異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#20-2 交渉 III

 

「オーラム様ッ!!」

 

 交渉の最中(さなか)、突如として乱入し襲い掛かってきたクロアーネの左右十字山刀の攻撃を、俺は反射的に両手首を掴んで止めた。

 

「いや……いやいやいや何事!?」

 

 (もく)して語らず視線だけで殺しかねないクロアーネの眼光に対して、俺は心当たりを探そうとしてすぐに気付いた。

 "遮音風壁"で部屋内のオーラムには聞こえなかったが、床よりも下──つまり1階にいたクロアーネには、彫像が豪快に割れる音と衝撃が響いてしまったのだ。

 

「まったく過保護だねェ、クロアーネ」

「あの、クロアーネさん。誤解なんで、いったん(やいば)退()いてもらえませんか?」

 

 同じように察していたゲイル・オーラムは、マイペースに座ったまま口にする。

 そして耳も反応も良く、忠誠心も敵愾心も高く、短気で喧嘩っ(ぱや)いクロアーネはさらに(ちから)を込めてくる。

 

「おっと……仕方ない」

 

 体ごと押し込んできた勢いの間隙(かんげき)()うように、俺は片足を引っ掛けて彼女を床に勢いよく押し倒した。

 

 

「くっ……離せ! この下衆!!」

「あの、オーラム殿(どの)──彼女にやめるよう命令してもらえませんかね?」

「ん~……若いっていいネ」

 

「勘弁してくださいよ、止めてくださらないならこっちで無力化せざるを得ませんが」

「やってみるといいさ。クロアーネ、(ゆる)みを見せたら斬っていいよォ」

「はい、オーラム様」

 

 完全に状況を楽しみつつ、こちらを値踏みしているのだろうゲイル・オーラムに、俺はクロアーネを抑え込んだまま交渉(レクチャー)を再開する。

 

 

「恨むならご主人様を恨んでくれよ」

「……死ね」

「まったく──ではオーラム殿(どの)。先刻申し上げた通り、混ざり合った空気の中で呼吸に必要な酸素の比率を下げていきます」

 

 俺はゆっくりと溜息と共に、魔術発動のトリガー行為となる肺の中の空気を吐き出していく。

 

「はァ~……──」

 

 殺さず昏倒(きぜつ)させるに留める程度で、"酸素濃度低下"を調整する。

 道員(どういん)相手に実験をしつつ暗殺した成果もあって、かなり緻密(ちみつ)にコントロールできるようになっていた。

 

「っ……か、は──」

 

 俺は呼吸を止めたまま、クロアーネは一呼吸だけ(あえ)ぐと……そのまま瞬時に意識を失う。

 そのまま俺はクロアーネの体を(かか)えるように持ち上げ、ソファに横たえてやった。

 

 

「おもしろい」

「であれば、そろそろ信用していただけましたかね? 屈折・遮断・欠乏、これでもまだ単なる子供の妄想だと切り捨てられます?」

「まっ無下(むげ)に狂人と断ずるには、難しい材料を提示してくれたことは確かだねェ……」

 

 だいぶ好感触は得ているものの、まだ半信半疑といった様子。

 あるいは単に俺をからかって、引き出せるだけ引き出して面白がってやろうという気もしないでもない。

 

「ではダメ押しを一つ」

「ンン? まだあるのかね」

 

 特に返答せず俺が窓際へと歩いて行くと、オーラムも続くように背について外を眺める。

 俺は両開きの窓を全開にして、両手の三本指先を合わせながら、遠目に移る敷地の壁をその(あいだ)から覗き込む。

 

「よくわからんがお手並拝見、と言ったところかい」

「私の()る限り空属魔術は、今の練度は捨て置いて……ゆくゆくは応用がとても効きます。しかしそれ以上に──"窒素"を操ることにこそ、その真髄があります」

「この空気中の多くを占めているからかね?」

「えぇ、ありふれているという環境も重要です」

 

 現状で俺の扱う空属魔術は、窒素に比重を振って操作しているのは確かである。

 それは圧力を基本として運動量・温度だけでなく、原子の移動と構成に至るまでを目的としている。

 

 "酸素濃度低下"は、単純に窒素の割合を増やしている。

 "風擲斬(ウィンド・ブレード)"は、圧力操作によって生成したわずかな固体窒素を薄く形成し、真空断層を組み合わせるように誘導して飛ばすよう改良した。

 

 

「ただ、そう──先刻、少しだけ説明しました"化学肥料"の為に窒素が大切な役割を果たすのも、第一に魔術として先鋭化させた理由です」

 

 生育の為に活性成分となる窒素(N)リン(P)カリウム(K)の三要素。

 湖沼などでも富栄養化に繋がる元素である。

 

 文明は産業革命を契機に工業化が広がり、それに伴う資本投入という経済変化によって急速に進歩した。

 そしてハーバー・ボッシュ法というブレイクスルーとなる技術によって、大気中の窒素と水素からアンモニアを作り、安定した食物の大量生産を可能とした。

 さらに"抗生物質"をはじめとした医療技術が発達してきたことで、これまでの世界史において(るい)を見ない圧倒的な人口爆発と、付随した人類の飛躍的進化が成ったのである。

 

 

「詳しい話は割愛します。私も予知夢で見ているだけで薄ぼんやりとした知識で、理論を固めて実践できる人材を必要としますから」

「んで、何が言いたいわけだネ」

「空気中から窒素を固定する為には高温・高圧を必要とし、私はそうした修練にも励んできて……一つの副産物と言える魔術を会得しました」

 

 俺は両手の親指・人差し指・中指を合わせながら、窓の外の空間──山林よりも上空を覗き込む。

 あの時と違って……ゆっくりと、じっくりと、極度集中を維持して丁寧に魔術を構成し詠唱する。

 

「繋ぎ揺らげ──気空(きくう)鳴轟(めいごう)

 

 詠唱や動作は、イメージの確立と放出において重要なプロセスである。

 どれだけ中二病的な言葉の羅列でも、(はた)から見ればどれほど(おご)り、増長(ぞうちょう)し、自惚(うぬぼ)れ、過剰(かじょう)な動作でも。

 それが魔術を放つ一助(いちじょ)と成り得るのであれば、躊躇(ためら)うことこそ不合理(・・・)なものとなる。

 

 何一つ恥じ入ることなく(はな)たれた、"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"が空中で炸裂した。

 特大衝撃の余波がだけで屋敷が崩れんばかりに大きく揺れ、割れた窓が下へと落ちていき、荒れる大気はオーラムの七三髪を掻き分ける。

 

 周囲の木々は余波によって薙ぎ倒され、森深く鳥達は一斉に飛び出していた。

 

 

「……今ので1/10くらいです」

 

 冷静に口にしつつも、我ながら心胆(しんたん)寒からしめる結果に冷や汗が流れていた。

 そしてセイマールと永劫魔剣へぶっ(ぱな)した時は、本当に絶妙に上手くいっただけだったということ。

 今後はもっと練度を高めて確信を得ない限り、実戦では決して使わないことを心に決める。

 

「フーーーン、よくわかった。こんな感じかネ」

「へっ……?」

 

 ゲイル・オーラムはポケットからスッと左手を抜くと、そのまま手の平を遠く(そび)え立つ山頂付近へと向けていた。

 

 

「キクーノメーゴー」

 

 俺の日本語口語詠唱を棒読みで短縮し、ぶっ(ぱな)されたのは──(まぎ)れもない"重合(ポリ)窒素(ニトロ)爆轟(ボム)"だった。

 なにせ二度目の極大衝撃波と、山が一撃で吹き飛ぶ光景を目の当たりにさせられたのだから、そう断じるより他がない。

 

「マジッすか……」

「ん~~~、派手ではあるけどワタシの(しょう)には合わないねェ。まっなんとな~くだけど、うっすら理解はできたヨ」

 

 伸ばしていた左腕をポケットに戻すと、ゲイル・オーラムは何事もなかったように道士(どうし)の椅子へと座る。

 

 

(俺がどんだけ血の(にじ)む想いで努力(くろう)して──ここまで才能と経験の差って生まれるのかよ……)

 

 地球と異世界とでは、人間のもつ肉体規格は比較するのもおこがましいほどに差がある。

 であれば地球人類の潜在性(ポテンシャル)と才能の差を、異世界に当てはめた時──その能力の差もまた、とてつもない開きができるというのも道理である。

 

(現実、これが今の現実。逃避ヨクナイ)

 

 模倣(モノマネ)したものを、よりスケールアップされて模倣(コピー)された事実はありのまま受け入れ、認めねばなるまい。

 そしてその能力を()せてくれたゲイル・オーラムという存在が、ある種において追い風(・・・)となりうることを。

 

「ん、ゴホンッ……では改めて交渉へと移らせていただきます」

 

 俺は気を取り直して、オーラムの向かいへと立つ。

 

 

 余談ではあるが、後にこの一帯は山を喰べた魔獣が存在するとして──向こう100年の禁域指定がなされるのであった。

 

 


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