異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~ 作:さきばめ
「聖騎士さま、日落ちの鐘が鳴りました」
付いていた刑務兵の一人が、こちらへと恐る恐る告げてくる。
「っはァ……──わかった、戻しておいてくれ」
男はどれだけ痛めつけようとも顔色一つ変えず、知った
腕の一本でも叩き斬ってやりたいところだが、なぜだか教皇庁から"必要以上に傷をつけるな"との通達。
「今日も時間切れのようだ」
引っ立てられて監房へ戻っていく
その罪状は過去にとある教区で暴れに暴れて、当時の大司教を含めて数百人を殺したという超危険人物──余罪も多数。
(クソッ──)
わたしは周りに醜態を見せるようなことはなく、心中でのみ悪態を吐き捨てた。
ウルバノ
捕まえはしたが、捕まえたということ以上の進展がないのだ。
聖騎士二人掛かりでも一歩間違えばやられていたところで、現在も魔力を奪われているはずなのに恐ろしいほどの耐久力。
(いつまでも……かかずらってはいられない)
皇都にいた理由を聞き出そうと思って尋問を続けているが、実りがない以上は徒労である。
あるいはこうやって拘束していることで、未然に惨劇を防ぐことができたのだと……前向きに考えるより他はない。
「ふぅ……」
地上階へと戻ると、魔力を吸い取られていた感覚が元へと戻る。
(何度味わっても慣れないな)
"結界"を維持する魔力転換は監獄の底ほど強力になる。
予備階では効果が比して小さく、たとえ丸一日いたところで聖騎士たる自分の魔力が底をつくまではいかない──
しかしながら感覚としてはやはり気持ち悪いとしか言いようがなく、多少なりと目減りすることも受け入れるより他はない。
「……うん?」
わたしが扉を開けると、丁度出入り門扉から出て行く"兵士"が見えた。
資料のようなものをいくつか小脇に
なんとなく、ただなんとなく──少しだけ
ほんのわずかな所作であった。無意識にまで刷り込まれたのであろう隙の無い微細な動きが、わたしの闘争嗅覚とも言うべき部分を刺激したのだ。
(
これがたとえば同じ聖騎士であったなら、隙のない
だからこそチグハグさが際立つ。どう照らし合わせても一兵卒の動きではないと、疑念はより固まっていく。
「ファウスティナさま?」
「あぁ──」
わたしは受付の兵士へとスッと手だけ挙げて制し、外への門扉を開け放つ。
一体何者かを
「っっ──!?」
疑念の兵士は……
するとこの瞳は確かに
「空翼展開」
命令に呼応して、瞬間的に全身鎧の背から翼が展開してわたしを大地から浮かせた。
追いつく
「止まれ」
「──よくわかりましたね、さすがは聖騎士ですか」
見えない衣を取るように、その姿を現した兵士の顔──黒灰銀の髪の毛を風に流し、碧眼を真っ直ぐこちらへ向けてくる。
「貴様……賊か?」
「見逃してはもらえませんか」
わたしは無言でつがえていた矢を放つ。
しかし男はまるで来ることがわかっていたかのように、体を軽く
(……やはり強い)
大司教殺しの"特一級指名手配犯"に続いてまたも謎の猛者が、しかも大要塞にまで入り込んでいるとは……あるいはヤツの仲間という可能性すらも視野に入れておく。
「聞く耳持たず、ですか。ファウスティナさん」
「賊が、呼ぶな。馴れ馴れしくわたしの名を」
わたしは続いて三本の同時に矢をつがえ、今度は狙いをつけないまま、すぐに射てるように備える。
「それは失礼。しかし、この場にいたのが貴方で良かった」
「なに……? どういう意味だ」
「交渉ができるということです。その弓と鎧一式──"カエジウス特典"でもらったもの、ですよね」
わたしは驚愕で目を見開いた。そのことを知るのは両手で数えられる程度の人間であるがゆえに。
「何者だ、貴様」
「俺は……オーラム
「オーラム、ゲイル・オーラム──」
いけすかない面も多かったが……当時のわたしにとって一番
「盟友だと?」
「だからファウスティナさん、俺は貴方のことを知っている」
「ゲイル、の……それならばわたしを知る理由としては納得できるが──」
「そしてかくいう俺も、迷宮制覇者でして」
五英傑の一人、"無二たる"カエジウスが叶えてくれる三つの願い。
ワーム迷宮を攻略し、最下層の黄竜を倒して得たわたしの願いは──聖騎士に
飛行から水中呼吸まで、あらゆる環境に適応する全身鎧。
つがえた矢に雷を付与し、敵を撃ち
この二つがあったからこそ、若くして聖騎士として大成できた部分は否定できない。
「ちなみにそれってカエジウスが手ずから作ったモノなんですかね、なかなか興味深い」
「……」
「超生物のワームを流用した鎧でしょうか、それと黄竜の部位を使った弓。まぁまっ、迷宮全改築するのに比べれば造作もないんでしょうねぇ」
ベラベラと一人で語り出す青年──彼が本当に迷宮を制覇したとすれば、それは決して
(さっきまで風景と同化していたのも……)
だがそれは
「ゲイルの友だろうと、それが
「どちらも言えない、ですかね。でも見逃してはもらえませんか?」
「
「アルトマー
「っなにを──」
またも古き名を口にする。"エルメル・アルトマー"、わたし達が迷宮を攻略するにあたって支援をしてくれた商人。
「つまりオーラム
「なぜ貴様などに」
「まぁオーラム
「むっ……」
それは、確かに。とてもすごくあっけらかんと言う姿が想像できた。
同時にこの青年が決して虚言ばかりを
「まっ、俺としては
「知った
「オーラム
「口を叩くなァ!!」
わたしは構えた三本の雷矢を瞬時に撃ち放つ。ご丁寧に狙いをつけると対応されてしまうが、瞬間的なそれならば……。
三つの雷光はそれぞれ別々の筋を辿って、青年の肉体を
(残像──!?)
『残念です』
その声は上方からしたものの……わたしは自身の闘争本能に
そして今度こそ実像が存在し、襲い掛かる
「っがぁ……はァ──」
しかし抜いたはずの刀身は鞘から出ることなく、わたしの肉体は衝撃によって墜落していた。
賊の拳は確実に回避したはずで、そこに見誤りはない。しかしそれでもなお当たったのだ。
まるで
「くっ……まんまと」
わたしは虚空を見上げながら歯噛みし、左手で持っている弓を一層強く握り締める。
賊であった青年の姿は既に掻き消えていて、こちらへ追撃することもなく逃げ去ったようだった。
地面に衝突したダメージは、ワーム鎧がほとんど吸収してくれていたが……ジンジンと心臓付近に残る痛みと熱さは
"特一級指名手配犯"の吸血種を相手に己の
聖騎士とは強くあるだけが存在理由ではない──しかして強くなければ、その手から
「……また、
かつての戦友の名を聞いたことで去来するわたしの中の想い。
それはどうしようもないほどに