異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#312 次期魔王

 

「──っと」

 

 俺は掘り抜いた穴から、特別囚人獄の空き独房へと一人で()い出る。

 新たな同志となったエイル・ゴウンは一度解析の為に、結界拡張用魔術具の設置場所でいったん別れた。

 

「飯も空気もいらない不死(しなず)肉体(からだ)、か」

 

 しかも本人談によれば五感も調節できるそうで、かなり理想的な不老不死を体現していると言っていい。

 物理的に破壊されても再生できるらしく、どこまでやれば滅せられるのかはエイル自身にもわからないのだとか。

 

 

『看守、なーし』

 

 俺は鉄扉をゆっくりと開けながら外の様子を(うかが)いつつ、小声で指差呼称(しさこしょう)して確認した。

 特別囚人獄だけは人数が少ないので、一人につき一部屋の独房、定期的な巡回と食事の提供。現代の一般刑務所のような管理体制にある。

 

 ここへ潜入することは、直接的に刑務兵らとかち合う可能性も考慮しなくてはならないのだった。

 

(精度の高い"反響定位(エコーロケーション)"は神経使うからな──)

 

 さらには感覚器官の鋭い強者には気取られる可能性も高いので、「気の所為(せい)かな?」の域を出ない程度に留めておくべきである。

 

 

 俺はカドマイアを探すべく、まず真向かいの独房の密閉された小窓を開くと──中には少女が一人。

 

「は……?」

「お? もうご飯の時間?」

 

 少女と目が合った瞬間……俺は思わず目を疑い、白昼夢でも見たのかと意識を再確認する。

 一方で彼女は混じりっけのない黒色の瞳を細めつつ、こちらを(いぶか)しむような表情を浮かべた。

 

 濃い紫色は毛先までほのかに変わっていくマジョーラカラーの色味を持ち、髪は腰ほどまで伸ばされていて雰囲気は変わっている。

 しかし……見紛(みまが)うというほどでも、見違えたというほどでもない。体格に関しては相変わらず華奢(きゃしゃ)にも見える。

 

 お互いに気付くのは俺が少し早かったものの、口に出すのは彼女の(ほう)が早かった。

 

「っ──ベイリルぅ?」

「おま……何やってんだよ、"レド"」

 

 

 自称次期魔王"レド・プラマバ"──学園の専門部調理科でクロアーネやファンランと、料理を卒業する日まで学んでいた友人がそこにいた。

 魔領出身の魔族だからか、特に魔物料理に造詣(ぞうけい)が深く……俺も何度となく味見・毒見をさせられた。

 

 そして何よりも"闘技祭"の準決勝において俺と闘い、まがりなりにも勝っているほどの強度を持つ。

 しかし魔力を奪われ枯渇し、両手には鎖付きの魔鋼枷(まこうかせ)()められていればどうしようもないようであった。

 

「なにをやってるってベイリルこそ! さては捕まったマヌケ!!」

「アホ、相変わらずだなお前は……俺は(ぼう)の外にいるだろうが」

「えぇ~……じゃぁなんでさ?」

 

 俺は錠前をコンコンと内部の音を聞いてから風を(とお)し、そのまま空気を固化させてあっさりと単純な構造の(カギ)を解錠する。

 現代地球にあるような複雑な鍵や、特定の魔力と紐付けされたような特殊な錠前魔術具でなければ問題なく。

 

 これもまたカプランから習った技術を自分なりにアレンジしたもので、破壊するよりは魔力消費も少なく済む。

 

 (かんぬき)(はず)しつつ独房へと足を踏み入れた俺は、半眼で懐かしき友人を見つめた。

 

 

「助けに来た」

「まじ? ちょー助かる!」

「ただしレド、お前じゃないけどな。カドマイアを脱獄させに来ただけだ」

「誰?」

「一応学園生時代には何度か顔を合わせていたが……まぁいい。さしあたって俺は、レド(おまえ)が捕まっていたことすら知らんかった」

 

 潜入時にある程度の情報は閲覧したが、その中にレドのことはなかった。

 もっとも厳密に網羅・管理されていたわけでもないし、秘匿されている部分も多かったので致し方ない。

 

「でもさぁ……優しいヤサシーやさしぃ~~~ベイリルのことだから、もちろんボクのことも助けてくれるんだよね?」

「まぁ財団員でなくとも友達──いや、悪友だからな。基本的に助けない理由はないが、ただし! なんで捕まったのかくらい聞かせろ」

「別になんでもいいっしょ~?」

「お前がたとえば無辜(むこ)の民を虐殺した鬼畜だったりしたら困る。ちなみに(ウソ)は通じないぞ」

 

 レドは素直でわかりやすいので、そこまで神経を使わずとも生体反応から探ることは容易であった。

 

 

「うっ……話せば長いんだよぉ。でも魔族であろうと外道と言われるようなことはしてない!」

「真実──のようだな。でもせっかくだ、学園卒業後から手短かに聞かせてくれ」

「んーーー、まず親父の(もと)へ帰って、プラマバ家を乗っ取った」

「おいおい……親不孝者か」

「いやいや親父はボクが立派に容赦なく育ったって、泣いて喜んでたよ」

「文化がちがーう、な」

 

 魔族という気性の荒い傾向のある種族であればさもありなん。

 

「んでぇ、プラマバ領軍を率いたボクはそこらへんを統一した」

「そこらへんて……」

「具体的に言うと三ツの領主をぶっ飛ばして、二ツの領主に靴を舐めさせた」

「合計で七領地か、やるじゃないか」

「だしょ? とりあえず東方魔王を名乗るならあと九ツくらい潰せば優位に立てられて良かったんだけど……」

 

 レドの顔が露骨に曇り始める。

 

「最東端の領主を潰しにいくトコで、挟撃する作戦だったんだけど──裏回っていたボクらの部隊が全滅した」

「なんでまた」

「それがさっぱりわからないんだ。()()()()()()()()()()()()()()と思ったら、そのまま天地が()ってきて──辺り一面がグチャグチャだった」

「うん……?」

 

 どこかで聞いた……否、遠目ながら()()()()ような話である。

 

 

「ボクだけは咄嗟(とっさ)に耐久と再生に全振りしたから即死は(まぬが)れたけど、それでも二季ほど生死の(さかい)彷徨(さまよ)ったもん。作戦はとーぜん失敗……」

 

 思い出すだけでも意気消沈しているレドに、俺は事実確認の為にとある問いを投げ掛ける。

 

「なぁレドよ、もしかして"断絶壁"の近くだったか?」

「そりゃ最東端だからね、だからナニさ……? っもしかしてなにか知ってるの!?」

 

「あーうん、それはな。五英傑が一人、"大地の愛娘"の所為(せい)だ」

 

 同時に俺がソナー探査の音によって、彼女の睡眠を妨害してしまったことが原因でもあるのだが……そこは黙っておく。

 

「"大地の愛娘"──まじかー、うわぁ……だって壁なんて見えない距離だったのに?」

「彼女には距離なんか関係ない、断絶壁を創るくらいなんだからな」

 

 恐らくは……この星に住む限りは、(あまね)く全てが彼女の手の内とすら思える。

 

「マジっかぁ、しくじったなあ。はぁ~……噂には聞いてたんだけど」

「まぁ五英傑とかち合うのは運が悪かったと思って切り替えろ、むしろ一命を取り留めたことを誇りに思え」

 

 あの"地殻津波"を喰らっても生き延びられたレドもまた傑物であるということは間違いないのだ。

 

 

「──で、その後はどうしたんだ?」

「あー……うん、(うち)の勢力もかなり()がれちゃってさ。イロイロあって"西方の"に頼らざるを得なかった。そこで領主であるこのボクが自ら出向いたわけよ。

 頑張って交渉したら、領界線の皇国軍を撃退してくれれば余裕ができるってんで、ボクはそこの領主の軍と連携しつつ潰して回ってたんだけど……」

 

 ぶるっとその時を体で思い出したのか、レドの体が大きく震えた。

 

「そしたらどこからともなく白髪にコートのオッサンが()って来て、なんかベルトを体中に巻いてた変な奴でさ。全員が動けなくなったよ」

 

(あっ……)

 

 どうしたって察してしまう。なにせ俺自身が相対して、心身に刻み込まれた記憶は未だに()せることはない。

 

「嘘みたいな話でしょ? でもホントなのさ。降伏勧告をしてきたから、ぼくが殿(しんがり)(つと)めて全員を逃がしたさ」

「殊勝なことをしたもんだ」

「だってボクが一番強いし、西方のに恩を売れると思ったからね。で、そのオッサンってばボクの"究極の打撃"でも、微動だにしなかったんだよ?」

「闘技祭決勝でフラウに不発で終わったってやつか」

「そう! ふつうに喰らって、でもフッツ~に立ってやんの!! おかしくない!?」

「そりゃぁ、そうだろうな。なんせそいつは十中八九、五英傑が一人"折れぬ鋼の"だ」

 

 灰のような白髪の痩躯、拘束具のような何重ものベルトの上に聖騎士のサーコートを(まと)い、レドですら歯牙に掛けられないと言えば一人しかいまい。

 

 

「は? あれが……? ってか、また五英傑──!?」

「つくづく運が悪かったとしか言えんな、それでとっ捕まったわけか」

「はぁ~~~……ボクもう運悪いってレベルじゃなくない?」

 

 事情を把握した俺が手枷を(はず)してやると、しばらく呆然とした様子からレドは勢いよく立ち上がる。

 

「でも、よしっ切り替えてこ!」

復讐(リベンジ)するとか言い出すかと思ったが、諦めが良くなったな」

()()()()にかかずらっている暇なんかない! 寿命で死ぬまで待てばいいだけさ。それに監獄(こんなトコ)でも時間をどれだけ浪費したことか──」

「学園でも浪費したろ?」

「あれは無駄な浪費じゃない、有意義な浪費だから」

 

 それにしてもなんともまぁ数奇な運命とも言える巡り合わせなのだろうか。

 

「ところでさぁ、ベイリル」

「なんだ?」

「恥ずかしいから囚われてたこと、クロアーネには言わないでおいてくれる?」

 

 片目をつぶりながら拝み倒すように言うレドに、俺はあっさりと言ってやる。

 

「多分無理だと思うぞ、外で待っているからな」

 

 


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