"風螺旋破槍《ブレイク》"で勢いよく地上まで掘り抜いた俺は、華麗に着地して周辺状況を確認する。
「ほぼドンピシャぁ──っと」
狙い通り大要塞の西側へと出ることができた。南方向に展開している魔領軍については、要塞側も把握しているところだろう。
俺は地面をトンッと爪先で叩いて"反響定位"で探ってから、余った右腕の旋風で"それら"を掘り起こした。
あらかじめ埋めて隠しておいた"装備一式と財団員ローブ"を俺は身に纏う。やはり囚人服や要塞兵の服よりも、しっくり落ち着くというものだった。
("ライブ組"もどこかで待機をしている予定だから──)
俺は短い付き合いだった大要塞を見据える。
「景気付けだ」
俺は結合手を意識した両手それぞれの三本指を組み合わせ、上澄みの魔力を極度集中する。
そしてパチンッと指を鳴らすと、"素晴らしき風擲斬・爆燕"が壁まで飛んでいった。
重合窒素を封入した"風擲刃"は、弱まっているであろう結界に炸裂すると同時に、轟音を響かせて城壁ごと粉微塵に破壊する。
余波で周辺も崩れて深かった堀の一部も埋まり、決して緩やかではないものの頑張れば踏破できる程度の傾斜となっていた。
ド派手な花火は地上組への脱出路となり、同時にライブ組への合図にもなるのだった。
俺は爆発による振動で脱出口が崩落してやしないかと穴を覗くと、勢いよく将軍が飛び出してくる。
「──っと、お早いことで」
「途中から傾斜が相当ある。私の次に小娘が続いた所為で後続はもっと遅れるぞ」
(おぉう……なまじ自分基準で、今一つ細やかな配慮が足りてなかったな)
魔力なしでは華奢な女の子に過ぎないレドだけでなく、監獄で見出した連中はストールを含めて素の身体能力が普通レベルの者達が多い。
もう少し考えを至らせるべきだったと、己を省みつつ……これはこれで、改めて対面で話す良い機会だと、俺は将軍と対峙する。
アンブラティ結社について、どう切り込んでいこうかとわずかな思案をしていると、将軍から先んじて問われる。
「小娘とは旧知の仲だそうだな、調整人──いや、ベイリル」
「……レドのことですか、こちらとしてもまったくもって思わぬ再会でしたよ。将軍──いえ、グリゴリ・ザジリゾフ」
「お喋りな小娘だ──アレを助ける価値はあったのか?」
「あれで魔力が戻れば、かなり使える駒なので」
グッと一拍ほど置いてから、将軍は真紅の瞳を向けてくる。
「本当にそれだけか?」
「──と、言うと?」
「自らの手を汚す貴様のやり方には賛同できるが、甘さが残っている。足を掬われる奴とは仕事をしたくないものだ」
「小娘に名前を知られている貴方が、それを言いますか」
「私の名は既に亡きモノ、捨てたモノだ。知られたところで遠い昔の伝聞で残る程度のもの、たが貴様の場合は違うだろう」
俺はベイリルという名を偽名だと言い訳しようとも思ったが、将軍の声色からわずかな違和感を覚えて一瞬躊躇する。
「脚本家《ドラマメイカー》の後任であるならば、不要な過去は消し去っておくべきだ」
「……それも結社の為、か」
そう俺が口にした瞬間、将軍の纏う空気がほんのわずかに変化した。
「──調整人、貴様の目的はなんだ?」
(いきなりなんだ、もしかして言葉選びを間違えたか……?)
何が引っかかったのかはいまいちわからなかったが、いきなり不穏な気配になったことに俺は平静を保つ。
「それはどういう意味か」
「問い返すな、端的に答えよ」
(カマ掛けられてるのか……? なんて答えれば正解だ!?)
少しだけ考える素振りを見せてから、俺は毅然とした態度で返答する。
「目的そのものは、己に関わることになるので言う義理はない。ただ……大きくは利害の一致によって仕事をしているだけだ」
この場で将軍を納得させるだけの最適解を瞬時に導くことなど不可能、よって曖昧に濁すより他なかった。
「事ここに及んでなお一切の動揺を見せないのは瞠目に値する。しかしやはり貴様は詰めも甘い」
「将軍、貴方はどういう立場でモノを言っているのだ?」
「煙に撒こうとしても無駄だ。脚本家の名をどうやって知り、あまつさえ後任だとのたまった度胸は買うがな」
「現に自分はここにいて、貴方を脱獄させる為に動いた。それは証明といえるのではないか」
まだ確たる証拠があるわけではないと、俺は自信を前面に押し出して答えるが……将軍はニヤリと笑う。
「ふっ、そうだな……ならば仲介人はどんな姿をしていたか答えてみるがよい」
「仲介人は直接姿を見せることはなかった、ただ声からすれば男だったろう」
もはや即断でそれっぽく答えるしかなかった。これ以上迷ったり言葉遊びをすれば猜疑心を通り越してしまうと。
「なるほどな、やはり貴様は結社の人間ではないらしい。なにゆえ謀ったのかはわからんがな」
(クッソ、択を外したのか!? それともまだカマ掛けが続いている……?)
ぐるぐると高速で巡る脳が、思考のドツボに嵌まり込む。もはや正常な判断というものが皆目見当がつかない。
「もう化かすのは不要だ、貴様は何者で"真の目的"は一体なんなのか言うがいい」
「……そう、か。あぁそうだな──」
そうして俺はもう考えることを放棄する。
まずは穏便に情報を引き出し、その後に整合性を取ろうと思ったが……最初から強硬策に訴えたって問題はないのだ。
「──アンブラティ結社について洗いざらい吐くアンタの方だ、将軍。己の置かれた立場、理解できるだろう?」
「暴力に頼るか」
「俺としては不本意ながら、拷問も得意になってしまったもんでな。生半な覚悟や信念なんざ吹き飛ぶぞ」
「痛みなど、とうの昔に枯れ果てているがな」
「痛覚なんざなくても、呼吸や欲求まで全てを御しきれるわけじゃあない。アンタほどの強度なら手足や臓器といった重大な欠損──人生そのものが奪われる恐怖なんて毛ほども味わったことも無いだろう」
この場すぐには無理なものの、財団が保有する薬物や毒物など多様な化学物質による尋問方法だってある。
さらに治療・再生技術を用いれば生かさず殺さずの、想像すらしたくもないことだって数多く可能となる。
そもそも"読心"の魔導師たるシールフがいるので、両の手足を千切り捨てて、ダルマのまま持ち帰るという手段だって講じられる。
「そもそもだ、将軍。アンタのような男が、アンブラティ結社に忠誠や義理立てる必要があるのか疑問だ」
「私にとってはたしかに、結社それ自体は大した問題ではないがな」
「なら互いに手間なく、無事で済む方法を選択するのが利口だと思うが? 破壊衝動を発散したいだけなら、働き口を用意することもできる──」
争いごとなく情報を引き出せるのであればそちらの方が良い。間諜として利用できるならば言うことなしである。
しかして将軍は傲岸不遜な態度を崩さないまま、今の状況を理解した上ではっきりと口にする。
「だが指図される謂れもない。私は常に自由であり、立場を強制されることなどありえん」
それは将軍自信の生き様にして信念。それを汚されるくらいならば死を選ぶとばかりに、意志が込められた言葉であった。
「仕方ない、ならば洗いざらい吐かせて殺すだけだ。将軍アンタがどれだけ強かろうと、魔力がなければ歯牙にも掛からん」
「いーやベイリル、貴様の詰めの甘さを実践しよう」
刹那──地上への接近を察知していて、魔力が体中を巡っている俺よりも速く──魔力無き将軍の手が先に脱出口へと伸びていた。
そのまま勢いよく"少女の首根っこ"を持って引っ張り上げると、将軍は"レド・プラマバ"を人質に取って、俺の前へと曝したのだった。