異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#279 黄昏の姫巫女 V

 

 ヘッセンは俺から投げ渡された一冊の小さな本を見つめる。

 

「これは……フリー、マギエンス──」

「おぉ、読めるなら話が早い」

「うん? あぁそりゃな。そういう教育受けてたし、冒険者時代も依頼周りは全部おれだったよ」

「なるほどな、ちなみにそれはフリーマギエンスの教義が書かれた本だ」

「あんたらんとこの、神王教でいうところの神聖書ってわけね」

 

 俺は首を縦に首肯(しゅこう)しながら説明を続ける。

 

「基本的に神王教の教義と明確に相反することはないが、一応取捨選択してフラーナ殿(どの)に教えてやるのが第一」

 

 あくまでフリーマギエンスは思想的にどの宗教とも競合することなく、第二の信仰として成り立つ構造にしてある。

 しかしながらそれでも宗教問題はデリケートな部分があり、世界に対する認識が(ゆが)むことは間違いないので、慎重に事を進めなければならない。

 

 そういった意味でヘッセンは神王教を理解しつつ、冒険者時代の観念を持っているので適任であった。

 

「なるほど……な、んか色々書いてあるな」

「世界の広さと新しい常識が、言葉だけでも少しは理解(わか)るはず。それともう一つ、直接渡したいものがあるから隣の部屋に行くとしますか」

 

 

 パラパラをめくっているヘッセンの返事を待たず、俺はベッドから立ち上がると……一瞬だけ眩暈(めまい)に襲われた。

 その場で倒れそうになるのと踏みとどまって、大きく深呼吸する。

 

「あっオイ、大丈夫か?」

「っ──ふゥ、問題ない問題ない」

 

 言いながら俺はベルトバッグから小瓶を取り出すと、様々な色と大きさの飴玉のような"スライムカプセル"の内、赤色の粒を一つだけつまむ。

 それを口元まで持っていったところで、プチッと潰して気化した赤スライムを適量、一息に吸い込んだ。

 

「なんだあ……?」

「財団謹製の回復魔薬(ポーション)。口から摂取してもいいんだが……なんとも言えない気持ち悪い味なもんでね」

 

 首を(かし)げているヘッセンを隣に、俺は一気に体が楽になっていくのを感じる。

 半分は回復、半分はドーピングみたいなものだが……多少の無理をしたツケは後々、落ち着いた時に支払えばいい。

 

「それじゃフラーナ殿(どの)のとこに行きますか」

 

 

 廊下へ出たところで開けられていた窓から、俺は気圧の変化に気づく。

 

「ん……雨が降《ふ》ってくるか、風も強くなりそうだな」

「なっ──それは、本当か!?」

 

 突然に狼狽(うろた)えた様子を見せるヘッセンに、俺は眉をひそめつつも答える。

 

「元冒険者なら多少はわかるだろう?」

 

 道なき道を踏破するにあたって、そうした察知技能は非常に重要なモノの一つである。

 

「いや、おれにはまったく……」

「だから三流だったんじゃ──」

「くっ、それは否定しないが……」

 

 特にこの世界では、地球とは比較にならない規模および頻度の天災が、交易や往来を(はば)むこともある。

 

 強力な魔術士であれば人為的に起こすことも可能であり、大規模な魔術戦の後は特に不安定にもなる。

 また一時的に災害に見舞われたことで、縄張りから追われてきた野獣や魔物の大挙も決して珍しいことではない。

 

 伝え聞く過去の歴史では、そうした要因の重なりで国家が崩壊したこともあったくらいであり、当然個人レベルでも避難や対応は死活問題となりうる。

 農民なども天候の変化には敏感であり、ケイやカッファもかなりのものだが……俺はハーフエルフの強化感覚によってさらに数段鋭い。

 

 

「でなくって、"黄昏の都市(ここ)"で雨が()るのは普通と違う意味を持つんだよ!」

「うん?」

「威光を(しめ)す意味か知らんが、この街はいつだって晴れてるんだ。それが悪くなるってのはつまり、()()()()()()()()ってことなんだ」

「なにゆえ?」

「詳しくはわからん。ただそういう慣例だし、今までに例外はなかった」

 

(──いや、あぁそうか。十中八九、魔王具"意志ありき天鈴(あしたてんきになぁれ)"の効果だな……)

 

 俺はアイトエルが語っていた魔王具の一つを思い出しながら、脳内で考えを(いた)す。

 

 それは想像でしかないが……神族が安全を確保して移動をする為に、あえて領域を伸ばしているのだろうか。

 同時に平時は特定領域の天候を操作している副作用で、直近領にあたる黄昏の都市の天候が安定して晴れ続きなのかとも。

 

 

「つまり神族の調査隊が入るってわけか──」

「ああ……もしかしたら処断も……くそっ、このままじゃあと数日とないじゃねえか」

 

 顔を歪めるヘッセンに対して、俺はさほど悩むこともなくあっけらかんと言ってのける。

 

「まぁそう悲観的にならんでも大丈夫だ、俺に任せておいてくれ」

「あ? あぁ……?」

 

 ヘッセンはあからさまに(いぶか)しんだ様子を見せるが、特段の追求はなかった。深入りするだけ危ういという判断だろう。

 知らなければ装う必要もなく、精神も安寧(あんねい)でいられるものだと。

 

 

 

 

 隣の部屋をノックして入ると、フラーナが椅子に座ってパタパタとさせていた足を地に着け立ち上がる。

 

「あらあら意外と早かったんですね、男同士のお話。体の(ほう)はもう大丈夫なのですか? ベイリルさん」

「はい、ご心配お掛けしました。ところで俺もやることが多く……すぐにでもお(いとま)させていただくので、看病のお礼の贈り物をしたいと思いまして」

「そんな! 結構ですよ、大したことはしていませんから」

「まっまっ、そう言わずに」

 

 俺はやや強引に彼女の手を取ると、既に握り込んでいた"やや細長い手の平大の物体"を手渡した。

 

「一体全体なんでしょう、これは? ……魔術具ですか?」

「耳に当てて、魔力を流してみてください。流す魔力の量で、音量が変わります」

 

 言われるがままにフラーナは耳元へと持っていくと、そこから音楽が流れ出す。

 それは俺だけが個人的に特注した採算度外視の科学魔術具──専用の"携帯音楽(ミュージック)再生機《プレーヤー》"である。

 

「わあ……──」

「おぉ……──」

 

 部屋内に響くサウンドに、フラーナもヘッセンも感嘆の声を漏らした。

 中には10曲にも満たない程度ではあるが、ヘリオらやジェーン達の曲が生で録音されている。

 

 皇国にも聖歌といった曲はあるがあくまで画一的なもの。ロックやメタルにポップからバラード他は完全な異文化。

 大した娯楽を(たしな)んできていないだろうフラーナにとって、それはカルチャーショックを与えるものに違いない。

 

 

「また日を改めて、そう遠くない内に(うかが)います。ちなみにそれは貴重品なので、くれぐれも大切にお願いしますね」

「あのっ! ベイリルさん!?」

 

 俺は彼女の返事を待たぬまま窓を開けて飛び出した。

 

 フラーナの人の良さに付け込んで、有無を言わせない。

 それが教義や戒律に(そむ)くものであったとしても……少なくとも俺がもう一度ここへ来るまでは、大事に保管してくれる算段をもって。

 そして……どこかにしまい込もうとも、(おり)を見てはついつい聴いてしまうだろうということも──

 

仕上げ(・・・)はもう少し先になるが……それまで"黄昏の姫巫女(かのじょ)"の立場が(たも)たれていることを祈ろう)

 

 その為に今打てる手は打っておくべきなのだと、俺は(きも)()わらせるのであった。

 

 

 


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