異世界シヴィライゼーション ~長命種だからデキる未来にきらめく文明改革~   作:さきばめ

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#333 フィナーレ

 

 南端の大要塞より北上しながら、皇国領内の都市や村落で空中ゲリラライブを繰り返した。

 ド派手に"号外新聞(ビラ)"を空中からバラ()くことで、音楽の内容とフリーマギエンスの思想と娯楽を植え付ける。

 

 元囚人たちは補給ついでに途中でカラフと共に降ろし、財団支部を通じてそれぞれが各分野への人材として手配した。

 

 空と同化しながら、突発的に(おこな)われる人畜無害な音楽を止める手段と理由を、皇国は持ち得ることなく。

 そうして到着したるは最北端──"黄昏の都市"において、今回の皇国ツアーのラストライブとなった。

 

 最後なだけあって、ヘリオらもジェーンらも温存していたモノを全て出し切って、その特等席にはフラーナとヘッセンがいた。

 熱唱・熱奏・熱演とパッションと音響の限りを尽くした、この世界で唯一の時間。

 

 

 全てが終わった時──誰もがその余韻に(ひた)りながら、会場にはしばしの静寂がおとずれる。

 

「はーい、拡声魔術具(マイク)切ったので自由に喋っても大丈夫ですよー」

 

 テューレが観客席上部の機械室から出てきてそう言うと、舞台上の全員の気がドッと抜けていく。

 

「ッはァ~……やっぱ観客の(じか)の反応が見たいぜ──って、おいこらベイリル。後方腕組みプロデューサー気取りでうんうんと(うなず)いてんのやめろ」

「くっはっはっは、お前たちは俺が育てた」

 

 呆れたような半眼で言うヘリオに、舞台袖にいたベイリルはねぎらうように空属魔術で"涼風"を送る。

 

「私とヘリオの音楽は正直なところ、育てられたってのはちょっと(いな)めないけど……ベイリルってば弟なのに」

 

 さらにジェーンが氷属魔術を使って極小の氷粒を混ぜたことで、舞台上にいる全員の火照(ほて)った体が(ほど)よく心地よく冷やされていく。

 

「ひゃ~~~~~冷たくって気持ちイイ!!」

「うむ、こうなるとそう……一杯くらいやりたいところだな」

 

 ルビディアは叫びながらベースを置いて大きく体と羽根を伸ばし、グナーシャは座ったままグイとジョッキを煽るような仕草を取る。

 

 

「そう言うだろうと思って、ちゃんと用意してあるでござるよ」

 

 ニヤリと笑ったスズは、素早い動きでグラスやジョッキをそれぞれに渡していく。

 

「ささっクロアーネ殿(どの)

「……まぁ、たまにはこういう場で飲み、食べるというのも悪くはないでしょう。些少(さしょう)ながら奮発(ふんぱつ)させていただきました」

 

 クロアーネが運んできた大きめのワゴンいっぱいには料理が並び、下の台には何本ものボトルとグラスがあった。

 

「まだまだあるから遠慮しないでね~」

 

 さらに後ろに続く形でリーティアが、台車型にしたアマルゲルに追加の料理を載せて運んでくる。

 

「ちなみにわたくしも手伝わせていただきましたわ。アーティナ家(わがや)に代々伝わるレシピをご賞味くださいな」

 

 パラスが得意気にふんっと鼻を鳴らし、両手には大皿を持ってやってくる。

 

 

「いやー、やっぱり自分は調理よりも機械(いじ)ってるほうが(しょう)に合ってるっすねー」

「化学と数字だけで語るには、まったく奥が深いんだよな料理ってのは」

「あっははは! なんか宴会っていうか、もはや同窓会だねぇ~」

 

 ティータとゼノも加わったところでリンが笑い、ベイリルはクイクイッと観客席へ向かって手をこまねいた。

 フラーナとヘッセンはお互いにしどろもどろといった様子だったが、その体がフワリと浮き上がる。

 

「じゃっ行こっか~」

 

 二人の後方席にいたフラウの重力魔術により浮遊し、まとめてそのまま強制的に宴会舞台上へと連れてこられてしまう。

 

 

「どうぞフラーナさま、こちらへ」

「あなたは──カドマイアさん」

 

 カドマイアは紳士的な所作でフラーナの手を引いて、全員と楽器とを見渡せる位置へと歩いていく。

 

「はい、"黄昏の姫巫女"候補としてその(おり)は──」

「えぇ、一度お顔を拝見していますから覚えています。捕まったと聞いていたのに、こうして歌っていられて驚きました」

「頼れる仲間たちのおかげで、今こうしていられてます」

 

 カドマイアがそう言葉を吐くと、グイッとヘリオに引っ張られた。

 

「まっやっぱ四人のほうが納まりがいいやな」

「うむ……厚みがやはり違う」

「種族的な意味でも、人族が一人いてくれたほうがいいよねえ。やっぱり鬼に鳥に狼だけだと差別的な場所もあるからさ」

 

 さらにグナーシャとルビディアにも囲まれ、カドマイアは揉みくちゃにされてまた戻される。

 

「っふぅ……ご興味がおありのようですので後で、お教えましょうか? ギターでも歌でも」

「えぇ!? いえしかしそれは……」

 

 体ごと引くようにのけぞったフラーナに、ヘリオは首を鳴らしながら面倒そうに告げる。

 

「遠慮すんなよ。あんたがどんだけ偉かったか知らんが、ここに居るってことはもう財団員なんだろうが」

 

 

「ちょっ! ヘリオ!! "黄昏の姫巫女"さまは皇国ではそれはもう、権威だけなら教皇猊下(げいか)と並ぶほどで──」

 

 あまりに無遠慮な言葉に対して、(たしな)めるような口調のジェーンをヘリオは制す。

 

「立場なんざ知ったことかって、歌の前じゃなあ……王様だろうが奴隷だろうが、年齢も性別も種族もなんもかんも全員が平等なんだ。誰もが楽しめる権利があるんだからよ」

 

「何を隠そうわたし、王国はフォルス公爵家の三女で次期当主!」

「俺は帝国モーガニト伯爵領主」

「ご存知、皇国は黄昏の姫巫女を輩出するアーティナ家ですわ!」

「実は拙者の家は、連邦議会お抱え諜報の傍流(ぼうりゅう)だったり」

 

 リン、ベイリル、パラス、スズと続いたところで──フラーナは苦笑いを浮かべる、まったくとんでもない組織があったものだと。

 

「観念しろ、フラーナ。もうおまえもココじゃ単なる一人の人間、やりたいようにやるんだ」

 

 従兄ヘッセンに最後の背中を押されたフラーナはゆっくりと目を(つぶ)り、心の中で二の足踏んでいた一歩を進める。

 

「フラーナです、なにとぞよろしくお願いいたします」

 

 

 屈託のない笑顔に添えられたフラーナに皆がドッと湧き上がったところで、ベイリルはゼノに肘で小突かれる

 

「話もまとまったところで、さっさと音頭をとれよベイリル」

「ん? 俺がか?」

「今回主導したのはおまえだろうに。そうでなくとも、ここにいる全員がおまえを発端として学園時代からついてきてるんだ」

 

「……それもそうだな」

 

 ベイリルはパチンッと大きめに指を鳴らしたところで、全員の視線を一身に受ける。

 望むと望まざるとにかかわらず、人は与えられた環境によって自身を決定付けていく。

 

「改めてご拝聴願います。食事が冷める前に手短に──各々方、グラスを手にどうぞ」

 

 面倒事は才ある人間に任せ、己は裏方であろうとしたベイリルも……いつの間にか若衆の旗頭(はたがしら)たる存在となっていた。

 現代知識をもってフリーマギエンスとシップスクラーク財団を牽引(けんいん)してきたのだから、当然の成り行きでもある。

 

「今回の企画は万事(ばんじ)、大成功を収めた! それもこれも皆々の献身のおかげであり、今までも……そしてこれからも何度となく感謝していきたい!」

 

 充実した心身を(たも)ち、研鑽と経験と積み、到底負い切れぬと思っていた重責にも()えられるに至る。

 もはや裏方などではなく、"文明回華"を(いろど)る数多くの主役の一人としての自覚と自信が成功を呼び込んだと言って良い。

 

 

「それでは……シップスクラーク財団のさらなる発展と、フリーマギエンスの大いなる躍進を祈って──乾杯!!」

『かんぱ~い!!』

 

 声とグラスの重なった音がライブ会場に残響する。文化的侵略の手始めを成さしめた、勝利の為の第一歩。

 

 今までにない充足感と余韻を──これからも何度となく味わっていきたいと素直にそう思うのだった。


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