異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#305 ヴロム派

 

 3日──収監してからたった3日の内に、事実上の統一を成し得た俺は……"時機"を待っていた。

 

 これまでの(ぬぐ)いきれない確執(かくしつ)による、混乱や小競(こぜ)り合いを治めさせること。

 また日和見(ひよりみ)を決め込んでいる"はぐれ集団"を(あお)って引き込んでいくこと。

 何よりも俺が地上潜入時に目を付けていた人材の勧誘など、実際的にやることはまだまだ残っていた。

 

 だからこそ獄内の統一を迅速に遂行したわけで、余裕はあるだけあって損するということはない。

 

「っはァ~……ふゥー……──」

 

 俺はいくつもの面接を魔族一党の穴倉内で終えてから、ゆっくりと息をついて冷えた水で喉を潤す。

 さらに何の魔物かわかりゃしない味気もない肉を咀嚼(そしゃく)しながら、クロアーネの料理を恋しく思っていた。

 

 

 最後の硬い肉を胃まで流し込んだところで──ジンが俺のパーソナルスペースへと入ってくる。

 

「御大将」

「なんだ、火急の用事か?」

「それは大将自身で判断してくれ、直接話がしたいって奴が来ている──"ヴロム派"の長《おさ》だ」

 

(ヴロム派──か)

 

 神王教のグラーフ派の中でも、過激派として知られる結社の一つ。

 

「会おう」

「決断早いな!? ただ長《おさ》が一人ってわけじゃなく、信徒もついてるんだがどうする?」

「何人でも構わんさ、俺をどうこうできる奴なんざいない」

「それもそうだ、じゃあ護衛も……いらないか?」

「出入り口は一応固めておいてくれ、焦って出てくるようであれば捕まえとけ」

「了解」

 

 

 ジンが出て行ってから少しして、二人の信者が(かつ)いだ薄板に乗せられ、運ばれてくる"ダルマ"の姿があった。

 ヴロム派教徒は(ひざまず)くようにして板を地面へと置くと、そのまま姿勢を(たも)ち続ける。

 

 そして積載されていた人物は、器用に上体を起こしたところで口を開く。

 

『はじめまして』

「……あぁ、どーも」

 

 その男の声は潰されたかのように()れていて聞き取りにくく……そして両の手足が存在していなかった。

 四肢は根元付近から切断されていて、強引に縫ったような痕が残るのみ。

 

(食後だと直視に()えんな……)

 

 さらに両の眼は横一文字に斬られたかのように潰され、耳と鼻も削ぎ落とされ、全身には火傷痕が痛々しい。

 

『きみの考えていることはわかる。いや……わたしの姿を見ては誰もが思うことだがね』

「そりゃまぁ、そうだろうな」

 

『左耳は潰してあるので聞き取れないことがあったらすまない。本来は舌も抜き取りたいのだが……()()()()()は導かねばならないものでね』

 

 欠損することが教義の内とはいえ、教祖ともなるとここまでするのかと──"狂信"の行き着く果てを、無理やり見せられた気分になる。

 

 

「そりゃ結構なことだ。で、ヴロム派(あんたら)も俺の傘下(さんか)につきたいのか?」

『そのようなつもりはない──ただ純粋に対話をすべきだと"啓示(けいじ)"があったのだよ』

 

「啓示……? 俺と会って話したことを、何かしらの風評とかに利用しようとしても無駄だぞ。興味本位で会いはしたが……正直もう一切合財(いっさいがっさい)、関わりたくないとすら思い始めている」

『ははは……なるほど、きみは過去にわたしたちのような教義思想によって、心にしこりを(かか)えているようだ』

 

禍根(かこん)はもう完全に断ち切ったがな。一人でケツの穴も()けない糞詰(ふんづ)まり野郎に、俺がこれ以上付き合う価値はあるのか?」

 

 俺は恫喝(どうかつ)するように侮蔑(ぶべつ)し、露骨にあげつらうも……(おさ)調子(ペース)を崩さないまま語り出す。

 

 

『わたしが最初に喪失したのは右手だった──それが最初の"洗礼"』

「身の上話なんざ聞いてないんだが」

 

『その時……不思議と()()()()のがわかったのだ、そして()えてくるものがあった』

「狂人の戯言(たわごと)に付き合わせるつもりなら打ち切るぞ」

 

『嘘かあるいは幻覚だと、きみも思っていることだろう……しかし違うのだよ』

「お前がそう思うんならそうなんだろう、お前の中ではな」

 

 この男自身は嘘を吐いている生体反応は一切見られない。しかしそれこそがまさしく確信犯にして狂信というものだから厄介極まりないのだ。

 

 

『たとえば、グルシアという名前がウソなことだとか』

監獄(ココ)じゃ名前なんざ(いつわ)っているのも少なくない、お粗末な詐欺師のやり口だ」

 

 いわゆる"コールド・リーディング"の一種であり、誰にとっても当たり(さわ)りなく当てはまりそうなことを言う。

 間違っていれば論点をズラしたり、自分でもまだ気付いていないなどと(うそぶ)いたり。

 

(カプランさんも経験で会得しているからな、俺も技術をいくらか教わった)

 

 占いなども突き詰めれば同じであり、人は印象的なことを強く記憶してしまうのを利用することもテクニックの一つである。

 

 

『──そうか。ただ別にきみを信じさせて、我らが信徒として迎え入れようとなどとは思っていない』

「もういいから要件のみを言え、それ以外のことを話したらそこで終わりだ」

 

『言っただろう、啓示があったのだ。わたしはきみに伝え話すことがある』

「具体的に言え」

 

『二代神王グラーフが()()()()──"十二の魔法具"、その在り処』

 

 俺は盲目の相手であろうともポーカーフェイスを(たも)ちつつ、動悸も息遣いも汗の一つも動揺を見せずに平静に返す。

 

「なんのこっちゃ」

『もっともわたしにも()えるのは一部だがね……』

 

 神王教であれば決して信じぬ……魔王崇拝者ですら、にわかには信じられない"真実"の神話を知る──目の前の男。

 

 

『"剣"については語る必要を持たない──そうだろう?』

 

下調べ済み(ホットリーディング)……? いや、ありえない──ッ)

 

 俺がベイリルだと知る者が監獄内にいたとしても、"永劫魔剣"こと魔王具"無限抱擁(はてしなくとめどなく)"については秘匿事項である。

 しかしながら財団が"永劫魔剣"保有している前提事実を知ってか知らずか、この男は語る必要はないと言い切った。

 

『"耳飾り"と"靴"と"鎧"は既に利用され、大陸中を移動し──"腰帯"と"首輪"は同じ場所に──』

 

 靴とはすなわち"神出跳靴(あるかずはしらず)"のことで、"竜越貴人"アイトエルが使っているので内容が合致している。

 

 シールフと同じ"読心"などに関連した魔導師であっても、魔力がない監獄(ココ)では使用することなどできない。

 であれば……この男は、なにゆえに真に迫った情報を持っていると言うのか。

 

("ヴロム派"──あるいは調べる必要があるのかも知れないな)

 

 単なる詐欺師にとどまらない、何か超常的な能力を身につけているとでも言うのだろうか。

 

 

『"冠"は帝都に──"天鈴"は最も高き山の上で──"腕輪"は湖の底に──』

 

 とくとくと語り続ける男の言葉を、俺は(はば)むことができずにいる。まるで心臓を鷲掴みにされているような心地だった。

 

『"布"は誰の手にも届かぬ場所にあり──"眼"は宿りし継がれ──そして"指環"は……──』

 

 そこでヴロム派の(おさ)の言葉が止まり、俺は問い返さざるを得なかった。

 

指環(ゆびわ)は……なんだ」

『わたしにもまだ()えないのだ……(いま)だすべての"洗礼"を終えぬ身である以上、仕方ないのだろう』

「それで──わけのわからんことをつらつらと並べ立てて、俺に何をさせたい?」

 

『だから、()()()()()()。食事も自分で食べられぬわたしにできることは、"話す"ことだけだ。それをどう受け止めるのかはきみの自由』

「俺はお前を一方的に殺すことだって自由なわけだが、言葉を選ばないな」

 

『それもよいだろう。ここで死してもわたしは輪廻を巡るというだけ。それもまた啓示に導かれた結果によるもの──』

 

(まったく狂人ってのは……)

 

 脅しが脅しにならない。二代神王グラーフは"輪廻転生"を唱え、その教義はグラーフ派の()り所の一つとなっている。

 それは現世において秩序を重んじて徳を積むという善性の他に、死をも恐れる必要がないという厄介な性質を狂信させる。

 

 

『あるいはきみの進む道行(みちゆき)が、我々の教義と重なる部分があるのやも知れない』

「……はぁ?」

『こうして話してわたしは理解した、啓示を与えられたことについても。そしてそれはいずれきみにもわかるはずだ』

 

 まともに聞くべきではないと理性ではわかっていても、本能的な部分で耳を傾けてしまった。

 考えるだけ無駄だと理解していても、どうしたって頭の中で考えてしまうのだった。

 

『話は、以上だ』

「待て。勝手に終わらせやがって……お前の名は?」

 

『名も"洗礼"の対象だよ、今のわたしはヴロム派の長──それ以外の何者でもない』

 

 薄板の上に寝転がると、それまで微動だにしなかった二人の教徒によって持ち上げられる。

 

『おそらくだが……()()()()()()()()()きみと(まじ)わることは二度とないのだろう。だが祈らせてもらう、きみの進む道行(みちゆき)にグラーフの祝福あらんことを──』

 

 俺は最後まで意味不明なことを口走った男が去っていくのを、ただ見つめるだけに(とど)める他ないのだった。

 


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