異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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第五部 2章「企画進行」
#283 大要塞


 

 ──緑竜の風に乗せてもらって以来、飛行する際には常にその風の使い方を参考に修練を積んできた。

 

 大陸内弾道飛行用の"推進飛行機構(スラスターユニット)"を使わずとも、より自然で高効率な飛行術が俺の中で育ってきている。

 白竜イシュトの光速移動には及ぶべくもないが、それでも単純な移動能力だけならば世界でも有数であろう。

 

 俺は大空の海をサーフィンしながら、思考の海に潜行(ダイブ)し続ける

 最終的な判断は各種情報が集まってからではあるが──薄っすらと考えて続けていたことが輪郭を帯びてくる。

 

(俺が皇国で()せること……()すべきこと──)

 

 やりたいこと、やれることの指針は定まった。あとはそれを磐石(ばんじゃく)に実行するだけの計画(プラン)である。

 

 

 大空隙(だいくうげき)よりも東、頂竜湖よりも西の中間付近。

 片割れ星が浮かぶ夜明け前の暁闇──いつしか"大要塞"を地平線に(とら)え、俺は速度を落としながら周辺を探っていく。

 

 強化されたハーフエルフの視力は、星明かりも相まって十分すぎるほどよく見える。

 

「皇都の威容よりは幾分かスケールダウンこそすれ──」

 

 やはり要塞としては破格の規模を誇っているように見える。

 城伯と駐屯軍とその家族とが暮らし、臨時の軍団をも引き入れて養えるだけの備蓄がある城塞都市。

 

 "断絶壁"とは比べるべくもないが、それでも壁は厚く高く──

 "大空隙"とは比べるべくもないが、それでも(ほり)は広く深く──

 

(確かに全方位に隙がない作りをしているが……)

 

 魔領の軍勢を相手にして、一度として陥落したことがない──と言えるほどだろうか。

 壁上には兵士こそ常駐している様子だが、特段の兵器類は見当たらず……対空防備も非常に薄い。

 

 

(なんだったら王国軍の即席要塞のが堅牢な気がする)

 

 インメル領会戦での総大将"岩徹"のゴダールと地属魔術士達が作り上げ、最終的に超巨岩ゴーレムとなった戦争城塞。

 魔術士部隊の対空迎撃は苛烈の一言であり、騎獣民族で構成された地上軍でさえ、チクチクと嫌がらせをする程度に留まったほどである。

 

 当初の戦術通り、補給を()って()えさせるという方法を取ったが……まともに攻め立てたなら、どれほどの犠牲が出たかわからない。

 

(戦帝が率いる帝国精鋭軍でも一気に突き崩せなかったし……)

 

 俺は光景を鮮明に思い出しながら、固化空気の足場の上から鳥瞰(ちょうかん)し比較する。

 

 

「まっ……正直、ガバガバ防備な(ほう)がこちらにとって都合が良いが」

 

 俺は空中から思いっきり斜め上方向へ跳躍し、放物線を(えが)くようにして落下していく。

 "六重(むつえ)風皮膜"の一層目に展開している空気密度を調整した"歪光迷彩(わいこうステルス)"に夜闇が加われば、一般警備兵には視認できない。

 

「っ──ぅぉお?!」

 

 そして……俺は落下途中で違和感に気付き、急ブレーキを掛けながら()()()()()()

 わずかに"丸みを帯びた傾斜"は、はたして地面ではなく──

 

「結界……だと?」

 

 見覚えはあった。それは"闘技祭"の闘技場を囲っていたそれと同じ、無属魔術による物理的な障壁。

 

 俺はパチンッと指を鳴らして、反響定位(エコーロケーション)で形を確認する。

 すると半球円状に要塞を取り囲むように展開されているのがわかった。下手をすると地中にも範囲が及んでいるかも知れない。

 

 

「これは予想外」

 

 魔力を純粋な形としてバリアに使う──それは基本的にあらゆる物理現象を(はば)めるものの、消費対効果(コストパフォーマンス)が非常に悪い。

 

 代々闘技祭で使われていたモノは、恐らくは学園長アイトエルがどこかから調達してきたのだろう専用魔術具によるものだった。

 アレは四つの魔術具を任意に設置して四角い結界を作り出すもので、天井部は吹き抜けだった。

 

(だがこの結界は穴もないし、強度も相当だ……)

 

 ガンッガンッと結界を殴ってみたが、俺でも破壊するには大技を使わねば恐らくは不可能であろう。

 

(なるほど、不落なわけだ)

 

 壁に兵器類が無いのも当然だった、なにせ必要性がないのだから。

 むしろ結界があるので、内側から攻撃しようものなら跳ね返って自爆するだけである。

 

 しかしながら疑問も残る──闘技祭では、観客全員分の魔力を使って一時的に展開していただけだ。

 大要塞を(おお)うほどの規模と強度で、四六時中展開するというのはかなり無理があるように思える。

 

(となると、城塞都市に住んでいる兵士や家族から魔力を徴収しているわけか)

 

 かつ日時を決めて展開しているのだろうか。でないと皇国軍も自由に内外を行き来することができまい。

 それに相当な軍事機密にしたって、大要塞・大監獄に加えて大結界のように一般にもう少し知られていても良さそうなものだが……。

 

 

「いや……──そうか、そういうことか!!」

 

 俺は考えている途中で(ひらめ)いて、疑問が氷解したことに思わず声をあげていた。

 

(大要塞の地下に大監獄を併設していた、その意味──)

 

 結界の保持に兵士の魔力を利用していては、いざ出撃といった場合に消耗してしまっていたり、不在時には結界の十全な保持できない。なればどうする?

 一般民の魔力で、これほど堅固な結界がはたして構築できるのだろうか。

 結界の存在を広く大々的に喧伝していない理由まで掘り下げた時に見えてくる答え。

 

 つまり"大監獄に存在する囚人の魔力を利用する"ことで、大要塞の絶対的防備が(たも)たれているのだと思い至ったのだった。

 

 

(そうだ、それなら辻褄(つじつま)も合う)

 

 わざわざ犯罪者を極刑に処さず、手間を掛けて管理しておく意味……それは情報を聞き出す為だけではないのだ。

 つまるところ結界を作り出すための燃料源であり、大監獄なくして大要塞はその防衛能力を持続し得ないと見た。

 

(結界はそのまま囚人を閉じ込めておく(オリ)にもなる──魔力を利用されてちゃ、脱獄する為の(ちから)も発揮できやしない)

 

 厄介な囚人の魔力を強制的に奪ってしまうという、管理面においても()があるのだ。

 たった一石でどれほどの鳥を落とそうというのか……実によくできたシステムが構築されている。

 

 同時にコレを創った人物──あるいは集団──は恐ろしいほどの才能にして実力者だということの証左でもあった。

 

 

「実に面白い」

 

 もしもカドマイアを助ける段になれば、この結界をどうにかするというのは必須事項。

 そして要塞内部へ潜入するにしても……まさしく、今、試されている──と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 男一人が通れるくらいに結界を破壊して、俺は城塞都市の空を落ちながらどんどん離れゆく結界を見つめる。

 

(やはり強力な魔術を使わないと突破は不可能。それに自動修復速度というか、再形成速度も速い……やはり一筋縄じゃぁいかんな)

 

 音もなく家屋の上に着地して、俺は夜明けに染まりつつある街並を見渡す。

 ひとまずは内部へと潜入できたものの、新たにまだ方針を定められないでいた。

 

(皇国兵士を装うべきか、それともステルスのままいくか──)

 

 前者であれば誰かしらから衣服を拝借する必要があり、後者ならば常に魔力を消費し続けることになる。

 一般人を装うにはあまりにも怪しいし、重要な区画に入ることも難しい。

 

("反響定位(エコーロケーション)"によるソナー探査で構造を調べる必要もある)

 

 となるとやはり、魔力消費はなるべく控えておくに越したことはない。

 滞在日数もどれくらいに及ぶかもわからないし、飛行した分だけ休む必要もあった。

 

 

(まっ武具倉庫にでも行けば、予備の装備くらいたっぷりあるだろう)

 

 俺は屋根から屋根へと跳び移りながら、中央の城砦を目指す。

 

(できるだけ情報も収集したいところだが……無理は禁物だな)

 

 俺は自分自身に言い聞かせるように、心中で反芻(はんすう)した。

 ついついテンション任せに行動してしまうのは悪癖(あくへき)でもあり、事態を好転させることもあったが常にそうなるとは限らない。

 

 

(最優先目標──大監獄の詳細)

 

 そこを()(ちが)えては元も子もない。あくまでカドマイアを救出できるかどうかの前提条件である。

 神族殺しの生贄として収監されている以上は大丈夫だとは思うが、最低でも生存を確認し、可能であれば接触(コンタクト)をはかりたい。

 

(次点──大要塞の構造把握)

 

 正面きって相手するわけでは決してないが、最悪の場合は振り切っての遁走(とんそう)をかまさなくてはいけない。

 その際の配置や道順(ルート)を頭に入れておいてこそ、より安全で確実に成功させる確率を上げていく。

 特に結界の構築や展開状況について調べておくことは、直接的な成功の可否にも繋がってくるだろう。

 

(それと──軍団の陣容調査)

 

 どれだけの質と量を確保しているのか。実際的に動かせる、動ける人数はどの程度なのか。

 場合によっては、なにかしらの"外圧手段"を用いる可能性・必要性も出てくる。

 外交交渉としてだけでなく、軍陣や警備状況を削ったり混乱させるために講じられることは少なくない。

 

 また単純に一個軍団として、どのような調練を(おこな)っているかも興味があるし参考にもなろう。

 

 

「これも一つの観光と思って、気楽にいくとしますかね──」

 

 

 


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