異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#290 黒翼の少女 I

 

「そう……そうだよ、シップスクラーク財団──"悪の秘密結社"!!」

「えっ──」

 

 俺は眉をひそめつつ()の抜けた声をあげてしまい、彼女はたった一呼吸で番傘から()()()()()俺の首元へと刃を添えていた。

 

(ッオイオイオイオイ、仕込み番傘……!?)

 

 

「あなた、シップスクラーク財団の人間だったの!?」

「まぁそうだが」

 

 俺は喉元まで切先(きっさき)を突き付けられながらも、至って平然とした様子で答える。

 

「こんな状況でも(あせ)らず、(わる)びれもしないとは筋金入りの(アク)!! 成敗!!」

「っお……と──」

 

 刀身を返しながら振られた斬撃を、俺は皮一枚のまま(かわ)した。

 わざわざ手首を返してまで峰打(みねう)ちしてきたということは、殺す気まではないということか。

 

「こちとら慈善事業や各種技術開発を手掛ける、健全な営利団体を悪の組織呼ばわりとは、これいかに?」

「あいにくと、わたしは知ってるから!」

 

 スッと構えた女は、フェイントもなしに真っ直ぐ突貫してくる。

 

 

「帝国の東で、王国と戦争をおこし──!!」

「それは旧インメルの土地と民を守る為の、積極的防衛!」

 

 ()れがまったくない一刀斬り落としを、俺は(たい)をズラすだけで(かわ)す。

 

「その時に(たみ)の食糧を奪って──!!」

緻密(ちみつ)な計算の上で、しっかり避難させてからの焦土戦術! どのみち王国軍に略奪されるくらいならな」

 

 俺は周囲の状況を見ながら誘導するように回避し続け、同時に抗弁する。

 

「さらに蛮族を手懐(てなず)け──!!」

「騎獣民族も安住の地を必要としていたから、居場所を提供しただけだ!」

 

 追従するように迫る刀身は俺の動きを(とら)え続けるのだが、それでも俺の肉体へと到達することはない。

 

「海賊と癒着し──!!」

「協力と言ってくれ。しかも今は正式に帝国の預かりになっている!」

 

 素養もあるし鍛錬もしている……器用でもあるのだが、彼女の動きは洗練された武術家のそれではなく全体的に(つたな)い印象を受ける。

 

「治療と称して人体実験をし──!!」

(ほう)っておけば多くが死ぬ以上は、迅速な対応が必要だった!」

 

 技術の練磨不足は持ち前の身体能力(フィジカル)で補完しているといったところ。

 

「奴隷を集めて働かせ──!!」

「どの国でもやっていることだし、むしろ行き場を失った人々の受け皿となって教育し、正当な報酬も与えていて待遇は良いほうだ!」

 

 それは未だ原石のような輝きが内包されているようにも感じ入るのだった。

 

「武器や兵器を売買し──!!」

「それは別に違法じゃない!」

 

 いい加減に俺は刀身をガシッと握力のみで掴んで止めた。

 

 

「おまえぇ……さては幹部級!! だってやたらと詳しい!!」

「それはこっちの台詞だっての。よくもまぁ……色々と調べ上げているもんだ」

 

「わたしの使命は世に蔓延(はびこ)りし悪を討つこと! その為の世直しの旅! だから情報収集は欠かさないんだ!!」

「いやいやガバガバじゃねえか! せめてよく知る内部の人間がこうして眼の前に現れたんだ、もっと耳を傾けるべきじゃないか? 正確な言い分ってやつをさ」

 

 俺は半眼で訴えるも、少女はまったくもって聞く耳を持ちそうになかった。

 

「悪党の言うことなど信じられるか!!」

「ったく、思い込みが過ぎるぞ! 確かに悪いこともまったくやってないと言えば嘘にはなるが……」

「そうだろうとも! (いさぎよ)ぉ~く罪を認めて楽に──って、むぅぅぅううう!! もうっいつまで(つか)んでるの!!」

 

 スミレは持った刀に何度も(ちから)を入れるも、まったく微動だにせず文句を言う。

 俺は仕方なく掴んだ手から離して、やれやれと肩を大仰に(すく)めて見せた。

 

「融通の()かない(やっ)ちゃな、必要悪というのも知れ。毒をもって毒を制する場面が、少なからず世の中にはあるということを──」

「そんな悪党の常套句なんて聞かない!」

 

 するとスミレは刀身を一度、番傘の鞘へと納めたところで……ジリッと地面を(こす)り、腰を落として居合いの構えを取る。

 

 

「おまえ強いし、やっぱり幹部級に間違いない」

「いやいや、だからそもそもだな──」

 

「もうわたし、本気(・・)でいくから」

 

 俺はゾクリと──今までにも何度か味わった悪寒(おかん)にも似た圧力(プレッシャー)に、肉体と精神とが完全な臨戦態勢へと自然に移行する。

 

『"加速"──』

 

 そして彼女が(つぶや)いた声が届くよりも速く、スミレの姿は視界から掻き消えたのだった。

 

 一方で俺はスムーズに"天眼"を発動させ、スミレの軌跡を掌握していた。

 視界には映らない速度であっても全感覚を総動員した今の俺ならば、感じることが可能だし反応もできる。

 

(まさか魔導師(・・・)、とはな──)

 

 俺は背後に回ったスミレへと振り返りながら、彼女の研ぎ澄まされた"濃い魔力"の律動を理解していた。

 "黄昏の姫巫女"フラーナとの一件以来、"天眼"の共感覚による魔力色の知覚も含めて、意識することでより鋭敏になったと自覚している。

 

 抜き打たれた刃は──俺の右手の甲によって方向を丁寧に変えられ、(くう)のみを斬る。

 まさか反応されるとは思わなかったのだろう。スミレは刹那の合間に驚愕に目を見開いて、強引に切り返しながら(つぶや)く。

 

 

『"必中"──』

 

 俺は返す刀も悠々と()けた──それを"天眼"が見紛(みまが)うことも、(たが)えるわけもなかった。

 しかし俺は押し出されるように退(しりぞ)かされていたと同時に……左腕が赤く染まり、血しぶきが広場に舞っていた。

 

 あるいは大道芸の延長線上と……見世物感覚でまばらに観戦していた、周囲の人々から悲鳴がいくつもあがる。

 

 スミレは周囲の民衆への危害を配慮してか、無理に追撃をしてくることはなく、警戒を含んだ瞳でこちらを見据えていた。

 

 

「ふゥー……──」

 

 俺は息吹と共に"六重(むつえ)風皮膜"を(まと)うと同時に、脳内物質と自己治癒魔術で腕の出血を止める。

 

(ありえない……こともありえるのが、"魔導"という名の異能だな──)

 

 俺が冷静に事態の把握に努め、そしてあっさりと受け入れられたのは──彼女が魔導師級の魔力を持っていると知覚しているからであった。

 反射的に()退(すさ)ったのは日頃の(たゆ)まぬ修練の賜物(たまもの)であり、そうでなければ相当の深手を()っていたに違いない。

 

 ただし本来であれば"天眼"を発動している俺に、あの程度の斬撃が当たるわけがない。

 つまりそれを成さしめたのは……ひとえにスミレ(かのじょ)が使った"魔導"に他ならない。

 

 

(対魔導師戦とは、常に予測と裏切りの繰り返しを思えば……)

 

 魔導そのものに(じか)()れることも含めて、これもまた良い経験値となってくれるだろうと俺は開き直る。

 

スミレ(かのじょ)必中(・・)と言った、その前は口唇(くちびる)を読むに加速(・・)か……自分にバフや特効を付与する魔導か)

 

 俺は魔力を"遠心分離加速"させつつ、観察した結果から並列思考で相手の魔導を解析していく。

 

 少なくとも"必中"は、無敵に近い俺の"天眼"すら上回って命中させてきた。もはや物理的な知覚を越えた攻撃。

 "加速"も実際に地に足つけて、大気を()いて移動してきたから反応できたものの……。

 

 アイトエルの空間転移や白竜イシュトの光速を、にわかに思い出させるほどの神速に舌を巻く心地にさせられるのだった。

 

 

 


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