異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
ヘッセンは俺から投げ渡された一冊の小さな本を見つめる。
「これは……フリー、マギエンス──」
「おぉ、読めるなら話が早い」
「うん? あぁそりゃな。そういう教育受けてたし、冒険者時代も依頼周りは全部おれだったよ」
「なるほどな、ちなみにそれはフリーマギエンスの教義が書かれた本だ」
「あんたらんとこの、神王教でいうところの神聖書ってわけね」
俺は首を縦に
「基本的に神王教の教義と明確に相反することはないが、一応取捨選択してフラーナ
あくまでフリーマギエンスは思想的にどの宗教とも競合することなく、第二の信仰として成り立つ構造にしてある。
しかしながらそれでも宗教問題はデリケートな部分があり、世界に対する認識が
そういった意味でヘッセンは神王教を理解しつつ、冒険者時代の観念を持っているので適任であった。
「なるほど……な、んか色々書いてあるな」
「世界の広さと新しい常識が、言葉だけでも少しは
パラパラをめくっているヘッセンの返事を待たず、俺はベッドから立ち上がると……一瞬だけ
その場で倒れそうになるのと踏みとどまって、大きく深呼吸する。
「あっオイ、大丈夫か?」
「っ──ふゥ、問題ない問題ない」
言いながら俺はベルトバッグから小瓶を取り出すと、様々な色と大きさの飴玉のような"スライムカプセル"の内、赤色の粒を一つだけつまむ。
それを口元まで持っていったところで、プチッと潰して気化した赤スライムを適量、一息に吸い込んだ。
「なんだあ……?」
「財団謹製の
首を
半分は回復、半分はドーピングみたいなものだが……多少の無理をしたツケは後々、落ち着いた時に支払えばいい。
「それじゃフラーナ
◇
廊下へ出たところで開けられていた窓から、俺は気圧の変化に気づく。
「ん……雨が降《ふ》ってくるか、風も強くなりそうだな」
「なっ──それは、本当か!?」
突然に
「元冒険者なら多少はわかるだろう?」
道なき道を踏破するにあたって、そうした察知技能は非常に重要なモノの一つである。
「いや、おれにはまったく……」
「だから三流だったんじゃ──」
「くっ、それは否定しないが……」
特にこの世界では、地球とは比較にならない規模および頻度の天災が、交易や往来を
強力な魔術士であれば人為的に起こすことも可能であり、大規模な魔術戦の後は特に不安定にもなる。
また一時的に災害に見舞われたことで、縄張りから追われてきた野獣や魔物の大挙も決して珍しいことではない。
伝え聞く過去の歴史では、そうした要因の重なりで国家が崩壊したこともあったくらいであり、当然個人レベルでも避難や対応は死活問題となりうる。
農民なども天候の変化には敏感であり、ケイやカッファもかなりのものだが……俺はハーフエルフの強化感覚によってさらに数段鋭い。
「でなくって、"
「うん?」
「威光を
「なにゆえ?」
「詳しくはわからん。ただそういう慣例だし、今までに例外はなかった」
(──いや、あぁそうか。十中八九、魔王具"
俺はアイトエルが語っていた魔王具の一つを思い出しながら、脳内で考えを
それは想像でしかないが……神族が安全を確保して移動をする為に、あえて領域を伸ばしているのだろうか。
同時に平時は特定領域の天候を操作している副作用で、直近領にあたる黄昏の都市の天候が安定して晴れ続きなのかとも。
「つまり神族の調査隊が入るってわけか──」
「ああ……もしかしたら処断も……くそっ、このままじゃあと数日とないじゃねえか」
顔を歪めるヘッセンに対して、俺はさほど悩むこともなくあっけらかんと言ってのける。
「まぁそう悲観的にならんでも大丈夫だ、俺に任せておいてくれ」
「あ? あぁ……?」
ヘッセンはあからさまに
知らなければ装う必要もなく、精神も
◇
隣の部屋をノックして入ると、フラーナが椅子に座ってパタパタとさせていた足を地に着け立ち上がる。
「あらあら意外と早かったんですね、男同士のお話。体の
「はい、ご心配お掛けしました。ところで俺もやることが多く……すぐにでもお
「そんな! 結構ですよ、大したことはしていませんから」
「まっまっ、そう言わずに」
俺はやや強引に彼女の手を取ると、既に握り込んでいた"やや細長い手の平大の物体"を手渡した。
「一体全体なんでしょう、これは? ……魔術具ですか?」
「耳に当てて、魔力を流してみてください。流す魔力の量で、音量が変わります」
言われるがままにフラーナは耳元へと持っていくと、そこから音楽が流れ出す。
それは俺だけが個人的に特注した採算度外視の科学魔術具──専用の"
「わあ……──」
「おぉ……──」
部屋内に響くサウンドに、フラーナもヘッセンも感嘆の声を漏らした。
中には10曲にも満たない程度ではあるが、ヘリオらやジェーン達の曲が生で録音されている。
皇国にも聖歌といった曲はあるがあくまで画一的なもの。ロックやメタルにポップからバラード他は完全な異文化。
大した娯楽を
「また日を改めて、そう遠くない内に
「あのっ! ベイリルさん!?」
俺は彼女の返事を待たぬまま窓を開けて飛び出した。
フラーナの人の良さに付け込んで、有無を言わせない。
それが教義や戒律に
そして……どこかにしまい込もうとも、
(
その為に今打てる手は打っておくべきなのだと、俺は