異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#285 侵入者

 

「聖騎士さま、日落ちの鐘が鳴りました」

 

 付いていた刑務兵の一人が、こちらへと恐る恐る告げてくる。

 わたし(・・・)は最後に男を冷徹に一瞥(いちべつ)する、男は終始薄ら笑いを浮かべるばかりであった。

 

「っはァ……──わかった、戻しておいてくれ」

 

 男はどれだけ痛めつけようとも顔色一つ変えず、知った(ふう)な軽口を叩くのみ。

 

 腕の一本でも叩き斬ってやりたいところだが、なぜだか教皇庁から"必要以上に傷をつけるな"との通達。

 ()に落ちないままに……精々が(なぐ)って痛めつけ、罵倒する程度しかできなかった。

 

 

「今日も時間切れのようだ」

 

 引っ立てられて監房へ戻っていく吸血種(ヴァンパイア)の男──"特一級指名手配犯"であり、素性はおろか名前や年齢も不詳。

 その罪状は過去にとある教区で暴れに暴れて、当時の大司教を含めて数百人を殺したという超危険人物──余罪も多数。

 

(クソッ──)

 

 わたしは周りに醜態を見せるようなことはなく、心中でのみ悪態を吐き捨てた。

 ウルバノ殿(どの)と共にあの男を皇都で捕えて、ここまで運んだものの……命を懸けた戦闘の最中(さなか)ですらヤツは終始遊んでいるようであった。

 

 捕まえはしたが、捕まえたということ以上の進展がないのだ。

 聖騎士二人掛かりでも一歩間違えばやられていたところで、現在も魔力を奪われているはずなのに恐ろしいほどの耐久力。

 

(いつまでも……かかずらってはいられない)

 

 皇都にいた理由を聞き出そうと思って尋問を続けているが、実りがない以上は徒労である。

 あるいはこうやって拘束していることで、未然に惨劇を防ぐことができたのだと……前向きに考えるより他はない。

 

 

「ふぅ……」

 

 地上階へと戻ると、魔力を吸い取られていた感覚が元へと戻る。

 

(何度味わっても慣れないな)

 

 "結界"を維持する魔力転換は監獄の底ほど強力になる。

 予備階では効果が比して小さく、たとえ丸一日いたところで聖騎士たる自分の魔力が底をつくまではいかない──

 しかしながら感覚としてはやはり気持ち悪いとしか言いようがなく、多少なりと目減りすることも受け入れるより他はない。

 

 

「……うん?」

 

 わたしが扉を開けると、丁度出入り門扉から出て行く"兵士"が見えた。

 資料のようなものをいくつか小脇に(かか)えて、こちらに気付いた様子はなく足早に外へと出て行く。

 

 なんとなく、ただなんとなく──少しだけ()()()()()。同時にそういった直感は、往々にしてハズレはないことを経験で知っている。

 ほんのわずかな所作であった。無意識にまで刷り込まれたのであろう隙の無い微細な動きが、わたしの闘争嗅覚とも言うべき部分を刺激したのだ。

 

一兵卒(いっぺいそつ)、それも事務(かた)が……?)

 

 これがたとえば同じ聖騎士であったなら、隙のない体捌(たいさば)きも当然である。それだけの戦闘強度を持つがゆえに。

 だからこそチグハグさが際立つ。どう照らし合わせても一兵卒の動きではないと、疑念はより固まっていく。

 

「ファウスティナさま?」

「あぁ──」

 

 わたしは受付の兵士へとスッと手だけ挙げて制し、外への門扉を開け放つ。

 一体何者かを(たず)ねるよりも、自分で確認した(ほう)が早く確実だと踏んだ。

 

 

「っっ──!?」

 

 疑念の兵士は……忽然(こつぜん)と消えていた──地上にいないなら──わたしは反射的に空を(にら)む。

 するとこの瞳は確かに(とら)える。それは先ほどの兵士の姿ではなかったが……"歪みの不自然さ"を見紛(みまが)うはずもない。

 

「空翼展開」

 

 命令に呼応して、瞬間的に全身鎧の背から翼が展開してわたしを大地から浮かせた。

 追いつく(あいだ)に弓に矢をつがえると、バチバチと雷を(まと)いて、(やじり)を目の前の歪みへと向ける。

 

 

「止まれ」

「──よくわかりましたね、さすがは聖騎士ですか」

 

 見えない衣を取るように、その姿を現した兵士の顔──黒灰銀の髪の毛を風に流し、碧眼を真っ直ぐこちらへ向けてくる。

 

「貴様……賊か?」

「見逃してはもらえませんか」

 

 わたしは無言でつがえていた矢を放つ。(いかずち)がごとき、肩口を狙ったその一閃。

 しかし男はまるで来ることがわかっていたかのように、体を軽く(ひね)って(かわ)して見せる。

 

(……やはり強い)

 

 大司教殺しの"特一級指名手配犯"に続いてまたも謎の猛者が、しかも大要塞にまで入り込んでいるとは……あるいはヤツの仲間という可能性すらも視野に入れておく。

 

 

「聞く耳持たず、ですか。ファウスティナさん」

「賊が、呼ぶな。馴れ馴れしくわたしの名を」

 

 わたしは続いて三本の同時に矢をつがえ、今度は狙いをつけないまま、すぐに射てるように備える。

 

「それは失礼。しかし、この場にいたのが貴方で良かった」

「なに……? どういう意味だ」

「交渉ができるということです。その弓と鎧一式──"カエジウス特典"でもらったもの、ですよね」

 

 わたしは驚愕で目を見開いた。そのことを知るのは両手で数えられる程度の人間であるがゆえに。

 

 

「何者だ、貴様」

「俺は……オーラム殿(どの)の盟友です」

「オーラム、ゲイル・オーラム──」

 

 (なつ)かしき名であった。まだ若かりし頃、(とも)迷宮(ダンジョン)内で死線を潜り抜けた戦友。

 いけすかない面も多かったが……当時のわたしにとって一番(とし)の近かった彼は、"オラーフ・ノイエンドルフ"と共に(あこが)れの一人であり浅からぬ因縁もある。

 

「盟友だと?」

「だからファウスティナさん、俺は貴方のことを知っている」

「ゲイル、の……それならばわたしを知る理由としては納得できるが──」

「そしてかくいう俺も、迷宮制覇者でして」

 

 五英傑の一人、"無二たる"カエジウスが叶えてくれる三つの願い。

 ワーム迷宮を攻略し、最下層の黄竜を倒して得たわたしの願いは──聖騎士に相応(ふさわ)しい装備であった。

 

 飛行から水中呼吸まで、あらゆる環境に適応する全身鎧。

 つがえた矢に雷を付与し、敵を撃ち(はら)う弓。

 

 この二つがあったからこそ、若くして聖騎士として大成できた部分は否定できない。

 

 

「ちなみにそれってカエジウスが手ずから作ったモノなんですかね、なかなか興味深い」

「……」

「超生物のワームを流用した鎧でしょうか、それと黄竜の部位を使った弓。まぁまっ、迷宮全改築するのに比べれば造作もないんでしょうねぇ」

 

 ベラベラと一人で語り出す青年──彼が本当に迷宮を制覇したとすれば、それは決して(あなど)れない。

 

(さっきまで風景と同化していたのも……)

 

 ()の実力は言うに及ばず。わたしのワーム鎧よりも、さらに強化された武具を特典で譲り受けている可能性が高い。

 だがそれは退()く理由には決してなりはしない──!!

 

 

「ゲイルの友だろうと、それが(あだ)なす者なれば容赦はしない。再度問う──貴様は何者で、その目的はなんだ」

「どちらも言えない、ですかね。でも見逃してはもらえませんか?」

戯言(たわごと)を……」

「アルトマー殿(どの)は借りを返してくれましたよ? 利子付きで」

「っなにを──」

 

 またも古き名を口にする。"エルメル・アルトマー"、わたし達が迷宮を攻略するにあたって支援をしてくれた商人。

 

「つまりオーラム殿(どの)が、貴方や"ガスパール"さんに(ゆず)った願い事の分を、俺に返してもらえませんかね」

「なぜ貴様などに」

「まぁオーラム殿(どの)なら、俺が言えば了承してくれそうなので。それくらいの仲です」

「むっ……」

 

 それは、確かに。とてもすごくあっけらかんと言う姿が想像できた。

 同時にこの青年が決して虚言ばかりを(ろう)していることではないことも、よくよく理解(わか)らされる。

 

 

「まっ、俺としては力尽(ちからず)くで逃げても構わないんですけどね。ただ……まだ貴方も病み上がりのようですから」

「知った(ふう)な……」

「オーラム殿(どの)の戦友を相手に、あまり手荒なことはしたくないので──」

「口を叩くなァ!!」

 

 わたしは構えた三本の雷矢を瞬時に撃ち放つ。ご丁寧に狙いをつけると対応されてしまうが、瞬間的なそれならば……。

 三つの雷光はそれぞれ別々の筋を辿って、青年の肉体を(つらぬ)く──しかしそこに手応えはなかった。

 

(残像──!?)

 

 ()()()()()()のように映し出されている男の虚像は、本物だと錯覚してしまったほどに鮮明すぎた。

 

『残念です』

 

 その声は上方からしたものの……わたしは自身の闘争本能に(ゆだ)ねながら、体ごと背後へと振り向けていた。

 そして今度こそ実像が存在し、襲い掛かる(こぶし)(かわ)しながら、わたしは腰の剣を抜き放つ──

 

 

「っがぁ……はァ──」

 

 しかし抜いたはずの刀身は鞘から出ることなく、わたしの肉体は衝撃によって墜落していた。

 

 賊の拳は確実に回避したはずで、そこに見誤りはない。しかしそれでもなお当たったのだ。

 まるで()()()()()()()ような──()()()()()()()に当たったような、そんな錯覚に(おちい)る。

 

「くっ……まんまと」

 

 わたしは虚空を見上げながら歯噛みし、左手で持っている弓を一層強く握り締める。

 賊であった青年の姿は既に掻き消えていて、こちらへ追撃することもなく逃げ去ったようだった。

 

 地面に衝突したダメージは、ワーム鎧がほとんど吸収してくれていたが……ジンジンと心臓付近に残る痛みと熱さは(ぬぐ)いきれない。

 "特一級指名手配犯"の吸血種を相手に己の(ちから)不足を感じ、今もまた己の(いた)らなさに煮えくり返り()き立つ感情だった。

 

 聖騎士とは強くあるだけが存在理由ではない──しかして強くなければ、その手から(こぼ)れ落としてしまうモノが増えるのは必定。

 

 

「……また、(イチ)から鍛え直すべきか」

 

 かつての戦友の名を聞いたことで去来するわたしの中の想い。

 それはどうしようもないほどに()()ぜの衝動を掻き立てるのであった──

 


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