異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#18 魔剣

 

 無闇に広く思えるような晩餐室で食事をした後に、俺達は今後のことを話し合う──

 しかし俺が開口するよりも先に、ヘリオがテーブルに置かれているモノについて聞いてきた。

 

「なぁおいベイリル、ずっとそこにあるソレなんなんだよ?」

「あぁこれは──"永劫魔剣"だ」

 

 俺は無造作に置いておくわけにもいかずに持ち歩いていたそれを、箱から丁寧に取り出して見せる。

 

「おー、あー、んー……地下で見せられたアレか」

「セイマール先生が最期に使ってたやつ、ね」

 

 ジェーンは少しだけ眉をひそめつつ、テーブルの上にある魔法具を見つめた。

 ヘリオはぼけーっとした表情で、リーティアは地下で既に知っているので特に反応(リアクション)はない。

 

 

「なんでわざわざ持って歩いてんだ?」

「そりゃヘリオお前、実際には教団なんかじゃなく国家が管理するような神話級の武器だぞ」

「マジかよ!?」

「ヘリオ、道士が説明してたでしょ……」

「覚えてねェや」

 

 やや呆れ顔のジェーンに、首を(かし)げたままヘリオはそう答えた。

 

「と言ってもあくまで本物(・・)なら、だけどな」

「ニセモンなのか?」

「多分ホンモノだよー、魔鋼の純度がなんかすっごいもん」

 

 リーティアがそう言い放ち、ヘリオとジェーンがまじまじと凝視して刀身に触れる。

 

 

 もっともこの中で誰よりも魔術具に詳しい末妹が言うまでもなく、俺も独自の目線で本物だとは思っていた。

 なにせまともにぶち当てたわけではないとはいえ、"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"でセイマールが原型を留めたのだ。

 増幅器のない不完全な状態かつ、セイマール1人分の魔力を注いだ強度で殺し切れなかった。

 

 しかしその代償は破壊──今はもう刀身は無残に折れて、二つに分割されている。

 そして……(つば)部分である安定器に至っては、粉々に吹き飛んで回収できなかった。

 

 

「なるほど、つまりオレらの武器にしようってことで大事にしてるわけだな」

 

「まぁそれも構わんが、俺としてはだな──」

「でも刃はたしか循環器なんでしょう? 私たちで扱えるようなものなの?」

 

「……そこなんだ、安易に扱えるとは思えない、よって──」

「ウチの出番ってワケだぁ!」

 

 話の腰を折られ続け、俺は一度目をつぶり大きく息を吐いてから続ける。

 

「──とりあえず封印しようと思ってるんだが」

「はああ?」

「えぇ──ー」

「ん、ん~……」

 

 ヘリオとリーティアから不満の声が挙がり、ジェーンもどこか納得してない様子を見せる。

 安定器の代替品を見つけるか。循環器だけで利用するか。現存してるかもわからない増幅器を探すか作るか。

 似非(エセ)完成品にすることはできても、それは完全体ではない。

 

 最初は売却を考えたが、なにせこちとら情報も不十分な上に子供である。

 壊れた魔法具の真の価値もわからない。買い叩かれたり詐欺に()う可能性は高いし、労力も|伴《ともなう。

 

(もっともそれはそれで諸々の初期投資費用にはなるが……)

 

 なんなら有望な商人との渡りをつける為の材料にすると割り切ってもいいものの──

 

 

(ただもしも修復されて、遠い未来で振るわれたとしたら……?)

 

 嘘か真か……大陸の一部をぶった斬ったという逸話。

 小国家並の大きさらしい、極東の島国を作ったとされる信じ難いほどの威力。

 

 しかしこの世界の神話は、得てして事実を多分に含む。

 全能に近い力を体現する魔法具をもってするならば、決して否定もし切れない。

 

 増幅器がどこかで見つかり、安定器がない状況で、無限に増幅・循環暴走した一撃。

 なんなら大陸そのものが消し飛ぶ、なんて馬鹿げたことも有り得ないとは言えないのだ。

 

「そもそも循環の術式らしき紋様も折れてるしだな──」

「オレは反対だ!」

「ウチもはんたーい」

「私は……保留で」

 

(くっこいつら……)

 

 自分自身で考え判断するようになったことは素直に嬉しい。が、これはこれで違う苦労があるものである。

 世の反抗期の子供を迎えた親達の苦労に思いをいたしながら、俺は話を続ける。

 

 

「まぁ聞けって。いずれは利用するつもりだが、少なくとも()は俺たちの手に負える代物じゃない。だから──」

 

 どう言い聞かせてやろうかと言葉を紡ぐ途中で、リーティアが魔法具をペタペタと触り始める。

 

「大丈夫! ウチならできる!」

「なにをだ!?」

「ん、加工……?」

 

 自分自身でできるとのたまいながら、疑問符と共に提案するリーティア。

 それでもあっさり言ってのけたのは……リーティアの楽天的な性格ゆえなのか。

 もしくは確たる自信の上での発言なのか、こういうことは珍しくないのだが未だ計れなかった。

 

 確かに教えた知識を圧倒的に理解しているのは事実。自分なりに物質の組成を考え、既に地属魔術としていくつも応用している。

 また実際にセイマールと"イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の遺産を、彼女なりに理解しているようでもあった。

 

 

「いくらなんでも循環術式や魔法具の調整なんて独学じゃ無理だろう」

「セイマールせんせの私室の(ほう)にも色々と本あったから、時間掛ければイケるイケる」

「いいじゃんかベイリル、妹を信じられないのか? あ?」

 

「いえーい」

「まったくお前らは……」

 

 悪童兄妹の調子乗りっぷりに、俺はジェーンに助け舟を求めるような視線を流す。

 が、これに関してはジェーンも(たしな)める気はないようで──

 

「ん……その、ね。ベイリル、私も魔鋼武具はちょっと魅力かなぁ~なんて」

 

 確かに武器はともかく、防具として運用するのであれば──身を守るという上では魅力的ではある。

 もったいない精神で先送りにするより、不完全でも直近の危険を回避する為であるならば、惜しむ必要は薄い。

 循環機能がなかったとしても、潤沢に魔力を通した高純度魔鋼の強度は凄まじいと聞く。

 

 

「あぁわかった。と、俺も折れたいところだが……あいにくと掛ける時間がない」

「なんでだよ?」

「修繕にせよ加工にせよここの設備がいるだろう、だがいつ宗道団(しゅうどうだん)の残党が帰って来るかわからん」

 

 ここの地下施設は正直なところ相当整っているように見受けられる。

 永劫魔剣を信仰対象の一つとして研究し、時に聖地として(あが)められていただけはあった。

 まさしく永劫魔剣の為だけに部屋全体をしつらえたかのような構造。

 

 魔術具関連の書物もそれなりにあり、素材や道具もかなりの数にのぼる。

 魔法具を調整する為の魔術具みたいなのもあるようだし、使い方を覚えるには時間を要するだろう。

 かと言って運搬するには大量すぎて、まして固定されて動かせないようなモノもあった。

 

「どこまで宗道団(しゅうどうだん)市井(しせい)に食い込み通じてるかはわからんが……ここに巡礼へ来た教徒が戻らなかったら──」

「怪しまれたり、何か不審に思われたりする可能性もあるわけか」

「俺としてもリーティアがやれると言うなら、思う存分やらせたいがな」

 

「まっウチは別にいつでもいいからいいよ~」

「はっ……しゃーねェな。んでこれからどうすんだ?」

 

「とりあえず馬は残ってるからそれに積める分だけ、金になりそうモノを載せていく。今は扱いにくい重要そうなモノはとりあえず地下に隠して、屋敷を爆破して引き払っ──」

 

 

 ゾワリと……無数の蟲が這い出て来たのを見てしまったような感覚に、思考は一瞬にして掻き消された。

 全身から吹き出した汗が、次の瞬間には凍りついたかのように冷たく感じるほどの圧倒的な悪寒。

 

「な、に……これ……」

「ちィッ」

「うぅっ……」

 

 これは敷地外からではない、恐らくは敷地内にいつの間にか入り込んでいる。

 そうして突如として、屋敷全体を(おお)ってしまうほどの害意を剥き出しにしてきた。

 わざわざそんなことをする理由を、必死に考えようとするが……まとまらないほどの殺気。

 

 否、殺気と言っていいものなのだろうか。存在そのものの圧と言うべきか、はたまた魔力の織り成すそれか。

 

 

(見通しが甘かったってのか)

 

 情報や先立つ物は大事とはいえ、屋敷の探索など放ってさっさと脱出すべきだった。

 

 悔やむより先にせめて3人はすぐに地下に避難させ、己だけで抗戦すればあるいは──

 と思ったところで、窓ガラスを盛大に割って入ってくる影があった。

 

 反射的に臨戦態勢に入った俺達に対し、飛び込んできた勢いのままテーブルの上に立った"犬人族の女"。

 動きやすくあつらえたメイド服のようにも見えないこともない服に、似合わない山刀をそれぞれ左右に持ってこちらを見下ろしている。

 それはどこか、まるでこちらを値踏みするかのような……。

 

 年齢は自分達よりも少し上だろうか。

 犬耳の生えた茶髪に、射すくめるような眼は自分達とは全く違う光を(たた)えている。

 

 魔術を使う集中力すら阻害される空間で、俺は血が滲みそうになるほどに歯噛みした。

 

 今この時こそが、正真正銘の分水嶺(ぶんすいれい)であったのだと──

 


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