異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#268 薄暮の難題 II

 

「──先に確認しておきたいことがいくつかあるんだが」

「なんなりと」

 

「最優先はカドマイアの救出でいいのか?」

「はい。一族総員の同意と見ていただいて構いません。どのみちカドマイアが捕まったままでは、罪はそのままということですから終わりです」

「可能であれば冤罪(えんざい)の証明して嫌疑を晴らす。さらには真実を解明し、(おとしい)れた犯人を見つけ出して弾劾(だんがい)する」

「この手で制裁を加えたいところですわ。しかし既に一族郎党、屋敷にまとまって拘束されているので自由に動くことができません。

 わたくしだけがほぼ独断で先んじたのです。具体的なことを知っているのは父母のみで、こうして助けを求めに来た次第ですわ」

 

「であれば、パラスの立場は逃亡者というわけだな」

「そうなります」

「財団以外に頼るアテはあるのか?」

「……ありませんわ。アーティナ家が復興する為に()()にしてくださった方々(かたがた)も、このような事態とあっては──」

 

 それ以上の言葉は続かなかった。言わずもがな、他の誰にもどうしようもないからこそ、(ワラ)をも(つか)む思いでやって来たのだろう。

 しかして(あなど)るなかれ、財団は(ワラ)(あら)ず。世界に根付く二重螺旋の大樹である。

 

 

「カドマイアが捕まってから何日経っている?」

「12日ですわ、ここへ来るまでに8日を要しています」

「パラスが出立した時点から事態が動いている可能性も十分ありえるか」

「……はい」

「助けるにあたって、一族の立場を犠牲にしても構わないな?」

「カドマイアが姫巫女候補ですので、わたくしが次期当主です。皆、覚悟の上」

 

 眼光は()わってはいるものの、俺の強化感覚はパラスの"揺らぎ"を感じ取る。

 パラスとしてもそこらへんはあまり想像したくないことだろう。

 しかし現実問題として、しっかりと突き合せねばならない部分であった。

 

 

「カドマイアの命と、一族の命が天秤に掛かった場合はどうする?」

 

 俺は冷然とした口調ではっきりと告げ、パラスもこちらに呼応するように答える。

 

「カドマイアを優先していただいて結構ですわ」

「一族よりも大事か」

「いいえ、ただ我が家は漏れなくしぶといんですのよ。一報だけ入れさせていただければ後は勝手にどうにかしますわ」

「……なるほど、なんとなく納得がいく。さしあたって本件は慈善事業ではなく、これは一貴族に対する投資になる。当然だがその見返りは貰わないといけない──」

「わたくしたちにできることであればなんなりと」

「アーティナ家が離散せずに復興した暁には、シップスクラーク財団に全面的に資することを誓ってもらう。ただまぁ理不尽な要求はするつもりはない」

「しかと(うけたまわ)りましたわ」

 

「仮に復興できずとも、助けられた者は財団に協力すること」

「当然ですわね」

「本来なら一筆書いてもらいたいところだが……今はまだ法的拘束力を持たないし、後々になって遡及(そきゅう)することもできない」

「決して裏切りませんので、ご安心くださいまし」

「その言葉をもって、ひとまずは信頼の(あかし)としよう」

 

 

("イオマ皇国"──政教一致体制を敷く、世界最大の宗教国家)

 

 初代神王であるケイルヴ派がその多くを占めていて、教皇を頂点に枢機卿(すうききょう)や大司教なども政務に関わる。

 教会や修道会も各所に存在していて、人々の生活に深く関わって文化を作っている。

 

 これを機会に何かしらの(ほころ)びを見つけ、可能ならば(くさび)を打っておきたいところである。

 

「──ところで、神族殺しの罪で本来なら極刑って話だが……今はどういう状況にカドマイアはいるんだ」

「詳しく調べたいところですが、アーティナ一族は自由が許されませんので」

「それもそうか、つまり何一つ不明だと」

「ただおかしな話が一つ、カドマイアの身柄は移送されて収監されてしまったということだけですわ」

「本来なら即打ち首にされてもおかしくないのに?」

 

「えぇ。大々的に公開処刑されて晒し者にした後に、神族へ引き渡してもおかしくないですのに」

「結構ズバズバと……躊躇(ためら)いなく言うのな」

「そういうところはヤワじゃありませんでしてよ」

 

(パラスからの情報だけじゃ足りんな、もっと集めないことには判断のつけようがない、か……)  

 

 あるいは本当に神族は殺されたのだろうか? というところから調査する必要があるのかも知れない。

 

 

「ねぇベイリル、ちょっといい?」

「何か気になることがあればドンドン言ってくれていいよ、ジェーン」

「話の腰を折ってごめんね。パラスさん、さっき収監(・・)って言ったよね?」

「そうですわ」

 

 あっさりとパラスに返答され、ジェーンは眉をひそめる。

 

「……どういうことだ?」

「皇国で"監獄"って言ったら一つしかないの、ベイリルは知らない?」

「んっ──」

 

 俺が脳内知識から引っ張り出すよりも先に、テューレが答えを示す。

 

「あっ"大要塞"ですかー」

 

 

「まじかよ……」

 

 俺はその言葉に心中で頭を(かか)える。

 

 現代地球に比べれば文明も発展途上であるこの世界には、一般的な"刑務所"は存在しない。

 法治国家ではあっても犯罪者に対しての人権意識は(いちじる)しく低く、多くは極刑ないし四肢などの切断。

 

 地位や金があれば賠償などで済まされ、持たざる者は契約魔術によって犯罪者奴隷としても使われる。

 裁判もあるにはあるが、もはや宗教的儀式の一つか、あるいは上位階級にのみ許された特権のようなものである。

 

(刑務所が成り立たない最たる理由は……──)

 

 魔力と魔術によって一個人が備える能力規格が、地球とは比較にならないことが挙げられる。

 魔術士でなくとも魔力強化された凶悪犯は、鉄格子などいとも簡単に捻じ曲げる。

 剣虎バルゥや黒熊バリスくらいともなれば、まさしく不可拘束(アンチェイン)と言えるだけの強度である。

 

 魔力に反応して、たとえば首を絞めるような魔術具も存在するが……犯罪者の為に用意する費用(コスト)もバカにならない。

 不必要に囚人を管理しておくだけの利点(メリット)もない以上、現代地球のような刑務所は()()()()成り立たない。

 

 

「大要塞……対魔領の最前線にある城砦都市がどうかしまして?」

「皇国人のわりに知らないのか」

「一族復興の為に必要な知識ばかりを詰め込んで生きてきましたので。知ってることしか知りませんわ」

 

 俺は言いながらスッと目線をテューレへと移すと、彼女は捕捉するように情報を並べていく。

 

「城伯が管理し、将軍が常に複数人駐留し、新兵の多くがまずはそこで経験を積むほど軍が流動的な要塞ですねー。

 常在軍人はみな精鋭揃いでしてー、また聖騎士も定期的に巡回しますから、魔領軍も大要塞そのものを()とせたことはありません」

 

 そう──わざわざ大規模な刑務所は作らない。あるとしても留置する為の場所が精々である。

 

 都市であれば外壁や見張り塔の地下に空間を作り、天井にのみ人が通れる穴を開けておく。

 飲食物はすべて投げ込み、出入りさせる時にだけ地上部からハシゴを掛ける程度のもの。

 

 

「そんな大要塞のもう一つの顔、それが地下の"大監獄"ですー」

 

 しかして例外も存在する──この世界でも唯一と言っていい刑務所が存在するのが皇国であった。

 詳しいことは様々な風説が飛び交っていて判然としないものの、少なくとも何千という数の囚人が収監されているとかなんとか。

 実際の内部構造なども一切の不明であり、監獄とは名ばかりで処刑されているという噂も強い。

 

「初耳、ではないですわね……でもあくまでウワサでなくって?」

「監獄があること、それ自体は本当の話よ。私も聖騎士本人から直接聞いたことがあるもから」

「っ……聖騎士とお知り合いとは──やりますわね、ジェーンさん」

 

「なぁジェーン、それって"ウルバノ"さん?」

「そうだよ。言っておくけどあの人を利用しようとか考えるのはダメだからね、ベイリル」

 

 聖騎士ウルバノ──ジェーンが皇国の孤児達を救い、結唱会として発足する際に色々と(ちから)を貸してくれた人物である。

 

 

「失敬な……とは言えないな」

「でしょ?」

「まぁジェーンの恩人に迷惑を掛けるわけにはいかんか」

 

 俺は理詰めで考えた結果、ウルバノを利用することは無しであると判断する。

 大監獄のことについても、カドマイアのことについても──もし解決するとなれば皇国法を破る可能性は高い。

 その時に方々(ほうぼう)(たず)ねて回っていたことを知られるのは、後々になって面倒事の火種になりかねない。

 

「とりあえず断片的な情報しかなくて、判断をつけようがない。早急(さっきゅう)により深く突っ込んだ情報収集に取り掛かろう」

「では方法や人員の割り振りは自分に任せてもらってもー?」

「無論だ。テューレの自由に資金や人材を使ってくれ」

「了解ですー」

 

「わたくしからは改めてお礼を述べさせていただきます──ほんとうにありがとう」

「実行するか否かは収集した結果次第だけどな。というわけで、"スズ(・・)"──()()()()()()()

 

 俺がその名を呼ぶと、窓の外から"極東北土の隠密衣装"を着た少女が部屋へと飛び込んできて、音も無く着地する。

 

「うい~、ひさしぶりでござるね。パラス殿(どの)

 

 


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