異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#292 投獄

 

 聖騎士長から逃げおおせてから、既に4日ほどが経過し──俺は準備(・・)を万端整えて、しばらくは見納めになるだろう皇都の街並を歩く。

 半長耳を澄ませばオルゴールの音色をいくつか(とら)え、俺は自らの成果に満足を覚える。

 

("小星典"もぼちぼち見つかり始めている──)

 

 オルゴールの二重底から出てくるばかりではなく、密かに"小星典"単品でも、街中に捨て置いて回っていた。

 明らかにオルゴールの数よりも多いのだが……実際の体験談がいくつも出てくるので、それらはあくまでオルゴール由来のモノになる。

 

(しばらくすれば、取り締まられていくだろうが……)

 

 神王教の"神聖書"に書かれている教義に、表立って(そむ)くような内容を盛り込んではいない。

 しかしながら熱心な神王教徒が読めば、フリーマギエンスの教義が(あん)に反していることは察することができる。

 

 そうなれば"小星典"は教会などの手によって回収されるのは目に見えていて、あるいはオルゴールごと接収されることも考えられた。

 

 

(もっともそれも織り込み済み──と)

 

 抑圧されればされるほど……人は背徳感を覚え、解放したくなるというものである。

 そして教会が回収してしまうほどのモノが、一体どういうものなのか知りたくなるのが人情。

 

 つまるところ"話題性"──炎上商法とも毛色が違うものの、いずれにしても人から人へと波紋のように拡がっていく。

 ゆえにむしろ取り締まられることは前提であり、教会側とてその全てを回収することなどは現実的に不可能。

 

 さらに回収された分についても、ある程度はカラフを通じて取引し、そのまま奴が主催のオークションや販路に流されるよう手配してある。

 

(そうしてフラストレーションが溜まったところで、爆発させる)

 

 他人の目から隠れて聞く音色は……その心の奥深くにまで刻まれることだろう。

 一緒に聞く者がいたなら、人には言えない絆で結ばれることだろう。

 富める者も、貧しき者も、年齢も種族の垣根(かきね)も関係なく、音楽は人を魅了するパワーがある。

 

「さてっと──やるか」

 

 皇都大聖堂を前にして自ら確認するように口にした俺は……その入口ではなく、壁面(・・)をパルクールの要領でするすると登っていく。

 そうして(いただ)きへと辿り着いた俺は、"竜を模した仮面"を着け──音圧操作によって大声を響かせた。

 

 

『傾聴せよ!! これより物語(モノがた)るは……竜と、神と、魔と、人に(つら)なる……世界の真実たる歴史──ッ!!」

 

 道行く人は足を止め、いくつもの顔がこちらへと向いたところで俺はさらに続けていく。

 

『原初の(とき)、竜が世を支配していた──否、それは違う! 竜は獣と共に半恒久的な平和を築き上げていたのだ!」

 

 神王教で語られる神話──竜種が大陸を支配し、その抑圧から(のが)れるべく後の神王ケイルヴが立ち上がった。

 

 

『魔法を得た人族は増長し、竜を相手に戦争を仕掛け、大陸の一部を破壊し、遂には"崩壊"の魔法を産み出した!』

 

 俺が語って聞かせるのは神王教にとって都合の良い作られた歴史ではなく、実際に歴史を(つく)ってきたアイトエルや白竜イシュトから聞いた神話。

 

『そして自然を愛していた頂竜は、争うよりも自らが退(しりぞ)く道を選び、新天地へと姿を消して、(のち)に自ら神を僭称(せんしょう)するヒトが世界を支配した!』

 

 地上からは神王教徒の怒号が聞こえるものの、俺の大演説を止めることはできない。

 また大聖堂に向かってモノを投げつけるような不届き者も、さすがにいないようだった。

 

 

『だがしかし神王ケイルヴを責めるつもりは無い! それは生存競争であり、停滞した時間(とき)を進めた行為とも言えよう!』

 

 竜教徒を装ってひたすらに竜を賛美するのも、"本来の目的"からすれば間違いではないが……それでは芸がない。俺の人生の大目的は()(あら)ず。

 

『私はただ知ってほしいのだ! ケイルヴは自らの欲望に従った単なるヒトであったし、神族も魔力に恵まれた(ただ)のヒトであると!』

 

 たとえ疑念が大いに残る話で、一笑(いっしょう)()されようとも……人々に考えさせ、議論の種を植え付けることこそが肝要(だいじ)なのだと。

 

 

『そしてそれは魔族も同じである! 魔族も、神族も、人族も、亜人も、獣人も、魔力によって分けられているだけで、同じヒトなのだ!』

 

 集まっている民衆に動揺が走るのが、なんとなく空気でわかる。

 今もなお脅威となっている魔族を、突き詰めれば同種と見ること──その意味。

 

『二代神王グラーフは初代魔王と協力し、魔法具を作り出した! 三代神王ディアマはその魔法具を用いて竜を打ち倒し、さらに魔族の支配からも人々を救った!』

 

 それはケイルヴ派のみならず、グラーフ派やディアマ派にとってもあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)に聞こえる話だろう。

 しかし真実である以上、俺は変に脚色をすることもなく語り続ける。

 

『争うことを否定はしない! しかし時には手を取り合うことも忘れないでほしい。競い合うことでヒトは前へと進んできたのだから!』

 

 

 ザリッ──と屋根に降り立った影へと俺は振り返る。そこにいたのは……4日前にも見た"聖騎士長"の姿であった。

 

「許されざる蛮行なり。竜教徒がこの大聖堂を足蹴(あしげ)にし、(たみ)をかどわかすなど……」

 

 俺はそれも想定内として、脚本通りに大仰(おおぎょう)な仕草で振る舞う。

 

『我を殺して貴様らが()り所とするこの場所を血で(けが)し、この我が身を竜の住まう新天地へ送ってくれるか!!』

 

 その言葉で聖騎士長の瞳が見開かれたことに、俺は的確に急所を突いたのだと……仮面の内側と内心の両方とでほくそ笑んだ。

 

 

 これで安易に俺を殺してしまえばすなわち殉教者(じゅんきょうしゃ)となってしまい、教義に(さが)げた精神は他の狂信を助長する。

 さらには俺の主張と発言を見過ごせないという立場を明確にしてしまうことで、これまでの発言に対して無用な説得力を生む結果となってしまう。

 

 ゆえに目立つ異教徒は処刑するのではなく、大監獄へと送るのが慣例となっているのだ。罪状はあくまで騒乱罪といったもののみ。

 実際に竜教団員をはじめとして、他にも数少なくない宗教犯罪人が収監されていることが、潜入時に目を(とお)した資料からわかっていたこと。

 

(国家と宗教が強く結びつき、大規模な収監場所も存在する皇国ならでは……──()()らない手はない)

 

 聖騎士長の眼光が鋭くなり、彼は後ろ腰から魔鋼枷(まこうかせ)を取り出す。

 

 

「──貴様の望み通りになどするものか、(おろ)かな狂信者の向かう先は決まっている……地の底(・・・)だ」

 

 瞬間、大気が動き──俺は反射的に空気(エア)の流れを()る。

 なんなら戦闘狂(バトルマニア)気質を大いに(うるお)したいところではあったが、そこは我慢するしかない。

 

 今は不必要な怪我を()うことのないよう無抵抗のまま取り押さえられ、後ろ手に魔鋼枷(まこうかせ)が嵌められる音を聞くだけなのであった──

 

 

 

 

 連行されてきたそこは裁判所というわけではない──単なる公務を(おこな)っているであろう、そこそこの広さの一室であった。

 目の前にいるのは裁判官に近い立場ではあろうが、弁護士や検察や陪審員といった(たぐい)の存在は当然いない。

 

『被告グルシア──』

 

 ただ事務的に罪状を確認し、そして犯罪者へと刑を(くだ)す手続きのみの場。

 

『貴様を皇都内における"異教流布"および"騒乱"、また大聖堂への"不法侵入"。さらに先だっての"私闘"と"魔術乱用"の罪により、禁錮(きんこ)1000年の刑に処す』

 

 ベイリル(おれ)魔鋼枷(まこうかせ)と魔術具の首輪を()められた状態で、その判決内容に閉じた瞳をわずかに開いた。

 捕まってから仮面を()ぎ取られた俺は、聖騎士長に顔をあらためられ、スミレと争っていた余罪も無事(・・)追加された。

 

(1000年か、まぁ国家が国家として(てい)(たも)つわけもないがな……)

 

 恒久的な平和もなければ、永劫不変の国家も存在し得ない。

 もしもそれを成さしめんとするならば、遥か遠く"未知なる未来"を見る──"文明回華"の果て無き()(すえ)、すなわちシップスクラーク財団であろうと。

 

 

『ハーフエルフであれば二度と出ることは適うまい。神王教と皇国法を軽んじた罪を(あがな)うがいい』

 

 もはや(くつがえら)らないその結果。ヒト種の人生10回分以上に及ぶ刑期を突きつけられた俺は──

 

『速やかに大監獄へと移送せよ──警吏(けいり)、連れてゆけ』

 

(──計画通り)

 

 はたして俺は……(うわ)(つら)に貼り付けた表情の裏で、ひどく邪悪な笑みを浮かべているのだった。

 

 




次から3章となります。

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