異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#271 権勢投資会 I

「これはこれは、ようこそいらっしゃいましたベルトランさま」

 

 豪奢な応接室で待っていたのは……俺にとって会うのが四度目ほどとなる、頭皮が寂しく中年太りな男であった。

 体型を隠すような大きな布を幾重に巻いたような服に、下卑た表情はもう隠せぬほどに、顔に張り付いて取れそうもない。

 

「先んじて御一報いただければ、お連れさまの分も含めて正餐(せいさん)を用意してお待ちしていましたところを」

「急ぎだったものでな」

「今まで何度かお誘いこそしていましたが、実際に我が邸宅までご足労いただくなど初めてのことですねえ。それほど急を要する事案だと」

 

 ねっとりした笑みをカラフは浮かべ、一方で俺は居丈高(いたけだか)な様子で対応する。

 

「そうだ、お前のあらゆる人脈を使って調べてもらいたいことがある」

「内容次第ですが……見返りとして、また色々とわたくしにもご都合していただけるので?」

「欲しがりめ」

「それはもちろん、ここぞとばかりに融通をしていただかないと……これでも大変なのですよ。"権勢投資会"でのわたくしの立場もありますから」

 

 

 利害関係によって繋がる間柄──それゆえに一定の信用もあるというものだった。

 

「この部屋だけでも既に"物品"に溢れているようだが?」

 

 俺の言葉に気付いたジェーンがよくよく見渡す。室内の調度品など、財団製品と思しきモノが随所に並べ立てられていた。

 

「そうやって他の方々(かたがた)にも話が広がっていくのです、美味しい交渉もね」

「それは……なるほどな。まぁ安心しろ、お前にもきちんと利益は持ってきてある」

「ベルトランさまはそのへん、しっかりと(むく)いてくださるからありがたいことです。ところで……そろそろ、そちらのお嬢さんを紹介してはいただけないのですか?」

「あぁ、もっともだが名乗るのは……もう少し後にさせてもらおう」

「はぁ……」

 

 特段の打ち合わせもなかったので、カラフと共にジェーンもなにやら困惑した様子を見せている。

 それでも俺を信じて任せてくれているのか、不安といった感情はないようであった。

 

 

「──さておいてだ、カラフ。お前にひとまず聞きたいことがある」

「なんなりと」

「少し前に発生した"神族殺し"の一件について、詳しい者を知っているか?」

「はっはぁ~……それは手間が無いことですなあ、ベルトランさま。まさにわたくしが直接的に調査している案件です」

「ほう──」

 

 こればっかりは渡りに船と俺は口角をあげる。

 

「いやはや、あの事件には参りました。"権勢投資会《われわれ》"としても、いくばくかの出費を覚悟せねばなりませんから」

「投資会がか?」

「調査・追及しようにも、教皇庁には余分な金が無いと主張いたしますもので……」

 

 "権勢投資会"は皇国内における、表裏問わず数多くの既得権益を牛耳っている立場の集団である。

 しかしそれもケイルヴ教に連なる教皇庁や、各司教が管理する教区など前提がないと、その権威を振りかざすことは難しい。

 つまるところは()()()()()()()の関係であり、それを一方的に無下にするような真似はできないのである。

 

 

「他にも数人ほど関わっていますが、わたくしが主導していますので……なんでもお答えできますよ」

「事件のあらましを最初から頼む」

「はぁ……すべて、でございますか?」

「無論、不正確な情報では判断できないからな。こちらの情報源の話とすり合わさせてもらう」

 

 俺はそう言ったものの、実際のところ大したことを知っているわけではなかった。

 犯人として囚われた者の身内から、断片的に聞いた話でしかないものの……立場を強く見せる交渉の基本はしっかりと守る。

 

 

 カラフはやや緊張した面持ちを見せ、ジェーンも聞き逃すまいと耳を(かたむ)ける。

 

「承知しました。まず事件は13日前、安息日の前日ですねえ……"黄昏の街"の歓待屋敷にて起こりました」

 

 "黄昏の街"──神領と接する皇国最北端にある、黄昏の姫巫女が住み統治する場所。

 神族と唯一の交易が許されている超法規的特区とも言える街であり、言うなれば帝国におけるカエジウス特区とも少しだけ似ている街。

 

行幸(ぎょうこう)における最初の街でもありましたが……初日にしてハイロード家の(かた)が殺されました」

「"ハイロード"、だと?」

「おや、渦中(かちゅう)の人物の名前はご存知ありませんでしたか? いえそれもむべなるかな。実はかの"初代神王"の血筋の名です」

 

 それは転生人である俺だけが捉えられたちょっとした違和感であった。

 

("High(ハイ) Load(ロード)"──)

 

 まさしく発音が地球の英語のそれっぽく聞こえたのだった。

 頂竜を追い出し、まさしく世界を統べる王に相応しい姓であるが……とはいえ、異世界とて発音と意味が被ることもなくはない。

 

 とりあえず今の段階で突っ込んでいても仕方ないので、頭の片隅だけに留めておく。

 

 

「──"ケイルヴ・ハイロード"か、その子孫が今なお受け継がれている、と……」

「司教以上ならば知り得る情報です。もちろんわたくしのような人間もね」

 

 そう言ってカラフは人差し指を口元へ持っていき、「シッ」と他言無用とジェスチャーを取る。

 

「であれば、その罪は途方もなく重いな……犯人も」

「言うまでもありませんねえ。ただし不可解なことが」

「聞こうか」

「護衛者であった神族二人を含めて、三人全員の死体がなかったのですよ。あったのはそれぞれの部屋に血痕のみでした」

「部屋は分かれていたのか?」

「はい、神族の(かた)は護衛も例外なく、個々人が尊重されますので。ただしハイロードさまの脇を固めるように隣接されておりました」

「出血は致死量だったのか?」

「それが微妙な量でして、生死も今のところは不明と言う他なく……」

 

 俺は数拍ほど置いてから、眼光を鋭くカラフへと問う。

 

 

「──"血で(つづ)られた紋様のようなモノ"はあったか?」

「……はい? そういった報告はまったくありませんでしたね」

「なら、いい」

 

 誰にも気付かれることなく、護衛である強者を含めた標的を殺せるほどの要件を満たせる人物。

 

 真っ先に浮かんだのは──同じ転生者でもある"血文字(ブラッドサイン)"。奴が犯人なのではないかとも思ったが……それは違うようであった。

 そもそも奴ならば死体を消すことが可能であったとしても、そんなことをわざわざする理由もない。

 

(あの野郎は完全犯罪をしたいわけではなく、"死に目"に会って、あまつさえこれみよがしに現場に残す奴だからな)

 

 

「なんにしても、現在は神領側からの沙汰(さた)を待っている次第です」

「死体が消えているから犯人は処刑されず、"大監獄"へ移送されたということか?」

「そちらはご存知なのですね。まあさしあたりそういうことになりますかねえ……さらに言えば、知ってか知らずか──ハイロード家を殺すなど異例ですから」

 

「"カドマイア・アーティナ"が犯人なのは確定なのか?」

「直近で目撃されていたという状況証拠と、かつて黄昏の姫巫女の輩出する家柄を追い落とされた為に、神族を恨んでいるという動機から最も有力な人物です」

 

「アーティナ家を復興したのは……計画的に神族を殺すか、捕まえる為だったと?」

「理由はそういうことになっています、いささか不可解なものの」

「だが神族を殺したり、あまつさえ(とら)えるような(ちから)があったのか?」

 

 俺は感情を抑えつつ、淡々とした物言いで詰問するように口にする。

 

 

「ベルトランさまもよくよく調べているようです……しかしながら、実際には犯人など誰でもいいのですよ」

「それはつまり──神族への(てい)のいい生贄(みつぎもの)、というわけか」

「神領側から犯人も見つけられない無能の烙印(らくいん)を押されるのはよろしくないですから」

 

 双眸を冷ややかに、俺は今少し突っ込んで問い掛ける。

 

「カラフ、お前が犯人を捕まえたのか? 移送は?」

「捕まえたのは黄昏の姫巫女についている"護衛騎士"たちで、そこから移送をしたのはなんともはや……"聖騎士長"自らです」

「そこまで体面が必要だったのか」

「本来は皇都の守護者のハズなのですがねえ、教皇庁が慌てて指示を出したと見られていて──」

 

 もしもカラフが移送を担当していたのならばと思ったが、そこまでは上手くいかないようであった。

 

「わたくしはそうした雑な調査や、各種手続きの尻拭いというわけです」

 

 

「なるほどな──いささか俺も調べたいのだが、都合をつけてもらえるか?」

「ベルトランさまが……ですか?」

 

「できれば現場に行って直接捜査がしたい」

「何かお考えがあるようで──わたくしにもお聞かせ願えますか?」

「あいにくと俺が自ら出向く理由は差し控えさせてもらう……が、報酬は約束しよう。真犯人を捕まえたなら、無条件でお前の手柄にしてやる」

 

「……おぉ!? そうですか、そうですか。ではわたくしも深くは踏み込まないことにいたしましょう」

 

 己の立場を(わきま)え、相手との距離感にしても熟知しているカラフ。

 権勢投資会の一員として、ただ単に商人としてだけでなく、権威を持つ人間としての(したた)かさがそこにはあった。

 


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