異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#316 脱獄

 

 ──ベイリルは特別囚人獄から階段を駆け上がり、予備階にいる兵員を全員"酸素濃度低下"でもって音もなく昏倒させていく。

 その内の一人から被服をかっぱらって兵員に(ふん)したところで、一般囚人獄と通じる搬出入口を開いて鎖や縄を投げ込んだ。

 

「改めて()るに……」

 

 昇降装置のレバーを下げて、動き出す機構を見つめながらベイリルは呟く。

 

 動滑車と巻き上げ・巻き下げ用の魔術具が組み合わさり、ニュートラルの位置からレバーを上下切り替えて昇降する。

 結界を構築する魔力の一部が流れるようになっている回路スイッチ機構は、さすが大魔技師の高弟が関わっていたのだろうと思わせる。

 

 

「っぉお!? って──アンタ(あんは)かよ」

「おう、バラン。しっかりと自ら先陣を切ってきたな」

 

 ベイリルは真っ先に登ってきた獣人群団の(かしら)──その口に骨剣を(くわ)えた"バラン"を出迎える。

 

「こっちで予備階は一掃しておいた、それ以降は自分で切り(ひら)け」

「わかってらぁ」

 

 バランが一声(ひとこえ)、咆哮すると──他の獣人達が武器を(くわ)えたまま、鎖や縄伝いに予備階まで続々と登ってくる。

 

 

 そしてその中に一人だけ紛れ込むハーフエルフの老人の姿があった。飛び出すように跳躍し着地した亜人派閥の"長老"へと、ベイリルは声を掛ける。

 

「モンド殿(どの)、やる気は十分そうで──本当に地上組でいいんですか?」

「自分でもいささか驚いているのだが……これがなかなかに(たぎ)るものがある」

「ならばもうお引き止めはしません。ご武運を」

「そちらもな」

 

 半長耳同士で別れの視線を()わしてから、ベイリルは搬出入口から飛び降りる。

 

 

 "風皮膜"を(まと)いて難なく着地したところで、人族陣営の首領達──マティアス、セヴェリ、トルスティらと顔を合わせた。

 

「正直なところ半身半疑だったが……本当に実行するとは」

「当然だろうマティアス、お前らも陽動としての役割がある。使われるだけで終わるかは、お前たち次第だ」

「そう言い切ってくるのなら礼は言わないぞ」

 

 最後まで一定の距離と警戒心を(たも)ったままのマティアスに、フッと笑いながらベイリルは伝言を頼む。

 

「もしも自由騎士団に戻るのならベルクマン殿(どの)によろしくな。俺の名前ではなく"風太刀(かぜたち)使い"だと伝えてくれれば通じる──」

 

 

 言い残しながら一足飛びに、高台から魔族一党の穴倉前まで移動したベイリルは……そこで待っていた二人の男へと告げる。

 

「待たせたな」

「少しばかりな、御大将」

「あっしは全然待ってないですぜ、旦那ぁ」

 

 魔族一党のボスであるジンと、"煽動屋(あおりや)"ストール。そして他にも財団員として雇うべく、ベイリル自身が自ら面接して見出した地下組の人材達。

 

「ここから特別囚人獄へと繋げて、そこからさらに地上まで掘り抜く。少し大きめに穴を()けるからしっかりとついてこい」

 

 そう口にしたベイリルは地下に渦巻いた風と共に、調整した"導嵐・(テンペスト)螺旋(ドリル)破槍(ブレイク)を"大監獄へと見舞うのだった。

 

 

 

 

 今度はド派手に特別囚人獄をぶち抜いたところで、「待ってました」とばかりにレドが手を振って近付いてくるのが見えてベイリル(おれ)は思わず半眼になる。

 

「ベイリルさー、遅かったけど早いよ」

「どういうこっちゃ、つーかレド……房から出るなっつったのに」

「だいじょーぶ、ちゃんと注意してたからさ」

 

(方向からしてまさか将軍(ジェネラル)と会ってたのか……?)

 

 余計なことを喋られでもしたら色々とマズい、久し振りとはいえレドの気性を甘く見ていた。

 しかしながら前もって口止めをしていたら、それはそれで気になって突っつきに行っただろうし──こんなことなら足手まといだったとしても一緒に連れて行くべきだったと。

 

「レド、吸血種(ヴァンパイア)の男と会ったか?」

 

 俺は"遮音風壁"を張りながら、やんわりと()(ただ)す。

 

 

「あぁあのジイさん? めっちゃ失礼だわ、ボクはあんなつまらん魔王にはならないね!」

「はぁ……? 魔王だって?」

「聞いてないんだ? グリゴリ・ザジリゾフってぇ元西方魔王だったんだってさ。自分も大魔王にはなってないクセに、つまらない景色とか抜かしやがってあんにゃろ」

 

(これは……思わぬ僥倖(ぎょうこう)なの、か?)

 

 コードネームで交わすだけのアンブラティ結社員の、まさか本名を知ることができるとは……無関係で無遠慮なレドだからこそ聞き出せた情報だと言えよう。

 

(しかしまぁ元魔王ときたか……そりゃ聖騎士を二人相手取れるくらい、べらぼうに強いわけだわ)

 

 過去に自分が王であり将軍でもあった国を亡ぼしたそうだが、つまり西方魔領ごと(・・)ということか。

 それが今はアンブラティ結社で殺し屋として存在しているとは、つくづくもって──

 

 

「ところでさぁベイリル、ボクはやっぱ地上から行くことにするよ」

「やめとけ」

「でも地上からも行けるって()ったじゃん!」

「そりゃそうだが危険だ。お前は財団員でもフリーマギエンス員でもないが、学園生としてのよしみもある。それにもし何かったらクロアーネに会わせる顔がない」

 

 俺がそう言うと、レドは腕を組んでプイッと駄々をこねるようにそっぽを向く。

 

「お断り! 借りはもう十分、これ以上世話にはならないよ」

「冷静に考えろ。いくらお前でも魔力なしじゃ凡人も同然だろ」

「見くびられたもんだけど、ボクは死なない」

「言うは(やす)(おこな)うは(かた)し、だ」

 

「そうでもないんだなコレが。ボクには"存在の足し引き"があるから、ちょっとでも魔力が戻るなら、あとは他のナニカを引いて魔力として足せばいいのさ」

 

 レド・プラマバだけの真骨頂。己の能力を数値として捉えることで、それらを自由に割り振るというトンデモ異能。

 たとえば一時的に膂力(りょりょく)や反応速度を犠牲にする代わりに、耐久力と再生力を向上させるといったもの。

 

 本人(いわ)0(ゼロ)にしてしまうと取り返しがつかなくなり、元々0(ゼロ)のものは項目がないので足せないとかなんとか。

 また素養(パラメータ)の中には不可逆で、一度足したり引いたりしてしまうと元に戻せない数値もあるらしいのだが……。

 

 それでも奇襲では気配を限りなく薄くして他に振るといったいいトコ取りもできるので、魔術の領域を超越した破格の異能である。

 実際に俺自身も闘技祭の準決勝にて、レドが使うその凄まじさを味わっている。

 

 

「クロアーネと再会して、毒舌・小言を言われたくないんだろ」

「っく……そんな、ことは、ない、よ?」

「安心しろ、クロアーネも昔より丸くなったから」

「ほんとぉ?」

「本当だ。それとまだ魔王を目指すつもりなら、細かいことを言ってんなよ」

「なんだとー!?」

 

「これも(くさ)(えん)だ、損失分を(まかな)う為に財団に支援を頼むくらいしてみろ。先々(さきざき)を見据えて投資して、利子を含めてスパッと返せるくらい登り詰められないのか? ん?」

 

 俺は容赦なくレドを(あお)ると、彼女は「ぐぬぬ」と表情に浮かべてから素直に納得する。

 

「こんっの……、()うじゃん。たしかにボクとしたことがせせこましかった。利子なんか端金(はしたがね)ってくらい、でっかく返してやっかんな!!」

「ふっ、その意気だよ」

 

 ポンッとレドの肩を叩いて、俺は"遮音風壁"を解きつつ──ゾロゾロと穴から出てくるストールとジン他、合流してくる地下組を迎える。

 

「くっそぉ~、見とけよ。絶対にひれ伏させてやるから」

「調子出てきたな、天下のレド・プラマバはそうでなくっちゃ」

 

 

 学園生時代を懐かしむように口にした俺に、ジンが近付いてきたかと思うと率直に(たず)ねてくる。

 

「御大将、今……()()()()と言ったか?」

「言ったぞ、ジンには知った名か?」

 

 元魔族軍人であればと思ったが、次にジンから飛び出したのはもっと近しい事実であった。

 

「知っているどころか……自分は元々、プラマバ領主の兵だった」

「なぬっ」

「へーそうなんだ。じゃあボクと一緒に()なよ、今の領主はボクだからさ」

 

 あっけらかんと言うレドに。「こんな少女が……?」といった懐疑的(かいぎてき)な色を瞳に浮かべたジン。

 しかしながら確証を得られずとも、上下関係を重んじているゆえにそれを口に出して言うことはなかった。

 

 

「非常にありがたいお言葉ですが、現在の自分の立場は──」

「元々ボクん()のモノだから文句ないよね? ね?」

 

 ジンの言葉など聞いてないかのように、レドはベイリルへと半眼を向ける。

 

「待て待てレド、俺が引き抜いたんだから財団(うち)の資産だ」

「えーーー、じゃっその分まで借りとくことにするよ。いずれまとめて返すからさ」

「まったく……まぁいい、平行線になりかねんからジン本人の意向を尊重するとしよう。お前はどうしたい?」

 

「──御大将には悪いが、もし許可を得て古巣に戻れるというなら……そちらを選びたい」

「やった! 最良の選択をしたぞキミ──えっと……」

「ジンだ」

「よろしくジン!」

 

「仕方ないな、これもまた巡り合わせか」

 

 合縁奇縁(あいえんきえん)──人と関われば関わるほどに、それはよくよく思い知らされているものだった。

 学園でも、ワーム迷宮(ダンジョン)でも、インメル領会戦でも、断絶壁でも……さながら引力が働いているかのように、人と人とは繋がり合っているのだと。

 

 

「旦那ぁ、全員揃っているのを確認しやしたぜ。勝手に地下穴を使ってくるのもいないっぽいっす」

「よし──」

 

 ストールの言葉に俺は強く(うなず)きつつ、反対側からこちらへ歩いてくるエイル・ゴウンと、最奥の独房から出てくる将軍(ジェネラル)をそれぞれ視認する。

 人差し指を立てた俺の右腕には、風が凝縮するように渦巻き始める。

 

「脱獄決行だ、俺のドリルで天を突く」

 




第3章、了。
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次からの4章が第五部の最終章となります。

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