまったというカラクリに俺は納得する。
「今はかつてほど往来も難しくなくなったが、当時は汚染こそ止まったものの、領域内ではあらゆるモノが死に絶えたほどだったらしい。
海で渡るにしても障害が多く……だからこそ北と南に分けられ、それぞれにまったく
歴史の真実、初めて聞く話なのも当然であった。
そもそも大昔の話であり、その真相も正しく伝わらなかったのも無理はない。
極東本土"シーハイ"と北土"ヒタカミ"の
「紫竜は自身の病毒について研究し始めた。自らが招いた不徳を
しかしそれでも続けていた
そこには
「そして紫竜に頼み込み、その学識を唯一引き継いだのが
「──それは、
「フッハッハッハハハハ、もっと褒めたまえ。たまには
「待っていた……えぇえぇ、貴方のような人材をいつでもどこでもだれでも、我が財団は待っていたんです!」
俺は初見対応とは打って変わって、ご機嫌を取る──しかしながらそれは本心からの言葉でもあった。
財団の持つ知識や特許に
「ただ……我は知識欲そのものを否定はしないが、だからと言って
「と、いうと?」
「知識とはあくまで手段に過ぎず、我が見たいのは人の限界だ。それは"五英傑"のような人としての強度ではない。
神族から派生したあらゆる種族が、数え切れぬ難題を克服し、どこまで進化していけるのか──そこにこそ最大の興味がある」
「──"人類皆進化"」
「そうだ、未知のテクノロジーと未来への好奇心も確かに魅力的だが……我が最も財団に
シップスクラーク財団が掲げる"文明回華"。
その象徴たる二重螺旋の
グワッと口角をあげて眼を見開くサルヴァは、まさしく心情を体現しているかのようだった。
「我が築いた家庭の幸せな日常にも、紫竜と明け暮れた研究の日々にも引けを取らない居場所だよ、
「なによりの言葉です」
シップスクラーク財団は、才覚や能力ある者にとって最適の環境を提供することを
賢者や技術者からそういった言葉を得られるのは、まさしく
「それにしたって、今までサルヴァ
「入ってしばらくは各部門を転々として、実態を見極めていたからであろうな」
「なるほど転々と……──」
そういえば以前にカプランがそんなような人物の噂を言っていたような気がする。
「まだまだ未熟でありながら、なぜだか知識が体系付けられていた……ばかりか、我でも未知の部分が数多く散見された」
「そこから財団の異質さを見出された、と」
「特に"原子論"──あらゆる物質は見えないほどの粒により成り立ち、引き合い、反発する。実に興味深く、得心がいくことが多かった」
「サルヴァ
「薬学と練丹術、化学と錬金術、生物学……財団で言うところの遺伝子工学にも突っ込んでいるな」
「遺伝子のことまで……理解しているのですか」
まだ文明が発展途上の異世界において、それこそ遺伝子などは概念で存在しているかどうかすらな学問である。
「病毒を研究するにあたって生体も数多く被験体にし、観察も欠かさなかったからな。だが概念を知ったのは財団員となってからよ」
「なるほど、というかそれら
「知識とは繋がっているモノだ。長く生きればそれだけ多方面へと手を伸ばし、
我は十五の時に神領から出て以来、いつだって最善を尽くしてきた。できることは全てやってきたからこその、この頭脳だ。
それでも
("大
俺の中のテンションが最高潮に近いボルテージを示す。
"化学"──それは数学と並んで、万象に通じる分野である。物質そのものや物理現象はもとより、生物も化学反応の集合体。
化学を制するということは、世界を制することに他ならない。
未知の魔力や魔術とて大きく見れば、一分野の可能性も十分にありえるのだ。
今まで財団内で足りてなかった分野に、