異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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幕間
#22 自由と選択


 

 自由な民と自由な世界。連邦西部でも有数の都市国家の街並み。

 それはカルト教団の管理から解放された三人にとって、完全な別世界の光景として映った。

 

 連邦西部において、かなり交易が盛んな都市。

 そんな昼間の大通りは多くの人で活気があり、酔ってしまいそうなほど。

 屋台で買った軽食を頬張(ほおば)りながら、ジェーンとヘリオとリーティアは最後の一人を待っていた。

 

「ったくまだかよ、ベイリルの野郎は」

「ベイリル兄ぃはいろいろやることあるっぽいから、来れるかも怪しいとこだぁ」

「早く四人で回りたいのにね」

 

 

 ヘリオは気に入らぬ様子で、リーティアはペースを崩さず、ジェーンは心底残念そうに。

 かつてない体験の中で、本来の年相応の日常というものを三人は味わう。

 

 歪んでいたとしても……まがりなりにも恩師であったセイマールと道員(どういん)らを殺した。

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"は事実上の解体となり、幾ばくかの残党は残るが関知するところではない。

 

 その後に現れたゲイル・オーラムを、ベイリルは交渉によって己の大望へと引き入れた。

 昔から自分達にも常々語っていた──未来への夢へと、既に駆け出しているのだった。

 

 だからこそ自分達も考えねばならない。ベイリルは「好きに生きていい」と言っていた。

 宗道団(しゅうどうだん)の財貨もゲイル・オーラムに接収されずに済み、四等分して使っていいと。

 

 たった今。自分達の前には……大いなる道が、数多く続いているのだ。

 

 

「ヘリオとリーティアはこれからどうするの?」

「オレは爺っちゃんがもう死んでるしなあ。しばらくはてきとうに楽しむさ」

 

 連邦東部で生まれ、唯一の肉親だった祖父に育てられていたヘリオはそう答える。

 祖父の死後に童子(こども)一人、紆余曲折を経て宗道団(しゅうどうだん)に買われた。

 今はこうして自由だが、元の住まいには今さら大した執着もない。

 

 少なくとも新たな指針を見つけるまでは、こんな根無し草な生活に身を委ねるのも悪くない。

 ただ素直に満喫したいと、特段(とくだん)気張ることなく考えていた。

 

 

「んー……ウチはベイリル兄ぃの手伝いかな」

 

 リーティアは本人もまったく覚えなき天涯孤独であり、他に身の振り方がなかった。

 欲があるとすれば兄弟姉妹みんな一緒に、いつまでも暮らしていければいいというだけ。

 

 セイマールの遺した魔術具関連について大いに興味があり、せっかくなのでそちらの道に進みたいとは考えている。

 そしてその道に姉と兄がいれば、それ以上望むべきことなき満足であった。

 

 しかし今この場でワガママを言おうとは思わない。己のエゴで兄弟姉妹の道を阻むようなことはしたくない。

 内心ではそれぞれの意志がわかりきっていたとしても、実際に口にするような真似はしなかった。

 

 

「そう、ならしばらくはみんな一緒ね」

「んー? でもジェーン姉ぇ、前いたっていう孤児院は?」

 

 ジェーンは物心ついて間もなく──父を魔族との戦争で失い、母も()もなく病没した。

 その後預けられた孤児院で育ったが、実際のところ多少なりと心残りがあった。

 

 院の経営が苦しく解体されそうだった時、真っ先に自分の身を売る選択をした。

 どうなっても構わないつもりでいたが、結果としてはセイマールに買われ、カルト教団を潰し、こうして無事な生活へと戻ることができた。

 

 あの後に孤児院がどうなったかはわからない。

 ただ……"知るのが怖い"という思いも、彼女の中に確実に存在していた。

 時間が経ち過ぎてしまっているし、かつての院仲間はもう誰もいないだろうと。

 

「ん……気にならないわけじゃないけど、とりあえずちょっだけ調べてもらう」

「そっかー、それがいいね」

 

 己の未来を選択するには皆が皆、世界を知らな過ぎた。

 それにどのような形であれ、ベイリルの目指す夢の先は見たいし協力したいと感じている。

 

 "イアモン宗道団(しゅうどうだん)"の下で暮らし成長した日々で、聞き続けた"オトギ(ばなし)"──未来の世界の話を見てみたいのだ。

 

 

「ヘリオさっきっから何見てんの?」

「あ? あぁ……あれ、男がこっちを見てるみたいで──」

 

 目を向けるとややくたびれた感じがする冴えない男が、小走りで近づいて来るようであった。

 

「ちょっと失礼、娘を見掛けませんでしたか? わたしと同じ茶色めの髪で左右二つに結んでいて──」

「いえ特に見掛けていませんね、ごめんなさい」

 

 ジェーンがそう答えると、男は不安そうな(かげ)を顔に貼り付ける。

 そんな様子を見てお節介焼きの面があるジェーンが事情を聞く前に、リーティアが尋ねる。

 

「ねぇねぇ、はぐれたの?」

「えぇそうなんです。皆さんくらいの仲良さそうな年頃の子達なら、迷子の娘も話し掛けやすいかとも思ったのですが」

 

 

「はぁ……しゃあねえ、一緒に探すか?」

 

 ヘリオは溜め息を吐きつつも提案する。ヘリオ自身面倒見はかなり良いほうである。

 どうせジェーンが言い出すだろうし、それに付き合わないわけにもいかない。

 

「いえいえ、お気遣いなく。娘のお転婆(てんば)は珍しいことではないので──でも、ありがとう」

 

 そう言うと男は申し訳なさそうな表情で、三人の(あいだ)をわざわざ割って去っていった。

 そのまま人混みをスルスルと()って、あっという()に見えなくなってしまう。

 

「こんだけ人いると、ウチも迷っちゃいそう」

「最悪、大岩でもせり出させて叫べばいいだろ」

「ダメだってば。無闇な魔術使用は警団に問われて面倒なことになるって言われたでしょ」

 

 

 しばらくベイリルを待って合流しそうになければ、このまま三人で散策を開始しようかと話す。 

 ともすると屋根の上から見知った影が、音も小さく静かに降り立った。

 

「クロアーネさん」

 

 ジェーンはつぶやくように、顔色一つ変えることないその犬耳従者の名を呼んだ。

 遺恨というほどではないが、出会い方が敵対からだった。

 和解したとはいえ、お互い少しギクシャクしている節がある。

 

「──……貴方がた、くすんだ茶髪の男に会いませんでしたか」

「はあ? なんでてめェがそのこと知ってんだよ」

 

 チンピラじみたヘリオの質問返しにも、クロアーネは澄ました顔で淡々と業務をこなすように告げる。

 つい先日の応酬はどうあれ、客人としてしっかりと対応しているのは彼女なりの矜持(きょうじ)ゆえ。

 

「都市に慣れぬ者の挙動はわかりやすく、格好の標的(マト)です」

「標的……ですか? 一体なんの──」

 

「少し体が軽くなってるのでは?」

 

 言われて気付く、ジェーンもヘリオもリーティアも──貨幣を入れていたはずの袋がないことに。

 

 

「うっそ!? まだ食べたいものいっぱいあったのにぃ!」

「ッくそ──つまり"あの野郎"がってことか!」

「いつの間に……?」

 

 ジェーンもヘリオも、立ち回りに関してそれなりに自信はあった。

 しかし山奥の宗道団(しゅうどうだん)から大都市へ出て来た"おのぼりさん"ゆえの油断かはたまた慢心か。

 実際に指摘されるまで気付かなかったことに、ヘリオとジェーンは歯噛みする。

 

「既に"奴"らしい噂が散見されたのでもしやと」

「何者なんです?」

 

(はなは)だ不愉快ですが……窃盗・偽造・侵入・詐欺・損壊・脅迫・横領・脱獄、及びそれらの幇助(ほうじょ)を数え切れないほど。

 露見されぬ罪も数知れず、世界中の国家と都市でその名が響き渡る──"素入(すいり)銅貨(どうか)"と呼ばれる半ば伝説の()犯罪者です。

 以前にもこの都市に出没し、取り逃がしています。我々組織の管理している領分すら平然と侵す……唾棄(だき)すべき(やから)です」

 

 

 それを聞いてヘリオは思わず走り出しそうになるが、先んじてクロアーネは制す。

 

「まんまとハメられた貴方がたみたいな、顔も覚えられた間抜けに捕まえられる相手じゃありませんよ」

「言ってくれんなァ?」

「事実でしょう。まして街に慣れぬ者が探し回っても、余計な厄介事に巻き込まれるだけ。組織(こっち)にお(はち)が回ってくるのは疑いないので、無駄な仕事を増やさないでください」

 

「チッ……舐めやがって、だが次見かけたら燃やしてやる」

「じゃあ娘を探してるってのも嘘なんだ。っかー騙されたぁ!」

「不覚、我ながら情けない」

 

 辛辣(しんらつ)だが的確な言葉にヘリオは怒りを覚えつつも、抑えるしかなくなってしまう。

 それはジェーンもリーティアも同じであり、反論する隙がなかった。

 

「盗まれた金の無心をしないわけにはいかないでしょうしね──後でこの場にいないあの男(・・・)のほうに請求しておきます」

 

 

 ベイリルの名を呼ばず「あの男」と言ったクロアーネには、微妙に感情の揺れが感じられた。

 連邦銀貨を二枚ずつ渡された三人は、苦々しい思いで受け取りつつ自分達の不甲斐(ふがい)なさを悔いる。

 

「それと"あの男"は、オーラム様と所用があるので来られないとのことです」

 

 ベイリルが合流できぬという連絡を告げたクロアーネは、"素入の銅貨"とやらを追っているのか。

 それとも他に別の用事があるのかすぐにいなくなってしまった。

 

「結局オレらは()()()()ってことかよ」

 

 

 増長(ぞうちょう)していたわけではない、しかし改めて認識させられる。

 今の状況もベイリルが作ったものであるということ。それに甘んじているという現状。

 

「そうね、でもこれから学んでいけばいい。最初はしょうがないわ」

 

 それは今までもこれからも変わらない。決して安くない授業料ではあった。

 しかしかけがえのないものを失ったわけではないのだから、大した問題にはならない。

 

「まーまーあんなの忘れて楽しも! ベイリル兄ぃ結局来れないのは残念だけども!」 

 

 歩む道は無数に存在する。自由を得た若人の可能性と選択は無限大とも言え──

 

 これからいくらでも世界は広がっていく──否、自分達が拡げていくものなのだと。

 

 

 


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